(2025年3月17日)
無恥の王は裸の王様
~覆せるのは人民大衆の大衆運動~
走り始めは独裁者、王様のごとく
トランプ氏が第47代米国大統領に返り咲き2期目に就任した1月20日から60日を迎えようとしている。
この間、高関税による国内産業を再建すると鳴り物入りの政策をかかげ、カナダやグリーンランド、パナマやガザなどの領有をちらつかせ、ウクライナ戦争を終了させるとうそぶき、「アメリカ・ファースト」「MAGA!(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」を呼号し、世界を混乱に巻き込んできた。
「王様万歳」とホワイトハウスの公式SNS
トランプ氏の政策の3本柱は、①関税、②領土拡張、③ナショナリズムに集約できるが、短期間での歴代大統領最多発令(3月中旬までに80本以上)にのぼる大統領令の数々は下記のように多彩だ。
1.国際機関からの脱退: WHO(世界保健機関)やパリ協定からの脱退および再脱退
2.行政機構の改革、縮小ないし閉鎖: 政府効率化省(DOGE)の設立、USAID(米国際開発庁)の閉鎖、消費者金融保護局(CFPB)の活動停止、連邦職員への早期退職勧奨
3.移民政策の強化: メキシコ国境での非常事態宣言、出生市民権の終了
4.社会政策の変更: 性別認識を男性と女性の2つに限定、連邦政府内のDEI(多様性・公平性・包摂性プログラム)廃止
5.エネルギー政策の転換: 石油採掘許可の迅速化を目的とした国家エネルギー非常事態の宣言、電気自動車推進政策の終了
6.外交政策の変更: ウクライナ戦争の停止、イスラエル入植地への制裁解除、キューバをテロ支援国家に再指定
7.教育政策関連: 批判的人種理論(CRT)の学校教育からの除外、教育省の廃止
8.医療政策関連: COVID-19ワクチン義務の撤廃、COVID-19起源調査タスクフォースの設立
9.その他: 2021年1月6日の国会議事堂乱入事件被告への恩赦、連邦職員のリモートワーク終了、メキシコ湾のアメリカ湾への名称変更など
これらを、第1期の人事政策の反省からか、取り巻きをイエスマン・ウーマンで固めて従え、まるで王様気取りで進めてきた。大統領令がそのまますべて実施に移されるわけではないが、洪水のように大統領令を発しメディアや評論家に反論の機会を与えない「Flood the zone」作戦は、第1期の参謀だったスティーブ・バノンの置き土産でもあった。
米国の外でかしずく臣民の群れ
トランプ氏の政策は対立する民主党、とくに前任のバイデン政権の政策にたいする真っ向からの対抗案だ。とにかく違いを出すことが優先され、政策全体を支える思想は貧弱で、行き当たりばったりの思いつきや偏見に満ち満ちたものだ。
しかし、アメリカという物理力(経済力、金融力、軍事力)を手にした「王様」の前には、実利をもとめてかしずく臣民が群れてくる。それは米国だけでなく世界や日本でも同じだ。
直近の分かりやすい例
ウクライナ戦争をめぐるトランプ氏の行動。彼の拠り所はロシア・プーチン大統領との友好関係だ。分かり合える相手だとの「信頼感」。世界を揺るがしている現代最大の戦争である「ウクライナ戦争」を即座に止めさせることができるのは自分だけだ、とウクライナのゼレンスキー大統領との停戦合意を取り付けようとした。大統領執務室で異例のライブ会談を演出し、てなづけられたゼレンスキーの姿を世界中に配信し、自分の偉大さを示そうとした。
しかし、結果がどうだったかは世界が知るところとなった。ゼレンスキー大統領はその足でイギリスに飛び、「有志連合」とウクライナの和平を保証する約束を取りつけた。
そこでは次の4項目が確認された。
・ウクライナへの軍事支援を続け、ロシアに対して経済的圧力を強めていく
・いかなる恒久和平もウクライナの主権と安全の確保が条件で、和平交渉にはウクライナが参加しなくてはならない
・和平合意が成立した際には、ウクライナの防衛力を強化し、将来の侵略を阻止する
・ウクライナでの合意を守り、平和を保証するために「有志連合」を発展させる
ゼレンスキー大統領は、そのうえでトランプ大統領との和解を試み、プーチン説得にトランプ大統領を向かわせた。結果、プーチン大統領はトランプ大統領の提案にたいし、ああだこうだと理由をつけて、結局のところはねのけた。トランプ氏の高慢な自信はもろくも崩された。ディールの手腕を自慢するトランプ氏は歴戦の策士プーチン氏の奸智のまえには子供同然の扱いだ。
このような現実を目にしても、「王様は裸だ」と言えない臣民は何と言うか。
