(WAJ: アフガニスタン北部、旧ソ連構成国の中央アジア諸国との間を流れる大河アムダリア。そこからアフガニスタン国内へ水を引く大規模プロジェクトが進行中である。内陸の乾燥地帯に横たわるアフガニスタンでは、地主でなく「水主」が強力な権力を有している。農業改革を行う場合、普通は地主との対立が問題になるが、アフガニスタンでは地主だけでなく水主をどう遇するかが、重要課題となる。水をめぐる対立は国内でも暴力沙汰となるが隣国のイランやパキスタンとは、本サイトでたびたび取り上げたように国際紛争を引き起こす。大規模な灌漑事業は、自然破壊につながりかねず、しかも、ここで問題となっているクオシュ・テパ運河は、パシュトゥーン族の移住問題もからみ、治安対策や対テロ対策上、複雑で既存権益を混乱させかねない困難な課題を含んでいる。その課題を考えるうえでふたつの記事を紹介したい。ひとつはEURASIANETの「ウズベキスタン、困難を伴う運河プロジェクトでアフガニスタンとの対話を追求」。この記事からは開削が進む工事現場写真および運河開削予定地図を下記に引用した。また、『ウエッブ・アフガン』のアフガン人主筆ファテー・サミがこのプロジェクトの意味を「予断をゆるさぬアフガン情勢」で指摘している。)
開削進む工事現場と開削予定地図
【下記の記事は THE DIPLOMAT より】
What Afghanistan’s Qosh Tepa Canal Means for Central Asia
クオシュ・テパ運河が中央アジアにもたらすもの
The Qosh Tepa canal issue essentially forces the Central Asian nations in the Amu Darya basin to make tradeoffs between regional instability and internal instability.
クオシュ・テパ運河問題は本質的に、アムダリヤ流域の中央アジア諸国に、域内の不安定性と国内の不安定性のトレードオフを迫る
By Seamus Duffy
April 19, 2023
著者: シェイマス・ダフィー
2023年4月19日
先月末、ウズベキスタンの代表団が、ターリバーン新体制との関係強化のためカーブルを訪問した。両者の間で話し合われた様々なインフラ・プロジェクトの中には、アフガニスタンのバルフ州に建設中の新しいクオシュ・テパ運河があった。この運河は、アムダリヤ川から毎年最大100億立方メートルを迂回させる計画で、すでに下流のウズベキスタンとトルクメニスタンによって集中的に利用されてきた歴史を持つ流域から、大量の水を利用する提案だ。全長285kmの運河のうち、すでに100km以上が開削されており、このようなプロジェクトの潜在的な影響は、建設が進むにつれてますます大きくなっている。
このプロジェクトに4,000人以上の労働者と多くの資本を投入しているターリバーンは、下流の国への影響にかかわらず、明らかにこの運河の完成に関心を持っている。とはいえ、この域内の他国がアムダリヤにどれほど依存しているかを考えれば、既存の配水協定の遵守は不可欠である。つまり、意見の相違があってはならない。アフガニスタンと流域の国々の双方が納得しなければ、その結果生じる外交危機はターリバーンをさらに孤立させ、域内の安全保障問題を悪化させかねない。ウズベキスタン代表団が、既存の法規範を尊重して運河を開発することを強く訴えたのは、おそらくこのためだろう。しかし、このような規模のプロジェクトが、現行の法的枠組みの中でどの程度規制できるかは、いささか疑問である。
アムダリアの水共有
ソ連とカーブル政府の間では、過去1946年までさかのぼり、アムダリヤに関する領土協定が定められてきたが、これらの条約がアムダリヤの水共有の問題を直接取り上げたことはなかった。ソ連崩壊後のアルマトイ協定(訳注:1992年2月にカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの5カ国が締結)でも、アフガニスタンは流域の水利用に関する交渉の場から外された。そのため、ソ連、そして後に独立した中央アジアのタジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンは、流域の水資源を開発するための大きな自由裁量権を得ることになった。トルクメニスタンが水資源の多くを頼るカラクム運河の掘削(訳注:1954年に着工し1988年に完成)はその成果である。また、かつてアラル海に流れ込む水量の約3分の2をアムダリヤ川が占めていたことから、その河口付近での灌漑事業の強化にもつながった。
