The Trump Administration’s Humpty Dumpty Foreign Policy
On begging for forgiveness versus asking for permission.
(訳注:イギリスの伝承童謡「ハンプティ・ダンプティ(Humpty Dumpty)」に由来し「一度崩れると修復が困難な」事象を形容する言葉)
(WAJ: ダニエル・ドレズナー氏はアメリカの国際政治学者でタフツ大学フレッチャースクール教授。英語版Wikipediaによれば、同氏は1968年にニューヨーク州の保守的なユダヤ人家庭に生まれユダヤ系高校と世俗系高校に通い卒業、1990年にウィリアムズ大学を卒業し政治経済学の学士号を、スタンフォード大学で修士号と博士号を取得した、とある。2003年のアメリカのイラク侵攻を支持したが、2016年に共和党がドナルド・トランプ氏を大統領候補に指名することに反対し翌年7月に共和党を離脱している。ブログやポッドキャストなどのミューメディア、数々の既存メディアで積極的な発言を行っている。「<視点:> 本音丸出しのアメリカ主義者・トランプ」と併せてお読みいただきたい。)
ダニエル・W・ドレズナー(Drezner’s World)
2025年2月7日
割れた卵は元に戻せない
2019年に私は政治ジャーナルに「破壊に直面して」と題する短文を発表し、ドナルド・トランプ第1期の外交官僚機構改革の取り組みを値踏みした。私の論文の該当箇所は次の通り。
本論は、トランプ政権がその外交政策理念を新規または既存の外交政策機関に組み込むことには大きく失敗していると主張する。トランプのポピュリズムはリベラル国際主義を掲げる既存の機関を衰弱させることに、より成功し、ポピュリスト的代替案を生み出すことは二の次だった。やる気と無能さが合わさって、トランプ政権は外交政策官僚機構を弱体化させることには成功した。ポピュリズムの制度的基盤は今後も弱いままである可能性が高いが、トランプ政権は既存の機関の能力を侵食することに成功し、この政権後のリベラル国際主義の回復をより困難にしそうだ。これは、官僚統制についての文献がすべての理念を平等に扱えなくなることに繋がる。ひとたび制度が崩されると、好まれる理念にむらが出てしまうのだ。
トランプ政権が米国国際開発庁(USAID)に対して今おこなっている政策をみると、この仮説の検証をさらに推し進めるのは適切と思われる。トランプのUSAID攻撃は、ジャクソン流世界観(訳注: “Jacksonian Worldview”。アメリカの第7代大統領 アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson, 1767-1845の思想や価値観に基づく外交・政治の考え方。アメリカの保守的なナショナリズム(国家主義)や軍事力重視の姿勢に影響を与えた重要な概念)) に反すると見なされる機関を破壊しようとするポピュリストの衝動を体現している。しかし、それはまた、イーロン・マスクのシリコンバレー流合言葉「素早く行動し、クソを壊せ」の具体例でもある。つまり、最初に許可を求めるよりも、行動を起こしてから許しを請う方が簡単だということだ。
おそらく、その信念は民間部門では機能するだろう。しかし、政治制度に関しては、ハンプティ・ダンプティ問題が生じる。つまり、外交政策のサラブレッドや国家安全保障のプロフェッショナルが全員集まっても、これを元に戻すことはできないのだ。
まず、何から壊れていくのかみていこう。現在、米国国際開発庁のウェブサイトに掲載されている唯一のページ(https://www.usaid.gov/)(訳注:2月9日現在クローズされている。Yahooのニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/9456c5cdcc481a771d20de20cb2a8385b17b5a96)は、次のように始まっている。「2025年2月7日金曜日午後11時59分(EST)、最重要ミッション責任者、中核的幹部、特別指定のプログラム担当職員を除き、USAIDの直接雇用職員全員が世界中で管理職休暇となる。引き続き勤務することが期待される重要な職員には、2月6日木曜日午後3時(EST)までに庁の指導部から通知される。」これは、今週初めにABCニュース、ニューヨークタイムズ、ロイターが報じた、トランプ政権が事実上USAIDを廃止する意向を裏付けるものだった。(訳注:ホワイトハウスが発表した”ファクトシート” https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/02/at-usaid-waste-and-abuse-runs-deep/)
最初にはっきりさせておきたい。これは法的に忌まわしいことであり、政策上の大失敗だ。ベラルーシ、ニカラグア、ロシアなどが米国の外交政策の動向を歓迎しているのは、それが大失敗であることを示す良い指標だ。
