(2026年1月10日)

 許されざる国際法違反と国家エゴの蛮行 

~ 武力とインテリジェンスによる戦争 ~

 

1.“国家元首の武力による拉致”という繰り返される蛮行

2026年1月3日未明、アメリカ合衆国軍はベネズエラ領内に大規模な軍事作戦(“Operation Absolute Resolve”)を展開し、同国の現職大統領ニコラス・マドゥロとその妻シリア・フローレスを拘束、アメリカ本土へ連行した。この作戦には陸・海・空の部隊が動員され、首都カラカスの複数地点で爆発や銃撃が確認された。これは起訴されたアメリカの国内法でされた麻薬犯の逮捕劇というより、事実上の武力侵攻と評価されるべきだ。。 ウィキペディア

米政府はこの軍事作戦について、「大規模な武力行使ではなく、麻薬・テロ対策のための法執行行動である」と説明しているが、国家元首を軍事力で連行するという行為は、1989年パナマ侵攻と当時の同国の実質的トップのノリエガ将軍を拘束連行した以外に、国際法上前例のない極めて異例の行動であり、国際社会に衝撃を与えた。アメリカはこの行動により、マドゥロ夫妻を米連邦地裁(米連邦地区裁判所南部地区・マンハッタン)において、麻薬恐怖支配共謀やコカイン輸送共謀などを含む複数の刑事容疑で起訴したと報じられた。 ウィキペディア

2026年1月5日には、マドゥロとフローレス夫妻がアメリカ・ニューヨーク州マンハッタン連邦裁判所で罪状認否手続きに出廷し、ともに「無罪(not guilty)」の答弁を行った。マドゥロ氏は法廷で自らを「自国の大統領」と主張し、拘束を「誘拐」と形容し、国際法上の違法性を強く訴えたことが国際メディアで伝えられている。 AP News

アメリカ側の説明は「麻薬取引とテロリズムをめぐる法的責任の追及」である。しかし、同時にトランプ大統領自身が記者会見で「石油利権にアクセスし確保する必要がある」と述べたとも報じられており、軍事行動の背後に資源・地政学的意図があるとの見方が国際的に強まっている。 Reuters Japan

さらに、この軍事行動によって、マドゥロ警護に当たっていたキューバ兵32人が戦死したとキューバ政府が発表し、キューバでは国家的な追悼が行われた。キューバ政府声明では、戦死した同国軍および治安要員が「直接戦闘や施設爆撃で戦死した」と述べられている。ReutersWebafghan

この事実が物語るものはなにか。外国軍兵士多数の死亡が真っ先に報道され、ベネズエラ軍や警察の死者についてはほとんど報道されない。大統領夫妻は自分たちの警護を外国軍だけに頼っていたのだろうか。ベネズエラトップたちは自分の国の大統領夫妻の警護を外国の兵士(軍隊)に丸投げしていたのだろうか。この事件の裏には表向きの報道や評論では語られないどす黒い謀略が隠されている気配が濃厚だ。この謎解きは現段階(事件後数日)では無理なのでこれ以上ここでは触れない。

アメリカのベネズエラ急襲とマドゥロ夫妻の拘束と拉致事件の背後には、米国と中ロ、キューバ、南米反米勢力との長年にわたる対立、駆け引き、インテリジェンス戦争があり、その発露が今回の事件であったと言える。

いま世界は、国家主権という国際秩序の最も基本的原則が侵害された事実と、そのような犯罪を犯す(アメリカだけでなく、ガザやウクライナなどでの)国家の暴行をいかに抑制するかという問いに直面している。本稿は今回の米国のベネズエラ侵攻を「国際法違反の蛮行」として位置づけ、まず、その根拠を条文・歴史・実例にもとづいて論じる。

 

2.国際法上の基本原則――国連憲章と国家主権

 戦後国際法の基軸として、国連憲章は武力行使を厳しく制限している。とりわけ以下の条項が基本となる。

  • 国連憲章第2条4項
    「すべての加盟国は、その領域の保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は行使を、国際関係において、如何なる方法によっても行ってはならない」
    これは、一国が他国の承諾なしに軍事力を用いることを包括的に禁止する規定である。
  • 国連憲章第51条
    「加盟国は、安全保障理事会の措置によらずに、自衛の固有の権利として、武力攻撃が発生した際に単独または集団的自衛を行う権利を保持する」
    しかし、今回のベネズエラ事案には、明確な自衛事由が示されていない。 麻薬犯罪は重大だが、これを自衛権行使の根拠とする立場は国際法上広く容認されていない。

