Jeffrey D. Sachs at the European Parliament, Brussels, 14 October 2026

 

(WAJ: ジェフリー・サックス氏はコロンビア大学教授。米国の経済学者、政策顧問。持続可能な開発や貧困削減の世界的権威として知られ、国連ミレニアム開発目標(MDGs)の策定などに尽力。アメリカの学会、言論界にあって、米政府の覇権主義的な政策を厳しく批判することで有名。ウクライナ戦争においてもNATOの東方拡大を画策してきた歴代アメリカ政権の責任を厳しく追及している。本講演では、ウクライナ戦争の背景とNATO東方拡大の経緯、米欧の対ロ・対中政策に対する批判、多極化する世界における欧州の自主性やグローバルサウスの台頭など、多岐にわたる地政学的・経済的分析が全面展開されている。同氏はアメリカの知性のひとりといえる。著書には『貧困の終焉』(原題:The End of Poverty)、『地球全体を幸福にする経済学――過密化する世界とグローバル・ゴール』(原題:Common Wealth: Economics for a Crowded Planet)などがある。)

2026年10月14日欧州議会で講演するジェフリー・サックス氏(Youtube動画より)

 

<本講演の要約>

サックス氏は、世界はいま、米国の深刻な政治危機と欧州の戦争、そしてアジアの台頭という歴史的転換に直面しているとして、トランプ大統領の不安定さと危険性を厳しく批判するとともに、欧州が米国への依存と戦争をあおる言説から脱し、自ら平和を構築する必要があると訴え、次のように述べる。

欧州が出発点とすべきは、中国をはじめとするアジアの発展を正しく理解することである。アジアは植民地支配や戦争によって世界経済に占める地位を大きく失ったが、第2次世界大戦後の独立と経済発展によって、以前の地位を取り戻しつつある。これは数十億人の生活改善という人類的成果である。しかし米国は、中国の経済規模が自国を上回ることを脅威と捉える。人口の多い国が豊かになれば経済規模も大きくなるという当然の変化を、覇権への挑戦として敵視するところに、米国外交の根本的な誤りがある。

ロシアとの対立にも、同じ発想が働いている。冷戦終結時、ゴルバチョフは対立を乗り越えた「共通の欧州の家」を求めていた。サックス氏自身も、ソ連の改革を支える経済援助を提案したが、米政府は退けた。相手の再建を助けて将来の平和を築くより、弱体化した相手に対する優位を利用する道が選ばれたのである。ソ連崩壊後、米国では民主・共和両党に、世界を支配できるという思い込みが広がった。

その具体化がNATOの東方拡大である。サックス氏は、ドイツ統一時に西側が示した不拡大の約束が破られ、米国内の外交専門家による警告も無視されたと主張する。とりわけ2008年のウクライナとジョージアの将来的加盟方針を重大な転機と捉える。危険を理解していた独仏も米国に屈し、欧州は独自外交を放棄した。また、米国の弾道弾迎撃ミサイル制限条約からの離脱とミサイル配備が、核の安定を損なったと批判する。

ウクライナについては、2014年の政変を米国が支援した政権転覆と位置づけ、続くミンスク合意も米欧が実現させなかったと論じる。2021年末にはNATO拡大停止を中心とする交渉で戦争を回避できたのに、バイデン政権は「門戸開放」を理由に応じなかったという。米国は自国周辺への他大国の軍事進出を認めない一方、ロシアの懸念は認めない。この2重基準こそ問題だとする。トランプの「自分なら戦争は起こらなかった」という主張にも、第1次政権下でウクライナ軍の強化を進めたとして反論する。

中東でも、サックス氏は米国の政策を強く非難する。ガザでの虐殺について米国とイスラエルの共同責任を指摘し、パレスチナ国家の実現を阻む米国の姿勢を批判する。対イラン攻撃、とりわけ交渉中の相手国指導部への攻撃は、国際的規範を踏みにじる行為だとする。同時に、攻撃を始めた米国を十分に批判せず、イランへの非難に傾く欧州の指導者にも責任を問う。

ウクライナ和平に必要なのは、ロシアを打ち負かすという目標を捨て、安全保障を相互に保障する交渉である。核大国を屈辱的敗北か核戦争かの選択に追い込んではならない。欧州はNATOをウクライナやジョージアに拡大しないと表明し、ロシアと直接話し合うべきだという。国境の法的確定が直ちにできなくても、休戦線と行政管理の境界を設けて戦闘を止めることは可能である。

質疑応答では、世界を敵対する2つの陣営に分ける構想そのものを退ける。19世紀の欧州協調と、その崩壊後の同盟対立を振り返り、異なる体制の大国が定期的に協議する仕組みを支持する。国連安保理も本来は大国間の協調を実現するための制度である。NATOの解体を提唱する一方、欧州には適度で確かな防衛力が必要だと認め、国連憲章と共通の法に基づく秩序を求める。

経済面では、対ロ制裁と安価なエネルギー供給の喪失が、欧州自身の産業を傷つけたと批判する。軍需生産の拡大で生活の質を高めることはできない。欧州とロシアの補完的な経済関係を回復し、中国を含むユーラシア全体の交流を発展させるべきだという。ただし、欧州統合そのものを否定するわけではない。気候変動、脱炭素、AIなどへの対応には地域的な協力と規模が必要であり、問題は統合ではなく政策の選択にある。

西側の相対的地位の低下は避けられないが、中国が新たな世界覇権国になるとも考えない。高齢化と人口減少が進む中国、人口が増えるアフリカなど、多様な地域が共存する世界になる。重視すべきは支配力ではなく、教育、文化、持続可能性、生活の質であり、とりわけアフリカの子どもたちへの教育投資が急務である。

米国の中間選挙にはトランプの権力を制約する可能性を認めるが、米国の政治危機は今後10~15年続きうると予測する。欧州は以前の「正常な西側」の復活を待つべきではない。米国を敵にする必要はないが、その許可を求めず、自ら外交を行い、平和と豊かな生活を守る道を選ぶべきなのである。

 

<講演および全討議の議事録(動画録画の編集済み文字起こし)>

ジェフリー・D・サックス氏による欧州議会での発言(2026年10月14日、ブリュッセル)

このイベントは、欧州議会議員のフィディアス・パナイオトゥ氏(キプロス)が主催し、欧州議会議員のダニーロ・デッラ・ヴァッレ氏(五つ星運動、イタリア)が共同主催した。

https://www.youtube.com/watch?v=mqkyulCBcpY

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はじめに

 

フィディアス・パナイオトゥ欧州議会議員:皆様、この素晴らしいイベントにお越しいただき、誠にありがとうございます。こうした大きな地政学的変化について話し合うことは非常に重要です。そのため、地政学において世界最高峰の専門家であるジェフリー・サックス氏をお招きし、ヨーロッパ人として私たちがどうすべきかについて助言をいただいています。また、共同司会者として、イタリアの5つ星運動所属の欧州議会議員、ダニーロ・デッラ・ヴァッレ氏も同席しています。ジェフリーさん、どうぞ。10分から15分ほどお話を伺い、その後、欧州議会議員の皆様からの質問を受け付け、議論を行います。

 

ジェフリー・サックス:素晴らしい。皆さんとご一緒できて大変光栄です。このような機会をいただき、また、意見交換をする機会をいただき、ありがとうございます。

 

狂った世界で平和を築く方法

世界は非常に奇妙な状況にあります。もちろん、アメリカ合衆国は深刻な政治危機に陥っています。ヨーロッパもまた政治危機にあると言えるでしょう。大陸は戦争状態にあり、世界は急速に変化しています。ですから、今は決して安全な時期でも、理解しやすい時期でもありません。しかし、建設的な観点から、意識的かつ積極的に平和を築くために、どのように進んでいくべきかについて、私の考えを皆さんと共有したいと思います。このままでは、正直言って、どんな恐ろしいことが起こってもおかしくありません。ヨーロッパを席巻している戦争のレトリックは衝撃的で、極めて危険です。それに加えて、本来同盟国であるはずのアメリカの政治は完全に失敗しています。断言しますが、アメリカ史上、これほどひどい大統領はいません。これほど無能で、不安定で、愚かで、人格的に危険な人物は他にいません。彼は他のあらゆる欠点に加えて、病的な人物です。皆さんは本当にヨーロッパのことを気遣う必要がありますが、今はそれができていません。

 

議論すべきことは山ほどあり、議論の始め方も様々ですが、まずは全体像から始めましょう。世界は過去25年間で劇的に変化しました。中でも最も重要なのは、アジア、とりわけ中国の台頭、そして世界経済と世界地政学におけるアジアの中心的な地位への回帰です。総じて、私はこれを危険なことではなく、非常に良いことだと考えています。アジアは1世紀半にわたるヨーロッパ帝国主義の支配の後、非常に貧しい状態に陥りました。第2次世界大戦後、アジアは事実上の独立を回復し、それ以来、貧困をほぼ克服し、繁栄した経済を取り戻しました。これは素晴らしいニュースです。なぜなら、40億の人々の生活水準、物質的な条件、そして経済生活全般において、著しい改善が見られたことを意味するからです。これは中国、インド、東南アジア、中央アジアにも当てはまり、過去半世紀における世界の輝かしい成果のひとつです。

 

米国やヨーロッパの政治階級の多くは、この状況を警戒しています。その心理は理解できるものの、根本的に間違っています。理解できるのは、いわゆる西側世界、つまり北大西洋世界が、ナポレオン戦争終結から2000年頃まで約200年間、世界を支配してきたからです。まずイギリスが主導権を握り、19世紀から20世紀前半にかけて史上最大の帝国を築き上げました。そして1945年以降、アメリカ合衆国が大英帝国の後継者となりました。これは西側世界、価値観の世界などと呼ばれました。しかし、これらの西側価値観は、イギリスがインド、アイルランド、その他多くの場所で、いわゆる自由放任主義政策の下、数千万人の人々を餓死させた価値観でした。これは帝国支配の世界であり、キプロスでも帝国による大量虐殺が行われました。そこは価値観の世界ではなく、私たちが自ら主張したいと願う価値観だけが存在する世界でした。

 

中国の台頭

 

