(2025年10月15日)
ガザ停戦はあらたな危機の始まり
~ネジクレる国際情勢を見る眼を養おう~
ノーベル平和賞をめぐる茶番劇
ガザの停戦が数日遅かったため、トランプ大統領はおしくもノーベル平和賞を逃した。
代わりにノーベル賞をゲットしたのはベネズエラのマリア・コリナ・マチャドさん。彼女は「あなたこそもらうべきだったのよ」とおべっか電話をかけた。彼女の政治的スタンスはトランプ氏に近く、パレスチナ問題でも親イスラエルでシオニスト支持の政治家だ。
いっぽう、ノーベル賞の価値はといえば、とくに平和賞、文学賞、経済学賞などについては議論がたえない。特に、沖縄を「核付き、米軍基地付き日本」に「変換」した佐藤栄作氏に「平和賞」が与えられた事実とノーベル平和賞そのものがブラック・ユーモアとしか思えない。
ついでに、「核なき世界に貢献」したとして大統領就任早々演説ひとつで平和賞が授与されたオバマ大統領の例は、「オバマにくらべれば俺の方がはるかに実績がある」と主張するトランプ氏に軍配が上がりそうだ。
ガザ停戦はトランプ氏の功績?
世界の声でシェアしたBBCの記事「トランプ氏はどうやってガザの状況を打開したのか バイデン氏にはできなかったこと」は、トランプ大統領が、バイデン大統領に出来なかったガザの停戦をどのように実現したかを解説している。その記事で興味を惹かれたのは、TACOとあざけられているトランプ大統領を意外にも評価している点だ。つまり、TACOは常識的な結論を引き出すためのトランプ流やり口ではないか、と。
いうまでもなくTACOとは「Trump Always Chickens Out」(トランプ大統領はいつも尻込みして退く)の略だ。他国に高飛車に高関税をかけて脅しておきながら、市場が混乱するとすぐに引き下げる定見のなさを皮肉る言葉だ。
だが記事は、今回、カタールに滞在していたハマースの交渉団をイスラエルが空爆した暴挙(やイスラエルと共謀してイランを空爆した強硬措置)が、「人質全員解放に至る和平案の合意へとつながる核心的なものとなった」というのだ。さらには「人質の全員解放こそ、トランプ氏とバイデン前大統領が、2年近く追っていた目標だった」と。
BBCの記事の結論は?
解説は、今回のガザ停戦に至るまでのプロセスを分析して見せた後、次のように結論づけている。
・トランプ氏の型破りな手法は、最初は威勢がよく大げさだが、やがて型にはまったものへと変化していく。
・トランプ氏は大統領1期目に、イスラエルのアメリカ大使館の所在地をテルアビブからエルサレムに移した。そして、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区でのイスラエル人の入植は違法だとする国際法にのっとった長年のアメリカの立場を転換した。
・2期目の開始当初は、ガザをめぐって、目玉が飛び出るような提案をした。つまり、パレスチナ人を移住させガザを国際的な臨海リゾートにするというものだった。
・トランプ氏の20項目からなる和平案は「ガザリゾート化」の青写真ではなかった。バイデン氏が合意させたかもしれないものや、アメリカの同盟諸国が長い間支持してきたものとさほど変わらない。
・最初は居丈高で大げさ、最後はしり込み、というわけだ。
本当の尻ごみなら大歓迎だが・・・
トランプ大統領はバイデン大統領と同様にイスラエルのガザ虐殺の共犯者だった。米国は一貫してイスラエルを支持、トランプ氏はとくにネタニヤフ氏と親しく、武器弾薬を供給する、当初からのイスラエルのガザ戦争の主要パートナーだった。
「トランプ政権下のアメリカは、バイデン政権下と同様に、ジェノサイドに加担していた。イスラエルに武器を供給し、資金を提供し、ジェノサイドを実行するイスラエルを外交面で保護した」とは、世界の声である。
私は2年前のハマースの10.7武装蜂起を支持しないが、パレスチナ問題の根本は、パレスチナ人の土地・財産・生命を暴力で奪い、かつ自らのみをパレスチナ地域での国家として主張し、元からのパレスチナ住民の抵抗をテロとして鎮圧するイスラエルとそれを支持する国際勢力の存在、政策であるとする立場を支持する。今回のトランプ氏の停戦20項目ではこの根本問題には一切触れられていない。今回の停戦がなにも解決していないし、新しい紛争の出発だというのはこれが理由だ。
現地からのアルジャジーラ報道
13日現在現地で起きていること
・停戦協定の一環としてガザ地区に捕らえられているイスラエル人捕虜20人全員をハマースが解放したことを受け、イスラエルの刑務所に収監されているパレスチナ人の釈放が始まった。
・トランプ米大統領は現在イスラエルに滞在しており、同国議会で演説を行った後、この合意に関する国際サミットの共同議長を務めるためエジプトに向かう予定。
・切実に必要とされている人道支援がガザ地区に少しずつ届き始めるにつれ、パレスチナ人はガザ北部に残された家々への帰還を続けている。
・イスラエルのガザ戦争では、 2023年10月以降、少なくとも6万7869人が死亡、17万105人が負傷した。2023年10月7日の攻撃ではイスラエル国内で合計1139人が死亡し、約200人が捕虜となった。
トランプ大統領のクネセト(イスラエル国会)演説
<共同通信>はつぎのように伝えた。(2025年10月13日 21時13分)
実績自賛「新たな中東の夜明け」 トランプ氏、イスラエル国会演説