国連憲章の趣旨は、暴力を唯一の基準として国際政治を解決することを防ぐことにある。いかなる国でも、他国を軍事的に制圧し、その政権を転覆・拘束することは、国連安全保障理事会の明示的な承認や自衛権の発動など法的根拠がない限り、規範的・実質的に禁止されている。

1月3日のアメリカの軍事行動は、憲章で禁止された武力による他国への干渉にあたり、国際法違反の可能性を強くはらんでいる

 

3.なぜアメリカはこの行動に踏み切ったのか

 3.1 アメリカの公的説明とその限界

アメリカ政府は、マドゥロ政権が国家ぐるみで麻薬テロリズムを支援しているとして、国際的な麻薬密輸と関連暴力から自国民を守る必要があると主張している。

米司法省の起訴状(2020年起訴)では、マドゥロと複数の高官が、政治的地位を背景にして国際麻薬取引の共謀・支援に関与したとされる。 ウィキペディア

しかし、2026年の最新の訴状では、当初よりもその描写が修正され、「組織的薬物カルテルの明確な指導者」ではなく、「腐敗した官僚・軍関係者の緩やかなネットワーク」という書き方に変わっているという分析も出ている。 Le Monde.fr

さらに、米政権の説明にはしばしば「治安・麻薬対策」という国内向けの政治的口実が含まれるが、当該政策が国際法上の正当化理由になるかは客観的に議論が分かれるところである。

3.2 背後にある地政学的・資源利権の動機

報道によれば、トランプ大統領は作戦後の記者会見で、ベネズエラの膨大な石油埋蔵量へのアクセス・管理に強い意欲を示し、米国の企業と協議する姿勢を見せている。 Reuters Japan

ベネズエラは世界有数の石油資源国であり、同国が中国・ロシア・イランと軍事・経済的に連携を深めてきたことは、米国の地政学的関与の増大要因とみなされる。

また、キューバとの深い関係は、両国が長年にわたる政治的・軍事的協力を維持してきたことを示している。キューバ政府が発表した32人の死者には、同国軍・治安要員が含まれ、「英雄的に戦った」と評価している。 Reuters

 

4.事例はトランプ独特のものではない――アメリカ外交の歴史的パターン

 ここでは、トランプ政権の行為を単独の逸脱行動として説明するのは不十分であるという点を、歴史的経緯と照合して示す。

4.1 アフガニスタンとテロの根絶、アフガン民主化の試み

2001年、アメリカは9.11同時多発テロ後の自衛・対テロ戦争の名目でアフガニスタンに侵攻し、長期の軍事介入を行った。これは米国内法および国際的な自衛権を根拠とした行動とされたが、戦争の長期化と泥沼化は国際的批判を招いた

アメリカはNATO諸国を巻き込む有志連合国による武力支援によってアフガニスタンの民主化を実現し、それによってテロ組織を根絶できると考えた。しかし、20年間のアフガン支配は、小作農民や勤労人民の生活向上よりも現地軍閥や旧来社会支配層を潤すこととなった。イスラム聖職者や部族長老たちは「国際社会」の支援を西洋文明の侵略として批判し、欧米に追随する世俗主義勢力を敵として闘った。

その結果、欧米勢力はアフガニスタンの民主化(近代化)に失敗し、侵攻20年でアフガニスタンから無責任な撤退、実質的敗北を余儀なくされた。

ただ、アメリカは、アフガン侵攻の口実であったアル=カーイダのNo.1指導者ビン・ラーディンをアフガン侵攻10年後の2011年5月、潜伏中のパキスタンで今回のベネズエラ侵攻同様、パキスタンにも秘密裏に遂行した軍事オペレーションにより殺害した。さらに2022年7月には、カーブルに潜伏中のNo.2指導者アイマン・ザワヒリをドローン空爆で殺害した。これらの軍事オペレーションの背後には、パキスタンの軍と政府、アフガニスタンのターリバーンをふくむ内部協力者らを動員したインテリジェンス戦争が隠されている。

アメリカは敵のリーダー抹殺という当初の目的は果たしたが、国民の「幸福の実現」というお題目を実現することはできなかった。それは、1979年から10年間、ときのアフガニスタン人民民主党が目指す社会改革を武力で支援しようと試みたソ連が失敗したのと同じであった。

