(2024年3月25日)
不条理の海を泳ぐ
~映画『コヴェナント/約束の救出』を観て~
人が生きるということは不条理の海を泳ぐのに似ている
あるものは抗い溺れる
不条理を嘆いて沈潜するものもいる
堅忍不抜の信念を持って泳ぎ切るものもいる
だが大半の人間は不満を隠し争わず生き抜く
海の流れにのって漂うクラゲのように
絆、誓い、約束
ガイ・リッチー監督の映画『コヴェナント/約束の救出』を観た。
極限の戦場から諦めも嘆きもせず生還したひとりの米兵が、命を救ってくれたアフガン人通訳を、これまた命と財産をかけて救出する映画だ。主人公のふたりは、不条理の海に溺れずおのれを主張する。通訳は任務を完遂し、兵士は約束を果たす。
不条理はその場から逃げるあがきをしてもいいし、勇気をもって闘ってもいい。
しかしこの映画は不条理を問うことはしない。しかも、スリルとサスペンス満載の戦争アクションものとして仕上げられている。多額の投資を回収するビジネスだからそれは仕方のないことかもしれない。しかし、敵役のターリバーン兵を銃撃で虫けらのようになぎ倒すシーンは、観ていてスカッとするものではなかった。
監督にとって所詮それらは映画のテーマを引き立て、魅せるための道具立てにすぎないのかもしれない。テーマは「COVENANNT=約束の救出」、つまり「絆、誓い、約束」、そしてそれを果たすための「義務感」と「行動」だ。
退役して帰国し安穏に暮らせるはずなのに命を救ってくれた通訳を助けるために、ふたたびアフガニスタンに救出に行こうとする主人公が「なぜそんなにアフガニスタンにこだわるのだ」と聞かれる。彼は応える。「呪いをかけられたのだ」と。
アフガニスタンという空間は人を呪いにかける魔力をもっているようだ。それを解くカギがなになのか。僕にもわからない。いまだに呪いをかけられたままだからだ。
『ウエッブ・アフガン』を始めたのは呪いを解くためだったのかもしれない。1年前に翻訳したまま気になりながらほったらかしにしていた原稿がある。それを思い出した。
世界はアフガンに借りがある
今回、「世界の声」に掲載した「なぜアフガニスタンが大事なのか:参戦した英国少佐の提言」である。
英国サウス・ヨークシャーにあるバーンズリー中部の労働党議員で、パラシュート部隊の少佐としてアフガニスタンに従軍したダン・ジャーヴィスの発言である。映画「約束の救出」に描かれたのとおなじ心情を次のようにつづる。
「イギリスはアフガニスタンで我々を助けてくれたすべての人のために全力を尽くすと約束した。しかしそれは真実ではなかった。英国は責任を回避しており、あの不安定な国への関心を失うことで、私たちを再び危険にさらしている。」
この時点でまだ数千人ものアフガン人が脱出を待っていた。
「18か月前(注:2021年8月)、ターリバーンの勝利により、アフガニスタンでの私たちの戦いのすべてが終わった。かの地での失敗のトラウマを忘れたいと願っている政策立案者たちすべてに、ウクライナは完璧な言い訳を提供した。ウクライナは非常に重要だ。しかし、ロシアの侵攻が1年も続き、私たちはいまアフガニスタンを忘れている。」
昨年10月、ガザへのイスラエルの侵略戦争が開始され、言い訳と忘却は完璧となった。
なぜかかわるべきなのか。ダン・ジャーヴィスは言う。
「第1の理由は単純な道徳だ。私たちには、アフガニスタンで苦しんでいる人々、特に私たちのためにすべてを危険にさらしてくれた人々に対して責任がある。」
「第2に、我々は277億ポンドと457人の命を投資した。我々がなすべきはこれまでの成果をまもることだ。すべてが無駄に終わったとはいえ、過去20年間で乳児死亡率は半減し、教育とインフラは大幅に改善された。しかし、議論のほとんどはわが国の利益についてばかりだ。」
この指摘は重要だ。アメリカは20年間の戦争で2500人の米軍兵士が死亡し、4000人近くの民間人契約者が死亡。6万9000人のアフガン軍・警察や4万7000人の民間人、5万1000人の反政府勢力の兵士が死亡し、総額2兆2600億ドルを支出したといわれている(ブラウン大学の試算)が、そのうちのアフガン復興支援に使われた直接的な支出の監査は現在も議会の専門機関(Special Inspector General for Afghanistan Reconstruction)によって続けられている。
日本も20年間に1兆円ちかくの税金を支出した。その実施プランや成果は外務省のホームページに掲載されているが、アメリカが『アフガニスタン・ペーパーズ 』やSIGARが行ったような徹底した検証が行われたとは思えない。人道支援資金や復興支援資金はどこに消えたのか。日本が担当した武装解除(DDR)活動はどうだったのか。外務省HPが宣伝するような成果が上がっていたのであれば、政権があっというまに崩壊するほどの、共和国政府上層部や軍閥などの腐敗や汚職の資金はどこからきてどう消えたのか。それらを検証する専門機関はどこにあるのか。
