(2025年2月17日)

 本音丸出しのアメリカ主義者・トランプ 

~建前や綺麗ごとでは済まされない哲学的課題~

 

 

ハンプティー・ダンプティー

翻訳作業は楽しくて勉強になる。
直近の「世界の声」に掲載した「トランプ政権のハンプティー・ダンプティー外交政策」の原題は「The Trump Administration’s Humpty Dumpty Foreign Policy」

論文のトップにはでっかくこんな写真が掲載されていた。

調べるとイギリスの伝承童謡(マザー・グーズ)のひとつ「ハンプティー・ダンプティー」が由来らしい。三宅忠明訳をネットで見つけた。

ハンプティー・ダンプティー、塀の上に座っていた、
ハンプティー・ダンプティー、ドサッと落っこちた!
王様の馬、王様の兵士、みんなかかっても、
ハンプティーを元通りには出来なかった!

ハンプティー・ダンプティーは擬人化されて卵の姿で親しまれているという。なるほど、「割れた卵は元に戻せない」という意味なんだ。

高校時代、「覆水盆に返らず」の英語は「There is no use crying over spilt milk」だと習ったっけ。

いろいろなAIをつかってサーフィンし「Humpty Dumpty Foreign Policy」の意味を調べた。英語圏では「不安定で持続不可能な外交戦略」を批判的に表現するための言葉だという。つまり、

・予測不可能で、一貫性がなく、大きな破綻を引き起こす可能性があり、取り返しのつかない損害や大きな破綻を引き起こす可能性のある政策

・同盟国や外交関係の信頼を損ね回復を困難とする外交戦略

例として

「トランプ政権の外交政策は、まるでハンプティー・ダンプティーのようだ。一度関係が壊れると修復が難しくなる。」

「イギリスはEU離脱後の交渉で困難に直面している。まさにハンプティー・ダンプティー外交の典型だ。」

などの表現が出てくる。

 

2月17日号のニュースメールで紹介したもうひとつの論考、「米国の援助停止、アフガンへの影響~ターリバーンも国民も死活問題」はトランプ大統領が設立した政府効率化省(DOGE)<注>の実行部隊長イーロン・マスク氏による米国国際開発庁(USAID)閉鎖(ないし縮小して国務省の一部とする)策動を痛烈に批判している。

<注>(DOGEとは「Department of Government Efficiency(政府効率化省)」の略)

まさにトランプ政権のUSAIDつぶし政策は「ハンプティ・ダンプティー」政策そのものだ。

 

<「経費削減」は目くらましの大衆だまし>

関税合戦は貿易戦争を惹起し経済のブロック化と本当の戦争を引き起こす可能性はあっても、途中で止めたり引き返したりが可能である。しかし、人員削減を理由に、出来上がったシステムを破壊する行為は対外的な信頼と実績を無にするばかりか、それにかわる組織をつくりだすのに長い時間を要したり、回復を不可能とする場合さえありうる。

トランプ大統領はUSAIDを「過激な左翼の狂人が運営」する「犯罪組織」などと口汚くののしっている。マスク氏はUSAIDのみならずCIAやFBI、財務省なども削減すると称して、公務員200万人に退職勧告を出している。一見、無駄をはぶく「緊縮財政」「小さな政府」を目指しているように見える。

しかしそれは表向きの理由であって、彼らの本当の狙いは、
「ディープ・ステート(DS)の排除」
「ウォーク・マインド・ウイルス(Woke Mind Virus、覚醒思想ウイルス)の駆除」

が狙いなのだ。正当な経費縮減だと思っているととんでもなく騙される。

2023年度米連邦予算に占めるUSAID比率(わずか0.6%)
Source: Congressional Budget Office, Congressional Research Service

 

イーロン・マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)の真の目的は何か? 政府効率化の建前の裏の、さらにその奥にあるミッションとは!?

本サイト「世界の声」で昨年11月に紹介したピーター・D・フィーバーの「トランプは世界をどう変えるのか」では次のような予測が述べられていた。

――彼らが「ディープ ステート」と見なす民間および軍の専門家層を空洞化し、おそらく政府の手段を使ってトランプの反対者や批判者を攻撃するだろう。

まさにその攻撃がいま開始されたのである。

では、トランプ大統領の大統領令によってつくられ、イーロン・マスク氏を実行部隊長とするDOGEが進めるDSつぶしミッションの最終目的はなにか。それについて不動産投資と米国株式を中心に運用するストラテジストのポール・サイ氏の分析が興味深い。

彼によれば、長年に渡り、イーロン・マスクや共和党が掲げてきた目標、「ウォーク・マインド・ウイルス(Woke Mind Virus、覚醒思想ウイルス)の駆除」が目指されているというのだ。

トランプ大統領やマスク氏が敵とする概念「ウォークネス(Wokeness)」とはなにか。
それは、アメリカが本質的に人種差別的な国家であるという信念を基盤とし、この「原罪」を是正するために、あらゆる分野で「反人種差別」的な行動、つまり非白人を優遇する措置を推進すべきだとするイデオロギーを指すという。トランスジェンダーの権利運動もこのウォークネスというイデオロギーの一環と見なされることが多い。