2つの大国の失敗例は、「幸福」を他国に武力で輸出することはできないという冷厳な真実を証明することで終わった。1970年代から最近までの、アフガニスタンでの表面に現れた先頭の背後ではソ連(ロシア)、アメリカ、パキスタン、サウジアラビアなどアラブ勢力によるインテリジェンスの死闘があった。

4.2 イラク戦争――大量破壊兵器という「口実」

2003年のイラク侵攻は、大量破壊兵器(WMD)保持という口実で行われたが、その根拠は後に否定された。フセイン政権は打倒され、フセインは最終的に処刑された。この過程は、アメリカのウソのでっち上げに始まるアメリカインテリジェンス作戦に世界が絡めとられた実例であった。初戦でその作戦は成功したかに見えたが、実際はその後の中東地域の安定性を大きく損なった大混乱とアフガニスタンでの敗北は、アメリカの衰退を決定づける歴史的事件となった。

4.3 中南米での例:麻薬摘発を口実にしたパナマへの侵攻

前述した1989年、米国は「正義の大義作戦(Operation Just Cause)」と名付けた軍事行動によってパナマに侵攻し、当時の実質的最高権力者であったマヌエル・ノリエガ将軍を拘束・拉致し、米国へ連行して裁判にかけた。

この侵攻には約2万7千人の米兵が動員され、首都パナマ市を含む都市部が激しい戦闘に巻き込まれた。米政府は侵攻の理由として、①米国人の保護、②パナマ運河条約の防衛、③民主主義の回復、④ノリエガによる麻薬密売の取り締まり、の4点を掲げた。しかし、国連安全保障理事会の承認はなく、主権国家への一方的な武力侵攻であった。

国連総会は1989年12月29日、米国のパナマ侵攻を「国際法違反」と非難する決議(決議44/240)を採択している。これは、国際社会の多数がこの行動を正当と認めなかったことを明確に示している。

ノリエガは、侵攻後、バチカン大使館に逃げ込んだのち、米軍による心理戦(大音量の音楽による包囲など)の末に投降し、米国へ連行された。その後、フロリダ州の連邦裁判所で麻薬密売、マネーロンダリングなどの罪に問われ、1992年に有罪判決を受け、長期の服役を強いられた。

ここで重要なのは、ノリエガがそれ以前、長年にわたってCIAの協力者であり、反共政策の一翼を担ってきた人物であったという事実である。彼はアメリカの戦略に有用である限り庇護され、不要になった時点で「麻薬犯罪者」として切り捨てられた。この事実は、「麻薬摘発」という口実が、政治的選別の結果として適用されていることを雄弁に物語っている。

パナマ侵攻は、アメリカが

  • 他国の指導者を
  • 自国の国内法を根拠に
  • 軍事力で拘束し
  • 米国内で裁く

という先例をつくった点で、歴史的な意味をもつ。これは、後の「対テロ戦争」や「麻薬戦争」における越境的法執行=主権侵害の原型であり、今回のベネズエラにおけるマドゥロ拘束とも明確な連続性を持っている。と同時に、情報を加工して行動の根拠とするインテリジェンスを戦略にまで高め、戦争に持って行くアメリカの手口を示すものである。

さらに、パナマ侵攻は、アメリカが中南米において「直接侵攻による政権排除」を選択しうることを示した最後の大規模事例のひとつであった。その後、国際世論の反発やコスト増大を背景に、アメリカはより「低強度」で間接的な介入手法へと軸足を移していく。

その典型が、次に述べるニカラグアにおける「コントラ戦争」である。ここでは、米軍が直接侵攻するのではなく、反政府武装勢力を支援し、代理戦争という形で革命政権を消耗させ、崩壊へと追い込む戦略が採用された。

4.4 中南米での例(続き):ニカラグアにおける「コントラ戦争」

ニカラグアでは、1979年にサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が独裁的なソモサ政権を打倒し、革命政権を樹立した。サンディニスタ政権は、教育・医療の無償化、土地改革、反貧困政策を進め、当初は国際社会からも一定の評価を受けていた(UNESCO, WHO 報告)。

