(2026年4月14日)
スエズ運河とホルムズ海峡
~帝国の終焉を告げる海峡~
人は世界的な事件に直面すると、「いま起きている異常さ」に目を奪われがちである。
しかし歴史は、常に繰り返される構造の上に成り立っている。
どれほど特異に見える事件でも、その背後には必ず前例がある。
今回のホルムズ海峡をめぐる緊張も例外ではない。
それを読み解く鍵は、
1956年の第二次中東戦争、
すなわちスエズ運河をめぐる戦争にある。
■スエズ危機:戦場の敗北、戦略の勝利
スエズ運河をめぐる戦争は、単なる地域紛争ではなかった。そこには二重の構造があった。
ひとつはイスラエルによるパレスチナへの軍事的圧力の継続、もうひとつはイギリス・フランスという旧宗主国とアラブ諸国の利権対立である。
1956年、エジプトの指導者ガマール・アブデル・ナセルは、運河の国有化を宣言した。これは単なる経済政策ではなく、欧州列強による支配構造からの脱却宣言であった。この決定に対し、イギリス・フランス・イスラエルは軍事侵攻を開始する。
軍事的には結果は明白だった。三国軍は圧倒的な戦力でエジプト軍を打ち破り、シナイ半島を制圧し、カイロに迫る勢いを見せた。戦場だけを見れば、エジプトは完敗である。
しかし戦争はここで終わらなかった。決定的だったのはアメリカ合衆国の介入である。当時、冷戦構造の中で中東の安定を重視していたアメリカは、英仏の軍事行動がソ連の介入を招くことを恐れた。結果としてアメリカは英仏に強力な圧力をかけ、撤退を余儀なくさせる。
こうして、スエズ運河はエジプトの管理下に残された。
つまり、
• 戦場ではエジプトの敗北
• 戦争目的(主権回復)ではエジプトの勝利
という逆転現象が起きたのである。この戦争は、「軍事的勝利が必ずしも政治的勝利ではない」という現代国際政治の典型例となった。(この点ではアフガニスタン・イラク戦争も同様の側面を持つがここでは触れない。)
■ホルムズ海峡:再現される構造
今回のホルムズ海峡をめぐる戦争もまた、同様の構造を持つ。
イランとイスラエル、そしてアメリカ合衆国が直接衝突し、中東全体が戦火に巻き込まれた。イランによるミサイル反撃は、在外米軍基地やイスラエル本土を射程に収め、戦争の範囲を一気に拡大させた。
注目すべきはアメリカの行動である。
当初、自らは海峡封鎖に関与しないとし、中国、ヨーロッパ、日本に「海上防衛」を委ねようとした。しかしそれは拒否された。結果としてアメリカは単独で封鎖に踏み切るという、極めて異例の選択を行う。
一方で、支援嘆願国であったウクライナは兵器供給戦争指導国として独自にサウジアラビアと安全保障協定を結び、イランのドローン迎撃支援に自国の軍事アドバイザ―を派遣した。ここに現れているのは、従来の同盟秩序の崩壊である。
この過程で浮き彫りになったのは、アメリカとイスラエルの「孤立」であった。
■アメリカ覇権の変質と衰退
1991年のソ連崩壊以降、アメリカは単独覇権国家として振る舞った。グローバリズムを推進し、経済・軍事・文化のすべてにおいて世界を主導した。しかし2001年のアメリカ同時多発テロ事件が転機となった。以後のアフガニスタン戦争、イラク戦争は長期化し、膨大なコストと国際的信頼の喪失をもたらした。
そしてバラク・オバマ大統領は任期中に「世界の警察官をやめる」と宣言する。これは単なる政策転換ではなく、アメリカが精神的リーダーシップを失ったことを意味していた。
■トランプ時代:帝国の延命措置
そこに登場したのがドナルド・トランプである。
彼の強権的な政策や独裁的とも評される統治スタイルは、しばしば個人的資質の問題として語られる。しかし本質は異なる。それは「衰退する帝国を維持しようとする最後のあがき」であった。
第2期トランプ政権(2025年以降)は、「アメリカ第一主義」をさらに徹底し、国際協調を否定し、多国間秩序から距離を置いた。その結果、戦後の自由主義的国際秩序からの離脱が決定的となる。
同時に、中国・ロシアを中心とする多極化が加速し、世界は単一覇権から分散型秩序へと移行していった。
■スエズからホルムズへ:歴史の連続性
かつて第二次世界大戦後、アメリカは圧倒的な力で世界秩序を再構築し、中東においても仲介者として振る舞いえた。しかし今回の対イラン戦争では、その姿はもはや見られない。
むしろ、アメリカは当事者として孤立し、イスラエルとともに限られた陣営に閉じ込められている。
スエズ危機では、アメリカは「旧帝国(英仏)」を抑え、新しい秩序を作る側だった。
しかしホルムズ海峡では、自らが「旧帝国」として振る舞い、世界から距離を置かれる側に回っている。
■結論:帝国の終焉を告げる海峡
スエズ運河が象徴したのは、ヨーロッパ帝国主義の終焉だった。
そしてホルムズ海峡が象徴するのは、アメリカ帝国主義の終焉である。
単独での海峡封鎖という選択は、軍事的には実行可能であっても、国際的正統性を欠いた行動である。それは力の誇示であると同時に、支持の欠如を露呈する行為でもあり、失敗と撤退を運命づけられた作戦だ。
歴史は繰り返す。ただし同じ形ではなく、「役割」を変えて。
しかし、1回目も2回目も人民大衆には悲劇であり不幸だ。
かつて秩序を作った国が、やがて秩序から取り残される——。
ホルムズ海峡の緊張は、その転換点を世界に示しているのである。
【野口壽一】