(2025年3月5日)

 残り火も消えた 

~アメリカの終焉~

 

激しい口論、破綻した会談

2月28日(日本では3月1日)、ホワイトハウスで衝撃的な事件が起きた。
全世界にライブ配信されたアメリカ大統領、副大統領らとウクライナ・ゼレンスキー大統領の衝突だ。
ロシアのウクライナ侵攻と和平、ウクライナの将来の安全保障をめぐって両首脳が激しく口論し、その姿が全世界に公開された。

ホワイトハウスを訪れたゼレンスキー大統領は、米国によるウクライナの希土類鉱物へのアクセスを認める協定案について協議する際、米国にウクライナの安全保障策を求めた。

しかし、大統領執務室での記者会見では、通例の外交的雰囲気はすぐに冷え込み、バンス副大統領はトランプ大統領と米国の支援に「感謝する」ようゼレンスキー大統領に圧力をかけた。さらにトランプ大統領は「合意か、さもなければ撤退だ」とゼレンスキー大統領に迫った。

ゼレンスキー大統領は一歩もひかず、停戦後のウクライナの安全保障こそがキモであると力説した。

会談終了直後、トランプ大統領はソーシャルメディアに声明を発表。ウクライナとの交渉から米国は撤退し、ゼレンスキー大統領をホワイトハウスから追放する、と。合意は締結されなかった。

 

恐怖すら覚えるシーン

ウクライナ兵は何万人、ロシア兵は何十万人もが死に、負傷者数は数知れず。ウクライナの重要施設や市街地が爆撃で破壊され、ひとびとは殺され平和な生活が奪われている。核兵器を所有しているだけで武力で恣意的に国境線の変更を試みる行為がまかり通る。支援を口実に実利をゆすり取ろうとする行為が堂々とまかり通る。スーツを着た者たちが繰り広げる愚行。人間であることが恥ずかしくなるような脅し。

トランプ大統領を支持する人びとは、ゼレンスキー大統領の服装からはじめて数々の非礼をあげつらった。そうでない人でも、ゼレンスキー氏に堪え性がなかった、トランプ大統領の奥深い意図を読み間違っている、と批判する。果たしてそうか。

トランプ大統領はさかんに「ディール(取り引き)」という。相手を尊重しないで取り引きはなりたたない、と。果たしてトランプ大統領のプーチン大統領への姿勢は相手の尊重なのか。違う。単なる屈伏、降伏にすぎない。「あなたにはウクライナの占領地をやる、おれはウクライナの地下資源をいただく」と分け前交渉をしているに過ぎない。それを強がりで隠しているだけだ。まさにマフィアの取り分争奪だ。

アメリカはウクライナが核兵器をロシアに引き渡す際に結んだ「ブダペスト覚書」(1994年12月5日)の保証国。イギリス、ロシアとともにウクライナの安全を保証する責任がある。これまでのウクライナへの支援はウクライナの核放棄に対する賠償でもあるのだ。

世界のマスコミはこの会談決裂を大々的に報じた。ニュースを受け取った庶民からはアメリカの高圧的な姿勢に恐怖すら覚えたとの感想さえ聞こえた。

この後、アメリカの世論はどう変化するのだろうか。あるいは変化しないのだろうか。

 

アメリカの知性はどう反応?

本サイトが注目する何人かのアメリカ人の意見を聞いてみよう。

まず、本サイトに「アメリカを売り渡す指導者たち」を書いているノア・スミス氏は、次のように述べている。

この2日間、私の知り合いのほとんどが、トランプ大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の大統領執務室での悲惨な会談について話していた。この件について話した人はほとんど保守派か中道派だった。会談がうまくいったと思った人は絶対にいなかった。ゼレンスキー大統領はもっと攻撃的ではなく、もっと従順であるべきだったと言う人も数人いたが、トランプ大統領やJ・D・バンス大統領の行動を称賛する人は誰もいなかった。誰もが不安を感じており、中には恐怖を感じている人もいる。
MAGAの幹部たちはソーシャルメディアで「アメリカ第一!!」と叫び、トランプの力を見せつけたと称賛し、ゼレンスキーを大声で非難している。トランプが屈服させた共和党員たちは会談が惨事だったと認めたが、ウクライナの指導者がトランプに適切な敬意を示さなかったと非難した。しかし、トランプを完全に支持していない人でも、心の底ではこれがアメリカの歴史における暗い瞬間だったと知っている。(「アメリカはいまやギャングに支配されている」参照:ノア・スミス著)

