(2025年10月6日)
フェイクニュースかスクープか
~アフガン空軍基地に米軍進入?~
SNSは情報の宝庫かクズ箱か?
アフガンニュース編集のおおづめの4日午前0時半、そろそろ寝ようかとしていたらスマホがピコーン。みるとアフガニスタンのバグラム空軍基地に米軍が侵入したという画像ニュース。えっ、まさか、と驚きつつも、この間、「バグラム基地を取り返す」と大騒ぎしていたトランプ大統領とターリバーンのやり取りをアップしてきていた手前、そのまま寝るわけにはいかなくなった。
忠実なる相棒、いつでも稼働のAI君、ChatGPTをたたき起こし、と書きたいところだが、彼は24時間スタンバイ。早速一緒にニュース画像を解析した。
届いた画像ニュースとAI君の翻訳
<上部テキスト>
😱🇺🇸🇦🇫 #速報: アメリカがバグラムに進入した
アフガニスタン人の自尊心はどこに行ったのか??
インターネット遮断は無駄ではなかった!!
<中央見出し(紫の帯)>
アメリカがバグラムに進入した
<下部ニュース字幕>
速報: アメリカ軍のバグラム進入はターリバーンとの秘密合意の結果だ、との主張
<下部(大きな文字・紫地)>
アメリカ軍が数分前に進入した
果たしてこのニュースは歴史的大スクープか!
ニュースを読むと、アメリカ軍が軍事力を使って強引に侵入したわけではなさそうだ。写真も平凡な田舎のバラックだ。
ウエッブ・アフガンでは、トランプ大統領が持論「バグラム基地、返せ」を9月になってまたまた叫び始めて以降、ターリバーンのアフンザダ最高指導者があたふたと閣僚らをカンダハールに呼び寄せたり、カンダハールの要塞化を図っている記事を載せてきた。また、カーブルにはハリルザド米国特使(注:2020年のドーハ合意をまとめた)らが滞在して交渉。ターリバーンが拘束している米国人の帰国交渉などを成功させた。
ターリバーンは拘束米国人の釈放問題は協議しているがバグラム基地の交渉はしていない、と公式声明していた。
「交渉していない」とわざわざ公式声明したりするターリバーンの姿や、見るからに怪しいこの画像ニュースをみて考えると、この間のインターネット遮断も、「バグラムへの米軍進入」ニュースと関係があったのかもしれないと疑念がめばえてくる。
早速手を打つ
ウエッブ・アフガン調査員としては眠れないからといって座して待つだけではいけない。
ネット上でさまざまに検索すると同時にネット回線が回復したアフガン現地や各国に散らばるアフガン人協力者に真偽をたずねるメールを打った。
しばらくして、何人かから反応があった。確たる情報はなかったが、ネット遮断は事故や風紀取り締まりなどでなく、情報統制のためだ、バグラム基地周辺では住民の外出禁止令がでている、などの噂がある、などの情報も入ってきた。
フェイクニュースか真実か
ネットで流される情報は、ファクトチェックが不可欠だ(マスメディア情報は高度に編集加工されているのだけど)。ネット時代のジャーナリズムのあり方を問う『ウエッブ・アフガン』の旗をかかげるわれわれとしては、格好の題材ではないか。寝るのを惜しんで流されてきたこの未確認画像情報のファクトチェックをすることにした。
ファクトチェックにはふたつの作業が欠かせない。
(1)客観調査 類似情報はあるかないか。
(2)伝達された情報の真偽性。
(1)は、ない。スクープかもしれない。時間の経過を待つしかない。これほどの大事件であれば数十分か数時間以内に大手外電からも類似情報がでてくるはず。チェックはそれまでの勝負。いまできることは(2)だ。有能なパートナーであるAI君とやり取りしながら(2)の視点でチェックをしていく。
ニュース自体、煽情的で根拠に乏しい。
・「数分前」「極秘合意」などの表現で根拠なしにあおっている。出典URL・日時・発表主体が示されていない。
・掲載されている写真A(敷地遠景)をgoogleの画像検索にかけると、同じものがあった。2週間前にWSJなどがターリバーンと米トランプ政権の裏交渉情報を報じる際につかわれていた写真と同じものである。
米軍が侵入した事実を写したものでも合成したものでもない。ただ、過去のネット上に流布した写真の流用である。バグラム基地の写真であることは間違いないようであるが、ネットから拾ってきた写真の使いまわしでは、信頼性はほぼゼロとなる。
・写真B(人物)は、google画像検索によればオクラホマ州オクラホマシティのKOCO 5 Newsのニュースアンカーのアレックス・スワソン(Alex Swanson)氏ではないか、とでた。ただし人物情報に関しては検索サイト側の自主規制でそれ以上の情報は出せないという。