しかし、アメリカはこの政権を「共産主義の拡大」と位置づけ、1980年代を通じて、反政府武装勢力「コントラ(Contras)」を支援した。この支援は単なる外交圧力ではなく、軍事訓練、資金供与、武器供給を含む実質的な代理戦争であった。同時期、アメリカは同じ手法をアフガニスタンに進駐したソ連軍との戦いとして展開した。

この行為は、1986年、国際司法裁判所(ICJ)ニカラグア対アメリカ合衆国事件において、アメリカはニカラグアの主権を侵害し、国際法に違反した、と明確に判断された(ICJ, Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua, 1986)。

それにもかかわらず、アメリカは判決を受け入れず、賠償も履行しなかった。

この事実は、国際法が「強国に対しては無力化されうる」現実を象徴している。

4.5 チリ――経済制裁とCIAによる政権転覆

中南米における最も象徴的で、かつ悲劇的な事例がチリである。

1970年、チリではサルバドール・アジェンデが自由選挙によって大統領に選出された。彼は議会制民主主義の枠内で社会主義的改革を進めようとした歴史上きわめて特異な存在であった。

しかしアメリカ政府は、アジェンデ政権を「社会主義政権」という理由で敵視した。

当時のニクソン大統領はCIAに対し、

Make the economy scream (経済で締め上げろ)
と指示したことが、後に公開された米公文書で確認されている(U.S. National Archives, Church Committee)。

アメリカは、

  • 国際金融機関を通じた融資停止
  • チリ最大の輸出品である銅価格の国際的引き下げ圧力
  • 国内メディア・反政府勢力への資金提供

を通じて、チリ経済を意図的に混乱させた。

その結果、1973年、アウグスト・ピノチェト将軍は軍事クーデターを発動し、アジェンデ大統領を大統領官邸での攻防戦において殺害した。
これは、直接軍事侵攻を伴わない「経済戦争+秘密工作」による政権転覆の典型例である。

4.6 「アメリカの国家犯罪」を暴いた記録群

これらの行為は、陰謀論ではない。
多くのジャーナリスト・研究者は、上述した以外のアメリカの国家犯罪をふくめ、膨大な文献として記録している。その代表的な著作として、以下を挙げておく。

  • ウィリアム・ブラム
    Killing Hope: U.S. Military and CIA Interventions Since World War II(1995)

(邦訳:『アメリカの国家犯罪全書』、2003年、作品社)

  • ノーム・チョムスキー
    Hegemony or Survival (2003)

(邦訳:『派遣か、生存か―アメリカの世界戦略と人類の未来』、2004年、集英社

  • グレッグ・グランディン
    Empire’s Workshop(2006)

(邦訳:『アメリカ帝国のワークショップ 米国のラテンアメリカ・中東政策と新自由主義の深層』、2008年、明石書店)

 これらは、アメリカの対外介入を体系的・史料的に検証した研究であり、現在も大学・研究機関で参照されている。

4.7 国連安全保障理事会とアメリカの拒否権

アメリカの行為は、国連の場でもたびたび批判されてきた。
しかし、常任理事国としての拒否権が、その責任追及を阻んできた。

国連の公式統計によれば、1946年から2023年までにアメリカが行使した拒否権は80回以上にのぼる。これは5常任理事国(米・英・仏・露・中)の中で最多である
(UN Security Council Veto List, UN Documentation Centre)。

その多くは、

  • イスラエル擁護
  • 自国の軍事行動への批判阻止
  • 同盟国への制裁回避

に用いられてきた。

 

5.アメリカの軍事力行使の口実と手口

アメリカの対外軍事行動の特徴は、決して「思いつき」で武力を行使するわけではない点にある。
常に、国内外に向けた「正当化の物語(ナラティブ)」が準備される。そして、その物語が事実でない場合でも、事後的に修正されることはあっても、責任が問われることはほとんどない。これがインテリジェンス戦争の戦略である。

5.1 トンキン湾事件――戦争の口実の典型

1964年、アメリカは北ベトナムによる米艦攻撃を理由に、ベトナム戦争への本格参入を開始した。

しかし後年公開された国防総省文書(いわゆるペンタゴン・ペーパーズ)により、攻撃そのものが存在しなかった、あるいは意図的に誇張された可能性が高いことが明らかになった。

この事件は、

口実 → 議会承認 → 大規模戦争
という「正当化の回路」が完成していたことを示す古典的事例である。

5.2 イラク戦争――大量破壊兵器という虚構

2003年のイラク侵攻では、「サダム・フセイン政権が大量破壊兵器(WMD)を保有している」という主張が最大の口実とされた。

だが、侵攻後、大量破壊兵器は一切発見されなかった。この事実は、米英両政府によって公式に認められている(Iraq Survey Group Final Report, 2004)。

