(2026年3月5日)

 イラン斬首作戦 

~外からの「正義」は、だれの声を代弁するのか~

 

きっかけは突然に

2月28日、米国とイスラエルによるイランへの奇襲攻撃、そして初動でのハーメネイー最高指導者殺害の報は、世界に衝撃を与えた。米側は「エピック・フューリー(壮絶な怒り)作戦」、イスラエル側は「ライオンズ・ロアー(獅子の雄たけび)作戦」と名付けたという。昨年6月、イラン核施設への爆撃から始まった12日間戦争(ミッドナイトハンマー作戦)でさえ大きな緊張を生んだが、今回はその比ではなかった。

だが、この出来事は決して真空の中で起きたのではない。イランでは2022年9月、ヘジャブの着用をめぐって逮捕されたマーサ・アミニさんの死をきっかけに、「女性、生活、自由」を掲げる抗議運動が全国へ広がった。道徳警察や革命防衛隊による弾圧で多くの市民が命を落としたとされる。さらに昨年末から今年初めにかけても、経済危機への不満が体制批判へと発展し、大規模な抗議行動が続いた。
イランは、かつて親米のパフラビ王政を打倒して成立したシーア派神権体制のもとにある。長年にわたる制裁と孤立、核開発をめぐる米欧との対立は、国民生活を圧迫してきた。

 

日々の尊厳を求める切実な声

一方、地域を見渡せば、2021年にはアフガニスタンでターリバーンが復権し、2023年10月7日にはハマスの攻撃を契機にガザで大規模な戦闘が続いた。イスラエルはハマスの背後にイランがいると主張してきた。中東全体が、火種を抱えたまま揺れ動いていたのである。

こうしたなか、アフガニスタンの亡命詩人ソマイア・ラミシュ氏は、2つの国の叫びをこう表現した。

「仕事、パン、自由」(アフガニスタン)
「女性、生活、自由」(イラン)

そこにあるのは、外敵への敵意よりも、日々の尊厳を求める切実な声である。

確かに、国内で独裁体制を打倒できない現実を前に、「外からの力」に期待する声が生まれることはある。しかし、気に入らない政権の指導者を武力で排除することが、民主化をもたらす保証はどこにもない。アフガニスタンにおけるソ連の10年、米国の20年に及ぶ介入は、外部の軍事力が社会の深層まで変えることの難しさを示している。幸福を押し付けることはできない。

 

最も現実的な希望とは?

国際法や国連といった戦後の国際協調の枠組みを軽視し、力による秩序を正当化する動きは、短期的には「決断力」と映るかもしれない。だがそれは、別の暴力の連鎖を生む危険をはらむ。国内批判をそらすために強硬策をとる指導者がいるならば、それもまた同じ問題を抱えている。

結局のところ、変化を持続させる力は、内側からの市民の運動と、外側からの国際的な連帯が結びついたときにこそ生まれる。外からの爆撃ではなく、内からの声を支える外交、制裁、世論こそが求められる。私欲や恐怖に基づく暴力的支配は、歴史を見れば永続しない。だからこそ、絶望せず、内と外の双方から粘り強く圧力をかけ続けることが、いま最も現実的な希望なのではないだろうか。

野口壽一