欺瞞、曖昧さ、そして「時間稼ぎ」という政策は、パキスタンが生き残るための最後の手段となっている。

(WAJ: パキスタンは、内戦状態におちいり収拾のつかなくなったジハーディスト(アメリカやアラブの支援を受けたパキスタンがPDPA政権への宣戦布告なき戦争を戦わせたムジャヒディーンと呼ばれる勢力)を見限り、1996年にターリバーンを創設した。そのターリバーンがいまになって生みの親であるパキスタンに歯向かってきている。その原因は様々あるが、根本的な原因は、パキスタンが一貫して自らの利益一辺倒でアフガニスタンを利用してきたことにある。獅子身中の虫、あるいは身から出たさび、といえる。パキスタンは現在、経済的にも、気候変動による自然災害でも、かつまたインドとの武力対決をもふくむ対立でも、極めて厳しい状況に置かれている。本論の筆者はそのようなパキスタンの身勝手さを指摘したうえで、パキスタン自体が抱える内部矛盾に解決の方向が見いだせない以上、パキスタンのアフガニスタンに対する政策に当分変更はないだろうと予測する。)

 

アブドゥナシル・ヌルザド(政治学および地政学の研究者(特にサンガル向け))
2026年2月19日 (サンガル:アフガニスタンおよび中央アジアのジャーナリスト、研究者、知識人が、自由、独立、正義、文明、人間の尊厳、宗教的信念、そして地域の安全保障を守るための拠点、情報発信プラットフォームとしての役割を目指すネットメディア)

パキスタンの現状とターリバーンとの関係、そしてアフガニスタンの情勢を分析する際には、安全保障、政治、地政学という相互に関連する2つの視点から、新たな国際安全保障上の要求、脅威の性質の変化、そして大国のニーズの変化を考慮に入れなければならない。

第1に、パキスタンはもはや冷戦時代に享受していたような特別な優位性を享受していない。冷戦時代、特にソ連のアフガニスタン介入後、米国とソ連の対立の中で、イスラマバードは東方封じ込め体制の最前線国家となった。当時、アフガニスタンとの地理的な近さと代理勢力の仲介役としての役割は、パキスタンに独自の地政学的優位性をもたらした。しかし、冷戦終結後、特に米国、中国、ロシアの多層的な競争の時代においては、大国のニーズは従来の「間接的仲介」モデルを超えている。脅威を生み出し、地域危機を管理する「安全保障の仲介者」としての役割を果たすだけでは、もはや持続的な戦略的優位性は得られない。

こうした状況下で、パキスタン治安部隊が策定し、ターリバーンが脅威を抑止し地域バランスを維持する上で有効であることをワシントンに長年説得しようと試みてきたターリバーン復権計画は、短期的な成果しか生み出さなかった。米軍の撤退とカーブルの陥落は、一見すると長期的な安全保障計画の成功を裏付けるものだった。しかし、ターリバーン内部の対立、各派閥の独立願望、そして地域および外部勢力間の安全保障上の優先順位の変化がすぐに表面化し、均衡を崩した。戦略的な深みをもたらすはずだったものが、新たな不確実性の源泉となったのである。

第2に、パキスタンの政策は、西側諸国との連携のもと、常に持続的な財政的、軍事的、技術的支援に依存してきた。冷戦中および冷戦後、この支援は「管理された混乱」戦略を可能にした。ターリバーンへの支援は、地域ライバルを封じ込めるための組織的な不安定要因の創出、あるいはアフガニスタンにおける権力空白の現実的な利用といういずれの形であれ、一時的に地域の安全保障力学をイスラマバードに有利な方向に転換させた。しかし今日、この機会は極めて限定的で、費用がかさみ、予測不可能である。

ターリバーンはパキスタンの意図的な指示の下で行動できるほど完全に均質な組織ではないが、かといってイスラマバードのかつての同盟国がパキスタンの政策を全面的に信頼するほど制御不能な存在でもない。一方では、ターリバーンは包括的な封じ込めに大規模かつ高額な投資を正当化するほど危険な存在ではない。他方では、イスラマバードを安心させるほど安全な存在でもない。こうした状況は「自ら作り出した安全保障上の問題」を生み出した。これはパキスタン自身の過去の安全保障体制が機能不全に陥り、地域のライバル国が将来の安全保障体制におけるイスラマバードの役割を弱体化させる新たな機会を与えてしまった結果である。