そして、イーロン・マスク氏らは、ウォークネスが過剰に進むのは人々がウォーク・マインド・ウイルス(覚醒思想ウイルス)に感染しているからだと批判している。トランプ政権の政治目標のひとつは「ウォークネスの排除」。その理由は、アメリカの主要な制度がこのイデオロギーに支配され、イデオロギー的な偏りを生んでいると考えているからだ。民主党が進めてきたDEI(「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包摂性)」)政策が、白人男性に対する逆差別を助長し、能力や効率性よりも政治的イデオロギーを優先するとして排除を狙っている。

つまり、DOGEの真の目的は、単なる財政緊縮や政府支出削減ではなく、このウォーク・マインド・ウイルスに冒された連邦政府の官僚機構のイデオロギー的な性質を変えることにあるということだ。特に、官僚機構は高学歴な人々が多く、歴史的に民主党寄りの傾向が強く、高い地位にある人ほどその傾向が強まる。

DOGEは政府の各機関にチームを配置し、支出削減や人員削減を行うだけでなく、政府プログラムの方向性や職員のイデオロギー的傾向を変えることを目的としている可能性が高い。つまり、政府を「小さくする」のではなく、「トランプ大統領とイーロン・マスク氏にとって、より機能しやすいものに作り変える」ことが本質的な狙いだと考えられるのだ、とポール・サイ氏は結論づけている。(『お金の総合サイト! ZAi ON LINE』2025年2月12日公開

 

<民主主義が独裁を生む>

2期目の大統領選挙でトランプ大統領候補が勝利した理由は、プアホワイトが多くラストベルトと呼ばれる激戦州7州全部を抑えたことが大きい。代議員数で大きな差がつき、上下議会も制してトリプルレッドを達成し、「圧勝」の印象を与えたが、実は、民主党がずっこけての小差の勝利だった。

トランプ大統領は国民の過半数の支持を得たわけでなく、相対多数を得ただけなのに、万能の全権を与えられたような独裁ぶりを発揮している。多数決を原理とする民主主義の形式が彼の独善的な支配に根拠を与えている。

トランプ候補が選挙に勝った背景には、ここ20年以上に及ぶ、アメリカ経済のインフレや貧富の差の拡大などがある。格差は、「知的エリート層」「シリコンバレーや西部・東部の海岸地帯でのIT産業の飛躍」「ウォール街に象徴される金融業界の支配力の増大」などによって生み出された。一方、ラストベルトに象徴される製造業の凋落、製造現場労働者の貧困化、レストランや流通業、小売業、飲食業、エッセンシャルワーカーとおだてられながら貧困化した中間層、社会の空洞化、社会基盤の変容があった。「ウォール街占拠運動」なども記憶に新しい。

トランプ候補は、自己防衛に走る労働者階級の保守化と知的エリート層への憎悪を煽った。憎悪の対象を「DS(ディープ・ステイト)」と呼び、「ウォーク・マインド・ウイルス」退治に邁進した。

貧富の差の拡大は絶大だった。アメリカ連邦所得税データの概要によれば、
上位1%の所得シェアは2021年には26.3%、2022年には少し落ちたがそれでも22.4%、連邦所得税の納税シェアはそれぞれ45.8%と40.4%だった。全納税者の上位 50%が連邦個人所得税全体の97%を支払い、下位50%が残りの3%を支払うのみという、すさまじい格差である。そのような格差によって生み出される大衆の怨嗟をトランプ陣営は「エリート政党・DS政党」である民主党にぶつけた。格差の弊害をもろに受ける労働者やマイノリティーの支持を民主党は失った。

 

出典:日経新聞オンライン

 

マルクス主義の公式では、人倫を奪われた労働者階級と労働者を搾取し富を独占する資本家階級の階級闘争が社会発展、歴史変革のエネルギーのはずであった。労働者階級こそが歴史を前に進める進歩勢力のはずであった。しかしアメリカでは逆の現象が起きたばかりでなく、民主主義そのものが死にかかっている。独裁が民主主義の衣をかぶって登場してきた(『民主主義の死に方:二極化する政治が招く独裁への道』)。

トランプ大統領はこれまでのアメリカの伝統を破る「困りもの」のように描かれている。しかし、彼の発想の原点はまさに「アメリカそのもの」というべきものである。「アメリカファースト=アメリカのエゴ」しかり、メイフラワー号で新大陸に渡り、イギリスとの戦争に勝利して独立し、アメリカ大陸先住民の土地を武力で奪い、西へ西へと領土を広げた。太平洋もハワイから西太平洋へ、日本を下し極東まで至った。南はメキシコから土地を奪い中東パナマやグレナダに侵攻し、南米を自国の裏庭にし、アラスカは買い取った。アフガンや中東ではしくじったが、トランプはイスラエルをけしかけてパレスチナを代理侵略させついにはガザをわがものにするとまで発言。グリーンランドもよこせと言い、ウクライナにもしゃしゃり出て利権を手中に収めようとしている。マスクと一緒に月や火星にまで手を伸ばそうとしている。トランプの領土拡張欲はアメリカのDNAである。(筆者注:日本も明治維新後の北海道開拓でアメリカからじかに教育を受けた。そこで学んだ手法でアジア進出を試みたがその教師アメリカに手ひどいしっぺ返しを食らい自滅した。)