KOCO 5 Newsサイトを開いて検索した。だがAlex Swanson氏の名前は確認できない。また、KOCO 5 Newsサイトにはアフガニスタンに関する記事は177件ある。しかし該当する記事はない。Bagram基地に関しては2件あるが撤退時とそれ以前のもの。
ここまでの調査で、この画像ニュースは疑惑だらけだと判明した。
では、ただのフェイクニュースなのか
この画像ニュースが伝えている情報量はほんのわずかで、かつその内容も借りもの寄せ集めで信用ならないものだ。では、「米軍がバグラム基地に侵入した」という情報は真っ赤なウソなのだろうか。
フェイクニュースのフェイクニュースたる醍醐味、ないし危険性は「ホントかもしれない」と思わせるところにあるのではないか。今回の画像ニュースは十分に「ホントかもしれない」と思わせる客観動向が存在する。
バグラム基地の返還(継続使用)ないし対テロ作戦における協働(ドーハでの合意事項)は、トランプ大統領の要求であり、憶測もあるが信ぴょう性もある。
★ トランプ大統領は、就任後の2025年2月26日の閣議後、記者団に対し、バグラム基地について語っている。その議事録はアメリカ政府のサイトに収録されている。https://www.govinfo.gov/content/pkg/DCPD-202500304/pdf/DCPD-202500304.pdf?utm_source=chatgpt.com 誰でも閲覧・ダウンロードできるので調べてみた。すると該当箇所は次のように記録されている。
“We were going to keep Bagram. We were going to keep a small force on Bagram. We were going to have Bagram Air Base, one of the biggest air bases in the world.”
“We gave it up. And you know who’s occupying it right now? China.”
“So we’re going to keep that, and we’re going to have a withdrawal, and we’re going to take our equipment. We’re going to do it properly.”
「われわれはバグラムを保持するつもりだった。バグラムに少数の部隊を残すつもりだった。バグラム空軍基地を保持するつもりだった。それは世界最大級の空軍基地のひとつだ。」
「われわれはそれを手放した。そして今、それを占拠しているのは中国だ。」
「だから、われわれはバグラムを保持し、撤退を適切に行い、装備を持ち帰るつもりだった。」
トランプ大統領は、世界最大級の空軍基地のひとつであるバグラム空軍基地を保持し、同地域における中国の影響を防ぐため、バグラムに少数の米軍部隊を駐留させたい意向を示した。
このようなコンテキストのなかで、2カ月後の4月、Xやその他のSNSで「ターリバーンがバグラム基地を米国に引き渡した」「C-17輸送機が基地に到着し、装備や高官が運ばれた」などの情報が拡散される事件があった。しかしこの騒動は情報がフェイクであるとのAFPの発表で収束した。
就任9カ月を経てもトランプ大統領の考えは変わらず、むしろバグラム基地に対するトーンは高まっているほどだ。その理由には、トランプ大統領がターリバーンと結んだドーハ合意で、テロ対策をターリバーンにやらせる、協働作戦としてそれをやる、との秘密合意(今や公然の)があるのではないか。
トランプ大統領がバイデン大統領の撤退時の不手際をこれでもかというほど口汚い非難を繰り返する背景には「オレがターリバーンと結んだ合意をぶっ壊しやがって」という恨みが根底にはあるのではないだろうか。
米国の本音は対中国
ファクトチェックの結果、米軍が隊列を組んであるいは航空機でバグラム空軍基地に侵入したのでないことだけは確かだろう。翌日になってもそんなビッグニュースは流れてこない。