<参考サイト>
https://www.caee.utexas.edu/prof/mckinney/papers/aral/agreements/icwc-feb18-1992.pdf
こうした開発はいずれも、ウズベキスタンとトルクメニスタンに流れ込む水のほとんどがアラル海に到達する前に使用されることを意味し、その結果、乾燥化の危機を招き、現在この地域を悩ませている。アフガニスタンがこの地域の水共有協定に加わらなくても、水資源はほとんど使い尽くされている。(訳注:干上がってしまったアラル海の悲劇を映画「海を待ちながら」は描いている。)
タジキスタンはこの問題を是正しようと何度か試みたが、タジキスタンと旧アフガニスタン・イスラム共和国との間で交わされた覚書の主題が水の共有に及んだことはなく、タジキスタンへの各種分水よりもアフガニスタンへのたった1本の分水によって、はるかに水資源が脅かされる下流域の国家がそうした覚え書きに署名することもなかった。
アフガニスタンがアムダリヤの水に対してどのような権利を有しているのか、カーブルはもちろん、中央アジアのどの国も理解していない。そのため各政権に出来るのは過去の例に従うことだけだ。現在流域を管理するアルマトイ協定は、元来ソ連時代の議定書566号が想定した水配分区分を基本としている。議定書566号は、アフガニスタンが年間21億立方メートルを流用することだけを想定しており、クオシュ・テパ運河が流用する可能性のある100億立方メートルよりはるかに少ない。
ウズベキスタン代表団の国際規範に対する協力の主張は、融和的なものではない。現在アムダリヤを支配している規制の枠組みでは、クオシュ・テパ運河は実現不可能であるという明確なメッセージである。
水不足の危機
アムダリヤ川からの分水は、ウズベキスタンの安定を著しく脅かしている。ウズベキスタンが世界市場につなげるために多大な資源を投入してきた、水に依存する綿花産業そのものへの脅威はさておき、アラル海の乾燥化はすでにウズベキスタンに大きな打撃を与えている。特にカラカルパクスタン地方では、ウズベキスタン国民を不健康にした。その結果、住民が深刻な汚染物質にさらされるようになり、同自治区の人口が減少し、乳児死亡率、結核、気管支炎が増加した。アムダリアの流量が減少すれば、こうした苦境を悪化させるだけでなく、カラカルパクスタンの主要な雇用主も脅かされることになる。アフガニスタンでの分水は、ウズベキスタンのすでに限界にあり問題を抱えた地域の健康と経済的機会を低下させるだろう。
カラカルパクスタンの地位に関する憲法改正(訳注:カラカルパクスタンはウズベキスタン内の自治共和国で、憲法は「国民投票による独立」を認めていたが、この記事が書かれた翌5月に政府は憲法改正に成功し、上記「独立」条項は削除された)について、現地で猛反対を受けて撤回を余儀なくされたこともあり、タシケントがこのような災難の行き着く先をうまく回避できるか否かは怪しい。2022年の抗議デモ参加者に対する裁判の成り行きと、ウズベク憲法の今後の改正を考慮すると、今は政府にとってアフガン人に水資源を譲歩するのは政治的に微妙な時期だろう。いかに2国間の国交正常化が望ましいとはいえ。
<参考記事>
https://www.rferl.org/a/uzbekistan-karakalpakstan-no-right-secede/31918310.html
https://eurasianet.org/uzbekistan-appeal-case-of-karakalpakstan-protesters-nears-verdict
トルクメニスタンの懸念は、隣国ウズベキスタンと同じである。アムダリヤ川から圧倒的に大量の水資源を引いている国として、アシュガバートは流域の水共有に関してアフガニスタン側に譲歩することはできない。昨年は、猛暑による水不足で首都の水道水を止めざるを得なかった。この水不足も一時的なものではないようだ。政府が今年発表した報告書によれば、トルクメニスタンの主要な水源であるカラクム運河は大幅な水不足に直面しているという。トルクメニスタンにとって、クオシュ・テパ運河がもたらす潜在的な脅威は “問題ではなく、災害 “なのだ。