付言すると、アメリカという国は普通の国ではない。外交や世界戦略を展開するミニストリーは、国務省(Ministry of State)である。アメリカにはほかの国のように外交政策をつかさどる外務省(Ministry of Foreign affairs)はない。地球全体がかれらの国(State)なのである。ちなみに、トランプの盟友となったイーロン・マスク氏は南アフリカ、カナダ、アメリカの三重国籍者である。たまたま今は3つの国の国籍しか持っていないが彼にとっては世界全体が自分の「国」なのであろう。だから平気で内政干渉する。スターリンクも✕もテスラも世界が彼にとっては単一の市場である。ドイツの政治に口出ししても日本の将来について発言しても彼の意識の中には他国に干渉しているという意識はないはずだ。

 

<トランプ大統領が突きつける哲学課題>

トランプ現象は現実政治、実生活だけでなく、思想面においてわれわれに深刻な攻撃を仕掛けてきている。
一見、一貫性がなく、思い付き的で、エゴイズムのけったいな化け物に見えるトランプ大統領の政治手法は、こけおどしの仮面をはげば、共和党・民主党の2大政党に支配されてきた歴史の中で実践されてきた政策の焼き直しがほとんどだ。一例をあげると、悪魔の巣窟のようにののしって職員パージをしているUSAID攻撃にしても、1950年代の激烈なマッカーシズムの赤狩りに比べれば、前渡金をはずむ気前のいい退職勧告にすぎない。

先に紹介したポール・サイ氏は、トランプ大統領をめぐる状況に対して、要約するとつぎのように言っている。

――アメリカ社会は現在、極端に2極化している。これは一見すると大変な状況にみえるが、アメリカは、このような社会の変化に適応しながら進化し続ける力を持っている。メディアは常に対立する側を「道徳的に間違っている」ものとして描こうとするが、それぞれの陣営の行動の本当の動機を見極めることが重要だ。投資の観点から見ても、こうした社会の適応能力こそがアメリカの活力の源泉となっており、イノベーションを生み出す原動力になっていると言える。

と投資家らしい楽観的な見解を提示する。たしかに、今回の大統領選挙で、民主党が早々と敗北をみとめ、トランプ候補に権力委譲宣言したので大事には至らなかったが、もし、僅差でハリス氏が勝利していた場合、トランプ陣営が素直に敗北を認め暴力的行動に出なかったとはいえないだろう。

アメリカ憲法は人民の革命権を認めている。革命もまた、大衆の意思を実現する民主主義の手段であるとすれば対立や混乱が起きてもそれが活力だと言えるかもしれない。しかし、暴力装置の威力が半端なく発展した現在、暴力や武力を容認した革命行動は、相争う両陣営の自滅に陥りかねない。

トランプ大統領の粗暴で、これまでの慣行と国際的に獲得され構築されてきた人類の英知を破壊する思想(と呼べるようなものでもないけれど)と行動に拝跪するひとびとが増えてきている。(GAFAMを先頭に)。アメリカのみならず、ポピュリズムの台頭によって脅かされている民主主義をいかにして守るのか。民主主義のシステムから生まれる独裁をどうやって防ぐのか。現代までの思索と行動の歴史が問われている。

アメリカファーストの独善主義も、小さな政府を良しとする政策も、関税をつかった貿易攻撃も、白人至上主義も、キリスト教原理主義も、最後は武力を背景にした脅しも、アメリカに内在している要因である。要はそれらをオブラートに包んでごまかすか、あけすけにひけらかして脅し相手を屈伏させるかの手法の違いでしかない。トランプは、かつてのヨーロッパ貴族たちが良心の証しとした「ノブレス・オブリージュ」(東洋思想でいえば「仁や「徳」)から程遠い地点にいる指導者にすぎない。いずれ馬脚を現して自滅するであろうが、それまでの損害を考えると、手をこまねいてはいられないのである。同じ憂いを抱える人々ともに手を携え、可能なあらゆる手段を講じて、暴虐にストップをかけなければならない。

西洋哲学=弁証法をベースにした問題解決方法であり、社会変革のエネルギーである対立物の闘争、一方が他方を打倒して勝利する2項対立の弁証法という思想は社会の対立を激化させ破滅を導きかねない。喫緊の現代思想の課題として、この問題を下記のサイトを参考にして考えてみたい。

<参考サイト>

・<視点:117> アフガン、日本、アメリカ~民主主義と人権を保証するものはなにか~
 https://webafghan.jp/siten117/

・<視点:116>民主主義を死なすな~日本総選挙とアメリカ大統領選挙~
 https://webafghan.jp/siten116/

・アメリカ例外主義の終焉~トランプ再選は米国の力を再定義する(ダニエル・W・ドレズナー)
 https://webafghan.jp/trumps-reelection/

・トランプは世界をどう変えるのか(ピーター・D・フィーバー)
 https://webafghan.jp/how-trump-will-change-the-world/

野口壽一