(2025年11月24日)

 ターリバーンに屈伏した前歴の繰り返し 

~ ウクライナに突きつけられた理不尽~

 

ゼレンスキー大統領:尊厳かパートナーの喪失か

トランプ大統領が、感謝祭(サンクスギビングデー)の11月27日までに回答せよとしてウクライナに提示したとされる28項目の和平案はウクライナにとって極めて厳しい理不尽なものである。漏れ伝える形でメディアが報道していたが、SkyNewsは「Trump’s 28-point Ukraine peace plan in full」と題してその全文を掲載した。

イギリスの代表的なメディアのひとつであるガーディアン紙は「ウクライナのNATOからの追放、ロシアのG8復帰、領土譲渡:トランプ大統領の計画案」とのタイトルで懸念を表明している(世界の声に翻訳を掲載)。西側の代表的なメディアは多かれ少なかれ同様の論調である。それにたいしてトランプ大統領はこの28項目は交渉のスタートを示すものであり最終案ではない、と修正の可能性をほのめかしている。(ホワイトハウスは全文の公式発表はしていない。)

この提案に対してゼレンスキー大統領はトピックス欄に掲載したように「尊厳かパートナーの喪失か」と苦渋にみちた反応を見せている。

一方ロシア・プーチン政権は交渉のベースになりうるものとこの提案を歓迎している。(ロイター「Putin says U.S. peace plan can be the basis for peace in Ukraine」)

日本では、高市首相が「台湾有事は日本の存立危機事態」と仮定の想定にたいして、これまで日本政府が慎重に避けてきた言わずもがなの挑発的な国会答弁を行い、日中間に大きな対立と亀裂を生んでいる。

アメリカが企図し挑発するアフガン―ウクライナ―新疆・台湾とつながる危機ラインがいま転機を迎えている。ネオコン勢力などが暗躍して進めてきた対ロシア挑発に乗せられて武力侵攻(特別軍事作戦)で対応したプーチン政権の失政(「罠にかかったプーチン アフガン戦争化に向かう危険性」)を結果として許容する道、それは、アフガニスタン政府や欧州同盟国をそっちのけにして、ターリバーンへの実質的な降伏に通じるドーハ合意を主導したドナルド・トランプ大統領の今再びの重大な誤りである。

 

(1)28項目案の問題点

アフガニスタンの時と同様、ウクライナと欧州同盟国を除外して練られた28項目提案の中には、
「ウクライナが将来的に NATO(北大西洋条約機構)に加盟しないという条項」
「ウクライナ軍を一定規模以下に限定する条項」
「現在ロシアが占領・実効支配しているクリミア、ドンバス地域などを事実上ロシア領とみなす条項」
「ウクライナがロシアに対して法的賠償請求や戦争責任追及を放棄する条項」
などウクライナの主権を一方的に縛る提案が含まれている。

マスメディアの批判報道でもこの和平案には「ロシア側の長年の要求が多く反映されており、『被侵略国』であるウクライナ側が重大な譲歩を強いられている」とする分析が多くみられる。

● ウクライナ側・現地からの受け止め

なぜウクライナ側がこの案を「極めて厳しい」と感じているか、主な理由はつぎのとおり。

【主権・領土の譲歩を前提としている】
ウクライナ側は、クリミアやドンバス地域(ドネツク、ルハンシク州)、さらには南部のザポリージャ、ヘルソン州などを巡る領土問題を「協議の対象外」「回復可能性を前提」としてきた。ところがこの案では「事実上ロシア領と認める」「ライン・オブ・コンタクトを凍結/維持する」という内容が報じられ、ウクライナ政府・世論からすると本来的に「奪われた領土を再び取り戻す」姿勢から遠ざかるものとなっている。

【安全保障上の制限・抑止力の弱体化】
軍事面では、ウクライナ軍の規模を制限し、将来的なNATO加盟を放棄させる条項がある。これにより「再侵攻を抑止できる体制」を維持しづらくなるとの懸念が、ウクライナ側および西側分析家からはあがっている。

【法的・戦後処理の放棄】
この案では「戦争中または戦後のロシアによる侵略行為・戦争犯罪に対してウクライナ側が賠償請求や法的訴追を行わない」という条項を含むとの報道があり、ウクライナ側では「被害者=ウクライナ」という立場からは、正義を放棄するものと捉えられている。

【実質的な「譲歩期限付き要求(デッドライン付き)】
報道によると、トランプ前大統領側は「11月27日(感謝祭前夕)までにウクライナが回答を出すように」という期限を設けており、ウクライナに急ぎの決断を迫っている。

以上の点を総合すると、ウクライナにとってこの提案は「停戦に向けた譲歩」ではなく、むしろ「国家の主権・安全保障を大きく抑える代償を払わせる」内容であり、「理不尽」「厳しい」と受け止められる代物だ。