だが、トランプ氏が大統領に復権してからのターリバーンとのやり取りを見ていると、自爆テロを再開するぞというターリバーンの脅しにもかかわらず、うらで着実な交渉が進められていても不思議ではない。そのことは、2021年8月のターリバーン復権後もアメリカは定期的にカーブルに現金を空輸しつづけてきた事実からも見て取れる。アメリカの独立した監視機関(アフガニスタン復興特別監察官:SIGAR)によれば、カーブルには定期的に現金が空輸されており、平均すると10〜14日に一度、約8000万ドルが人道支援プログラムの名目で送金され、国連指定口座に預け入れられている。しかし、これらの資金がどの程度ターリバーン政権を間接的に維持し、または地元の有力者を利するのかについては、議会の委員会や監査機関による精査も含め、継続的な議論の対象となっている。また、2021年8月のターリバーン復帰後凍結されたアフガニスタン中央銀行の米国・海外保有資産問題がある。報道によればその額は70億ドルとも90億ドルともいわれている。それもターリバーンとの交渉材料(手札)としてトランプ大統領の手元にある。本当にアメリカ軍の「進入」はなかったのか。タリバーンに対して何十億ドルもの手札をもっているトランプ氏が指を加えて事態をながめているだけとは思えない。
トランプ氏に「中国の不在」を見せるために視察団をいれることだってターリバーンは考えるかもしれない。そのためにアフンザダ最高指導者は国防相の中国派遣を決めたようだ。9月20日のトランプ大統領の「バグラム空軍基地を返還しなければ、悪いことが起きる」との脅しを受けたものだ。
『ウエッブ・アフガン』は、2020年のドーハ合意とアフガンからの撤退は、単なるアフガン戦争敗戦処理ではなく、一敗地にまみれても世界戦略を再構築しようとするアメリカのしたたかな作戦だったと分析した。ネオコンが仕掛けていたウクライナでロシアを弱体化させ、台頭してくる中国をたたく世界戦略実行のため、泥沼化したアフガニスタンから手をひくという見立てだった。(窮鼠猫を噛んだパレスチナ人民(ハマース)の抵抗によるガザ戦争は予定外)
フェイクニュースもインテリジェンスの一手段
トランプ大統領候補が、2024年の大統領選挙戦のハリス候補との公開討論の場で「移民が犬を殺して食べている」と主張した。その場でキャスターもそんな事実はないと否定した事件があった。徹頭徹尾フェイクで、大衆の面前でフェイクと指摘されても大統領に選出された。ウソも100回言えば本当になるという言葉がある。
今回流れてきた画像ニュースは一体だれが、どんな目的で流したのだろうか。さまざまなケースが考えられる。
・反ターリバーン陣営(ターリバーンが米国と裏取引をしているとして権威失墜を図る)
・ターリバーン内強硬派(危機をあおって治安強化や内部引き締めをはかる)
・周辺国家の謀略(アフガン情勢の不安定化)
・反米勢力のプロパガンダ(反米感情の煽り)
・ブロガー、インフルエンサー(クリック数稼ぎ)
・詐欺グループ(個人情報ゲット、セキュリティ突破)
それぞれのケースで、それぞれに根拠を推測できる。実行者は、ウソでもホントでも、手を変え品を変えて繰り返せば、本当の目的を達成できるかもしれない、と考えるのかもしれない。一枚の画像ニュースだが、背景には思いもよらないインテリジェンス戦争が繰り広げられているのかもしれない。
また、アメリカがターリバーンと協働すると書くとそんな馬鹿なと不審の念を抱く読者もおられるかもしれない。しかし、ビン・ラーディンなきあとアル=カーイダのトップとなったアイマン・ザワーヒーリーをアメリカが殺害した事件を思い出してほしい。このときザワーヒーリーはターリバーンの庇護のもとカーブルの住居のベランダで気持ちよく読書しているところにドローンミサイルを撃ち込まれたのだ。住居をザワーヒーリーに用意したのも、ザワーヒーリーの日常行動パターンを調査してアメリカに教えたのも、また確実に殺害できるよう情報を与えたのもターリバーンであったというのも公然たる秘密である。
返り咲いたトランプ大統領の頭の中には、餌をまいたり脅したりして国内と世界をわがものにしたいという野望が渦巻いている。そのためには独裁権力が必要。あらゆる権謀術数、手練手管を弄してもそれを手に入れようとしているのがいまのトランプ大統領なのだ。
名前がトランプだけに、騙されないようご注意を。
【野口壽一】
注:この原稿をアップした5日午後4時半、画像ニュースがフェイクであるとのニュースがアフガニスタンの独立系メディアKHAAMA PRESSに掲載された。トピックス欄で翻訳しシェアした。今回の<視点>理解の参考になると思われる。併読をお勧めする。