(2025年9月16日)

 労働力が欲しい 

~本音を隠すからトラブる~

 

2025年8月21日、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)において、国際協力機構(JICA) が、4自治体をアフリカ諸国の「ホームタウン」に認定するプランを発表したことを受けて、BBCなど国際メディアや、ナイジェリア政府が“特別ビザ”が発給されるとの誤情報を流すなどの事態が発生し、関係諸機関や視聴者を巻き込む混乱が生じた。

この事件の背景には、JICAや政府側の情報発信の仕方や報道の在り方、対象とされた自治体の対応や一般市民の行動など、広範な問題が内包されている。表面に現れた現象の裏には、日本の移民政策の在り方や国民の意識に内在するナショナリズムなど、根深くて重大な問題が潜んでいる。発端から3週間がすぎて誤報道問題は解決したかにみえるが、問題の根は残ったままだ。9月14日付けで時事通信政治部は次のような記事を配信した。

「ホームタウン」改称を検討 騒動収まらず、4市と協議へ―政府

アフリカと日本の都市の人的交流を図る国際協力機構(JICA)の「ホームタウン」事業について、JICAと外務省が名称の変更を検討していることが13日、分かった。「移民が増える」との誤情報がSNS上で拡散し、事業発表から3週間が経過しても騒動は収まっていない。関係する4市と協議し、事態の収拾を急ぐ方針だ。

JICAは8月21日、アフリカ開発会議(TICAD)に合わせ、山形県長井市をタンザニア、新潟県三条市をガーナ、千葉県木更津市をナイジェリア、愛媛県今治市をモザンビークの「ホームタウン」に認定したと発表。これに対しナイジェリア政府は「日本政府が特別なビザ(査証)を発給する」との誤情報を発信し、SNS上で「移民の受け入れを促進する」などの投稿が広がった。

日本政府はナイジェリアに修正を申し入れ、誤った記載は削除された。その後もSNSや記者会見で「火消し」を図ったものの、4市やJICAには抗議の電話が相次いだ。

JICAによると、自治体からは「『ホームタウン』という名前が事実誤認につながっている」と名称変更を求める意見が寄せられている。JICAと外務省は4市と協議し、近く改称の是非を判断する考えだ。ただ同省内には「名称を変更しただけで収まるのか」(幹部)との声もある。

外務省の担当者は「日本とアフリカ双方のプラスになるような交流を促したいという思いだった」と話す一方、「説明が十分ではなかったかもしれない」と認めた。JICA幹部は「具体的に何をするのかが市民に伝わっておらず、不安が募っている。イベント情報などを積極的に広報していきたい」と語った。

岩屋外相はこれに先立ち、9月5日の記者会見でホームタウン問題で初動が遅れたと謝罪をしている。同じ時事通信政治部はつぎのように報道している。

岩屋毅外相は5日の記者会見で、国際協力機構(JICA)が国内4市をアフリカ各国の「ホームタウン」と認定した交流促進事業を巡り、SNSで「移民が増える」との誤情報が拡散した問題を受け、「(外務省の)初動が遅れたことはおわび申し上げたい」と述べた。

岩屋氏は、SNSなどで外国人受け入れを問題視する声が上がっていることについて「国民が不安や不公平を感じる状況が一部生じているのは承知している。外国人との秩序ある共生社会の実現に向けて、積極的役割を果たしたい」と強調した。

 

単なる「報道ミス」ではすまない

先の参議院選挙で「日本人ファースト」を呼号する参政党が伸びた世相のなかで、事件はさらに拡大していった。マスメディアの報道も、「治安が悪くなるのではないか」「外国人が大量に来るのではないか」「税金・生活資源がひっ迫するのではないか」といった不安・懸念の市民の声を多数報道した。また、寝耳に水の発表だったという木更津市役所には数百件〜500件を超える問い合わせがあったという。今治市などでもメール・電話等で多数の苦情・問い合わせがあり電話・メールはそれぞれ数百件規模だったという。

日本では欧米ほどの深刻さにはいたっていないのに、移民問題が話題にされるだけでなくヘイトスピーチなど、センシティブに語られるようになっている。今回の「ホームタウン」構想を移民政策と直接結びつける言説はすじ違いだが、じつは本質的なつながりがある。