これらすべてが示唆する主なことのひとつは次のとおりです。西洋の覇権が確立される直前の1820年、アジアは世界の生産高の約60パーセントを占めていました(少なくとも測定可能な範囲で)。1950年までに、世界の生産高の約20パーセントを占めるにまで減少しましたが、世界人口に占める割合は約60パーセントのままでした。アジアは、19世紀初頭から20世紀半ばにかけてのおよそ150年間、悲惨な時代を経験しました。この時期は、イギリスがインドを支配し、西洋諸国が中国の大部分を実質的に支配していた時代でした。また、イギリスの対中戦争の余波で、おそらく史上最大の内戦である太平天国の乱と呼ばれる大規模な中国の内戦が、世紀半ばに数千万人の命を奪った時代でもありました。さらに、東南アジアの完全な植民地化、そしてヨーロッパとアメリカの帝国主義、そして2つの世界大戦によってこの地域に降りかかったその他の災厄の時代でもありました。結局のところ、中国は1937年から1945年にかけての日本の侵略によって1500万から2000万人もの命を失った。これはあまり知られていないが、中国にとって極めて残酷な惨事だった。

 

こうしてアジアは世界の生産高の約20%にまで落ち込んだ一方、西側諸国、すなわちアメリカとヨーロッパは、第2次世界大戦の惨禍の後でさえ、世界の生産高の50%以上を占めていた。これが脱植民地化時代の始まりだった。1950年以降の75~76年の間に起こったことは、アジアが世界における地位を取り戻したということだ。アジアは1820年には世界の生産高の60%を占めていたが、1950年には20%にまで落ち込み、現在は約50%となっている。西側諸国による帝国主義的支配の時代に生じた格差を完全に埋めたわけではないが、大幅に縮めたと言えるだろう。

 

私は開発経済学者です。中国で40年以上、インドでも断続的に40年以上働いてきました。貧困が終焉し、経済発展が定着していく様子を目の当たりにできたことは、私にとって大きな成功物語です。中国の人々がこの偉業を成し遂げるために40年間昼夜を問わず働いたことは、私自身が直接見てきた経験から断言できます。夜になると、たいまつの明かりの下、竹の足場に建物が夜通し建てられていました。人々は中国経済を築き上げ、生活水準は向上しました。以前は飢えに苦しんでいた人々が、再び家族を養えるようになりました。毛沢東の悲惨な大躍進政策では、1958年から1961年の間に何百万人もの人々が命を落としたのです。人々は子供を学校に通わせることができ、1970年代後半からは子供をヨーロッパやアメリカに留学させることも可能になりました。当時私が教えた学生の多くは、今では政府の要職に就いていたり、大学の教授を務めていたりして、数十年にわたる目覚ましい発展と努力の賜物である、豊かで立派な生活を送っています。

 

これらすべては米国では大惨事とみなされ、米国では戦争準備の話が持ち上がっています。我々は中国と戦争寸前です。なぜか? 中国が再び成長したからです。実際、彼らは米国よりも大きな経済規模を持つという信じられない大胆さを持っています。想像できますか? これが中国の”傲慢さ”です。もちろん、彼らは4倍の人口を抱えているので、経済規模を小さくするには、1人当たりの所得を米国の4分の1以下に抑えるしかない。彼らはそうしたくないと決めました。彼らは普通の生活を送りたいと決めたのです。そして驚くべきことに、普通の生活を14億人に掛けて、人口3億4000万人の米国と比較すると、中国は絶対数で米国よりも大きくなります。これはほとんど開戦事由です。よくもまあ、アメリカの覇権を脅かせるものです。いや、我々はそんな言葉は使わない。よくもまあ、米国の戦略目標であるアメリカの優位性を脅かすことができるものです。

 

もうひとつ、極めて問題のある国があります。それはもちろんロシアです。ロシアの最大の罪は、1700万平方キロメートルもの広大な領土を持っていることだと私は言いたい。それがロシアの最大の罪なのです。なぜそう言うのか? それは、1700万平方キロメートルという広大な領土によって、ロシアは1840年までに大英帝国の敵となり、1945年にアメリカ合衆国が大英帝国から支配権を奪った時には、アメリカ合衆国の敵となったからです。

 

ロシアやソ連が何をしようとも、それは敵なのです。そして、そのような振る舞いを長く続ければ、ウクライナ戦争という結果を招くことになるのです。

 

ここでは語るべきことがたくさんあります。私が今言ったことは、私をプーチン擁護者、ロシアのプロパガンダの卑劣な代弁者、その他あらゆる中傷の対象にするでしょう。しかし、私は37年間、現地で直接仕事をしてきました。私は誰かの擁護者ではありません。ちなみに、もし誰かがこれと違うことを耳にすることがあれば、念のため言っておきますが、私はこれまで誰からも給料をもらったことはありません。40年前、ボリビアの顧問を始めたとき、外部顧問であるという理由で政治的に攻撃された際に、私はその場で政府から1銭も受け取らないと決めました。そして、大学での給料以外何も受け取らずに、数十の政府に助言してきました。ですから、はっきりさせておきたいのですが、私が言っていることは、私が誰かのコンサルタントや有給の従業員だからという理由ではありません。私はこれまで1度もそうではありませんでしたし、帳簿を確認する必要すらありません。なぜなら、それが私のキャリア全体を通しての方針だからです。

 

世界平和におけるゴルバチョフの役割

 

私はプーチンの擁護者ではありませんが、ミハイル・ゴルバチョフを深く尊敬しています。なぜなら、彼はこの時代の最も偉大な平和主義者だったからです。彼は共通のヨーロッパの家を望んでおり、ヨーロッパにはそれを持つ権利がありました。実際、ドイツ再統一の際にドイツ側がそれを約束していました。1990年1月31日、トゥツィングで、ハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー外相は、ドイツ再統一の文脈においてNATOが東方に拡大することはないと明言しました。その演説はオンラインで見ることができます。ぜひご覧ください。2月9日、ジェームズ・ベーカー3世米国務長官はゴルバチョフに対し、NATOは東方に1インチたりとも進まないと述べました。1990年2月10日、ヘルムート・コール首相もゴルバチョフと直接会って同じことを伝えました。

 

私はそれらの会議には出席していませんでしたが、1990年にゴルバチョフの経済チームの顧問を務めていたため、その数週間から数カ月間ベルリンに滞在していました。1989年にはポーランドの主要な対外顧問を務めており、ゴルバチョフがポーランドの民主化を実現する様子を目の当たりにしました。ゴルバチョフがヤルゼルスキ将軍に積極的に働きかけ、連帯の優秀な若者たちを政府に迎え入れるよう指示したことを知ったら、驚かれるかもしれません。1989年はそれほど革命的な平和状態だったのです。私は移行期の経済問題に取り組んでいたため、コール首相やゲンシャー外相にも会いました。

 

我々が望めば、今後100年間の平和は我々の手の中にありました。なぜなら、ロシア人は70年にわたるボルシェビズムにかなり疲弊していたからです。それは決して最も効率的な経済システムではありませんでした。彼らはそこから抜け出したかったのです。平和、協力、そして友好を望んでいました。エリツィンが私に対して最もよく使った言葉は「正常」でした。「サックスさん、我々は正常になりたい。政治的に正常になりたい。経済的に正常になりたい。」プーチン大統領が連邦議会に来た時や、政権発足後に欧州機関を訪問した時に言った融和的な発言をすべて見直してほしい。なぜなら、彼は全く同じことを言っていたからです。

 

では、一体何が起こったのか?ロシアで起こったことは、中国で起こったことと全く同じでした。あなたの友人であり、同盟国であり、そして守護者であるはずのアメリカ合衆国、私の国は、1992年に、今や世界を支配しているのは自分たちだと勘違いしてしまいました。それがネオコンサバティズムと呼ばれるようになったのです。呼び方は何でも構わない。民主党員も共和党員も、誰もがそれを信じたのです。

 

1990年、私はジョン・メイナード・ケインズの著作を学生時代に学んだ、ある単純でナイーブな考えを持っていたので、それを身をもって体験しました。誰かが敗北したとき、次の世代が自分に反抗しないように、彼らを助けるべきだという考え方です。これは、ケインズが1919年に著した『平和の経済的帰結』に書かれていることで、私にとって個人的にもキャリアにおいても最も重要な本でした。ケインズは、要するに、良い経済学とは、良識ある行動をとることでもある、つまり、長期的に見れば、自分自身にとっても、そして他のすべての人にとっても賢明な行動である、と述べていたのです。復讐心に駆られてはいけない、それは必ず自分に跳ね返ってくるからだ、と。そこで1990年、私はナイーブな考えを持っていました。ソ連を助けてはどうだろうか?ソ連は深刻な金融危機に陥っており、支援してもほとんど費用はかからなかったはずだ。ゴルバチョフは改革を望んでいた。彼は偉大な平和の政治家だった。彼を助けよう、と。

 

私はポーランド向けに提案したのと同じ種類のパッケージを提案しました。ポーランド向けパッケージは既に採用されていたので、自分はなんて説得力のある経済学者なんだろうと思いました。しかし、ポーランド向けパッケージが採用されたのは、当時私が知らなかったことですが、ポーランドがNATOの東端となる予定だったからです。地政学者たちも、シカゴやデトロイトにはポーランド系有権者が多かったとはいえ、ポーランドが好きだったからではなく、ポーランドが我々の味方だったから採用したのです。ところが、私がソ連向けに同じパッケージを提案したところ、完全に却下されてしまいました。

 

約2年前、30年以上も経ってから、誰かが私に1991年6月3日にホワイトハウスで開催された国家安全保障会議の議事録を送ってくれました。私の提案が却下された会議の議事録です。情報公開法に基づいて公開されたもので、私はこれまで見たことがありませんでした。もし誰か私に手紙を書いてくれる人がいたら、送ってあげるつもりです。これは想像を絶するほどのアメリカの愚かさの表れであり、我が国は愚か者だらけなので、これは相当なことです。私が言っているのは指導者層のことで、国民はもっとよく理解しているでしょう。彼らが私の提案について何と言ったか知っていますか? 行政管理予算局長だったリチャード・ダーマンはこう言ってます。「我々は既に十分なPRパッケージの材料を持っている。これ以上増やす必要はない。今、力を出し切るべきではない。ミハイル・ゴルバチョフはショーマンだ。彼はどんなことがあっても我々に圧力をかけてくるだろう。」

 

