The Calamity of War: Afghanistan’s Ongoing Migration Crisis

 

(WAJ: 本サイト「トピックス」欄でキーワード「追放」で検索してみてほしい。パキスタンやイランが難民をアフガン本国に強制送還している事件の一部を閲覧できます。ファテー・サミ氏のこの記事はこの半世紀のアフガン難民状況の概要です。なおサミ氏がこの間、本サイトに執筆した論説のすべては「ファテー・サミ執筆記事一覧」で読むことができる。通読すれば氏の鋭く的確な慧眼ぶりに驚かれることだろう。)

 

By Fateh Sami   2024年7月15日
ファテー・サミ(本サイト・アフガン主筆)

アフガニスタンは40年以上にわたる紛争に耐えてきた。その紛争は国民に深刻な影響を与え、現代史上最も重大な難民危機のひとつを引き起こしている。世界の超大国と域内大国の間の戦略的対立の相互作用がこの危機を悪化させた。この記事では、こうした地政学的力学がアフガン移民にもたらす壊滅的な影響と世界中のアフガニスタン難民が直面する苦闘について資料をもとに掘り下げる。

過去45年間に、アフガン人は安全と安定を求めて祖国を出て隣国や世界中に逃れた。その数推定820万人。現代史において前例のないこの大量脱出は、1970年代後半以来アフガニスタンを荒廃させてきた永続的な戦争、暴力、不安定の直接の結果である。ソ連の侵略、内戦、ターリバーンの隆盛と衰退、そして米国主導の介入はすべて、アフガン人を故郷から追い出し続ける容赦ない混乱の一因となっている。(原注:1)

2021年8月のターリバーンの再支配は、米国とその同盟国の戦略的利益によって促進され、すでに悲惨だった状況をさらに悪化させた。多くのアフガン人にとって、ターリバーンの帰還は恐怖と抑圧の復活を意味した。12万3000人がNATO軍によって空輸されたカーブル空港での混乱した避難は、取り残された人々の絶望を浮き彫りにした。(原注:2) 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が近隣諸国に国境開放を求めているにもかかわらず、アフガニスタン難民の85%を受け入れているイランとパキスタンは厳しい入国要件を課し、数え切れないほどのアフガン人が足止めされたままになっている。(原注:3)

安全を求めて、多くのアフガン人がアフガニスタンで最も人口の少ない地域であるニームルーズ州を通る危険な旅をした。バローチ(訳注:アフガニスタン、パキスタン、イランをまたぐ地域)の密航業者はイランへの不法入国を容易にし、毎日約5000人がイランに入国した。しかし、イラン政府は強制送還の加速で対抗し、2024年1月21日から2月4日までだけで2万人のアフガン人を追放した。2023年1月から11月までに63万1000人のアフガニスタン難民がイランから強制送還され、この強硬措置は今後も続くとみられる。(原注:4)

アフガニスタンのハザラ人のイランへの移住は、古くはアミール・アブドゥル・ラーマンによる虐殺から逃れるために1890年代初期に始まり、ソ連占領下の1970年代後半にも見られた。彼らはアフガニスタンとイランの間に重要な社会経済ネットワークを築いている。この歴史的な移住パターンが明らかにするのは、アフガニスタンの少数民族が避難所と安定を求める際に直面する長年の課題である。(原注:5)

多くの人が40年以上住んでいるイランのアフガン人にとって、安定を求める闘いは続いている。これらの長期滞在者は、なんとか子供たちを学校に通わせ、中小企業を興しているにもかかわらず、毎年居住許可を更新するという複雑で費用のかかる手続きを義務化されている。彼らが数十年にわたって居住している現実を認めぬイラン政府は、彼らに市民権を取得する可能性のない不確実な将来を余儀なくさせ、その不安定な状況をさらに悪化させている。

