Eurocorp
Pointing out America’s problems will not help Europe solve its own.
ノア・スミス
2025年11月14日
(ノア・スミス氏はアメリカの経済学者・コラムニスト・ブロガーで経済、テクノロジー、政策、国際関係など幅広い分野で論陣を張っており、日本語訳書『ウィーブが日本を救う ― 日本大好きエコノミストの経済論』がある。本サイトでも氏の発言をたびたび翻訳紹介してる。ノア・スミス氏は、アイルランドの経済フェスティバル「Kilkenomics」に参加し、欧州でアメリカ批判が盛んであることに違和感を覚えて本稿「ユーロコープ アメリカの問題を指摘しても、ヨーロッパ自身の問題解決にはつながらない」を書いた。それによれば、欧州人は、米国の医療、銃社会、貧困などを嘲笑するが、これは自己防衛的な「精神的対抗策」にすぎず、欧州自身の深刻な問題から目を逸らす手段になっていると指摘する。本稿の「<視点:153>アメリカの独立宣言と憲法の革命性~その思想の世界史的展開と植民地主義の逆説~」とも通底する問題提起をふくみ、興味深い論考である。その要旨を以下に紹介する。原文ページには60本以上の興味深いコメントが寄せられており、論壇の様相を呈しており、興味深い。)
ノア・スミス氏は、ヨーロッパにおけるアメリカ批判──銃社会、医療制度の不備、貧困、不平等、教育の低水準といった定型的な非難──が、もはや実情と合わず、かつヨーロッパ自身の課題解決を妨げるものであると指摘する。アイルランドで開催された経済イベントに参加した際、こうしたアメリカ批判が「ジョーク」として繰り返される現場で得た違和感だった。かつては親しみを込めた冗談だったこうした言説が、今では精神的な逃避や虚勢のように見えるという。
トランプ政権以降、アメリカとヨーロッパの関係が冷え込む中で、ヨーロッパ側がアメリカへの敵対心や優越感を強めているのは理解できる。だが筆者は、そうした態度がヨーロッパ自身の根本的な経済・社会問題を直視する妨げになっていると批判する。
実際、アメリカとヨーロッパの制度には多くの類似点があり、本質的には両者とも資本主義経済に基づく高福祉・高税率の国家モデルを採っている。たとえば、アメリカは社会保障支出の絶対額ではオランダやイギリスと同水準であり、再分配性においてもアメリカの税制はヨーロッパ諸国と肩を並べる。企業に対する規制の緩さも、ドイツやスウェーデンと大差はない。
また、近年のアメリカではオバマケアの導入により健康保険未加入者が大きく減少しており、医療費の自己負担額はイギリスやスウェーデンよりも低いとの調査もある。教育水準に関しても、国際学力調査(PISA)では白人系・アジア系アメリカ人がヨーロッパ平均を大きく上回っている。政治においても、大企業の意向がすべて通るわけではなく、中間層の声が反映される傾向もある。
一方で、ヨーロッパ自身は深刻な構造的課題を抱えている。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事「Europe Will Lose」では、ヨーロッパ経済が15年以上停滞し、世界経済における影響力が中世以来の最低水準にあると警告されている。とくにドイツでは産業競争力の低下が顕著であり、中国との競争に敗れつつある。
工業輸出の停滞、エネルギー価格の高騰、非効率な官僚主義、過剰な環境規制、軍事力の弱体化など、複数の問題が複雑に絡み合っており、ヨーロッパの回復を阻んでいる。再生可能エネルギーの推進を掲げながらも、実際には電力網の未整備や税制の逆インセンティブによって、電化率はアメリカと同水準で停滞している。また、産業用電力価格がアメリカの3〜4倍であることが、製造業の空洞化を招いている。
特に深刻なのが、かつて競争力の源泉であったドイツの製造業の衰退である。自動車産業は中国メーカーに押され、数万人規模の雇用が失われる危機に直面している。化学産業や機械工業も同様に中国の攻勢を受けており、ドイツ一国では対処しきれない状況である。
こうした状況にもかかわらず、ヨーロッパの一部には「アメリカよりマシだ」という自己満足が根強い。だが筆者は、こうした比較は現実逃避であり、政策上の障害になると批判する。たとえば、ヨーロッパが次世代産業(バッテリー、ドローン、EV、宇宙産業)を育成するためには、アメリカ流の規制緩和やインフラ整備が不可欠である。しかし、アメリカを「貪欲な資本主義地獄」として描き続けることで、そうした政策を採用する政治的正当性を失ってしまう。
筆者は、アメリカが自らの課題──貧困、医療、教育など──を認識し、過去数十年にわたり改革を進めてきたことを評価する。その姿勢こそ、ヨーロッパが見習うべき点である。比較や嘲笑に時間を費やすのではなく、各国が自らの課題に向き合い、行動することが今求められている。
結論として、ヨーロッパは「アメリカの失敗」を笑う余裕などない状況にある。むしろ、アメリカの進化に学び、自国の再建に取り組むべき時期に来ているのである。