私が彼の名前を挙げたのは、彼がハーバード大学時代の同僚であり、その後OMB(行政管理予算局)に移り、ゴルバチョフを支援するという考えを却下したからです。その会議の議事録を読むと、まるで素人の集まりを見ているようです。傲慢な無知な連中がテーブルを囲み、ダーマンの言葉を借りれば、「他の問題で協力したい政権をなだめるために、我々が最低限何をすべきか?」と問いかけているのです。これがアメリカの外交政策です。これがあなた方の同盟国であり、守護者であり、偉大な救世主です。今の専門用語で言えば、これが「パパ」なのです。

 

ロシア最大の犯罪

 

ロシアの最大の罪は、中国が最大の罪であるのと同様に、ロシアが巨大であることでした。私は昨日、ヨーロッパにおけるロシア恐怖症に関するドイツ語の本を出版しました。その第1章で、歴史家ジョン・ハウズ・グリーソンが1950年に出版した『イギリスにおけるロシア恐怖症の起源』という素晴らしい研究を紹介しました。グリーソンは、今日私たちにも全く関係のある、痛烈な問いを投げかけました。イギリスとロシアは、1813年と1814年にナポレオンを破った第6次対仏大同盟の同盟国でした。それから約25年後、両国は敵対関係になりました。何が起こったのか? なぜイギリス人はロシア人を憎むようになったのか? そこで彼は、議事録やその他すべての公表された記録を研究しました。彼は下院で語られたすべてのこと、すべての演説を読みました。この素晴らしい本の中で彼が下した結論は、ロシアは何もしていないということです。イギリスは、ロシアがあまりにも巨大であるため、インド、つまりインドにおける大英帝国にとって脅威であり、カイバル峠を通ってインドに侵攻しようとしていると、単純に思い込んでしまったのです。それが「グレート・ゲーム」でした。ちなみに、皇帝はそんなことを考えたこともありませんでした。しかし、イギリスは自らを過剰に煽り立て、1840年までにはロシアは敵国となっていました。

 

1854年、イギリスはクリミア戦争に突入しました。典型的な帝国主義者であるパー​​マストンが戦争の推進役となり、1855年からは首相を務めました。なぜか? それは長くなるのでここでは割愛しますが、要するに黒海におけるロシアの支配を打破するためでした。1853年、ロシアはワラキアとモルダビアをめぐる危機を外交的に解決するウィーン覚書を受け入れており、もはや紛争の理由は存在しませんでした。しかしイギリスは強行し、パーマストンは「セヴァストポリへ進軍する」と宣言しました。その理由は、ロシアを無力化し、大英帝国を脅かすことができないようにするためでした。ちなみに、これは西洋の価値観と呼ばれるものです。こうして3年間にわたる血みどろの戦争、クリミア戦争が始まりました。

 

話を現在に戻しましょう。私たちは第2次クリミア戦争の真っ只中にいます。そして、私たちがこの戦争に参戦している理由は、パーマストンとナポレオン3世が第1次クリミア戦争を始めたのと全く同じ理由です。これはプーチンの戦争ではありません。これは私たちの戦争です、皆さん。少し違った経緯ではありますが、非常に似た経緯で始まりました。1990年代の戦略家たちは、アメリカ合衆国が世界の主要勢力であると思い込んでいました。どんな言い回しでも構いません。「我々は世界で唯一の超大国だ」「我々は不可欠な国家だ」「私が最も嫌いな国務長官の1人であるマデレーン・オルブライトが言ったように、我々は他のどの国よりも遠くを見通す国だ」。アメリカが自国について何と言っているか調べてみてください。アメリカの戦略家たちが考えていたのは、「我々の脅威は何だろうか?」ということだけでした。実際には、脅威などありません。我々は非常に強力なので、誰も我々に立ち向かうことはできません。我々が認識できる唯一の脅威はロシアです。ロシアは大国なので、我々はロシアが3流国であり続けるか、あるいはブレジンスキーが望んだように分裂するかのどちらかを確実にしなければならない。

 

なぜ我々がクリミア戦争に巻き込まれたのか理解したいなら、ブレジンスキーの著書『グランド・チェスボード』を読んでください。副題は「アメリカの覇権とその地政学的必然性」です。この本は、アメリカがいかにしてユーラシアにおける覇権を維持しているかについて書かれています。失礼ですが、アメリカはユーラシアの国ではありません。それにもかかわらず、アメリカはユーラシアで覇権を握ろうとしています。そして、皆さんも協力してくれるのですよね? 本当に親切ですね。皆さんは我々の軍事基地をすべて受け入れ、我々の言うことに従うのです。

 

NATOの拡大

 

ゲンシャー氏、コール氏、ベーカー氏が1990年1月と2月に述べたこととは正反対に決定されたのは、NATOとイージスミサイルシステムでロシアを包囲することでした。米国は2002年に弾道ミサイル迎撃条約を破棄しましたが、これには正当な理由がありませんでした。弾道ミサイル迎撃システムの不在こそが核安全保障システムの安定の要であったにもかかわらずです。米国は2002年に条約から離脱し、ポーランドとルーマニアにイージスミサイルシステムを配備し始めました。ロシア側はこれを好ましく思わないと表明しました。しかも、事後的に言ったのではなく、2プラス4協定の基礎となっていた言葉が完全に放棄されつつあることが明らかになるにつれ、1991年以降毎年そう言い続けたのです。

 

1994年までにクリントンはNATOの拡大を決定しました。彼の国防長官であるウィリアム・ペリーは真の紳士でした。この決定をひどいと考え、辞任を考えたほどでした。我々の指導者であるジョージ・ケナンは1997年に、NATOの拡大は冷戦後の時代全体におけるアメリカの政策の中で最も致命的な誤りとなるだろうと書いたことで有名です。ちなみに、決して温厚な人物ではなかったキッシンジャーは、1994年に皆さんがぜひ見るべき討論を行いました。それは戦争を理解する上でも役立つでしょう。彼は、ソ連末期に駐ソ連大使を務めていたジャック・マトロックと討論しました。かつてアメリカのメディアには、ちゃんとしたニュースがありました。大人の討論、真剣な問題について30分間の討論ができたのです。今ではそのようなものは何もない。1994年、ロバート・マクニールはNATO拡大についてキッシンジャーとマトロックにインタビューを行いました。マクニールはマトロックにNATOを拡大すべきかどうかを尋ね、マトロックは「いいえ」と答える。「我々はロシアとの関係を改善しており、リスクはなく、挑発する理由もありません」。次に彼はキッシンジャーに目を向け、「キッシンジャーさん、NATOは拡大すべきでしょうか?」「はい、NATOは拡大すべきです」「なぜですか?ロシアは脅威ですか?」「いいえ、いいえ、ロシアは脅威ではありません」「では、NATO加盟を求めている国々は危険にさらされているのでしょうか?」「いいえ、全く危険にさらされていません」「では、キッシンジャーさん、これはロシアを敵に回すことになりませんか?」「はい、敵に回します」「では、キッシンジャーさん、ロシアを敵に回すことになるのなら、なぜNATOは拡大すべきなのでしょうか?」キッシンジャーはこう答える。「ロシアが弱い時に敵に回すことができないなら、ロシアが強い時にどうするつもりですか? それが論理です」。

こうしてNATOは前進し、さらに前進を続けました。まず1999年にハンガリー、ポーランド、チェコ共和国の3カ国で、そしてご存じの通り2004年にはエストニア、ラトビア、リトアニア、スロベニア、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアで。そして2008年、天才ジョージ・ブッシュと素晴らしい和平仲介者ディック・チェイニーは、ブカレストNATO首脳会議で、ウクライナと北大西洋の偉大な国ジョージアまで進出すると発表しました。ちなみに、ジョージアは北大西洋の国ではありません。確認しました。ヨーロッパの国ですらありません。そしてヨーロッパも理解すべきです。アルメニアをこの件に巻き込まないでください。アルメニアもヨーロッパの一部ではありません。ウクライナの時と同じように、何か恐ろしいことが起こる前に、どうか彼らを放っておいてください。あなた方はウクライナの時と全く同じ火遊びをしているのです。

 

2008年にブカレストで開催されたNATO首脳会議で、初日にブッシュ大統領はウクライナとジョージアへのNATO拡大を約束する必要があると述べました。メルケル首相は「ジョージ、それは良い考えだとは思わない。それはロシアのレッドラインだ。本当に安全ではない」と述べました。「アンゲラ、アンゲラ、頼むよ。ここで合意する必要がある。我々は西側同盟だ。遠慮するな」とブッシュ大統領は圧力をかけ、2日目に妥協しました。NATOはウクライナとジョージアに拡大すると発表しましたが、具体的な日付は示しませんでした。2024年に出版されたメルケル首相の回顧録を見ると、彼女はこれがロシアでは宣戦布告に等しいと受け止められるだろうと書いています。

 

私に言わせれば、ブカレスト首脳会議の2日目は、ヨーロッパ外交政策の最後の日でした。ヨーロッパは立ち上がって、「これはでたらめだ、これは挑発だ、これは全く不必要だ」と言うべきでした。ヨーロッパはこれをきっぱりと止めるべきでした。しかし、メルケル首相もフランスも屈服し、それがヨーロッパ外交政策の最後の言葉となりました。率直に言って、それ以来、最近を除いて誰もアメリカに一言も言っていません。しかも、最近も「お願いだから、お父さん、グリーンランドに侵攻しないで。基地は欲しいだけあげる。何でも好きなようにしていいよ。鉱物資源も全部あげる。とにかく侵攻だけはしないで」と言っているだけです。そして2つ目は「お願いだからディーゼル取引はしないで」、つまりトランプ大統領がプーチン大統領と結んだ、ロシアのディーゼル輸出に対する制裁解除の取引のことです。ディーゼル取引は、この男がこれまで大統領を務めた中で最も愚かで無能な人物であることを示していると認めざるを得ません。なぜなら、彼は1日たりとも一貫した考えを持つことができないからだ。ちなみに、15分ごとに意見を述べるのが常だったと思います。しかし、ヨーロッパは過去15年間、他の多くの問題については違う意見を述べていたかもしれないのに、そうしませんでした。アメリカが何の理由もなくイランを爆撃し、指導者を殺害したとき、ヨーロッパから何の反応があったと思いますか? 私は何も聞いていません。私が心から尊敬するペドロ・サンチェス氏を除けば、すべて順調に見えます。彼はこれは正しくないと言い、数週間後には彼の妻に対する訴訟が再開され、拡大されました。(訳注:サンチェス氏に対する圧力として妻への司法圧力が加えられた、との主張)このように、駆け引きは至る所で行われています。しかし、私の見解では、ヨーロッパはブカレストNATO首脳会議の2日目に主権を放棄し、そこから戦争への行進を見守ることができるのです。

