(2026年1月23日)
日中関係のこれまでとあるべき今後
~ 「西田哲学」と「惑星思考」をベースに ~
(WAJ:2025年11月7日の高市首相の国会での「存立危機事態」答弁をどう位置づけるかは、日中関係のこれまでの半世紀をどう見るかに直結している。今回の高市発言は、単なる国会答弁ではなく、1972年の国交正常化以降、暗黙の了解として処理されてきた「台湾」と「安全保障」の問題が、正面から言語化されてしまった事件として捉える必要がある。
「西田哲学」と「惑星思考」をベースに、この問題の本質と対応方法、日中間の将来関係の在り方について考察する。)
=<要約>=============
高市首相の「台湾有事は存立危機事態になりうる」との発言は、1972年国交正常化以来の日中関係が保ってきた「台湾問題の曖昧な均衡」を初めて壊した点で重大である。歴代政権が回避してきた「台湾と武力行使の結合」を首相自ら明言したことで、中国には日本の軍事介入の意思表示と受け止められ、不信を増幅した。
本来の日中関係は、国家対国家の単純な二項対立では捉えられない。経済・学術・家族・感情など多層的な要素が絡み合い、相互認識には歴史的経験のズレが内在する。この「理解しきれないズレ」を前提に関係を構築する発想こそ、西田哲学の「絶対矛盾的自己同一」や惑星思考の「完全理解不能の他者と共存する態度」と通じる。相手を単純化する限り、外交はゼロサム化しやすく、敵対関係に陥りやすい。
将来の平和・友好とは矛盾の消滅ではなく、対立と協力が共存し、相手国の崩壊を望まない関係の維持である。政府間では偶発的衝突を防ぐ危機管理や節度ある言辞が不可欠で、社会レベルでは大学・自治体・NPO・防災・医療など日常的協力の厚みが鍵となる。
高市発言は日本国首相の「言葉」であり一度発せられた以上なかったことに出来る代物ではない。であるならば最低でも「自国を代表する首相の言葉が相手にどう響くか」を学ぶ契機にするべきである。中国側の暴言とそれに続く対応も日本世論に深い影響を与えた。双方が「相手を単純化する危険」を自覚し、改善できれば、今回の危機は将来の友好の糧となりうるのではないか
==<本論>=============
1. 2025年11月7日の発言とは何だったのか
2025年11月7日、衆院予算委員会で、高市首相は台湾有事をめぐる質問に答えて、「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と述べた。
(【詳報】台湾有事と存立危機事態を巡るやりとり(2025年11月7日))
これは、2015年の安全保障関連法で定められた「存立危機事態」、すなわち日本が攻撃されていなくても、密接な関係にある国への攻撃により日本の存立が脅かされる場合には武力行使が可能になるという枠組みを、台湾をめぐる事態に具体的に適用しうると公言したものである。
歴代政権は、安全保障法制を擁護しつつも、「どの事態が存立危機事態か」という問いには「仮定の質問には答えない」と避けてきた。そこに初めて「台湾」という具体的地名と「存立危機事態」が結び付けられた。その直後、中国側は猛反発し、大阪総領事による暴力的な表現を含む投稿が事態をさらに悪化させた。
ここには、単に一方の言動の激しさというレベルを超え、国交正常化以来の「ギリギリの均衡」を、双方が自ら崩してしまったという性格がある。(この問題のまとめは「<世界の声>高市首相答弁をめぐって~日中両国は平和友好の精神に立ち戻れ~」参照。
ここにおいて、高市首相が、「確信犯として中国側の反論も予想したうえであえて<存立危機事態>との言葉を使用したのか」それとも「反響を予期せぬ<不用意な>軽い答弁」だったのかの違いは重要である。首相はその後の中国側の猛抗議に対して「従来の政府答弁と変わらない」と主張しているが、客観的に見てそれは強弁以外のなにものでもない。なぜなら、日本政府と中国政府は、これまで、双方の認識に差があることを知りながら「曖昧」な表現をあえて採用するとにより、矛盾を当面解決したかのように見せる高等な外交戦略を採用していたからである(西田哲学でいう「絶対矛盾的自己同一」。惑星思考でいう「完全には理解されえない対象との共存」)。アメリカも台湾問題に関しては「曖昧戦略(Strategic Ambiguity)」を取ると公言している。