そして彼は、この事件からアメリカ人が知るべき、学ぶべき点を3項目あげている。すなわち、

(1)極めて不道徳で、一般的な良識の規範に従うことが期待できない指導者たちをアメリカが選んだこと
(2)米国の外交政策は1945年から2024年まで劇的に変化しており、米国は今や事実上ギャング国家となっている。これが永続的に以前の状態に戻ることができるかどうか不明なこと
(3)トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談は、トランプ大統領の政権がいかに不器用であるか、そして政権がすでに過ちを犯し始めているかを浮き彫りにしていること

そしてノア氏は、次のように述べる。

ニュースに注目するアメリカ人は、保守派もリベラル派も同様に、この国を統治する立場に就かせた人々が道徳的に最も悪い人々であることに徐々に気づき始めている。

 

いつもの通り、事態をさらに悪化させた

つぎに、本サイトで何度も紹介しているダニエル・W・ドレズナー(Daniel W. Drezner)氏は50分に及ぶ大統領執務室での動画を見た率直な感想を次のように述べる。(英文サイト「大統領執務室の暴発を冷静に見る5つの方法」:本サイトでの翻訳では「大統領執務室事件:冷静に見直すための5つの視点」)

放映の後数時間、誰もが私にこの騒動についてどう思うかと尋ねてきた。これは答えるのが難しい質問だった。本能的に、吐き気がした。米国の大統領と副大統領が、自分たちの素敵な家に招待された貧しい友人たちに「ありがとう」と言えと要求する不機嫌な6歳児のように振舞うのを見るのは、驚きであり不愉快だった。

彼は会見をみて得た5つの教訓ないし観察結果をつぎのように述べる。

(1)トランプ大統領はプーチン大統領には優しくするが、ゼレンスキー大統領にはそうする必要はない、と考えていること
(2)ヨーロッパ人がこのぶち壊しにどう反応するか関心をもつ
(3)AP通信を排斥しTASS通信を参加させた失態が安全保障上どのような影響を及ぼすかを想像すべし
(4)会談に参加していたバンス副大統領は結果を喜び、マルコ・ルビオ国務長官は会議のひどさに気づいていた
(5)会談はロシア以外のすべての国にとって悪い結果になるだろう、ロシアにとって、それはクリスマスとイースターが一度にやって来たようなもの

この会談に関するかれの結論は、「トランプ2.0のいつもの通り、今日は事態をさらに悪化させた。」

 

米国の外交政策の大きな転換点

ワシントン・ポストから派生し2023年9月に創設されたサイトGood Authorityでエリザベス・N・サウンデーズ氏は 2025年2月28日に次のように書いている。

トランプ大統領の大統領執務室での失態は、米国民が米国の外交政策の大きな転換点と見るべきものであり、トランプ大統領の長年の外交政策の見解の集大成だった。(英文サイト「トランプ氏のゼレンスキー氏に対する口頭攻撃は衝撃的であり、予想通り」)

氏は、トランプ大統領には外交政策の核となるつぎの3つの信念があると指摘する。
(1)NATOなど同盟は米国にとって不当で不要
(2)辞書で最も美しい言葉は関税。多国間貿易協定への嫌悪
(3)独裁者を称賛

トランプ氏はウクライナを支持するつもりはなかった。
ゼレンスキー氏は、少なくとも今のところ、自身の領土で、カメラの前で、トランプ氏から安全の保証を得るつもりはなかった、としてつぎのように続ける。

大統領執務室でのトランプ氏のゼレンスキー氏への暴言は、予想外の瞬間というより、トランプ氏の真の信念が前面に出たのだった。会談の全容を収めたビデオを見れば、それが単にゼレンスキー氏に対する個人的な敵意の結果ではないことは明らかだ。実際、会談の大部分は驚くほど友好的なものだった。ゼレンスキー氏は冒頭で「ありがとう」と言い、米国とドローンのライセンスを共有することを申し出たほか、トランプ氏が平和をもたらすことができれば、偉大な大統領たちの絵画とともに大統領執務室の壁に飾られるべきだと示唆した。トランプ氏は、厳選された記者の一人がゼレンスキー氏がスーツを着ることはあるかと質問すると、実際にゼレンスキー氏の戦時中の服装を褒めた。
しかし、プーチン大統領がいかなる合意も破るだろうとゼレンスキー氏が懸念を表明すると、トランプ氏の真の信念が前面に出てきた。かつてはウクライナの熱烈な支持者だったマルコ・ルビオ国務長官がソファーで縮こまり、外交官の切り抜きのように見えたが、トランプ氏は彼を抑制する助言者がいない中で、本当に考えていることを語った。エズラ・クライン氏(米ニューヨーク・タイムズの名物ポッドキャスター)が言うように、トランプ氏は今や「抑制がきかなくなった」。だからといって、彼が予測不可能なわけではない。彼が関心のあることに関しては、考えていることを正確に言い、ずっとやりたいと思っていたことを実行できるということだ。