 

2014年のウクライナで何が起こったのか

 

ヤヌコビッチは実際、かなり賢かった。彼はウクライナは中立であるべきだと言い、それは正しかったのです。ウクライナ国民は圧倒的に、およそ60対20パーセントでNATOをウクライナに持ち込むなと言いました。米国は、この男を排除しなければならないと言いました。マイダン革命を尊厳革命と呼んでもいい。私はクーデターと呼びますが。政権転覆作戦、あるいはカラー革命と呼んでもいい。好きなように呼んでいいです。しかし、私の同僚であるビクトリア・ヌーランドはマイダンでクッキーを配り、米国は約50億ドルを費やしてそれを実現させた。アメリカは彼を排除する必要があった。なぜなら、NATOの拡大には中立を求める国ではなく、西側同盟を求める国が必要だったからです。

2014年2月21日、ドイツ、フランス、ポーランドの外相はヤヌコビッチと、統一政府樹立と2014年後半の選挙を条件とした憲法に基づく政権継続に関する合意を交渉しました。翌日、暴力的なクーデターが起きました。暴力的というのは、マイダン広場の路上での殺害は、マイダン運動が支配していた建物から発砲した右翼勢力によって行われたことが今ではよく知られているからです。恐ろしい詳細を知りたいなら、イワン・カチャノフスキーの数百ページに及ぶ証言を読んでほしい。これは仕組まれたものでした。翌日、ヤヌコビッチは失脚し、米国は新政府を即座に承認しました。米国は「ちょっと待って、これは憲法違反だ。ウクライナ憲法が尊重されるようにしたい」とは言いませんでした。そしてヨーロッパは「失礼だが、前夜に合意したはずだ」と言う勇気さえありあませんでした。一言もなかったのです。ヨーロッパは即座に同調しました。

 

こうしてクーデターが起こり、当然のことながら、そこからすべてが展開しました。ロシアはクリミアとドンバスに介入しました。当然介入します。ロシアは自分が何に直面しているかを知っていました。そして翌年2月、実際には悪くない提案、つまりミンスク合意を提案しました。ミンスク合意は非常に興味深いものでした。なぜなら、それはロシアの領土主張ではなかったからです。プーチン大統領がピョートル大帝のように振る舞ってロシア帝国を再建しようとしたわけでも、ブリュッセル、ベルリン、ワシントン、そして特にロンドンで耳にするような馬鹿げたプロパガンダの類でもありませんでした。そのようなものでは全くありませんでした。それは、ロシア系住民の地域に自治権を与えるというものでした。そして、そのアイデアがどこから来たのか、大部分はご存知でしょうか? それはイタリアの南チロル地方のボルツァーノからでした。メルケル首相は、南チロル地方のドイツ語を話す少数民族の経験を知っており、それは非常に成功し、繁栄していたからです。私たちはボルツァーノ市長と話をしたのですが、メルケル首相は頻繁にボルツァーノを訪れ、そこがミンスクIIの素晴らしいモデルになると考えていたそうです。

そして、もしアメリカが「ノー」と言ったら、そうなっていたでしょう。ウクライナは単一国家です。ミンスク合意IIが署名され、国連安全保障理事会で全会一致で承認されたにもかかわらずです。アメリカとウクライナは「結構です」と言い、ヨーロッパはそれに追随しました。ご記憶のとおり、ノルマンディー・プロセスがあり、ドイツとフランスがミンスク合意IIの保証国となるはずでしたが、両国は完全に沈黙しました。メルケル首相自身も後に、これは単なる暫定期間であり、真の合意ではないと述べました。ちなみに、私は彼女が最初からそう思っていたとは思いません。彼女はそんな人ではありません。しかし、事後的にそう言うように指示され、実際にそうなったのです。こうしてミンスク合意IIは消滅しました。

 

そして、物語の非常に興味深い部分が始まりました。ちなみに、トランプ氏は、もし自分が大統領だったら戦争は起こらなかっただろうと言っています。国際関係の別の専門用語を使うなら、トランプ氏はあらゆる問題において史上最大の嘘つきです。彼はウクライナに100万人規模のNATO相互運用可能な軍隊を建設しました。ありがとう。それは2017年から2021年の間に彼がやったことだ。

 

ウクライナ戦争は防げたはずだった

 

2021年12月、プーチン大統領はNATOと米国との間で安全保障協定の草案を提示しました。その核心はNATOのいっそうの拡大を阻止することだった。他にもNATOが受け入れるべきではなかった、あるいは受け入れるはずもなかったと思われる要求がありましたが、核心はNATOの拡大を阻止することでした。そこで私はホワイトハウス、バイデン政権のホワイトハウスに電話をかけました。彼らは私の友人だと思っていました。国家安全保障担当補佐官のジェイク・サリバンと話をし、「ジェイク、この合意を受け入れろ。出口を見つけろ。戦争を回避しろ」と言いました。彼は「いや、ジェフリー。NATOは門戸開放政策をとっている。NATOが拡大しないと宣言することはできない」と言いました。私は「ジェイク、冗談だろう? 本当に?メキシコは中国の基地を受け入れる門戸開放政策をとっているのか? カナダはウィンザーにロシアの基地を受け入れる門戸開放政策をとっているのか? この門戸開放とは一体何だ?」と言いました。彼は「ああ、ジェフリー、心配しないで。NATOはウクライナに拡大しないよ」と言いました。私は「ジェイク、それは本当に興味深いね。なぜそれを公に言わないんだ?」と言いました。「ああ、いや、ジェフリー、それを公に言うことはできない。我々はオープン・ドア政策をとっているんだ」。そこで私は「ジェイク、君たちは起こりもしないことで戦争を起こそうとしているんだ」と言いました。すると彼は「ジェフ、心配しないで。戦争は起こらないよ」と言った。カチッ。

 

これがアメリカの外交政策です。正直言って、その無能さは言葉では言い表せません。どの文も無能です。アメリカは1823年以来、西半球への扉を閉ざしてきました。モンロー主義と呼ばれています。扉は閉ざされ、開かれた扉などありません。しかし、アメリカがウクライナに軍事基地を設置できないという考えは? それはプーチンが独裁者だということです。皆さん、いい加減にしてください。これが、私たちがこの状況に陥った原因です。何が言われたのか、何が行われたのか、なぜ行われたのか、懸念事項は何なのか、そして何が私たちをこの状況に導いたのかを、正直に見つめることができなかったからです。これが私たちがこの戦争に巻き込まれた理由です。そして、これを4年間も聞かされるなんて、本当に信じられません。

 

ところで、私はヨーロッパの指導者の多くを知っていますが、全員ではありません。そして、彼らが長年にわたって私に個人的に話してくれたことや、公の場で言っていることも知っています。2008年に私に「ジェフ、君の国の大統領は何をやっているんだ? NATO拡大を推進しているのか?」と尋ねてきた、現在ヨーロッパの政府首脳も知っています。ところが今や彼らはあらゆることの擁護者になっています。これは一体どういうことでしょうか? 誰も真実を語ることができなければ、私たちは皆滅びてしまうのです。これはプロパガンダではありません。ごく当たり前の常識と、基本的な歴史です。

 

ですから、私の見解では、ロシアとの戦争に理由はありません。中国との戦争にも理由はありません。これらの戦争のどれにも理由はありません。ガザでの虐殺に理由などありません。米国がパレスチナ国家に拒否権を行使している以上、米国とイスラエルが虐殺に加担しているのです。これはすべてそういうことであり、独自の歴史があります。ネタニヤフ氏の党は1977年以来、ヨルダン川から地中海までのすべての土地がイスラエルの主権下に置かれると主張してきました。ちなみに、私の学生たちが今逮捕されているスローガン「川から海まで」はネタニヤフ氏のスローガンです。これはリクード党のスローガンであって、パレスチナのスローガンではありません。

 

イラン戦争

 

これらの戦争には何の理由もありません。ところで、ペドロ・サンチェス氏を除いて、イランに対するアメリカの攻撃についてヨーロッパから何の反応もありませんでした。何人かの指導者を見落としたかもしれませんが、それほど多くは見落としていないと思います。あの攻撃は、私たちが持つあらゆる国際基準に対する、あからさまで残忍な違反でした。トランプ大統領は、自分の6人の前任者はそんなことはしなかったと自慢しています。そうです、そんなことをするほど愚かなのはあなただけです。しかし、ヨーロッパはどこにいるのでしょうか?

 

イランに対するヨーロッパの立場について少しお話させてください。それで終わりにします。攻撃当日、国連の中国、ロシア、イラン代表団から、国連安全保障理事会で何か発言してほしいと頼まれました。私は平和を信じており、他国の指導者を殺害することには賛成できないからです。特に交渉の最中であれば、それは悪い考えだと思います。だからこそ、イランの指導者たちは最高指導者の邸宅に集まり、翌週初めにウィーンで行われる交渉でどのような立場を取るかを話し合っていたのです。そして、実に賢いモサドは、「彼らは皆会合を開くのだから、全員殺してしまおう」と言いました。付け加えるなら、実に賢明なイスラエルの政策です。そして、愚かなトランプは、「そうだ、それは素晴らしい考えだ。私はベネズエラの大統領を誘拐し、今や彼らの石油収入をすべて手に入れた。だからイランにも同じことをしよう。そして、次の指導者は私が翌日選ぶ」と言いました。彼は文字通りそう考えていた。

 

いずれにせよ、彼らは攻撃し、その日の午後に安全保障理事会が開かれ、私は証言を求められました。そこで私は安全保障理事会の議場へ行きました。議長はイギリス人で、彼らは私を議事進行違反で排除しました。証人は認められず、サックス氏も議論に参加する権利はないとされたのです。これがイギリスという国です。私はこの50年間でイギリスのことをよく理解してきましたが、彼らは今でも自分たちが大英帝国だと信じているのです。念のため申し上げておきますが、もし疑う人がいるなら。

 

