(2026年3月13日)
「リヴァイアサン不在の惑星」としての現代世界
~ホッブズとカントを手がかりに世界平和の条件を考える~
大国の横暴
2021年8月のアフガニスタンからの米軍撤退以後、世界は平和へ向かうどころか、むしろ武力紛争の連鎖のなかに置かれてきた。2022年にはロシアがウクライナへの全面侵攻を開始し、2023年以後はガザを中心にイスラエル・パレスチナ紛争が激化し、2025年6月にはイスラエル米がイランの核施設爆撃から
12日間戦争が発生した。中南米でも、2026年1月にはアメリカ軍がベネズエラでニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束し、国際秩序の重大な動揺として報じられた〔注1〕。さらに2月28日には、米イスラエルが各交渉中であったにもかかわらず突如としてイラン空爆による斬首作戦を敢行しホルムズ湾閉鎖につながる戦火が拡大中である。これらは規模も継続性も同じではないが、いずれも多くの死傷者を伴い、現代世界が依然として暴力の時代にあることを示している。ロシアのウクライナ侵攻については、本サイトではアメリカによる勢力拡大を狙いロシアを挑発してきた背景を暴露してきたが、アメリカの挑発に乗ったロシアに対して国連事務総長は国連憲章および国際法に違反するものと明言している〔注2〕。
2度の世界大戦の反省
こうした現実を見れば、2度の世界大戦の反省の上に作られた国際秩序が、十分には機能していないことは明らかであり、その限界は国連内でも自覚され、とくに、常任理事国の拒否権をもふくむ国連改革の動きが顕在化している。
かつて第1次世界大戦後には国際連盟が結成されたが世界戦争を防止することはできなかった。その反省を踏まえて、第2次世界大戦後には国際連合が創設され、その中心目的は「国際の平和及び安全の維持」に置かれた〔注3〕。これは、国家内部で暴力を抑える仕組みを、国家間関係にも拡張しようとした試みと理解できる。言い換えれば、国家の内部では主権者が暴力を独占することで内戦状態を終わらせるというホッブズ的発想を、世界へ押し広げようとする努力だったのである。
国際間のリヴァイアサン
ホッブズによれば、人間は共通の権力を欠けば、相互不信と自己保存の論理に従って争いへと陥る。国家内部に平和が成立するのは、最終的に命令し、裁定し、違反者を処罰する主権者、すなわち「リヴァイアサン」が存在するからである。これを国際社会に当てはめれば、国家間にはそのような最終的主権者が存在しない以上、国際社会はなお「自然状態」に近いということになる。条約や国際法は存在するが、それを最終的に執行する世界国家は存在しない。そのため、大国は自国の利益を理由に法を破り、それを合理化することができる。現代世界を「リヴァイアサン不在の惑星」と呼びうるのは、この意味においてである。
もっとも、国連がまったく無力なわけではない。国連安全保障理事会は、法的拘束力をもつ決議や制裁措置をとりうる中心機関である。しかし現実には、その中枢にいる常任理事国が拒否権を持つため、当の大国自身が問題当事者である場合には、強制が十分に働かない。実際、国連総会では拒否権の行使が安全保障理事会を麻痺させ、その信頼性を損なっているという批判が繰り返されてきた〔注4〕。つまり国連は、世界国家のような完全なリヴァイアサンではなく、主権国家の合意に依存する不完全な調整装置にとどまっているのである。
リヴァイアサン不在下での平和保障
ここで重要になるのがカントである。カントは『永遠平和のために』において、平和を単なる休戦ではなく、法によって支えられた持続的秩序として構想した。彼は単一の世界帝国を理想としたのではなく、「自由な諸国家の連合」によって国際法を基礎づけるべきだと論じた〔注5〕。そこでは、共和的政体、公開性、条約、連邦的秩序が重視される。カントの発想は、ホッブズのようにひとつの絶対的主権に秩序を集中させるのではなく、法と理性と公開的討議によって平和を支える点に特色がある。