以上の認識をベースに置きつつ、次に主体と客体である日本と中国の在り方から相互関係の確認に進もう。(西田幾多郎の言う<純粋経験>から主体と客体の分立、認識)。
2. 国交正常化からの基本的枠組み――あいまいな合意の上に成立させる関係
日中関係の出発点である1972年の共同声明は、日本が「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」と明記しつつ、台湾については、中国側が「領土の不可分の一部」と主張するのに対して、日本側はその立場を「十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と述べるにとどめた。(惑星思考:同化しえない他者存在の容認)
つまり、台湾の地位について完全な一致を見たわけではなく、「見解の違いを抱えたまま関係を正常化する」ための、政治的に精巧な文言であった。その後の平和友好条約は、主権・領土の相互尊重、内政不干渉、紛争の平和的解決、覇権の否定をうたい、関係発展の法的基盤を整えた。(絶対矛盾を矛盾として認識しつつ共存させる態度)。
2000年代に入ると、「戦略的互恵関係」という言葉が掲げられ、経済・環境・地域秩序などで協力を深めることが確認された。 しかし同時に、歴史認識、尖閣諸島をめぐる対立、軍拡、米中対立の激化など、対立要因も累積していく。
従来の西洋発ヘーゲル的弁証法論理による解決方法は存在する矛盾の止揚=アウフヘーベンによる解決を目指す。しかしそこに至るにはAと非Aの闘争が避けられない。マルクスはこの闘争を<発展の原動力>とも理解した。
この半世紀、日中関係は「経済的には緊密、政治・安全保障では不信」という二重構造の上に成り立ってきた。台湾についても、「中国は自国の核心的利益として主張し、日本は『理解と尊重』と言いつつ、同盟国である米国と歩調を合わせて台湾海峡の安定を重視する」という、きわめて微妙なバランスの上にあった。
これこそが、現に只今、解決しえない難問に発する物理的衝突を解決する外交的知恵であった。
3. 今回の高市発言が揺るがしたもの
この文脈で高市発言を見ると、それは「日中双方の側の本音と覚悟を、あからさまにしてしまった」という意味あいを持つ。
日本側から見れば、2015年の安全保障法制以降、「存立危機事態」という概念は(解釈の幅は捨象するとして)法制上すでに存在しており、米軍との一体的な行動も想定してきた。その具体例として台湾を挙げたにすぎない、という説明が可能である。実際、高市首相も後に「歴代内閣と同じ立場だ」と述べ、いまだに撤回を拒んでいる。謝罪なき撤回発言は無意味だ。撤回する場合には謝罪を伴わなければならない。対立関係を敵対関係と認識している高市首相は率先して謝罪するつもりはないだろう。
しかし中国側から見れば、1972年共同声明以来、「台湾は中国の一部だ」という自国の主張を日本が理解し尊重するとした前提のもとで関係を築いてきたにもかかわらず、日本が台湾海峡での武力行使を事実上想定し、それを公に宣言したことになる。これは、「日本が台湾問題に軍事的に介入する意思を示した」というシグナルとして受け取られた。
また、日本国内でも、「存立危機事態」の概念自体が必ずしも広く理解されていない中で、台湾有事=自衛隊の武力行使というイメージだけが独り歩きする危険がある。そのことが中国側の警戒心と国内世論を刺激し、相互に「相手はこう考えているはずだ」という想像が膨らみやすい状況を生んでいる。
4. 「国対国」の二項対立だけでは見えないもの
ここで、少し視点を変える必要がある。日本側の議論も、中国側の議論も、しばしば「国家」と「安全保障」を主語にして語られる。そこでは、相手は「脅威」か「パートナー」か、「敵」か「味方」かという単純な分類の対象になりがちである。
しかし実際の両国関係は、それほど単純ではない。相手国に家族を持つ人、企業や大学を通じて深く関わっている人、観光や留学を通じて相手社会に親近感と違和感を同時に抱いている人など、多様な経験や利害関係や感情が折り重なっている。