それで私は、ますます衝撃を受けながらそこに座っていました。なぜなら、ヨーロッパのどの大使も、イランが近隣諸国を攻撃したことを非難することから始めたからです。これは作り話ではありません。たまたま最初に発言したのはバーレーンでした。ご存知のように、バーレーンはペルシャ湾でアメリカ艦隊を受け入れています。そのため、その日イランが攻撃されたとき、バーレーンはアメリカ艦隊に反撃しました。文字通り、そして今引用しますが、単語が間違っているかもしれませんが、バーレーン大使は会議の冒頭で「私たちは今日、イランによるバーレーンへのいわれのない攻撃を非難するためにここに集まっています」と言いました。私は「いわれのない」というのは少し奇妙だと思いました。しかし、会議全体がこの調子で進みました。フランス大使、イギリス大使、ギリシャ大使、中には人間味の片鱗を見せた人もいましたが、ほとんどはそうではありませんでした。イラン、犯罪国家イラン、という話ばかりでした。ヨーロッパの誰も、アメリカがイランに対して戦争を始めるべきではなかったとは言いませんでした。

 

ヨーロッパは独自の外交政策を見つけなければならない

 

正直に言うと、私はヨーロッパが大好きですが、今の政治指導部には納得がいきません。理解できないのです。かつてヨーロッパは、アメリカへの依存があったとはいえ、発言力を持っていました。ヴィリー・ブラント、ヘルムート・シュミット、ヘルムート・コール、ゲルハルト・シュレーダー、そしてブカレストNATO首脳会議初日までのアンゲラ・メルケルなど、変化をもたらした指導者たちがいました。ミッテランもそうです。挙げればきりがありません。彼らは真の人間でした。彼らは考え、議論し、討論し、第2次世界大戦後のヨーロッパの価値観を擁護しました。それらは常にヨーロッパの価値観であったわけではありませんが、第2次世界大戦後に学び、高められた価値観であり、付け加えるなら、西洋文明の最良の部分を取り入れたものです。つまり、それらは西洋の価値観でしたが、常に実践されてきた価値観ではなかったのです。彼らは、声を上げ、イラク戦争に反対し、東方政策を擁護し、あれこれと反対意見を述べ、ヘルシンキ最終議定書、OSCE、そして不可分な安全保障を望んだ、実に素晴らしい人々だった。

 

それが私が本当に望むヨーロッパです。私はそれが実現できると確信しています。それはヨーロッパ国民の圧倒的な願いだと思います。だからこそ、マクロン大統領の支持率を見つけるのに顕微鏡が必要になる日が近いとしても、私は驚きません。技術的にはマイナスにはならないと思いますが、ゼロに近づくでしょう。フランスの街頭に立つ何十万人もの若者がそれを象徴しています。そしてメルツは、現代ドイツ史上最も成功せず、最も支持されない首相に違いありません。なぜなら彼は戦争屋だからです。なぜ彼が戦争屋なのか、私には理解できません。彼は電話を取り、モスクワの相手に電話をかけ、「プーチン大統領、そろそろ話をする時です」と言うべきです。それが就任初日に彼が最初にすべきことだったはずです。もしかしたら失望させられたかもしれませんが、彼は試みたでしょう。でも彼は決して試みませんでした。

 

これこそが、私たちが求めているヨーロッパです。私は部外者ですが、ヨーロッパを愛しています。だから、ヨーロッパを諦めてほしくありません。何年もかかる変化など必要ないと思います。必要なのは、理解と心の変化です。苦しみが終わるように、ウクライナがこの冬に凍りつく前に、明日すぐにでも行動を起こすことをお勧めします。ヨーロッパはウクライナのために立ち上がっているのではなく、ウクライナを殺しているのです。人々は大量に死に、安全な水は手に入らなくなるでしょう。ロシアは今、勝利を目指して戦っています。なぜなら、ヨーロッパも毎日、勝利を目指して戦っていると言っているからです。核時代において、このようなレトリックは全くの狂気であり、事態の重大さを考えればなおさら狂気です。

 

最後に、これは停戦の話ではありません。これは、ヨーロッパの政治家が立ち上がり、「プーチン大統領、NATOはウクライナやジョージアには拡大しません。さあ、戦争を止めましょう」と言うことなのです。これが問題の本質であり、この原則に基づいて戦争は終結するでしょう。国境については意見の相違が生じるでしょう。なぜなら、国境の法的解決は行われないからです。世界の多くの場所と同様に、休戦ラインと行政管理ラインが設定され、それが数年、あるいは数十年続く可能性もあります。しかし、戦闘は止まり、狂気は止まり、核戦争への道は止まるでしょう。そのためには、毎日停戦が必要だと言うのではなく、平和と不可分な安全保障が必要だと言う必要があります。そして、それは容易に達成できるはずです。なぜなら、この戦争の原因は明白だからです。ありがとうございました。

 

[拍手]

 

EUの再軍備

 

フィディアス・パナイオトゥ: 15分か10分と時間を差し上げましたが、1時間もお話を聞かせていただき、本当に素晴らしかったです。ありがとうございました。とても興味深く、刺激的なお話でした。私から1、2問質問させていただき、その後、会場からの短い質問にすぐに移ります。この議会も、そしてヨーロッパも、準備を進めています。兵器製造に多額の資金が投入されています。ヨーロッパには4億5000万人がおり、ロシアは約1億4000万人です。私たちはこれを支持しているわけではありませんが、これからどうなると思いますか? ヨーロッパとして、この戦いを続け、ロシアに対抗できると思いますか? 今のところ、ロシアが優勢です。外交が解決策であることは間違いありませんが、これからどうなると思うか、ご意見をお聞かせください。

 

ジェフリー・サックス:ウクライナは、ヨーロッパ製の兵器が生産ラインから出荷される前に破壊されるでしょう。たとえ出荷されたとしても、何も阻止できないでしょう。相手は核超大国だ。「ロシアを倒さなければならない」とか「ロシアは負けなければならない」といった言葉遣いを核超大国に対して使うのは、とんでもない間違いです。それはカテゴリーの誤りであり、判断の誤りであり、全員の命を奪いかねない誤りです。

 

ケネディ大統領の演説に有名な一節があります。その背景を説明しましょう。1962年10月のキューバ危機では、皆さんもご存知の通り、私たちは核戦争の瀬戸際に立たされました。もしこの歴史をご存知ないなら、原子時代の最も偉大なアメリカ人歴史家、マーティン・シャーウィンの著書『アルマゲドンとの賭け』をお読みください。キューバ危機に関する決定版とも言えるこの書は、想像以上に興味深いものです。シャーウィンは、ソ連の潜水艦が核弾頭魚雷で攻撃を仕掛け、アメリカのドクトリンではアメリカが全面的な核報復攻撃を受け、おそらく文明が終焉を迎えるところだった状況を描写しています。ケネディ大統領はこの窮地を脱し、フルシチョフ首相も同様に脱しました。ちなみに、彼らは2人とも偉大な人物でした。なぜなら、彼らの顧問たちは皆「戦争に行け」と言ったのに対し、ケネディとフルシチョフは「それは良い考えではない。この状況から抜け出す方法を見つけよう」と言ったからです。彼らはそうした。そして私たちは生き延びて、そのことを語ることができる。

 

翌年、ケネディは世界を核戦争の瀬戸際から引き戻そうと決意し、部分的核実験禁止条約がそこから生まれました。私はこの出来事について『世界を動かす:JFKの平和への探求』という本を書きました。これは短い本で、ケネディが1963年6月10日に行った有名な演説について書かれています。その演説で彼はアメリカ国民に、相手側と平和を築く必要があると語りました。彼はソ連に要求をしませんでした。彼はアメリカ国民にこう言いました。「考えよう。さもなければ、我々は皆死ぬことになる」。フルシチョフはこの演説を読んで、平和を築きたいと言いました。なぜならケネディは「お前はこうしろ、ああしろ、お前は悪だ」とは言わなかったからです。ケネディは、平和を築くためには我々自身の態度を再考する必要があると言いました。そしてフルシチョフは「わかった、我々もそうしよう」と言いましあ。そして平和が始まりました。ケネディが見事に示したのは敬意でした。それは単なる敬意以上のものでした。それは最も雄弁な演説でした。

 

その中で彼は次のように述べている。「何よりもまず、核保有国は自国の死活的利益を守りつつ、敵対国に屈辱的な撤退か核戦争かの選択を迫るような対立を回避しなければならない。核時代においてそのような道を選ぶことは、我々の政策の破綻、あるいは世界に対する集団的な死への願望の証拠に過ぎない。」

 

なぜこれがそんなに重要なのか説明させてください。ミサイル危機後、重要な点を盛り込んだ演説の中で、ケネディは「何よりもまず」と言いましたが、それは本心です。何よりもまず、何でしょうか? 核保有国に屈辱的な撤退か核戦争かの選択を迫ってはならないということです。さて、カラス夫人(訳注:エストニアの元首相)は毎日ロシアを屈辱させようとしています。バルト三国も毎日ロシアを屈辱しています。シコルスキ氏(訳注:ポーランドの外務大臣)も毎日ロシアを屈辱しています。私は彼らの政府と仕事をしてきたので、名前を挙げても構いません。私はエストニア政府への貢献に対して同国政府から最高位の賞を、ポーランド政府への貢献に対して同国政府から最高位の賞を授与されています。私は彼らの国の敵ではありません。私は重要な局面で彼らを支援してきました。

 

ロシアを辱めようとするのはやめろ、ロシアを「屈辱的な敗北」に追い込もうとするのはやめろ、何よりも、そんなことは避けるべきだ、それは自殺するようなものだ、本当に死にたいのか? と言いたい。愚かなアメリカの将軍が「カリーニングラードは簡単に占領できる」と言い、プーチンが「ロシアはあらゆる手段を使って防衛する」と言った時に、愚かな評論家たちが「ああ、彼はただのハッタリだ」と言うのを見たいのですか? 私はこうした評論家にはうんざりです。核戦争の後、彼らはどうするつもりでしょうか?「ああ、申し訳ないが、彼はハッタリではなかった」とでも言うのでしょうか? 歴史上誰よりもこの経験を生き抜いた人物が、屈辱的な撤退を避けるようにと忠告しているのに、本当に屈辱を与えることが目的なのでしょうか?