それでも、

  • フセイン政権は崩壊
  • フセイン本人は拘束・処刑
  • 国家は解体され、内戦と過激主義が蔓延

という結果だけが残った。

5.3 軍事侵攻が困難な場合の「経済戦争」

国際的反発が大きく、軍事侵攻が困難な場合、
アメリカは経済封鎖・金融制裁・技術遮断を用いる。

最も長期にわたる例がキューバである。

  • 1961年:ピッグス湾事件(亡命キューバ人部隊による侵攻)失敗
  • 1962年以降:包括的経済制裁・封鎖開始
  • 制裁は60年以上継続

オバマ政権は2014年12月にキューバとの関係正常化を発表し、2015年7月に国交を回復した(米国務省公式発表)。
しかし、経済制裁(禁輸措置)そのものは解除しなかった

これは、

「話し合いはするが、締め上げは続ける」
というアメリカ外交の典型的手法である。トランプの外交が奇異で独特なものでなく、アメリカの拡張主義的な伝統を踏まえたものであることがわかる。

 

6.経済封鎖と革命政権の不手際――ベネズエラの場合

 6.1 チャベス政権初期の成功

1999年に成立したチャベス政権は、
高騰する原油価格を背景に、医療・教育・住宅政策を拡充し、国民の広範な支持を獲得した。

2000年代前半の原油価格は、

  • 2002年:約25ドル/バレル
  • 2008年:140ドル近く
    まで上昇し、国家財政を潤した
    (EIA, Historical Oil Prices)。

6.2 原油依存と構造的脆弱性

しかし、ベネズエラ経済は過度に石油に依存していた。

  • 輸出収入の約90%
  • 外貨獲得のほぼ全て

が石油によるものだった。

さらに、ベネズエラ原油は超重質油が多く、採掘・精製にはアメリカ企業の技術・設備への依存度が高かった。

制裁と技術遮断は、石油産業そのものを直撃した。

EIAによれば、

  • 2013年:日量約240万バレル
  • 2023年:日量約74万バレル

と、生産量は約70%減少している。

6.3 ハイパーインフレと通貨崩壊

経済の行き詰まりは、
ハイパーインフレとして噴出した。

  • 2016年:インフレ率 約255%(世界銀行)
  • 2018年:130,000%超(ベネズエラ中銀/Reuters)

政府は

  • 2018年:5桁デノミ
  • 2021年:6桁デノミ

を行ったが、通貨への信認は回復しなかった。

結果として、ベネズエラ通貨通貨「ボリバル・ソベラノ」はまったくの紙くずと化し、国内通貨の事実上のドル化(de facto dollarization)が進行した。

6.4 難民化――数字が語る国家崩壊

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、
ベネズエラ国外に流出した人々は、

  • 2015年:約70万人
  • 2019年:約400万人
  • 2024年:約790万人

に達している。

これは、人口約2800万人の約30%に相当する大きな数字だ。戦争を伴わない国家としては、史上最大級の人口流出である。

6.5 政権の不手際と正統性の揺らぎ

この過程で、

  • 政権内部の腐敗
  • 統制強化
  • 選挙管理への不信

が積み重なり、マドゥロ政権の正統性は国内外で疑問視されるようになった。

しかし重要なのは、
政権の不手際があったとしても、アメリカの軍事侵攻が正当化されるわけではない
という点である。

 

7.アメリカの現在の戦略――中国との対決および中国叩き

2024年12月に公表された米国国家安全保障戦略(NSS)は、中国を「最も包括的な戦略的競争相手」と位置づけている。

  • 経済
  • 技術
  • 軍事
  • 資源
  • 海上交通路

あらゆる分野での競争が明示されている。

ベネズエラ、パナマ、キューバ、さらにはグリーンランドに至るアメリカの一連の発言と行動は、中国の影響力を削ぐための地政学的再配置として理解すべきである。

 