では、一体なぜトランプ政権はこのようなことを行っているのだろうか? 国務省(訳注:米政府に外務相はなく、外交は国務省が担当する)は下記のようなひどい説明を試みている。
米国国際開発庁(USAID)は、海外における米国の利益を責任を持って推進するという本来の使命から長い間逸脱しており、USAIDの資金のかなりの部分が米国の中核的国益と合致していないことは今や十分に明らかである。
Drezner’s World の勤勉なスタッフは、疑問を抱いている。USAID に関するこの主張は、なぜ「十分に明らか」なのか。それは、イーロン・マスクが、USAID は「邪悪」で「犯罪組織」だと言ったからだろうか。私はそうではないことを願う。なぜならUSAID に関するマスクの主張には実証的な根拠がないからだ。 それともそれは、トランプ大統領のホワイトハウスがそれが真実だと主張しているからだろうか。いや、彼らの主張も偽りであることが暴露されている。
ポリティコ(訳注:政治問題に特化した米国のニュースメディア)の常連である「抜け目のない」民主党戦略家たちは、トランプがUSAIDに宣戦布告したのは、それが政治的に人気があるからだと主張している。
連邦予算の中で最も人気のない隅っこのひとつを守るために抵抗を再開することは、とんでもない誤算となる可能性がある。そして、何人かの著名な民主党員は、党の反撃方法について深刻な戦略的懸念を抱いていると私に語った。
私がベテラン戦略家のデイビッド・アクセルロッド氏(訳注:オバマ時代の大統領顧問で今は政治コンサルタント)に、民主党は対外援助擁護で「罠に陥っている」のかどうか尋ねたところ、彼は文字通り私の発言をさえぎって言った。
「私の心はUSAIDの前でデモをした人々(訳注:今回の措置に反対する民主党の呼びかけで、ワシントンにあるUSAID前でデモが行われた)と共にあるのだが、頭は私に言う、『ああ、この戦いで十分に満足するのはトランプだ。経費削減について人々が最初に言うのは対外援助の削減なんだ。』」
<参考記事> https://www.bbc.com/news/live/cy08dkgej8pt
元下院議長、シカゴ市長、外交官のラーム・エマニュエル氏も私に同じようなことを言った。「すべての戦いに挑む必要はない。すべての球にスイングする必要はない。私の見解はこうだ、元大使としてUSAID のことは気にかけているが、その丘の上で死ぬつもりはない」と。
対外援助が世論調査で好評を得ることは間違ってもほとんどない。しかしそれは、次から次へとなされる世論調査のおかげで、アメリカ人が連邦予算全体の4分の1から3分の1が外国援助に充てられていると信じていることを示している。ところがポール・クルーグマン(訳注:大学教授、ノーベル経済学賞の受賞者で、ニューヨークタイムズ紙にコラムを執筆)が今週初めに指摘したように、USAIDの予算全体は連邦支出全体の1%未満にすぎない。
<出典: 議会予算局議会調査サービス(クルーグマン提供)>
ほとんどの調査研究によれば、回答者にこれらの数字を知らせれば、大多数のアメリカ人が対外援助予算の増額を望むことが明らかになっている。
さて、我々が生きている MAGA の時代では、このような気取った論は通用しない、という議論もあるだろう。しかし、USAID の支出をほぼすべて削減したことの影響のひとつは、国民の同情を逆転させることだ。USAIDに資金が投入されていると、メディアの報道は無駄な支出のあぶり出しにしばしば傾く。USAIDが閉ざされると、報道はUSAID が行っている素晴らしいことを全て伝え、突然の援助凍結がいかにして大量の付随的損害をもたらしたかに掌返しする。
これは、トランプ政権のこの動きが人々を不必要に殺すことになるという事実を丁寧に表現したものだ。
私が誇張していると思うだろうか? ニューヨークタイムズのステファニー・ノーレンが先週、損失報告の一部を公開した。
トランプ政権による90日間の対外援助停止と業務停止命令を受けて、世界中で命を救う医療活動や医療研究プロジェクトが停止された。
ウガンダでは、国家マラリア対策プログラムが村落にある住宅への殺虫剤散布を中止し、妊婦や幼児に配布する蚊帳の出荷を停止したと、同プログラムの責任者であるジミー・オピゴ博士は述べた。
妊婦の出血を止める薬や幼児の命に関わる下痢を治療する補水塩などの医療物資が、ザンビアの村々に届かない。輸送するトラック会社が、米国国際開発庁(USAID)の供給プロジェクトを通じて支払いを受けており、それが中断されたためである。
南アジア、アフリカ、ラテンアメリカで実施されていた数十の臨床試験が中止された。研究に参加した何千人もの人々は、体内に薬物、ワクチン、医療機器を投与されているが、継続的な治療を受けられなくなり、治療を監督していた研究者にも会えなくなった…。