 

ロシアと戦争するために軍備を増強するって一体何なんでしょうか? ロシアは1600発もの核兵器を配備している。冗談だろう? 何を考えているんだ? 腰を据えて正直に話し合って、こんなことに金を浪費するのはやめろ、と言いたい。先月発表されたPISAのスコア(訳注:OECD生徒の学習到達度調査)を見るべきだ。ヨーロッパは良い成績を収めていません。パリの生徒たちが街頭に繰り出しているのはそのためです。彼らは今、まともな教育を受けていない。実に嘆かわしいことです。イギリスは医療制度を維持できていない。政府が財政破綻をかろうじて回避している今、本当に第3次世界大戦を望んでいるのでしょうか? いや、それは良い考えではありません。電話をかける方がずっと安上がりです。電話に4500億ユーロも9000億ユーロもかからない。私は自分のZoomアカウントを提供すると申し出ました。コスタ大統領や(訳注;欧州理事会議長)メルツ首相が使いたいなら、私が料金を支払います。電話をかけろ、ラブロフ氏に会え、私は彼を30年来知っている、彼は信じられないほど頭がいい、彼と話してみろ、歴史を振り返り、何ができるかを話し合ってみろ、と言いたい。受け入れがたい点もあるだろうが、同時に全く正しい点もたくさんあるはずです。まさにそこで外交が重要になるのです。

 

ロシアはヨーロッパに侵攻することに全く関心がないので、軍備増強は良い考えではありません。ナポレオンやヒトラーに邪魔された時以外は、これまで一度もそうしたことはありませんでした。ロシアに少しだけ余地を残しておけば、ロシアもあなたに少しだけ余地を残してくれるでしょう。私の提案は、ウクライナは中立であるべきだということです。それはあなたの安全保障にも、ロシアの安全保障にも、ウクライナの安全保障にもなります。オーストリアの場合と同じように。オーストリアは1955年に素晴らしい取り決めをしました。中立を宣言することで冷戦の分裂を免れたのです。

 

ところで、もしドイツがスターリンの提案通り1952年に中立を受け入れていたら、冷戦は1952年に終結していたかもしれません。アデナウアーは、統一された中立ドイツよりも、西ドイツがアメリカと結びついた分裂ドイツの方がましだと言って、それを拒否しました。ドイツの歴史家ロルフ・シュタイニンガーがこの問題を研究した際、イギリスの公文書館で、アデナウアーが外務省高官に伝えた内容の記録を発見した。その中でアデナウアーは、要するにこう言っていました。「私が統一と中立に反対するのは、スターリンを信用していないからではない。ドイツ国民を信用していないからだ」。信じられない話です。しかし、彼はそれを公には言いませんでした。こうして彼は1952年に冷戦を終結させる機会を逃したのです。もし今すぐにでも熱い戦争を終わらせたいのなら、ウクライナは中立であるべきだ。それだけです。

 

フィディアス・パナイオトゥ:皆さんがここに情熱を持ってくださり、ありがとうございます。多くの人が亡くなっているのですから。これは非常に深刻な問題です。また、先ほどポッドキャストを収録した際に、トルコに占領されているキプロスの問題を取り上げた際、エルドアン大統領と友人であるあなたが、キプロス大統領とエルドアン大統領と会談し、話し合いによって問題を解決できるかもしれないと申し出てくださったことにも感謝したいと思います。さて、皆さんもいくつか質問があると思います。ダニーロさん、どうぞご自由に発言してください。まずはスロバキアから始めましょう。

[笑い]

 

多極世界は実現可能か?

 

欧州議会議員(スロバキア):教授、あなたはスロバキアでは真の伝説です。数年前、ご記憶にあるかもしれませんが、テレビ討論番組で司会者と対談された際、ロシアとウクライナについて真実を語られたために、その司会者が解雇されたのです。お越しいただき、また素晴らしい講演をありがとうございました。おっしゃる通り、旧世界秩序は崩壊しつつあります。この世界秩序はアメリカの覇権に基づいていましたが、今、旧秩序に代わる新たな世界秩序が生まれつつあるのかもしれません。アメリカと、中国、ロシアなどを含むBRICS諸国との間の均衡、バランスに基づいた新たな世界秩序を想像できますか? そして、この秩序において欧州連合はどのような役割を果たすべきでしょうか? 現状では、私たちはアメリカの操り人形に過ぎず、エネルギー、経済、政治、軍事のあらゆる面でアメリカに大きく依存しています。おっしゃる通り、これは私たちにとって良いことではありません。最後にひとつ質問があります。西側諸国は1990年代にロシアを裏切りました。もしあなたがゴルバチョフの顧問としてタイムマシンを持っていて過去に戻れるとしたら、裏切られることを承知の上で、ゴルバチョフや他の人々にどのような異なる行動を取るよう助言したでしょうか?

 

ジェフリー・サックス:私は地域による世界を信じています。なぜなら、今日の世界では、スロバキア、ドイツ、フランス、アメリカ、中国など、どの国も単独では脱炭素エネルギーシステムを構築したり、自然環境を守ったり、AIをはじめとする私たちが直面する多くの課題に対処したりするのに十分な規模ではないからです。ですから、私は強力なヨーロッパを信じていますし、世界の他の地域も同様に信じています。私はかつて、他の地域に欧州連合を見習って連合を作るよう勧めていました。私は何十年にもわたり、アフリカ諸国にアフリカ連合を強化するよう助言してきました。私はASEANと協力して東南アジア諸国を連合として強化するなど、様々な取り組みを行っています。

 

これは世界の秩序にとって何を意味するのでしょうか? 現状では、アメリカ、ロシア、中国、インドの4つの超大国が存在すると私は考えています。ヨーロッパは、経済面や生活水準の面では確かに超大国ですが、地政学的な面ではそうではありません。なぜなら、現状ではヨーロッパの地政学は存在しないからです。ヨーロッパの利益を反映したヨーロッパの地政学は必要ですが、それは私が強調してきたように、ロシアとの戦争を企む利益ではなく、平和を追求する利益であるべきです。

 

私はブロックではなく協調を信じています。ヨーロッパで最も平和だった時代は19世紀でした。完璧ではありませんでしたが、それはヨーロッパ協調体制でした。1815年のナポレオンの敗北後、オーストリア、プロイセン、イギリス、ロシアの4カ国が、すぐにブルボン朝フランスと合流し、5カ国によるヨーロッパ協調体制を築きました。彼らは利害も政治体制も体制も異なっていましたが、「ヨーロッパでの戦争を避けるために、定期的に協議しよう」と約束しました。ギリシャ独立戦争、セルビア紛争、1848年の動乱など多くの緊張があったにもかかわらず、この体制は数十年間非常にうまく機能しました。ヨーロッパは全面戦争を回避しました。ドイツ統一戦争、イタリア統一戦争、クリミア戦争は大きな戦争でしたが、ヨーロッパ全土を巻き込む戦争ではありませんでした。1871年以降も、この協調体制は依然として有効でした。 1870年代から1880年代にかけては、ビスマルクという非常に抜け目がなく有能な宰相が実際に国政を担っていました。彼は平和を心から望んでいました。ドイツ統一を望み、そのためには戦争が必要だったが、その後はヨーロッパの平和を望んでいたのです。

 

協調体制が崩壊し始めたのは1890年、ヴィルヘルム2世がビスマルクを解任した時でした。ドイツとロシアは、ビスマルクがロマノフ家と交渉して、第3国から攻撃を受けた場合、互いに中立を保つという秘密協定を結んでいました。これが再保障条約であり、ビスマルクが失脚した後、この条約は失効しました。その後、ロシアはフランスと同盟を結び、1907年にはイギリスも加わり、3国協商が成立しました。これに対抗したのは、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアの3国同盟でした。こうして1907年までに、ヨーロッパはもはや協調体制ではなくなっていました。ヨーロッパは2つの陣営に分裂し、1914年6月28日にサラエボで大公が暗殺されると、この2つの陣営は徐々に第1次世界大戦という巨大な衝突へと突き進んでいきました。

 

私はブロック制に反対です。世界が2つに分かれるという考えに反対です。それはひどい考えだと思います。同盟も全く好きではありません。NATOは解散すべきです。ヨーロッパはアメリカの同盟国ではないと断言します。ヨーロッパとアメリカは共通の利益を持ち、共通の遺産と文化を共有していますが、同盟国ではありません。私は同盟が好きではありません。私が好きなのは法です。国連憲章が好きです。すべての国が共通の原則に従うという考えが好きですし、大国については、権力の協調という考えが好きです。

 

それは1945年のフランクリン・ルーズベルトの構想でした。彼はそれを「4人の警官」と呼びました。彼の構想は、国連にイギリス、ソ連、中国、アメリカ合衆国の4つの警官を置くというものでした。非常に聡明で成功した政治家であるド・ゴールは、フランスを5番目の警官にするために強引に割り込んできました。しかし、その構想は、大国間の協調体制を築くことでした。ちなみに、ルーズベルトは本当に偉大な人物でした。彼は驚くほど聡明な性格で、非常に有能でした。彼が有能だったことのひとつは、ヨシフ・スターリンと共に反ヒトラー同盟を維持したことです。チャーチルにはできなかったでしょう。チャーチルはそういう意味では全く賢くありませんでした。ルーズベルトは賢かったのですが、皆が彼を非難し、ヨシフ・スターリンに近づいたなどと言います。しかし、ルーズベルトはそれよりもはるかに賢明でした。彼は戦争ではなく協力すべきだと固く決意していました。

私がよく言うように、1945年に降圧剤があったなら、冷戦は起こらなかったでしょう。ルーズベルトは63歳という若さで亡くなりましたが、高血圧症を患っており、1945年4月12日に急死しました。その後、誰もがトルーマン大統領に、ソ連との対立に向かっていると告げました。そして、周知のとおり、5月8日のドイツ降伏から数日後、チャーチルは自らの戦争計画担当者にソ連侵攻作戦、すなわち「考えられない作戦」の検討を命じました。これはルーズベルトの考えではありませんでした。ルーズベルトの考えは、統治形態が大きく異なる4つの大国が実際に協力できるというものでした。安全保障理事会は、見せかけや対立の場ではなく、大国の協調の場となるべきでした。拒否権の本来の目的は、今日私たちが考えているような、共産主義者を阻止したり、相手側が恐ろしいことをできないようにするための手段ではありませんでした。拒否権の目的は、すべての列強が協調して行動することを確実にすることでした。

 

私はアメリカ、インド、中国、ロシアが協力することを望んでいます。ブロックは望んでいません。中国に反対する理由は何もないと思っています。中国はただ普通の生活を望んでいるだけです。まともな生活を望んでおり、米軍基地に囲まれたくないのです。ところで、史上最悪の国務長官のひとり、ジョン・フォスター・ダレスによる狂気のドクトリンがあります。チャーチルが彼を「鈍い、さらに鈍い、ダレス」と評したことを知っておくべきです。これはかなり的確な要約です。1951年、ダレスは事実上、中国を外洋から遠ざける必要があると言いました。想像できますか? 中国が太平洋にアクセスできないようにすることがアメリカのドクトリンなのです。これは第1列島線と呼ばれています。これは狂気です。この世界では一体い​​くつの戦争が必要なのでしょうか? 中国は太平洋にアクセスできません。なぜならアメリカの国境は日本だからです。どうやらそこが私たちの国境のようです。