答えは、「すべてはトランプ氏の思惑通りだ」。
日本の言論界にもそのような人物がいる。立教大学ビジネススクール教授で戦略コンサルタントの肩書を持つ田中道昭氏がその一例だ。氏によれば「すべてトランプ氏の『シナリオ通り』に進んでいる…『ケンカ別れ』から一転、ウクライナが停戦を受け入れた理由 『常識外れの言動『が示す本当の狙い」)。
彼のような人物にとっては、言うことを聞かないプーチン氏にはテレビ番組に出演していた時の決め台詞「おまえは首だ!」を言ってもらいたいのだろう。そんな輩が世界中にいる。
アメリカ本国でかしづく臣民たち
衛星国日本のマスコミ・言論界でトランプ擁護の論陣をさまざまに張る人物は多数いる。おひざ元のアメリカでは、無思慮で乱暴で揺れ動くトランプ氏の発言の「真意」を解釈し、正当化する言論人はより一層おびただしい数に上る。
アメリカの国際政治学者でタフツ大学フレッチャースクールのダニエル・W・ドレズナー教授は「なぜこんなにも多くがトランプ氏の発言を正当化しようとするのか?」と自問し「ドナルド・トランプを洗って正気にみせたい心を読む」を記している。(2025年2月14日、本サイトに掲載)
その中でドレズナー氏は馬鹿げた非常識な考えを繰り返す「ドナルド・トランプを洗って正気にみせたい」集団としてつぎの3グループをあげている。
第1の集団は、トランプ氏の追従者と、その追従者を支援するメディア
このグループは公然と表に現れてストレートにトランプ氏を支持するので誰もがそれと理解する。そのような理解者に、彼は「型破り」なだけであり「完全に自信に満ち、束縛されず、頭に浮かんだことは何でも言い、提案できる自由を感じている」、とトランプ氏の姿を描いて見せるのだ。
第2の集団は、トランプ氏を逆張りの論理で擁護する評論家や同僚たち
このグループの人びとは、政治的な会話を「私はトランプ氏に投票しなかったが…」という一文で始め、その後、トランプ氏の主張を逆張りの論理で説明し、トランプ氏の戦略的洞察力を擁護し続ける。(先ほど紹介した立教大学の先生はこのグループに属する。)
第3の集団は、トランプ氏の言説を武器に自分たちの政策を推進する政策提唱者たち
これは最も危ない集団だ。なぜなら、現実世界に直接の影響を与えるから。トランプ氏の部下は、「王様」の言葉をさも知恵がありそうな口実にして、ただ自分たちがやりたい政策を本気で実行してしまう。世界を破滅に導きかねない合理化である。
ドレズナー氏は、この第3グループに属する部下たちが偉大なるリーダーである王様を称賛して点数稼ぎをしつつ、自分たちがやりたい政策課題を実行に移す姿勢を、極めて危険な動向であり、近々現実化する可能性のある、直近の危機だと注意を喚起している。
トランプ政権はギャング集団と同じ
トランプ王を取り囲み崇め奉っている集団とギャング集団はどこが違うのか。
「違わない」と断言するアメリカの論考を本サイトでは紹介しておいた。「<視点:127>残り火も消えた~アメリカの終焉~」
その中でノア・スミス(ニューヨーク州立ストーニー・ブルック大学ファイナンス準教授)氏の主張を紹介した。
スミス氏は「アメリカはいまやギャングに支配されている」として、次のように主張する。
(1)極めて不道徳で、一般的な良識の規範に従うことが期待できない指導者たちをアメリカが選んだ。
(2)米国の外交政策は1945年から2024年まで劇的に変化しており、米国は今や事実上ギャング国家となっている。これが永続的に以前の状態に戻ることができるかどうか不明だ。
(「アメリカはいまやギャングに支配されている」)
この事実をより直截に指摘したのが日経新聞の「トランプ政権、カオスの帰結 『王政』に傾く大統領像」(西村博之、2025年3月7日)だろう。
西村氏はこの論考で、アメリカの社会・政治学者チャールズ・ティリー氏の論を紹介している。
(ティリー氏は)国家とギャング集団を本質的に同じとみる。ともに他者の土地から敵を追い出し(戦争)、支配した領土内でライバルを排除し(国家建設)、住人を内外の脅威から守って(保護)、税金や上納金をとる(利益抽出)。
つまり、同じだとの主張だが、実際には決定的におおきな違いがある。トランプ大統領は世界第一の経済力、金融力、軍事力、核ミサイル発射システムのスイッチを握っている危険極まりない人物だということだ。ギャングの上にはギャングを取り締まる国家権力がいる。だが、トランプ氏の上には強制力をもって取り締まる存在がない。大統領就任式の宣誓で聖書に手を置かなかったトランプ氏には目の上のたんこぶたる神すら存在していない。
トランプ氏の前例は?
