(2025年12月12日)
日中関係は戦争を煽るのでなく平和構築を目指すべし
~ それが外交の本道 ~
高市早苗首相の国会答弁を契機として、台湾をめぐる情勢に関する日中間の緊張が一段と高まりつつある。国際アジア共同体学会は、12月7日、これに深い憂慮を示し、双方が冷静さを失うことなく、対話と協調の精神に立ち戻るべきだとする声明を発表した。
われわれ『ウエッブ・アフガン・イン・ジャパン(WAJ)』としても、同声明が示した「対立の深刻化を回避し、平和的関係を早期に回復するべし」という主張に全面的に賛同する。東アジアの平和は偶然に維持されているのではなく、相互理解と節度ある外交努力の積み重ねによって保障されてきたし、今後もそうでなければならない。現在のように、言葉の行き違いに端を発し軍事的緊張を直接招きかねない時期にあって、冷静な対応こそが最も必要とされている。
そもそも、日中両国が台湾問題をどのように扱うべきかについては、これまでに締結された「日中友好4文書」にその精神が規定され、相互に承認されている。すなわち、
(1)1972年の日中共同声明、
(2)1978年の日中平和友好条約、
(3)1998年の日中共同宣言、
(4)2008年の戦略的互恵関係共同声明
がそれである。これら4文書はいずれも、日中間の根本的立場と相互関係の基礎を示すものであり、今日の外交指針として依然有効である。
第1の共同声明では、「中国はひとつであり、中華人民共和国がその唯一の合法政府である」という中国側の主張を日本が理解・尊重する立場を確認した。これにより台湾問題は、日中両国が武力で争うことなく、長期的視点の下で取り扱うべき政治問題として整理された。
第2の平和友好条約は、日本が「覇権反対」を明言し、中国とともにアジアの平和と安定に寄与することを宣言した。
第3の共同宣言は、冷戦後の新たな国際環境に対応し、両国が「協力と交流の深化」を図ることを確認した。
第4の戦略的互恵関係共同声明は、特に重要である。歴史認識などの相違点が存在することを前提に、それらを強調して関係を対立に導くのではなく、経済、安全保障、環境、人的交流など幅広い分野で共通の利益を追求することを両国の新たな指針とした。言い換えれば、相違を棚上げし、協力の可能性を最大化することで東アジア全体の安定を創り出そうとする発想であった。(2006年に当時の安倍晋三首相と中国の胡錦濤国家主席が合意し、日中関係の安定と発展を目指して提唱された点をとくに記憶すべきである。安倍首相の愛弟子を任ずる高市首相であればよくよく吟味して習うべき姿勢ではないだろうか。)
これら4文書の精神と合意を総括するならば、「中国はひとつ」という大局的立場を尊重すると同時に、相互の利益を拡大する戦略的互恵関係を基礎に、対話と協力のための環境を整えることに尽きる。現在の緊張の高まりが、こうした長年の外交的蓄積を一挙に損なう危険を秘めている点を、日本国民は改めて認識する必要がある。
一方で、台湾情勢をめぐる緊張は日本と中国の問題だけではない。アメリカのアジア戦略の変化が、地域全体の力学に大きな影響を与えている。2000年代、アメリカはアフガニスタン、イラクなど中東地域への軍事的関与に深く没入していた。しかしトランプ政権期を通じ、アメリカはその資源と軍事的関心をアジア太平洋へと本格的に移行させ、中国を最大の競争相手として位置づける政策へと舵を切った。これは、われわれWAJがまとめた「アフガニスタン撤退戦略」にも示した通り、アメリカが地政学的重心をアジアへ移す過程の必然的帰結である。アメリカ国内の政治的事情や軍産複合体の利害も背景に、対中抑止政策は制度化され、長期戦略として確立した。
この戦略の中で、新疆ウイグル問題、南シナ海問題、そして台湾問題が、対中圧力の主要カードとしてアメリカによって体系的に使われてきたことは否定できない。中国共産党が掲げる「台湾の平和的統一を目指すが、独立宣言には武力行使も辞さない」という立場を、アメリカは外交的・軍事的に巧みに利用し、緊張を高める方向へと誘導している。結果として台湾海峡は、米中戦略競争の最前線とされ、東アジアの不安定化要因として重く横たわることとなった。
しかし、日本がこの米中対立の構図に無自覚に巻き込まれることは、断じて避けなければならない。共和民主両党に共通する中国叩き政策の望まざる実現である対中武力対立の先兵として日本が利用され、挙句の果ては台湾もろとも捨てられる最悪のケースさえ、ロシア・ウクライナ戦争の経緯をみれば予想されるのである。
日本は中国と地理的に隣接し、経済的にも極めて深い関係にある。中国との協力なくして、日本の経済成長も地域の平和もあり得ない現実を直視すべきである。アメリカの軍事戦略に追随し、台湾問題で対立の最前線に立つことは、日本の国益を損なうだけでなく、国民の安全をも脅かす重大な選択となりうる。
外交の本道とは、断じて、戦争を煽ることではない。相互の立場の違いを理解し、対立を管理し、平和の条件を育てていく不断の努力である。4文書が示した精神は、まさにその外交の成熟を目指したものだった。今こそ日本は、歴史的合意に立ち返り、大国間対立の「代理勢力」として振る舞うのではなく、地域の安定を守る自立した主体として行動すべき時である。
その際とくに重視すべきはマスメディアの対応である。表面的な言葉尻を捉えて対立をあおるキャンペーンが酷い。一例をあげると薛剣大阪総領事のXへの書き込み騒動である。冷静に総領事の発言をみれば、高市首相の仮定(台湾有事)におけるもうひとつの仮定(中国の戦艦出動)に対する「存立危機事態=日本軍の出動」発言に対して、もしそうなら「首を切る。その覚悟はあるのか?」と問うているのである。これも仮定の話である。仮定に仮定を重ねて言葉をエスカレートする、極めて非外交的な姿勢に両者が陥っている。メディアはこのような「外交の劣化」をこそ問題にすべきではないのか。
さらにもう一点あげると、「台湾海峡は日本の物流の生命線」などとの言葉の独り歩きだ。ところがこれは現実をまったく無視した虚言だ。地図を広げてみればわかるように日本への海路は台湾の東側にひろびろと広がっている。むしろ台湾進攻をしてシンガポール海峡の通行を阻止されたら困るのは中国の方ではないのか。
われわれは、日中両国が互いを脅威としてではなく、共存と協力の可能性を持つ相手として認識し直すことを強く求める。戦争を避けるための最も確かな方法は、緊張の源泉を対話によって解消し、相互の利益を共有する関係を構築することである。外交とは、危機を管理し、平和を創造するための知恵の発揮場所であり、日本はその本道を歩まねばならない。
【野口壽一】