 

だから私は中国に対するブロックは望んでいません。フォーリン・アフェアーズ誌の最新号に、カート・キャンベルとラッシュ・ドーシによるひどい記事が掲載されています。彼らは、中国に対抗するために同盟とブロックを拡大する必要があると主張しています。私はこれに対し、まさにこれが第1次世界大戦を引き起こした論理であり、解決策にはならないと反論しました。残念ながらフォーリン・アフェアーズ誌はそれを掲載しないので、皆さんはそこで目にすることはないでしょう。別の方法でこの考えを伝えようと思っています。とにかく、ブロックは作らないようにしましょう。

 

これはヨーロッパにとって何を意味するのでしょうか? 皮肉なことに、ヨーロッパの諸機関は、おそらく誤った決定のために、人気と支持を劇的に失っています。しかし、ナショナリズムを強めればヨーロッパの問題が解決すると考えるのは大きな間違いです。それは問題ではありません。より良い決定こそがヨーロッパの問題を解決するのです。ヨーロッパの問題は、ヨーロッパ全体の諸機関にあるのではなく、誤った選択にあるのです。分裂すれば、規模が必要なので、事態はさらに悪化します。実際には、推進役となる存在が必要なのです。エアバスは非常に良いアイデアでした。AIやその他の分野でも対応策が必要であり、あらゆる面で米国に完全に依存しないようにしなければなりません。ですから、私はこうした勢力協調の一環としての強力なヨーロッパを支持し、ヨーロッパ人がヨーロッパを擁護することを望みますが、戦争に向かうヨーロッパは望んでいません。戦争はすべての人を死に至らしめるものであり、擁護すべきものではありません。正しいことを擁護すべきです。ヨーロッパは、持続可能な開発、生活の質、平和的な制度、地域構成国間の結束、欧州グリーンディール、そして世界中が注目する数々の素晴らしい先駆的取り組みにおいて、最も優れた模範を示してきた。これこそが大国の地位であり、正しい行いです。トランプ氏の妄想的な世界に加わることは、決して正しいことではありません。

 

ダニーロ・デッラ・ヴァッレ欧州議会議員:フィディアス氏も述べたように、EUは時として「戦略的自律性」という魔法の言葉を使って、再軍備やその他の地政学的選択を正当化しようとします。しかし、中国やロシア、ウクライナに関する決議に見られるように、EUはしばしば米国の利益に奉仕しているように見えます。今日のEUを簡潔に定義するとしたら、どのようなものでしょうか? そしてもうひとつ質問です。グローバル・サウスは、あなたが概説したような事態を防ぎ、国際法と国連を回復するために行動を起こすことができるでしょうか?

 

ジェフリー・サックス:素晴らしい。最高だ。

 

EUの最大の過ち

 

欧州連合という組織が犯した最大の過ちは、NATOとヨーロッパを同一視してきたことです。法的には多くの点でその通りであり、私よりももっとうまく説明できるでしょうが、ヨーロッパとNATOはまるで同一のもののように結びついています。もちろん両者は同一ではないが、あまりにも密接に絡み合っているため、戦略的自律性とは正反対の状態になっています。両機関が同じ都市、つまりこの都市に拠点を置いているのは少々残念です。NATOが別の場所にあったら、ヨーロッパにとってずっと良いでしょう。

 

個人的には、ヨーロッパの友人として、NATOを解体すべきだと思います。NATOは何の役にも立たないし、あなた方を全く守ってくれないと思います。解体すれば、物事がはっきりするでしょう。私はNATOを解体します。もちろん、外交は並行して進め、まずはいくつかの点を検証します。しかし、私はNATOを解体します。ヨーロッパには、控えめながらも確かな防衛力が必要であり、それは間違いありません。核兵器問題など、非常にデリケートな問題が浮上しますが、これは向き合わなければならない現実的な問題です。しかし、ヨーロッパは1000個もの核兵器を必要としていませんし、戦争を挑発しない限り、攻撃に対して脆弱ではありません。ですから、1時間でカリーニングラードを占領するなどと言わないでください。ロシアを挑発しないでください。エストニアの友人たちにこう言ってください。「あなた方は小国だ。落ち着いて、意地悪をしないで。そんなことをする理由はない。」そうすれば、ヨーロッパの利益に関して、戦略的な自律性を持ち始めることができるでしょう。

 

ヨーロッパとロシアは自然な貿易相手国です。ロシアは1700万平方キロメートルの国土に約1億4500万人の人口を抱え、天然資源に恵まれています。ヨーロッパ、特に西ヨーロッパは人口密度が非常に高く、世界で最も人口密度の高い地域のひとつです。経済理論によれば、一方が土地資源を、もう一方が高度なスキルを要する製品を取引することで、双方にとって有益な素晴らしい貿易が成り立つとされています。これは単なる理論ではありません。1990年から2010年頃、あるいは2020年頃まで、実際にそのようなことが起こっていました。ノルド・ストリームはヨーロッパにとって素晴らしいパイプラインでした。もちろん、化石燃料はいずれ廃止されるべきなので、ノルド・ストリームも段階的に廃止されるべきだったとは思います。しかし、ロシアとヨーロッパが自然な貿易相手国であるという考えは、まさにその通りです。

 

欧州は、この20回に及ぶ制裁によって、自らに甚大な経済的災難を招いてしまいました。制裁はロシアにはあまり打撃を与えなかったが、欧州には大きな打撃を与えました。主要な貿易相手国との関係を断ち切ることは、非常に破壊的な行為であり、その結果、欧州経済が下降線をたどっているのが見て取れます。ドイツは中国にある工場で生き残るだろうが、ドイツ国内にはどのような工場が残るでしょうか? いずれ分かるだろうが、以前よりはるかに少なくなるでしょう。なぜなら、高価格の米国産LNGは、ドイツの産業の競争力を高めるものではないからです。そして、中央ヨーロッパの多くの国がドイツ経済に依存しているため、ドイツ経済の崩壊とともに、すべての国が衰退することになります。ケインズ主義的な軍国主義、つまりミサイルを大量に製造することで生活の質が向上するという考えについては、断固として反対です。生活の質はミサイル製造から得られるものではありません。生活の質は、欧州の人々が望むものを提供できる民間経済を持つことから得られるのです。

 

問題はこうです。ヨーロッパはロシアとの関係を断ち切りました。しかしロシアは苦しんでいません。なぜならロシアはこう言ったからです。「よし、我々には別のパートナーがいる。ヨーロッパと同じように貿易相手国として機能する、人口密度の高い巨大な経済圏だ。それは中国だ」。これは便宜的な結婚ではなく、極めて理にかなった経済パートナーシップです。人口過密で、新たに1700万平方キロメートルもの天然資源にアクセスできるようになった中国にとって、これは素晴らしいことです。そしてロシアは、広大な国土で人口減少が進んでいるため、人型ロボットを必要としています。中国のロボットがロシアの資源を採掘し、広大な地域で農業を行うことになるだろう。これは素晴らしいパートナーシップであり、ロシアは将来、非常に成功した国、そして経済になるでしょう。

 

ヨーロッパはこれまで通り貿易を行うべきだ。しかし、ヨーロッパは今、誰と貿易しているのだろうか? 中国とは貿易できない。ロシアとも貿易できない。アメリカはあなた方と貿易したがらない。これはすべて自滅行為だ。ここには経済戦略など存在しません。私の基本的な考えは、ユーラシア大陸、つまり超大陸には世界人口の約70%が住んでおり、世界経済の中心となるべきだということです。片端はヨーロッパ、もう片端は中国にとって素晴らしい場所だ。両者は結びつき、その間のすべてがこの相互接続性によって繁栄し、平和で統合されたひとつの超大陸となるべきだ。それが経済戦略です。今のヨーロッパの経済戦略が何なのか、私には分からない。誰とも貿易したがらず、ますます保護主義的になっています。ドナルド・トランプは、私が言ったように、液化天然ガスをあなた方に売りたがっています。なぜなら、ガス生産者が彼の選挙費用を払い、あなた方はそれを買うからです。私だった、パイプラインを修復し、ロシアとの経済関係を再構築するでしょう。

 

欧州議会議員(チェコ共和国):教授、講演、そしてスロバキアでの講演、本当にありがとうございました。というのも、スロバキアでは現在、ウクライナ戦争はロシアが始めたと信じている人はわずか30~40%で、17%はウクライナが、34%は西側諸国が始めたと考えているからです。これはGLOBSECの調査結果で、彼らは相手側から資金提供を受けていないので、正直に調査しているはずです。そこで質問なのですが、なぜ私たちは、西側諸国、つまり米国とEUを合わせた勢力が、将来的に支配的、あるいは重要な勢力になると考えているのでしょうか? 私たちの人口は基本的にASEANと同程度です。米国とロシアの対立について語られますが、片方は3億4000万人、もう片方は約1億4000万人の人口を抱え、残りの数十億の人々は漠然とした関心を持って見守っているだけです。世界の大国の真の経済力に比べれば、この問題は無意味なものとなり、いずれ解決するのではないでしょうか?