8.トランプ糾弾だけでは不十分――問題の根源へ

トランプ主義は、19世紀的帝国主義の亡霊である。
しかし、それが復活した理由は、トランプ個人ではない。

先進国の労働者階級が、

  • グローバル資本主義によって分断され
  • ナショナリズムにからめとられ
  • 「ミー・ファースト」に誘導されている

現実が背景にある。

本来、労働者は国境を越えた共通利害を持つ存在として期待された。
しかし、その期待は幻想だった。

移民排斥、賃金競争、国家間対立――
それらはすべて、資本の論理から労働者人民の目をそらす装置である。

本来、労働組合や労働者人民の立場に立つ政党は、国際的な連帯活動を組織し実行すべきなのだ。

歴史的には、冷戦期に、社会主義圏と西側諸国で組織された世界労連(世界労働組合連盟 / WFTU)という組織があり、各国における労働者の労働条件改善や労働者の権利擁護のや労働者階級の国際連帯を進めていた。一方、非社会主義圏の国々では国際自由労連(ICFTU)があり、日本にも加盟組織があった。ICFTUは2006年に解散し現在は国際労連(WCL)と統合して、新組織「国際労働組合総連合(ITUC)」を結成し活動している。

世界労連は現在1億500万人ITUCは世界169カ国・地域に2億人を組織しているというが、お世辞にも、世界労働者階級の国際的団結、という姿が現実世界で現れているようには見えない。

世界労働者階級の労働条件改善の第一課題は、グローバル化した多国籍企業の間で世界的に「同一労働同一賃金」の原則をつらぬく国際労使交渉をやるべきである。そうでなければ、労働者階級は分裂され、互いに互いの足を引っ張り合い、資本の思うつぼにはまるだけである。国内では「正規・不正規」なる社会システムによって労働者階級は分断差別され、労働条件の改善どころではなくなる。

EUでは、国境を越えて労働者の勤労条件や人権を平準化する努力が行われてきた。自動車業界など多国籍企業では企業内での差別構造を無くする努力も行われてきた。しかし、理念は存在するが実際には、各国の勤労条件の差異や移民労働者の低賃金、劣悪労働の存在などが先進労働者階層の重し石とされる状況を打破できずにいる。

アメリカのトランプ主義は、「差別意識」や「犠牲者意識」を踏み台にして真実の敵を覆い隠し、他者(移民や外国)を怨嗟の対象として設定する。労働者や勤労人民のゆがめられた意識構造そのものを土壌として成立している。

 

9.結論――誰がこの逆転を止めるのか

富裕層および超富裕層、軍産複合体および国際金融資本、国家官僚層の利益を体現する政治を、零落した労働者が支持する。
この逆転した現象がグローバル化によって職場を奪われ、中間層が零落かしたアメリカで生起した。これこそが、現代世界の病理である。

それを止められるのは、

  • アメリカの労働者人民
  • 日本を含む先進国の労働者人民

の覚醒と国際的な連帯行動以外にない。

国際法は、紙の上にあるだけでは意味を持たない。それを守ろうとする人間の意志があって、はじめて力を持つ。

半世紀以上もまえになるが、死刑判決を「光栄です」と決然と受け止めた金芝河は、1975年に「3・1日本民衆への提案」と題する宣言を発表した。この宣言で金芝河は韓国の民衆の戦いは韓国民衆だけでなく日本民衆を救うものでもあることを明らかにし、次のように発言している。

「今日、私たちはこの運動をより強力な自己肯定を通じて、おのれの虐げられた価値を盛り上げる方向に進めるべきであろうし、あなたたちは、より徹底した自己否定を通じて、己の罪悪を清算する方向に進めるべきでありましょう。」

つまり、先進国人民はなぜ何をもってどのように「先進国」人民となったのかを問うべきであり、金芝河らは自らがなぜ植民地化されたのかを問い直すことによって、共通の地平に到達することができるのだ、と宣言したので会う。

言葉を変えて言えば、当時の第三世界(非同盟諸国)、今でいえばグローバル・サウスと先進西側諸国との関係といえる。

日本は失われた30年と呼ばれる衰退によって日韓のGDPなど表面的な経済指標でそれは実現したが、実現させたのは労働者人民の連帯によるのではなく「形をかえた冷徹なる経済法則」、つまり両国における新しい形の労働者搾取、格差の発現だったのだ。そしていま、中国との間で同じプロセスが進行しつつある。

労働者人民の国際的連帯活動でなく「冷徹なる経済法則」による平準化プロセスはナショナリズムによる対立の激化を生むだけである。何をしなければならないかはおのずと自明ではないだろうか。

野口壽一