さらに映画『COVENANNT=約束の救出』は、描く。
「2001年10月7日(注:奇しくもこの22年後の同じ日、ハマースがイスラエルに急襲をかけた)、9.11の同時多発テロへの報復措置としてアメリカは1300人の兵士をアフガニスタンに派遣」
「2011年12月になると兵士の数は9万8000人に増えていた」
「米軍に雇われた5万人のアフガン人通訳はアメリカへの移住ビザがもらえると約束されていた」
「2021年8月30日、米軍はアフガニスタンから撤退。20年に及ぶ軍事作戦は終了した」
「その1か月後、ターリバーンが政権を掌握」
「300人以上の通訳とその家族が探害され、今もなお、数千人が身を隠している」(映画パンプレットより)
今日現在も、アメリカへの協力者でアメリカへの避難ビザを待つ人々がいる。
2021年8月にターリバーンがカーブルを乗っ取ると、アメリカ系NGOで働いていた数千人のアフガン人が、アフガニスタンの新支配者による嫌がらせを恐れたり、あるいは別の場所で新たな生活を始める機会を狙ってアフガニスタンを離れた。多くはすでにヨーロッパ、米国、その他の場所への道を見つけている。亡命申請が審査され、人生の次の章が始まるのを今もパキスタンなどの第三国で待っている人もいる。
「今もなお」避難を約束されながらもそれが実現されていないアフガン人があふれているのだ。その実態の一例が「パキスタンのアフガン人 ビザ待ち」(〇〇に掲載)だ。(原稿待機中)
この記事で取り上げられているケースはターリバーンが復権する前の共和国時代にアメリカ系NGOに協力していたがために国を離れざるを得なくなった家族の物語だ。共和国時代、比較的裕福な恵まれた生活をしていたこの家族は、約束されたアメリカのビザをもらうためにパキスタンで避難生活を余儀なくされている。その悲しさと辛さがルポされている。
アメリカに避難したアフガニスタンの女性兵士
アフガン人が「ウクライナ人とアフガン人で流れている血の色は違うのか」と怒りの声が発せられるほど、ウクライナのケースに比べるとアフガン人への扱いはあまりにも軽い。それでもビザをもらえて呼び寄せられればましだ。避難した後、どう生活を築くか、それが問題だ。
あまり知られていないが、アフガニスタンには女性兵士軍団があった。彼女らはアメリカ軍とともにターリバーン狩りを行っていた。ターリバーンがやってくれば真っ先に抹殺される対象である。彼女らはアメリカ軍撤退と同時にアメリカへの避難を行えた。もっとも恵まれたケースだといえるだろう。彼女らはなれないアメリカで新しい生活を築くべく苦闘している。アフガニスタン女性兵士のケースは、もっとも丁重に扱われた恵まれたケースだと言えるだろう。
「ターリバーンハンター:語られざるアフガン女性兵士の物語」
日本にも借りがある
日本にはターリバーンの再来(2021年8月)以後、800人以上のアフガン人が日本に逃れてきた。また日本への留学生で帰国できなくなった人々もいた。そのうち2023年7月11日までに難民と認定されたのは114人だった(NHK報道)。同報道によると「関係者によりますと、114人はアフガニスタンのJICA=国際協力機構の事務所で働いていた職員と、その家族らで、日本で定住者としての在留資格を与えられ、その後、要件を満たせば永住できるということです。」
しかし支援は6カ月で打ち切られる。あとは自立が求められる。その実例。
ほとんど支援をえられず周囲の関係者の善意にたよるほかない。
「大学がアフガン人元留学生を「自腹」で受け入れ 来日前から支援、地元企業に就職【あなたの隣に住む「難民」」
栃木県小山市では「アフガン難民10家族51人が小山に定住へ 就学支援も」という動きがあった。公的資金による支援が切れ、小山市は地元経営者組織などをとおして就労支援を呼び掛けている。
日本政府もやってはいるが、お世辞にも腰が据わっているとは言えない。
映画『コヴェナント/約束の救出』が描いた「約束の実行」はおざなりな形だけのものであってはならない。アフガニスタンで戦ったイギリスのパラシュート部隊の元少佐は提言を次の言葉で締めくくっている。
「アフガニスタンのことわざに『ブラダール・バ・ブラダール、エソベシュ・バラバール』というものがあります。ざっくり訳すと、『友人間の貸し借りは友人として清算すべきだ』という意味だ。私たちはアフガニスタン人に対してだけでなく、私たち自身に対してもまだ借金を負っている。それを忘れてはいけない。」
日本もアフガニスタン人に多大の借りがある。自分自身に対しても。この借金は踏み倒せない。
【野口壽一】
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