 

「グローバル・サウス」

 

ジェフリー・サックス:これはダニーロが私に尋ねていたこと、つまり私が答えるのを忘れていたこと、いわゆるグローバル・サウスにも関係しています。ちなみに、私はこの用語が好きではありません。なぜなら、グローバル・サウスのほぼすべてが北半球にあり、私は地理が好きだからです。私が使う用語は「新興市場国および開発途上国」、略してEMDCです。興味深いことに、EMDCは世界人口の85%を占めており、これはかなりの数です。そして現在、世界の生産高の約60%を占めています。

 

では、基本的な事実をいくつか挙げてみましょう。正確な数字ではないかもしれませんが、大まかに言うと、1950年当時、欧州連合(EU)加盟27カ国と米国はそれぞれ世界の生産高の約4分の1を占めており、両国を合わせると世界の生産高の約半分を占めていました。中国は数パーセントでした。現在、米国は世界の生産高の約14%、EU加盟27カ国は約13%を占めており、50%ではなく27%となっています。人口に関しては、私の記憶が正しければ、1950年当時、米国と欧州は世界の人口の約20%を占め、世界の生産高の半分を占めていたため、1人当たりの所得は世界平均の2.5倍でした。現在、EUと米国を合わせた人口は約8億人で、世界人口の10%です。2100年までには、両者のシェアはさらに大幅に縮小するでしょう。世界の生産高に占める米国と欧州のシェアは恐らく11%程度であり、世界人口に占める米国の割合は約4%、欧州は約3.4%となるため、両国を合わせると世界人口の約7.5%となるでしょう。

 

西側諸国主導の世界という概念は、2世紀にわたって興味深い現象でしたが、その収支を改めて検証するつもりはありません。しかし、2度とこのようなことは起こらないでしょう。はっきり言って、中国が世界の覇権国として西側諸国に取って代わることもありません。単純な算術的な理由から、中国の人口は劇的に減少するからです。中国は高齢化が進みます。今世紀末には平均年齢が60歳に近づき、人口は10億人をはるかに下回るでしょう。国連の中位出生率予測では、世界人口100億人に対して中国は約6億3000万人です。つまり、中国は現在の世界人口の約17%から約6%に減少することになります。これが中国の世界生産高に占める割合にどのような影響を与えるかを考えてみてください。中国の生産高は現在、世界生産高の約20%でピークに達し、その後、人口減少のために減少に転じます。中国は世界の覇権国ではありません。中国は非常に成功した国であり、驚くほど平和な国であり、高齢化が進む国です。

 

人口動向が最も劇的な地域は言うまでもなくアフリカであり、今後急激な成長が見込まれる世界で唯一の地域です。インドの出生率は人口置換水準に近く、わずかに上回っているため、2060年代初頭に約17億人でピークに達し、その後徐々に減少し、2100年までに約15億人になると予測されている。今世紀末までに、インドの人口は中国の2倍以上になる可能性がある。アフリカの人口は倍増する可能性が高く、それ以上になる可能性もある。アフリカは1950年には世界人口の約9%を占めていたが、現在は約19%である。人口は約2億3000万人から現在では15億人に増加した。2050年までにアフリカの人口は約25億人となり、国連の中位シナリオによれば、2100年までに約38億人になります。

 

ところで、ヨーロッパのため、そしてもちろんアフリカのため、アフリカにとって最も重要な戦略は、今すぐ子供たちを学校に通わせることです。彼らは学校に通っていませんが、誰も気にしていません。IMFの誰も、世界銀行の誰も、どこにも本当に気にかけている人はいません。人々が心配していないと言っているわけではありませんが、「ああ、何億もの子供たちが教育を受けずに育つことになる。一体どうなるのだろう?」という意味で本当に気にかけている人は誰もいません。ここでも、この議会でも、欧州対外行動庁でも、誰もそんなことを尋ねていません。何が問われないのか、私には驚きです。

 

つまり、西側諸国は(その間に自滅しないことを願うばかりだが)世界を支配しないということです。実際、現在も世界を支配していません。米国は明らかにイランに勝てません。おそらくイエメンにも勝てないでしょう。そしてロシアにも勝てない。私たちは全く異なる世界に生きています。最善策は、「私たちは皆、この世界に閉じ込められているのだから、どうするべきか?」と言うことでしょう。「西側の価値観」や「ルールに基づく秩序」を要求するよりははるかにましです。後者は滑稽極まりない。ルールに基づく秩序とは国連のことです。米国が脱退したまさにその国連です。米国主導の秩序や西側主導の秩序など存在しません。あるのは国連主導の秩序だけです。私たちはそれを守り、機能させ、皆が共にこの状況に置かれているという国家間の協調体制を築き、そして非常に深刻な問題にどう対処していくかを考え出すべきです。

 

とはいえ、ヨーロッパにとってこれは何を意味するのでしょうか? 悪いことは何もありません。世界人口の4%、8%、12%を占めること自体に何ら問題はありません。重要なのは、私たちがどのような生活を送っているかということです。私たちは平和に暮らしているでしょうか? 教育、文化、良識、真の価値観と共に暮らしているでしょうか? 私たちは安定的に食料を確保できているでしょうか? この地で築かれた素晴らしい文明を享受できているでしょうか? これこそが真の課題なのです。

 

何十年も前にこの仕事に就いた頃、スプレッドシートなんてものもなかった時代から、世界におけるアメリカのシェアは減っていくと確信していました。それはごく自然なことのように思えました。過去200年間は2度と繰り返されるような時代ではなかったからです。そして私は常に、アメリカがその力をどう使うべきかを考えてきました。1990年代には、アメリカがもはやそれほど強力ではなくなるまでに、私たちが住みたい世界を築くために、今の力を使うべきだと自分に言い聞かせていました。しかし、私たちは結局そうしませんでした。なぜなら、私たちは永遠に、見渡す限り世界を支配できるという考えにとらわれてしまったからです。今、私たちはまるで漫画に出てくるような大統領とこのゲームを繰り広げています。もっとも、漫画に対しては不公平ですし、彼が全く何も理解できないという点で非常に危険なゲームです。こうして私たちは時間を無駄にしています。私たちがまだ相対的な影響力を持っているうちにすべきことは、将来私たちが住みたい世界を築く手助けをすることです。私たちには今、大きな発言力があるのです。

 

ヨーロッパは世界で最も高い生活水準を誇り、生活の質の評価も世界で最も高い。私は毎年「世界幸福度報告書」の作成に携わっており、その立ち上げにも貢献しましたが、上位20位のほとんどをヨーロッパ諸国が占めています。これが生活の質です。世界の他の国々に、質の高い生活を送る方法を教えましょう。それはロシアと戦争をするという意味ではなく、全く逆のことです。それは素晴らしい使命であり、誰もがここに来たがっています。私たちは今月ローマに滞在しているが、世界中から人々が押し寄せ、食べ物、歴史、美しさ、気候、コンサートなど、あらゆるものを楽しんでいます。なぜなら、生活の質が非常に高いからです。それは維持し、さらに向上させることができますが、今のやり方ではダメです。中国やロシアとの関係を断つなどしてはダメです。

 

米国中間選挙

 

もうひとつだけ付け加えておきますが、これまで十分に明確に説明してきたつもりです。おそらく3週間後には、アメリカの暗雲が少し晴れるでしょう。選挙が行われ、平和的に実施され、票が公正に集計されることを願っています。もはや何も当然のこととは言えませんが、そうなる可能性は高いと思います。もしそうなれば、トランプ氏は少なくとも議会のどちらか一方の議席を失うことになり、それは非常に大きな変化をもたらすでしょう。トランプ氏はさらに気まぐれになり、憲法上の規範や制度に対してより敵対的になるため、危険な時期となるでしょうが、実際の権力という点では、彼の力は著しく弱まるでしょう。この点は心に留めておくべきです。

 

しかし私が言いたいのは、米国は今後10年から15年間、政治的危機に陥るだろうということです。これはトランプ現象だけで、いずれ乗り越えられるものではありません。私たちはあなた方と同じくらい混乱しています。今の米国では、何事についてもまとまった議論ができません。ですから、「西側諸国の正常」に戻るなどと期待しないでください。それはもう終わりました。ヨーロッパは今、独自の道を切り開く必要があります。米国を敵に回す必要はありませんが、この大西洋同盟やNATOの問題はあなた方の利益にはなりません。あなた方の利益は中国、インド、ロシア、そしてアフリカにあり、それはまた別の話です。そして、外交において米国に頼ってはいけません。もしヨーロッパの指導者がもう一度「我々を交渉のテーブルに着かせてくれ。我々抜きでは交渉できない」と言ったら、皆さん、テーブルなど存在しないのです。ラブロフ外相に電話して、話し合いたいと伝えればいいのです。米国はそれを阻止できません。あなた方がすべきことはそれだけであり、そのために米国は必要ありません。実際、クシュナー氏とウィトコフ氏について1時間も費やすつもりはありませんが、これは外交とは全く関係のないことです。ですから、ご自身で外交をしてください。

 

フィディアス・パナイオトゥ:時間がなくなってきましたので、アフリカとアフリカの教育についてお話いただいたので、1、2点だけお話ししたいと思います。私が以前行ったことのひとつは、世界で最も貧しい国であるブルンジの孤児院での活動です。約20台のコンピューターと太陽光発電によるインターネット接続を設置し、今では何百人もの子供たちがインターネットを利用できるようになっています。これは私が個人的に、私財とGoFundMeを使って行ったことです。もしこの番組をご覧になっている方で、このようなプロジェクトをもっと立ち上げたいとお考えの方がいらっしゃいましたら、欧州議会議員である私のメールアドレスまでご連絡ください。そうすれば、より多くのプロジェクトを立ち上げることができます。教育についてもうひとつ。教育は、ヨーロッパで私たちが取り組むべき最も重要なことのひとつだと思います。私たちの教育制度は、ほとんどが失敗しています。私の国、キプロスについてお話ししましょう。子供たちは苦しんでいます。彼らは携帯電話のある新しい時代に育ち、インターネットなどから膨大な情報を得ているのに、学校に行くとまるで刑務所のように感じてしまうのです。だから、私たちは教育制度を大幅に改善する必要があるのです。

 

ジェフリー・サックス:興味深いですね。OECDが先月発表したPISA調査を見てください。とても興味深いです。数学と科学の世界ランキングで1位は中国ですが、もちろん中国全体ではなく、北京、上海、江蘇、浙江の4地域が圧倒的に1位です。上位はすべて東アジアです。これは所得やGDPレベルの問題ではなく、読解力、科学、数学の客観的な試験で測定された教育です。ヨーロッパは2位で、はるかに低い順位です。そしてもちろん、PISAにはアフリカのほとんどが含まれていないため、悲惨な状況になっています。アフリカ諸国はリストの最下位にすら入っていません。

 

フィディアス・パナイオトゥ:その通りです。ですから、やるべき非常に実務的で基本的なことがたくさんあります。おっしゃる通り、これは当然のことでしょう。ジェフリーさん、欧州議会での滞在はいかがでしたか?

 

ジェフリー・サックス:将来また招待していただけると嬉しいですが、ここにいられて本当に嬉しいです。ダニーロさん、ありがとうございます。そして、ここに来てくださった皆さんにも感謝します。

 

フィディアス・パナイオトゥ:お時間をいただきありがとうございました。おやすみなさい。

 

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