本論のトップで、トランプ氏の政策の3本柱は、「①関税、②領土拡張、③ナショナリズム」だと述べた(NHK、「関税こだわるトランプ大統領とかつての“タリフマン=関税男”」、2025年2月1日)。彼は1月20日の就任演説でアメリカのマッキンリー第25代大統領をほめちぎった。「その指導力の下で米国は急速な経済成長と繁栄を謳歌した。マッキンリー大統領は関税によって米国の製造業を守り、国内生産をてこ入れし、米国の工業化とグローバルな影響力を新たな高みへと導いた」(日経新聞「トランプ氏が敬う初代「関税男」、マッキンリーの虚実」、瀬能繁、2025年2月4日)
このように、無茶苦茶で破天荒で粗暴なトランプ氏だが、意外と、アメリカ共和党の伝統に乗っているのだ。同盟嫌いはモンロー主義だし、アメリカファーストや関税政策・高所得者減税も共和党の伝統、小さな政府をよしとするのもそうだ。プーチンと仲がいいのもソ連と組んで世界を半分ずつ分割支配した伝統、LGBTや男女峻別・家族観などはアメリカをつくったプロテスタントの伝統。トランプ氏への嫌悪は民主党のあまりのふがいなさ、トランプ氏のテレビやネットを意識したエンターテインメント性に幻惑されている面が大きい。ゼレンスキー氏との大統領執務室での口論も、現在、修復に向けて動きつつあるとはいえ、大国意識丸出しで弱小国に圧力をかける姿は世界に驚愕を与えた。
このように書いたからといって、トランプ氏の言説を洗って正気に見せたいわけではない。むしろ、大国としての寛容さと風格を失い、時代錯誤の政策を世界にゴリ押しする大統領の存在をアメリカ国民はどう判断するのかを問いたいのだ。トランプ氏を選んだアメリカ国民の民度が問われている。
放置すれば大変なことに
マッキンリー大統領の時代と現代は決定的に違う。百数十年の年代の違いだけでなく、「①関税、②領土拡張、③ナショナリズム」の衝突により、世界(実は帝国主義大国間)の利害が衝突し、2度の世界大戦を人類は体験している。その体験に基づき、世界を調和させ平和をきづく試みを2度行っている。そして1度目(国際連盟)は完全に失敗し、2度目(国際連合)はいま、瀕死の状態(実質的な第3次世界大戦の序戦)にある。
しかも、決定的な違いは、2度目の後、かつての植民地はほとんど独立し、経済的な発展を遂げ(ないしはその途上にあり)世界の経済関係、交通システムは複雑に絡まり合い、地球は単なるアメリカ化だけではないグローバリズムの時代に突入しているのだ。少数の帝国主義大国が自分たちの都合に合わせて支配できるほど世界は従順ではなくなっている。
アメリカの富を生み出し保証しているのは、国民国家を横断するアメリカ式グローバリズムの現在にあるのに、トランプ氏の頭を支配しているのは、100年以上も前の、アメリカの国境を出入りする財貨(商品)とその代金の流通と収入の増大だけである。さらにはその国境を拡大するナショナリズムだ。その妄想が世界にとっていかに危険かは、ここで強調するまでもなく明らかだ(トランプ氏の言説を「洗う」人々を除く)。
どうすればいいのか?
参考になるのは、2月25日のニューズウイーク日本版の記事「王様になりたいトランプ、アメリカ大統領の『ロシア化』とは? 阻止する方法は?」(ウィリアム・パートレット:豪メルボルン大学公法学准教授)だ。
教授は、<合衆国憲法を骨抜きにし、三権分立の「三権」をも超越したロシアのプーチン大統領のような強大な権力を手にしたいトランプ。早く止めなければ取り返しがつかなくなる>と危機感を露わにして対策を提案する。
「国を守ろうとするものに違法はない」(He who saves his Country does not violate any Law(2月16日、Xでのトランプ大統領の書き込み))と豪語するトランプ氏の権限強化の根拠は「行政権一元化」であるとパートレット教授は指摘する。そのうえで、大統領令を跳ね返すのに法廷に頼るわけにいかない。なぜなら上級審ではトランプ有利の判決が出る可能性が大きいし、それまでに政策は遂行されてしまい、変革された現実をもとにもどすことはできない、と。
ウィリアム・パートレット氏の論点を整理すると下記の通り。
・アメリカに国王が誕生するのを阻止するいちばんの方法は、トランプが大統領権限をどのように変えようとしているかを理解して手を打つことだ。
・トランプは選挙で選ばれた「王」だ。先例はロシアのプーチン。
・裁判所では「王」の暴走は止められない。
・政治にできる抵抗は、議会や行政機関での抵抗。
・アメリカの民主主義を守るには、今は法律に頼るだけでなく、政治的な抵抗も実行に移すべき時だ。
論者の言う「政治的な抵抗」の重要な柱は、アメリカ国内と世界とで連帯して闘う人民大衆の日常的な大衆運動にほかならない。トランプ大統領の上に立てるのはアメリカと世界人民しかいないのだ。
【野口壽一】