パキスタンにおけるアフガニスタン難民の窮状も大幅に悪化している。かねてより、クエッタ郊外のマリアバード(訳注:バロチスタン州都クエッタの東)とハザラタウン(訳注:クエッタの西)には合わせて200万人以上のハザラ人が住んでおり、比較的良好な状況を享受していた。しかし彼らは現在、大量国外追放の危機に直面し、2023年9月だけで37万5000人以上が追放されている。こうした政策の大幅な変更は、その多くが何世代にもわたってパキスタンに住み続けた難民の間に恐怖と不安を植え付けている。パキスタン政府はアフガニスタンをテフリケ・ターリバーン・パキスタン(訳注:TTP、パキスタンのターリバーン)の基地とみなしており、地政学的な緊張の集中砲火に巻き込まれたアフガニスタン難民の状況はさらに複雑になっている。(原注:6)

イランやパキスタンとは対照的に、欧州諸国はターリバーンの復活以来、アフガニスタン難民の祖国への帰還をおおむね停止している。(原注:7) しかし、トルコは国外追放を強化しており、2022年の最初の8か月だけで4万4768人のアフガニスタン人が空路で国外追放された。トルコ当局の自主帰還だとの主張にもかかわらず、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(訳注:1978年に設立された米国に基盤を持つ人権NGO)では、多くのアフガン人が亡命申請の機会もなく強制送還に直面していると報告し、移動中の難民が直面する厳しい現実を伝えている。(原注:8)

新たな地平を求めて、米国やカナダへの渡航を目指し、ブラジル政府の人道ビザを取得するために仲介会社に頼るイラン在住のアフガニスタン人が増えている。この困難な旅には、11カ国と、コロンビアとパナマの間の160キロメートルに渡る湿地林の危険なダリエン地峡を横断する必要がある 。このルートの高額な費用と危険性は、アフガン人がより良い生活を求めてどこまでも進んで行くことを反映している。

<参考動画>
https://www.youtube.com/watch?v=DwuJtztSckE

 

ヨーロッパに到達しようとする人々にとっても、リスクは同様に深刻だ。多くの人が、地中海の超過密な密輸船、収容所の過酷な環境、そして一国のみが亡命申請の審査に責任を負うことを義務付けるダブリン規則(訳注:難民申請を優先的に審査する国を決めるためのEU加盟国の規則)の複雑さに直面している。この非効率でしばしば搾取的なシステムは、ますます敵対的になる世界の中で安全と安定を求めるアフガニスタン難民が直面する広範な課題を浮き彫りにしている。

アフガニスタンで進行中の移民危機は、戦争と不安定性が人間に与える深刻な影響を浮き彫りにしている。計り知れない困難に直面しても安全を求めて新たな生活を築こうとするアフガニスタン難民の力強い立ち直りと決意は、自分たちの窮状に無関心に見えることが多い世界に立ち向かう不屈の精神を反映している。この危機の根本原因は、世界の超大国と域内各国の戦略的対立と地政学的な策動にあり、それがアフガニスタンを永続的な紛争と混乱状態に陥らせている。

<原注>

参考文献

1. 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、アフガニスタンでの位置調査、2021年8月。
2. アムネスティ・インターナショナル、Comme une course d’obstacles: les issues de secours Sont rares pour les Afghans et Afghans qui tentent de fuir leur pays (PDF)、パリ、2021年10月。
3. 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、2022年8月31日現在のイランにおけるアフガニスタン情勢対応。
4. スイス難民機構(OSAR)、イラン:アフガニスタンへの強制送還(PDF)、ベルン、2024年4月23日。
5. Gehrig, T. および Monsutti, A.、「Territoires, flux et représentations de l’exil afghan: le cas des Hazaras et des Kaboulis」、A Contrario、vol. 1、ローザンヌ: アンティポデス、2003年。
6. ヒューマン・ライツ・ウォッチ、パキスタン:アフガニスタンに対する国民の要求の徹底、ニューヨーク、2023年11月29日。
7. ヒューマン・ライツ・ウォッチ、イラン国境地帯のアフガニスタンのトルコ、2022年11月18日。
8. ヒューマン・ライツ・ウォッチ、誰も私がなぜ去ったのか尋ねなかった:トルコからのアフガニスタン人の反発と強制送還、2022年11月18日。