そして次のように結論づける。

つまり、トランプ氏の大統領就任後2週間、特にトランプ大統領とゼレンスキー大統領が大統領執務室でカメラの前にいた1時間の間に、トランプ大統領とその顧問らが発した言葉と行動は、米国と欧州の関係を断裂させ、米国をロシアの残忍な独裁者と再び結び付け、そして何よりも、ウクライナを運命のままに任せた可能性が高い。

 

急速に広がる反トランプ・マスク・バンス抗議運動

<アメリカ国内では>

アメリカでは、トランプ大統領就任後、急速な反トランプ・マスク・バンス抗議運動が生まれている。50501運動だ。トピックスコーナーの「アメリカで反トランプ・マスク・バンスの抗議行動、急速に広まる」を参照。

 

<そして海外でも>

EUによる米国人に対する制裁が間近に迫る:ノルウェーが米海軍艦艇への給油を停止
米国とヨーロッパ同盟国の間で政治的な相違が拡大している。ノルウェーは、アメリカの新指導者ドナルド・トランプ氏のウクライナ政策に抗議し、すでに米海軍艦艇への給油を停止した。

英首相がウクライナ大統領と会談、「全面的な支援」を表明 4200億円超の融資計画で合意
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は1日、キア・スターマー英首相が2日に主催する首脳会談に合わせてロンドン入りし、首相官邸でスターマー首相と会談した。両首脳は、ロシアとの戦闘が続くウクライナの防衛力支援のために、22億6000万ポンド(約4270億円)を融資することで合意した。

仏大統領ウクライナでの和平に向けてイギリスとともに検討している計画について説明
ウクライナでの和平に向け“まず1か月間の停戦を” とマクロン仏大統領。

ゼレンスキー大統領 欧州首脳と会合 英停戦計画策定方針示す
アメリカとウクライナの関係が悪化するなか、ヨーロッパ各国の首脳らはゼレンスキー大統領を迎えてロンドンで会合を開いた。主催国イギリスのスターマー首相は停戦に向けた計画を策定しアメリカに提示する方針を示すとともに、関係国の結束を訴えた。

 

結論

アフガニスタンの場合と同じく、トランプを止めることができるのは、海外での運動と連帯して闘われるアメリカ国民の闘いである。それは、あらゆるレベルの日常活動であり、あらゆる行政組織やあらゆる中間組織を利用・動員した反トランプ・マスク・バンス抗議運動である。そしてもっとも重要なのは、来年2026年の中間選挙にほかならない。現在、上院下院で多数を制している共和党に勝つことだ。両院とも議席数差は1桁台の僅差である。十分にひっくり返せる範囲内だ。

第2次世界大戦後のパックスアメリカーナを実現したのは、アメリカのソフトパワーと同盟関係、そしてそのバックボーンたる経済力と軍事力だった。戦後、植民地が独立し、各国が経済発展するなか、アメリカの経済力や軍事力は相対的に低下してきた。それが明白になったのは20世紀末から21世紀初頭のことだった。さかんにパックスアメリカーナの終焉が語られた。

2016年、まさかのトランプ大統領誕生の第1期。そして今始まったばかりのトランプ劇場バーション2。滑り出しから、アメリカがかろうじて保ってきた建前やメンツをかなぐり捨てるトランプ一座の粗暴な演技に世界は慌てながらもあきれた。

ところが、2月28日の、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を招いたホワイトハウス執務室からの世界ライブで、局面は一変した。パックスアメリカーナの盟主として何とかほころびを隠していた仮面が剥がれ落ちた。かろうじて維持していた世界の指導者としての地位も名誉も崩れ去った。一国の責任者として毅然として正論をのべるゼレンスキーのまえに、目先の利益に固執しただひたすら大国風をふかすだけの醜態をさらした座主と大根役者の下手な合いの手でアメリカの火が消えた。今度の興行でトランプ一座は、アメリカ文化に対する憧れと信頼を生み出していたソフトパワーおよび同盟関係をズタズタに破壊してしまった。

民度が疑われているアメリカ国民には、このさい、名誉回復をかけて頑張ってもらうほかない。

 

<参考データ>
トピックス:「ホワイトハウス 口論事件、圧倒的多数がゼレンスキー支持

 

【野口壽一】