したがって、ホッブズとカントを発展させて世界平和を考えるなら、答えは単純な世界国家の建設ではない。必要なのは、ホッブズのいう「拘束力」と、カントのいう「法的正当性」とを結びつけることである。第1に、国際法違反に対して大国にも現実の代償を負わせる仕組みを強める必要がある。たとえば制裁、資産凍結、武器禁輸、国際刑事責任の追及を、より継続的に機能させる制度が求められる。第2に、国連安全保障理事会の拒否権を制限し、少なくとも侵略や大規模残虐行為が疑われる案件では、常任理事国が自国や同盟国を守るために拒否権を濫用できないようにすべきである〔注6〕。第3に、国際司法、地域機構、市民社会、報道、世界世論を通じて、大国の暴力を可視化し、その正当化を困難にする公共性を育てることが必要である。
大国の暴力を可視化する世界世論を
要するに、現代世界はたしかに「リヴァイアサン不在の惑星」である。しかし、その不在を前にして諦めるべきではない。目指すべきは、ただ一つの怪物的権力が全世界を支配することではなく、国際法、国連改革、地域連携、司法、世論を重ね合わせた分散的な拘束の網を作ることである。ホッブズの洞察は、国家間に最終的強制力が欠ける危険を教えてくれる。他方でカントは、その危険を乗り越える道が、法と公開性と国家連合の構築にあることを示した。現代に必要なのは、新しい世界帝国ではなく、リヴァイアサン不在のままでも暴力を抑えうる、より強い国際的公共秩序の建設、つまり、最後にもう一度確認すると、各国内および国際で粘り強く強力な世論の形成に努力し、広範な大衆運動を作り上げる努力なのだ。より具体的に言うと、ウクライナやパレスチナの戦いを支援する政府や人民の行動を強化し、アメリカ国内におけるトランプ政権への批判をひろげ、権力者の暴政をあらゆる機会をとらえて可視化することである。
【野口壽一】
<注>
〔1〕 2026年1月のベネズエラ介入については、ロイターが、米軍によるマドゥロ拘束を「1989年のパナマ侵攻以来、ラテンアメリカへの最も直接的な介入」と報じている。 Reuters, “Trump says U.S. will run Venezuela after U.S. captures Maduro,” Jan. 3, 2026.
〔2〕 国連事務総長アントニオ・グテーレスは、2026年2月23日の声明で、ロシアのウクライナ全面侵攻を「国連憲章および国際法に違反するもの」と述べた。 United Nations, “Statement by the Secretary-General – on the occasion of the fourth anniversary of the Russian Federation’s full-scale invasion of Ukraine,” Feb. 23, 2026.
〔3〕 国際連合の創設目的については、国連公式サイト「History of the United Nations」を参照。そこでは、第2次世界大戦後に「国際の平和と安全の維持」を中心目的として創設されたことが説明されている。 United Nations, “History of the United Nations.”
〔4〕 拒否権が安全保障理事会を麻痺させているという批判については、2023年の国連総会討議で各国代表が繰り返し指摘している。 United Nations, “Question of Veto Central to General Assembly’s Debate on Security Council Reform,” Nov. 17, 2023.
〔5〕 カントは『永遠平和のために』第2確定条項で、「国際法は自由な諸国家の連合に基礎を置くべきである」と述べ、単一の世界国家ではなく国家連合を構想した。 Immanuel Kant, Perpetual Peace, Project Gutenberg edition.
〔6〕 拒否権行使後に総会で説明責任を求める仕組みや、拒否権改革をめぐる議論は前進しているが、制度改革はなお限定的である。 United Nations, “General Assembly Holds First-Ever Debate on Historic Veto Initiative,” Apr. 26, 2023; “Initiative for General Assembly Debate after Veto’s Use,” Nov. 20, 2024.