「中国」「日本」というラベルを貼った瞬間に、その内側にいる十数億・一億超の人々の生活や感情の複雑さは見えにくくなる。今回の外交風波でも、SNS上の激しい言葉や過激な見出しが先行しがちだが、その背後には不安、屈辱感、歴史への記憶、恐怖感、将来への焦りといった感情が入り乱れている。
西田哲学は反省や判断、主観と客観の区別が起こる以前の、根源的で直接的な意識状態を「純粋経験」という哲学用語で表す。この概念の理解は難しいが、自分が日本人であるという立場から相手=中国を観想するとき、そこには相互に内包されるさまざまな要因の存在を認識せねばならない。そのなかのどの要因に焦点をあてて相互関係を見ていくかによって多様な立場が成立しうる。
将来の相互の平和な関係やそこからさらに先の友好を考えるとき、出発点を「国対国の二項対立」に置くのか、「それぞれの社会の中にある多様な経験と歴史」に置くのかで、見えてくる道が変わってくる。前者だけに依拠すると、どうしても「戦略的に相手をどう扱うか」という発想になり、相手は管理すべき対象になり敵対関係に陥りやすい。後者に目を向けると、相手は簡単には理解し尽くせない存在でありながら、それでも関わりを持たざるをえない隣人として浮かび上がる。
他者に対して惑星思考は、完全には認識されえない自己と他者との関係において、一方による他方の管理不可能性の自覚を要求する。このことを次に見てみよう。
5. 「理解し尽くせない隣国」としての関係を前提にする
ここで重要なのは、「相手を完全に理解してから平和あるいは友好を築く」のではなく、「理解しきれないことを前提にしながら、関係を維持・改善する」という発想である。
中国から見た日本、日本から見た中国は、それぞれ内部的にも外部的にも歴史的に作られたイメージを帯びている。侵略の記憶、敗戦と占領の記憶、冷戦構造、改革開放、バブルとデフレ、尖閣、そして台湾。どちらの記憶も、自国の側から見ると筋が通っている。しかし、その筋の通り方自体が相互に相手とズレている。
このズレを「相手が間違っている」とだけ見る限り、関係は常にゼロサムになりやすい。むしろ、「ズレがあること自体が出発点だ」と捉え直す必要がある。つまり、相手の社会の中では別の合理性が働き、別の経験に基づく感情が存在することを一旦認めた上で、それでも守らなければならない最低限のルール(武力による威嚇を避ける、国民へのヘイトを煽らない等)を共有していく、という方向である。
尖閣問題に関して鄧小平中国最高指導者が「問題解決は将来の世代に任せよう」と提案し実践したことこそ、矛盾の処理に関する西田哲学的、惑星思考的態度と言えよう。
6. あるべき平和・友好状態のイメージ
将来の「平和・友好状態」を、単に「矛盾ないしその原因がなくなる状態」と考えると、実現不可能な理想を掲げることになる。むしろ、現実的な平和・友好とは、対立と協力が共存しつつも、相手社会が崩壊してほしいとは思わない、相手国民に対する基本的な敬意が共有されている状態であるべきだろう。
イマヌエル・カントの『永遠平和のために』の新訳『永遠の平和のために』(講談社)を上梓した丘沢静也氏は、従来の翻訳が表現の微細な違いはあるがすべて「平和とはあらゆる敵意が終わること」の意味に訳していることに異を唱え「平和とは、あらゆる戦闘行為が終わっていることです」と訳すべき、と主張している。(あとがきを読むと丘沢氏も惑星思考論者のひとりのようだ。)
論戦は「言葉による戦闘行為」である。戦闘行為がない平和を達成し、その過程で醸し出される相互感情を育成すれば友好へといたる関係を生み出すことができるだろう。
そのためには、少なくとも次の2つが必要になる。
① 政府間関係における危機管理と節度
・台湾をめぐる立場の違いは当面解消できないとの前提に立ちつつ、偶発的な軍事衝突を防ぐ具体的な仕組みを整える(ホットライン、行動規範、軍事演習の事前通告など)。
・国内政治向けのパフォーマンスとして、相手国を過度に挑発するレトリックを双方が控える。
② 社会レベルのつながりの厚み