過去6日間に凍結または中止されたプログラムは、感染症の最前線での治療を支援し、エイズ、結核、マラリアなどの病気による数百万人の死を防ぐのに役立つ治療と予防策を提供していた。また、中国との影響力を競い合う国々において、米国の慈悲深く寛大なイメージを印象づけていた。
ノーレンのその後の報道は、この凍結措置の実施がいかに愚かであるかを示している。その最たる例は次の通り。
イングランドでは、2つの臨床試験で約100人が実験的なマラリアワクチンを接種された。ワクチンが体内で副作用を引き起こした場合、彼らは臨床試験スタッフに連絡を取るが、それができなくなった。この臨床試験は、現在アフリカで使用されているワクチンよりも優れた次世代ワクチンを見つけるための取り組みである。現在のワクチンは、子供のマラリア症例の約3分の1を減らすことができるが、研究者はそれよりはるかに高い保護を提供するワクチンを見つけたいと望んでいた。マラリアは依然として世界最大の子供の死因であり、入手可能な最新の数字によると、2023年には60万人がこの病気で死亡している。
治験が凍結されていなければ、参加者は定期的にクリニックを訪れ、身体への悪影響がないか監視され、ワクチンが効いているかどうかを調べるために血液や細胞のサンプルを採取されるはずだった。参加者はワクチンの安全性を評価するために2年間追跡調査を受ける予定だった。
この治験にオックスフォード大学で携わっていた科学者は、先週解雇され治験に関する情報にアクセスできなくなった。ただ大学のパートナーが、参加者が病気になった場合に備えて、別のスタッフを用意することを期待していると述べるに留まった・・・
「研究を完全に完了させることなく人間で何かをテストするのは非倫理的です。正当な理由もなく人々を危険にさらすからです。」と彼女は言った。
とにかく、すでにダメージは発生している。イーロン・マスクの世界では、これは問題ではない。彼は11月以来、何度も語っているが、もし彼と彼のDOGE(訳注:政府効率化省の頭文字で、イーロン・マスクが率いる)チームが予算削減や雇用凍結で行き過ぎた行動をとったとしても、彼らは単に軌道修正して間違いを正すだけだ。
ところがトランプ2期目にも必ずおおかた当てはまる公式を繰り返しておこう。政府の外で使えそうなものは、ふつう政府のなかではひどすぎて使えない。そして、歴史は繰り返すが元には戻らない。今週初めにニューヨーク・タイムズ紙のジャメル・ブイエが説明したように、「敵対勢力が反応の仕方を構築するとき、見過ごせない重要ポイントがある。それは、もう古いもとの道には戻れないということ。トランプ大統領とイーロン・マスクは物事の根本を変えた。彼らがつけた足跡はそう簡単に逆進できない。」
たとえUSAIDの資金が取り戻せても、それをうまく使うメカニズムから大事なはらわたは抜き取られてしまった。解雇されて6カ月も経てば、人々はよそへ行ってしまう。国家の能力の破壊である:その再建は不可能に近い。この事実はマスクとトランプにとって考慮の外:2人とも混乱においては抜きん出るも、制度下においては使い物にならない。
直近で連邦政府がクソまみれの政治的理由からその官僚機構をパージしようとしたとき、米国の政策能力はひどく低下したと、クレイ・ライゼンはポリティコで説明した。
1950年代初期の全米に広まった政治的パージが今日、明らかにこだましている。70年前、ソビエトのスパイを狩るというもっともらしい言い分で、何年にもわたる被害妄想的キャンペーンへの道が開かれた。動機づけたのは奇妙な陰謀論。無数のプロが人生を壊され、残ったのはアメリカの保安力の改善のみだった。
今日、ダイバーシティや平等やインクルージョン事業をちゃんとチェックしようと言いつつ、全連邦機関における大量解雇と事務所閉鎖がすでに正当化されている。あのまえのパージの時代の結論を思い出すのは賢いことだろう。あのころよく言われたのが「赤の恐怖」だった。
あのものすごい地政学的競争の時代、米国は自らのアキレス腱を絶ち、価値ある何千何万の被雇用者を排除し、残った者には不幸な追従を課した。今日おなじ失敗が起きるのを見るのはつらい。
流言飛語を数え上げるのは不可能だが、1950年代の反共パージの代償は明らかに巨大で、影響の排除には数年どころか、数十年もかかった。例えば、1950年代初頭に政府のあちこちで専門家がパージされず、不同意者が罰せられなかったなら、賢い頭脳が正しい反対の声を上げただろう。東アジアにおけるアメリカの近視眼的反共主義、なかでもベトナム介入への急な突進に。トランプ政権は今日おなじ近視眼的危険をおかすのだろうか?
私は政治科学者を自認している。世界の出来事について、状況に応じた発言を繰り出す、それのみが日々の仕事だ。例えば「この手は使えない」とか「この政策は元来コストを増やす」とか「このやり方はまず失敗する」とか。本来複雑で言い切ることができない世界のことを良く知るほとんどの社会学者が口をつぐむことを言う。
今回のUSAIDの破壊?私が口をつぐむ筋合いはない。これはアメリカのライバルを助けるオウンゴールで国の利益を害する。その上、ダメージは永続する。