ホームタウン」構想の狙いは、JICAによれば、日本の自治体とアフリカの既存のつながりを、TICAD9を契機に一段深めることだ。JICAはイベント公式ページの「背景」で、従来のJICA事業等で育ってきた日本の地方とアフリカの結びつきをさらに強化し、国際協力の観点から“地方創生2.0”に貢献する枠組みだと説明している。あわせて双方向の人材循環(人材環流)を促し、“架け橋人材”を育てる狙いを明示している。加えて、地方側には交流を通じた関係人口の増加というメリットを見込む、としている。前半部分を飾りとして、最後の狙いに人口増の意図が透けて見える。それを隠して狙いは「国際交流とそれによる地方創成」という立派な目的を前面にかかげる。問題はそこにある。さらには、“地方創生2.0”という政策が、10年前からの掛け声を再起動しようとする石破政権の肝いり政策である点に虚しさがある。国全体で全力で取り組まなければならない政策の推進エンジンであるべき政権がコロコロ変わるニッポンの現実。これを虚しいと言わずしてなんといえばいいのか。日本政治の貧困が、JICAの「崇高なプラン」を絵にかいた餅以下のものにしている。

 

ところで、プランにかける意気込みは本物か?

「国際交流を通じて停滞する日本を立て直す」という戦略は、少なくともいま世界で流行している「〇〇ファースト」に比べれば、数段立派な未来構想だ。右派ポピュリズムの戦略は各国が国ごとに閉じていくエゴイズムの世界をつくりだすものであって、終局的には各国の利害が対立し、国家間の争いを激化させる政策である。

問題の本質は「誤報道」や「ホームタウン」という名称の曖昧さにあるのではない。政策を表面的なきれいごとで飾り立てても、本質が国民に理解されていない限り、絵にかいた餅にもならない。

本サイトで何度も言及しているが、JICAはJP-MIRAI(Japan Platform for Migrant Workers toward Responsible and Inclusive Society)の立ち上げ運用責任機関だ。

JP-MIRAIは、日本に働きに来る外国人労働者(特に技能実習・特定技能など)を対象に、労働・生活・人権面の問題に対応するための多国間プラットフォームで、2020年11月、TICAD7での日本政府コミットメントを受けて発足している。運営母体は「アジア・アフリカ労働フォーラム(AAF)」などが中心となり、JICAが強く支援。国際機関・企業・自治体・NGO/NPOなどが参加する「マルチステークホルダー型」ネットワークである。その目的は、①外国人労働者の権利・生活支援、②送り出し国・受入国双方の人材循環の質向上、③企業にとっての責任あるサプライチェーン確立などである。

日本政府がTICADにかける意気込みは、アフリカの発展に資することを通して経済進出するだけでなく、アフリカ人を労働力としてわが国に迎え入れる意図を持っているのである。日本政府(石破政権)は「2040年に名目GDP1000兆円・所得5割以上アップ」の公約を掲げている。

JICAとJP-MIRAIは、2040年に名目GDP1000兆円を実現するために必要な日本の労働力を試算している。それによれば、必要な外国人労働者数は現在の3倍698万人である。(2024年10月末の外国人労働者数は230万2587人)。16年間で460万人超の外国人労働者をあらたに迎え入れなければ目標を達成できない。

以前の<視点>でも述べたが、単なる労働力として、日本人がつきたがらない、きつい、汚い、危険、給料安いの4K職場の労働力として外国人を導入しようとする考えは、安直な現代の奴隷制でしかない。

日本社会、産業構造を維持発展させるためには、同一労働同一賃金の原則を順守し、労働権・人権をまもり、人間として尊重する隣人として外国人を迎え入れることができなければならない。

「ホームタウン」という名称が誤解を生んでいるのではない。日本社会の一員としてあらたな隣人を迎え入れなければならないのに、労働力欲しさの底意を隠して耳障りの良い言葉でやり過ごそうと思っている軽薄さが、トラブルを生んでいるのだ。

野口 壽一