カスピ海での海水淡水化プラントの提案など、トルクメニスタンが頼れるこの問題の潜在的な解決策はあるが、コストがかからないわけではない。そのようなプラントが環境に与える影響に加え、この種のプロジェクトは外部の専門知識と新しいインフラを必要とし、完成までに少なくとも5年はかかるだろう。クオシュ・テパ運河の建設がいかに急ピッチで進められているか、そしてトルクメニスタンの現在の水不足がいかに危機的であるかを考えると、アシュガバートにそんな時間はない。
協力へのインセンティブ
下流域諸国が運河建設に反対する立場を見せつつも、この問題でターリバーンと協力することには明確なメリットがある。トルクメニスタンとウズベキスタンは、数十年前からカーブルの政府にTAPI(トルクメニスタン-アフガニスタン-パキスタン-インド)パイプラインへの協力を求めてきた。参加国はすでにこのプロジェクトに多額の資金を投入しており、最近ターリバーンが建設を継続すると発表したことで、ようやくこれらの投資の一部が報われることになるかもしれない。このようなパイプラインの主要な受益者であるインドが、炭化水素の供給源の多様化に関心を示していることから、このような事態が起こっている。したがって、域内各国が天然ガスの新市場に名乗り出る可能性が高いときに、水に関する紛争がこのプロジェクトを深刻に危うくするのは避けたい。したがって、クオッシュ・テパに関する協力の見通しは、必ずしもゼロサムではない。
また、域内各国の政府は、テロ対策問題に関して、ターリバーンとの比較的緊密な関係を維持することを望んでいる。水利の不一致がこうしたテロ対策の議論に水を差す恐れもあるが、クオシュ・テパ運河を認めることが、こうした取り組みに直接好影響を与える可能性も否めない。運河が建設されているアフガニスタン北部は、歴史的にも同時代的にも、ターリバーンが長い間支配に苦しんできた地域だ。特に、イスラム国ホラーサーン州(ISKP)はここ数カ月、バルフ州で知事暗殺を含む複数の攻撃を行った。
クオシュ・テパ運河は空虚に存在するのではなく、これらの事実が運河の創設に影響を与えたのである。運河がもたらす新たな農地は、ターリバーン系のパシュトゥーン部族が定住できる新たな土地を提供し、この地域におけるターリバーンの支配を強固なものにする可能性がある。中央アジア諸国が運河建設を阻止しようとすれば、国境に最も近いアフガニスタン地域がいっそうの不安定に陥る可能性がある。
結論
アムダリヤ流域の中央アジア各国はクオシュ・テパ運河の問題によって、域内の不安定か国内の不安定かという選択を迫られる。アフガニスタン北部でターリバーンの機嫌をとって彼らを安定させると域内が恩恵を受けるが、アムダリヤの水資源はさらに逼迫して、自国民は犠牲を強いられる可能性がある。現在のウズベキスタンの声高なアピールとトルクメニスタンのおとなしい対応は、前者が国内の安定を重視し、後者が域内の調和を重視しているという結論に導くかもしれない。だが、この運河プロジェクトがあまりに急速に進んだために、タシケントとアシュガバートが外交的対応を適切に調整する時間がなかったことを意味するのかもしれない。
運河の建設が進み、アムダリア川の水共有の枠組みが未整備であることの影響がより明らかになるにつれ、今後数カ月の間にトルクメニスタンとウズベキスタンの出方が定まってくる。そうなれば、それぞれの政権が域内対国内という決闘において、結局どちらを勝たせたいのかが明らかになるはずである。
本稿の著者シェイマス・ダフィー氏は『ディプロマット:The DIPLOMAT 』の客員記者で、フーバー研究所リサーチ・アソシエイト。以前は、カーブル撤退時にベン・サッセ上院議員のオフィスでスタッフを務めた。ここで述べられている見解は筆者個人のものである。
https://thediplomat.com/2023/04/what-afghanistans-qosh-tepa-canal-means-for-central-asia/
[…] ★ 『ウエッブ・アフガン』9月21日付の「クオシュ・テパ運河が中央アジアにもたらすもの」は極めて重要なさまざまな困難を明らかにしている。それらを列挙すると; ・周辺諸国との水争い ・大規模な自然破壊=消滅するアラル海をさらに加速 ・パキスタンからのTTP(パキスタン・ターリバーン)やパシュトゥーン族の移住 ・ターリバーンの国づくり方針が見えない。はたしてこのような巨大プロジェクトをターリバーンは資金調達を含め管理できるのだろうか。 […]