● なぜこのような案が出てきたのか、背景を考えてみる。

この提案の背景には、以下のような複数の政治戦略的構図があるとみなされ、ウクライナ側にとって厳しい構図を理解する手がかりになる。

米国・トランプ政権側は、米欧州の支援疲れ、冬季の物資制約、中間選挙に向けたみずからの選挙対応などを背景に、戦争の“早期停戦”を重視しており、ウクライナが失地を取り戻すための戦線を長く維持する形よりも、迅速に“帰結”を付けたいという動機がかいまみえる。

ロシア側は長期戦を前提に、既存の領土掌握を固定化する「既成事実化」を志向しており、この案はその狙いとも合致していると推測できる。

さきに紹介したガーディアンの論説にもあるとおり、欧州諸国、特に英国・ドイツ・フランスは、今回の案がウクライナを犠牲にしてでも早期和平を得ようとする米国単独の動きだと警戒しており、同盟間の分断を懸念している。

以上を勘案すると、ゼレンスキー大統領が「尊厳か、パートナーを失うか」との反応を示しているのは理解できる。

 

(2)主要アクターの反応とその意味

つぎに、ウクライナ、米国(トランプ側)、ロシア、欧州主要国という4つの主要アクターの反応を整理し、それぞれの位置づけが何を意味しているかを考察してみよう。

(a)ウクライナ:ゼレンスキー大統領のジレンマ

ゼレンスキー大統領は、「国家の尊厳を守るか、主要なパートナーである米国を失うか」という苦渋の選択を迫られていると述べている。 この発言の背景には以下が考えられる。

ウクライナでは現在、ロシアの軍事侵攻・占領、軍事施設だけでなく民間施設やインフラなどへの爆撃が続いており、多大な人的・物的被害(数万人単位の死傷者、数百万人規模の避難・移住者)を抱えている。ここで譲歩を強いられれば、国民の抵抗意志・戦意が低下する恐れがある。

ウクライナは同盟国(米国・欧州)からの支援を受けて戦ってきたため、米国側の提示を拒否すれば「支援を失うのではないか」という懸念がある。

さらに、ウクライナ国内では世論・政治的安定も問題であり、譲歩が「降伏」と受け止められれば政権基盤が揺らぐ可能性がある。(おりしもゼレンスキー側近の大規模汚職が発覚している。28項目提案に合わせたアメリカの謀略であるとの説もある。)

ゆえに、ゼレンスキー側は「提案を即座に受け入れるわけにはいかない」という姿勢を示しつつも、交渉のテーブルには着かざるをえない複雑な立場に追い込まれている。

(b)米国(トランプ側):早期解決志向と同盟調整リスク

トランプ前大統領およびそのチームの動機は、「戦争を早期に終結させる」、である。トランプ大統領は、ウクライナに「27日までに回答せよ」と期限を課して圧力を強めている。

しかし、米国内および同盟国との調整には次のようなリスク・矛盾が存在する。

米軍部・外交専門家・議会からは、この提案が「ウクライナの抑止力を弱め、ロシアに次の侵攻の余地を与える」とする批判がある。

欧州との同盟関係では、米国が“単独で”この案を推進し、欧州主要国と十分に協議しないまま進めたという批判が出ている。これにより「米欧連携」の信頼性が揺らぐ可能性がある。

トランプ側が「迅速な和平」を掲げる一方で、ウクライナ側の主権・安全保障要求が十分反映されていないとの指摘がある。28項目による妥協案は「この案は次の戦争を招く」(will invite the next war)ものでしかないと警鐘が鳴らされている。

(c)ロシア:歓迎・駆け引きの立場

プーチン大統領側は、報じられるところではこの提案を「交渉のベースになり得る」として歓迎の姿勢を示している。その意味するところは次の通りと推測される。

・ロシアは既に占領地域を確保しており、これを「交渉で固定化」すれば、軍事的に追加的侵攻を進めずとも実質的な支配を長期化できる。
・この案がウクライナにとって苛烈な譲歩を要求する内容であるため、ロシアにとっては「ほぼ勝利条件」に近い交渉枠となり得る。これは「被害者に譲歩を強い、加害者に実質的コストを課さない」構図に他ならない。
ただし、公にはロシアは「未だ詳細協議を始めていない」とも発言しており、駆け引き的な態度も見せている。

(d)欧州主要国(英国・ドイツ・フランス)および同盟体制:警戒と反発

欧州主要国は、トランプ案に対して批判的な姿勢を強めている。そこでは以下の諸点が指摘されている。

・欧州首脳らの声明では「国境を武力で変えてはならない」という原則を強調し、この提案がその原則を侵す可能性を懸念している。
また、ウクライナの防衛能力を制限し、ロシアが実質的に有利になる構図を「ヨーロッパの安全保障の後退」と見なしている。

欧州としては、同盟および集団防衛の観点から「ウクライナを犠牲にしてでも迅速な停戦を」という米国主導の動きにたいし、今後の和平プロセスに欧州自身がどの程度関与できるかが焦点となっている。

 