・自治体同士、大学同士、NPO同士の長期的交流を支え、政権交代や外交摩擦があっても途切れない関係を増やす。
・観光や留学だけでなく、共同研究、医療・環境・防災など実務的な協力プロジェクトを積み重ねる。
・メディアと教育において、相手国を一枚岩の敵か問題国家としてのみ描かない工夫を続ける。
これらは、きわめて地味な作業であり、華々しい「大合意」とは無縁である。しかし、国交正常化から今日までの半世紀を振り返れば、もっとも関係が安定していた時期は、大きなスローガンよりも、こうした実務的・日常的なつながりが厚くなっていた時期であった。
7. 高市発言をどう「使い直す」か
では、どうするか。
中国古典の格言に「綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)」がある。「天子の言葉(綸言)」は一度出たら汗のように取り消せない、という意味である。高市早苗は一個人ではない。現代日本国の首相いわば政界の「天子」である。
2025年11月7日の発言をなかったことにすることなどできない。ああだ、こうだと弁解すればするほど両国関係は泥沼にはまっていく。では、今後、彼女の口から出てしまった綸言をどう「使い直す」べきか。
ひとつの方向は、今回の危機を、「相手の脅威を増幅する材料」にするのではなく、「自国の言葉の影響力を自覚する契機」にすることである。日本側にとっては、「存立危機事態」という国内法上の概念が、外交・軍事の現場ではどのように受け止められるのかを検証し、今後の説明の仕方・答弁の仕方を慎重に設計する必要がある。
同時に、中国側の暴力的な言辞が日本の世論に与えた影響も直視しなければならない。首相個人に対する侮辱的な表現は、政権批判の枠を超えて、日本社会の中で「やはり相手は危険だ」「話が通じない」という印象を強化した。これを放置すれば、将来のあらゆる対話の前提が悪化する。双方とも、自国民向けの言葉が相手社会でどう響くかを考えざるをえない時期に入ったと見るべきである。
中国古典のなかは、西田哲学や惑星思考が提案する認識や態度を「是」とする格言が山ほどある。それらを掘り起こし日中両国の平和から友好に向かう精神的栄養とすべきだ。
この意味で、今回の一連の出来事は、「相手を単純化したイメージで扱うこと」の危険を白日の下にさらしたと言える。それをきっかけに、政治家・メディア・市民が、相手社会をどう語るかについて、もう一段階慎重になるのであれば、危機は少なくとも部分的には将来の友好への糧になりうる。
8. おわりに――「付き合い続ける覚悟」としての友好
日中関係において、「完全な信頼」や「全面的な価値観の共有」を目標に掲げることは現実的ではない。歴史、政治体制、地政学的利害が異なる以上、互いに納得いかない部分は残り続ける。
それでもなお、隣り合う2つの社会として、互いの崩壊や孤立ではなく、安定と繁栄を望む状態を維持することは可能である。そのための友好とは、「相手を好きになること」ではなく、「相手を一方的なイメージに閉じ込めず、理解しきれない部分を含めて付き合い続ける覚悟」である。
1972年の共同声明、1978年の平和友好条約、1998年の共同声明、2008年の共同声明(戦略的互恵関係の包括的推進に関する日共同声明)、が確認した原則――主権と領土の相互尊重、内政不干渉、平和的解決、覇権の否定、経済・文化交流の促進――は、いま見直してもなお、両国関係の最低限のルールとして有効である。(日中友好重要4文書)
2025年の危機を「決定的な分岐点」とするか、「これまでのあいまいな均衡の危うさを学び直す契機」とするかは、これからの数年の言動にかかっている。必要なのは、新しいスローガンではなく、互いを敵対する対象としてのみ扱わない言葉と関係の積み重ねである。そうした地道な実践の先にしか、「将来のあるべき友好状態」はありえない。
(なお、お時間があれば、日中間の対立が激化した2012年に筆者が執筆した<友好は「人の道」、領土争いは「獣道」>をお読みいただけると幸いです。両国が尊重すべき歴史と現実、将来を指し示す日中の先人の実践例について書きました。)
【野口壽一】