【エルサレム共同】トランプ米大統領は13日、訪問先のイスラエルの国会で演説し、自身が提示したパレスチナ自治区ガザの和平計画によってイスラエルとイスラム組織ハマースの停戦が実現し「新たな中東の歴史的夜明け」が訪れたと述べた。「単なる戦争の終結ではない。テロと死の時代の終焉だ」と強調。自身の指導力を自賛した。
演説後にエジプトに移動。ガザ和平を巡る首脳会合を開催、和平計画への支持取り付けを狙う。トランプ氏は米国からイスラエルに向かう専用機内で、和平実現へ「あらゆる国が結束している。前代未聞だ」と述べた。
トランプ氏がイスラエルとエジプトを訪れるのは2期目で初。イスラエル国会での演説に先立ち、人質家族と面会した。イスラエル国会によると、米大統領がイスラエル国会で演説するのは4人目で、2008年5月のブッシュ(子)氏以来。
トランプ氏は演説で、イスラエル人だけでなく、パレスチナ人にとっても「長く苦しい悪夢がついに終わった」と述べた。
しかしこの演説に対して<アルジャジーラ>は次のような感想を伝えている。
・米大統領は、戦争を終わらせる「勇気」を持ったとしてネタニヤフ氏を称えたが、現在、ガザでの戦争犯罪疑惑をめぐり、ネタニヤフ氏にはICC(国際刑事裁判所)の逮捕状が出ている。過去2年におよぶイスラエルのガザへの戦争で、この沿岸の飛地では6万7千人を超えるパレスチナ人が死亡している。
・アナリストたちは、米国が軍事・外交両面でイスラエル支援を続けていることから、同国がこの地域の暴力の主要な推進要因であり続けていると長らく指摘している。
・米大統領は、前任のバラク・オバマ氏が2015年のイラン核合意に署名したことを「大失敗(災厄)」と批判した。しかし彼は「中東にこれほど多くの死をもたらしてきた体制のイランに対してさえ、友情と協力の手は開かれている。彼らは取引を望んでいる。私たちは何かできるかどうか見ていくつもりだ。」とのべた。
この発言は、イスラエルの議員たちから圧倒的な沈黙で迎えられた。
・さらに、トランプ氏は汚職容疑で訴追中のネタニヤフ首相に恩赦を与えるようイスラエル大統領に要請した。
イスラエルの首相とその与党議員らはこの発言を歓迎し、歓声と拍手で沸いた。
トランプ氏の演説への抗議
トランプ氏の演説中、国会(クネセト)議員がそれを遮り、パレスチナ承認を要求
トランプの演説中、議員席から一時ヤジが起きた。
米大統領の演説を遮ったのは国会議員のアイマン・オデー氏。
オデー氏はパレスチナの国家承認を求めたためにクネセトから退場させられた」
退場処分を受けたアイマン・オデー国会議員は、自分が退場させられたのは「最も単純な要求、国際社会全体が同意している要求――パレスチナ国家を承認し、この単純な現実を認めること――を提起したからだ」と述べた。
オデー氏はXにこう投稿していた。
「本会議場に満ちる偽善の度合いは耐えがたい。前代未聞のご機嫌取りによってネタニヤフを称賛し、組織的な集団によって持ち上げても、彼とその政権がガザで犯した人道に対する罪、そして数十万のパレスチナ人犠牲者と数千のイスラエル人犠牲者の血の責任から免れることはできない。しかし、停戦と包括的な合意があるからこそ、私はここにいる。占領の終結こそが、そしてイスラエルと並んでパレスチナ国家を承認することこそが、すべての人々に正義と平和と安全をもたらす唯一の道である」と。
スローガンを書いた紙をてに抗議するクネセト議員を排除するイスラエル国会
トランプ案へのロシア・ラブロフ外相の批判(アルジャジーラ:)
ロシア外相、トランプ案は「パレスチナ国家に関して曖昧すぎる」と発言(アルジャジーラ)
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、イスラエル・パレスチナ紛争の解決を目指すトランプ氏の計画はガザにしか対処しておらず、パレスチナ国家に関する具体性が不足していると述べた。
「ドナルド・トランプの和平案はガザ地区だけを扱っていることを確認した。国家権についての言及はあるが、きわめて概括的だ」と、ラブロフ氏はアラブ諸国の記者団に語った。
「これらのアプローチを具体化することが不可欠であり、ヨルダン川西岸で何が起きるのかの定義も含めて明確にすべきだ。」
これは、トランプ案が十分に詳細で包括的ではないとするモスクワのこれまでで最も明確な表明となった。一方でラブロフ氏は、同案の下でイスラエルとハマースの間で合意された事項がすべて履行されることをロシアは望んでいるとも述べた。
ネジクレる国際情勢を正しく見る必要
ここで正論を述べているロシアは、ウクライナへの侵略(国境線の武力による変更)を続けている。
ウクライナはロシア国内への攻撃を激化させ、ロシアの継戦能力をそぎつつあり、トランプ政権はプーチン政権を見限り、ウクライナへの長距離攻撃武器の提供に踏み切った。
イスラエルは核兵器を所有しているのにおとがめなしで、所有さえしていないイランをアメリカは爆撃し英独仏は制裁を再開した。
いっぽう、西側のイギリス、フランス、カナダ、ポルトガル、ベルギー、ルクセンブルクなどがパレスチナを国家承認。
アフガニスタンでは、ターリバーンとパキスタンとの武力衝突が激化している。
紛争を調停すべき国連で拒否権を持つ常任理事国が調停を困難にしている。
国際情勢はねじくれ複雑化している。正しい認識に立てるよう、視点を磨き上げる必要性が増している。
【野口壽一】