(3)今後の課題:ウクライナ、欧州・米国、地域秩序への影響

最後に、この提案がもたらす可能性のある影響・課題を整理するとつぎのようになる。

課題1:ウクライナの選択と国内安定

ウクライナにとっては、本提案を巡る決断が国家の存立・国民の戦意・政権の安定を左右する岐路となるだろう。

「尊厳を守る」「主権を回復する」という基本的な立場を放棄すれば、国内の支持基盤が崩れるリスクがある。

しかし、米国を始めとする支援国からの圧力(期限付き回答)を無視すれば、援助打ち切りや孤立化の懸念も生じる。
このジレンマが、ゼレンスキー大統領の「尊厳かパートナーか」という発言に凝縮されている。

課題2:欧州安全保障秩序と同盟関係の試金石

欧州側にとって、この和平案を巡る動きは「米欧関係」「NATOの信用」「集団防衛の原則」が問われる機会となる。

もしウクライナが重い譲歩をすることで、ロシアの領土奪取が実質的に認められるような合意が成立すれば、「力による現状変更が認められる」というメッセージを与えかねない。欧州側が懸念するのはこの点だ。

同時に、米国が「欧州を充分に巻き込まずに交渉を進めようとしている」という印象を与えれば、同盟基盤の分裂を招く恐れがある。

欧州にとっても「ウクライナ支援=自らの安全保障投資」であるという認識が強く、ウクライナが抑止力を弱められるという事態は、欧州の防衛能力を後退させる可能性がある。

課題3:長期的和平の実効性と将来リスク

形式的な停戦・合意が成立しても、その内容がウクライナの防衛能力制限やロシア側要求の受け入れを含むものであれば、将来再びロシア側の侵攻・挑戦を誘発しかねないという懸念がある。

また、法的責任の放棄・領土変更の事実承認などは、国際法・国連秩序の根幹に関わる問題であり、仮に認められれば「武力による現状変更容認」の悪しき先例になり得るというおおきな危惧がある。

 

(4)日本・アジア太平洋を含む広域的な視点

このウクライナを巡る和平交渉の成否・内容は、欧州だけでなくアジア太平洋地域を含めた安全保障環境にも示唆を与える。例えば:

日本を含む同盟国・パートナー国が、「集団的自衛/抑止力/領土の現状維持」という対抗姿勢にのみこだわるなら、それは地域の安全保障構造にも影響するだろう。アメリカ一辺倒のままであればアメリカの武力行為に巻き込まれる、ないしは、今回のウクライナのようにアメリカの代理戦力として動員され梯子を外される恐れがある。

また、ロシアとの交渉でウクライナが一方的な譲歩を強いられる構図が他地域における「侵略国家-被侵略国家」の力関係モデルとして参照され得るため、国際秩序全体の信頼性がゆらぐだろう。国家関係を対立を軸に構想する思想では安定した国際秩序を構築することはできない。

日本としては、ウクライナの尊厳を守るという価値支援と同時に安定的・現実的な外交・安全保障態勢を維持する難しいバランスを取らねばならないことが、今回の提案を通じて再確認される。高市首相の余りにも軽々しいトランプ依存の姿勢は日本を危険に落とし込めるおおいなる危惧がある

 

(5)結論:選択の岐路としての和平案

今回の「28項目和平案」は、表面的には戦争終結のための枠組みを提示しているように映るが、内容を詳細に見ると、ウクライナにとっては「戦争を終えるための妥協」ではなく、「国家の主権・尊厳・安全保障を脅かす代価を伴う条件」に他ならない。

ウクライナ側には、つぎの2つの道が提示されている。

ひとつは、この案を受け入れて停戦を実現し、即時の被害と死傷者を抑える道。
もうひとつは、尊厳と主権を掲げたまま、より有利な和平条件を模索し続ける道。

ただし、後者を選んだ場合、米国からの支援削減あるいは孤立のリスクが伴う。逆に前者を選んだ場合、将来的な安全保障環境の弱体化や、ロシアによる次の侵攻リスクを受け入れざるを得ない可能性が高まる。いずれにしてもウクライナ国民は厳しい判断を迫られている。

米国や欧州にとっても、この案を通じて「同盟とは何か」「抑止力とは何か」「武力による現状変更を認めてよいのか」といった問いが改めて浮き彫りになっている。特に欧州側が強調する「国境を武力で変えてはならない」という原則は、今回の案がそれを揺るがしかねないとの警戒感を生じさせている。

和平案ではなくむしろ降伏案に近い28項目の条件はこのままでは戦争終結の道筋とはいえず、21世紀における国際秩序・主権国家・同盟体制のあり方を問う試金石となるものだ。これをそのまま認めることは、ウクライナを舞台にした「地域的紛争」の枠を超えて、世界の安全保障・外交秩序にとって重大な分岐点となりかねないものである。

アメリカ政府、とくにトランプ政権がアフガニスタンやイラク・中東・パレスチナで行い、いまも行っている自己中心的で恣意的な世界戦略・軍事路線にただひたすら追随するだけでよいのか。アフガニスタンの場合と異なり、ウクライナ国民はロシアの侵略に抵抗する力と団結力を持っている。と同時に欧州も支援の姿勢は示している。アフガニスタンにおけるアメリカの失敗も見ている。アフガニスタンとウクライナのケースを他山の石として日本および世界は真剣に考えるべきときだ。

野口壽一