より高次のレベルでは、イスラマバードは新たな同盟関係の構図に直面している。インドがイスラエルや複数のアラブ諸国との関係を深めていること、そしてインドが技術、情報、軍事分野に積極的に関与していることは、パキスタンの安全保障上の判断にさらなる圧力をかけている。こうした状況下では、タリバンへの直接的な圧力や、タリバンの敵対勢力への公然たる支援は、パキスタンの死活的利益にとって重大な地政学的代償を伴う可能性がある。同時に、現在パキスタン国内にも波及しつつある危険なゲームを続けることは、国の財政、軍事、政治資源を消耗させている。

宗教原理主義の悪用、ジハード主義文化の促進、アフガニスタンにおける戦略的深み(訳注:インドとの対立においてアフガニスタンを安全な後背地として確保すること)の確立を基盤とするパキスタンの伝統的な安全保障ドクトリンは、現在再考されている。パキスタンの最も緊密な情報同盟国(訳注:中国)でさえ、独自の利益に基づいて行動している。ターリバーンの反対派(主に欧米志向で民主主義的、人権重視)を支援することは、イスラマバードに有利な結果をもたらすどころか、長年にわたるイデオロギー的・安全保障的基盤との戦略的対立を引き起こす可能性もある。デリーやテルアビブの影響力抑制という点で、状況的に利害が一致する可能性を考慮したとしても、アイデンティティの隔たりや相互不信が連携の可能性を極めて低くしている。

一部のアラブ諸国、トルコ、西側諸国からの限定的かつ条件付きの現状維持支援によって、パキスタンの崩壊は一時的に回避されたものの、この状況には持続的な保証が欠けている。アンカラは現実的な行動を取り、西側諸国、アラブ世界、イスラエル、中国、ロシアと同時に連携を図っており、イスラマバードを無条件の戦略的パートナーというよりも、将来の脅威に対する抑止力として捉えている。さらに、イランにおける潜在的な動向や、より広範な地域的不安定化のシナリオは、イスラマバード、アンカラ、そしてアラブ諸国の首都にとって警鐘となる可能性がある。複雑な安全保障体制の中で過激派勢力が移転・再配置されることは、地域における脅威の再分配に関する新たな懸念を引き起こしている。

こうした状況下で、ターリバーン支配下のアフガニスタンは、非公式経済、麻薬密売、そして宗教的過激主義の道具化によって存続しており、東西双方との同時的な交流が可能な、流動的な競争の場となっている。予測可能な環境を求めるパキスタンにとって、この流動性は構造的な不安の源泉となりつつある。

こうした過程の結果、かつて自らが形成に重要な役割を果たした混乱を管理しようとするイスラマバードの努力は、今や慎重かつ防衛的になり、外部の変化に大きく依存するようになった。パキスタンは、ターリバーンを「接触は可能だが問題のある」パートナーとして簡単に「乗り越え」、より穏やかで協力的な代替勢力を見つけることはできない。また、現状を根本的に変えるための資源も正当性も持ち合わせていない。欺瞞、曖昧さ、そして「時間稼ぎ」という政策が、パキスタンの最後の生き残り手段となっている。


ターリバーンの敵対勢力にとっても、状況は決して理想的とは言えない。彼らは限られた資源、結束力の欠如、そして外部要因への依存といった問題に直面している。結果として、相互の無力感が「短期的な取引」という枠組みを生み出し、望ましくない同盟関係の形成につながっている。

2026年は、パキスタンのターリバーン政策における戦略的な転換や、安全保障ドクトリンの抜本的な見直しを示す年とはならないだろう。むしろ、曖昧な政策の継続、不安定化の増大への懸念、そして事態が完全に制御不能に陥るのを防ごうとする試みが見られるだろう。パキスタン軍でさえ、自らの安全保障体制が生み出すものから、これほどの反抗と予測不可能性が生じるとは予想していなかった。今や、その体制自体が内部的な課題となっている。無数の変数と流動的な同盟関係の中で、将来の変化の規模を評価することは、不可能ではないにしても、困難になりつつある。これこそが、パキスタンの安全保障上の行き詰まりの本質であり、そこから抜け出すのは困難であり、多大な犠牲なしに維持することは不可能である。

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