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(2023年10月5日)

 ターリバーンにも言い分がある 

~アフガニスタンの現状をみる視点~

 

★ ターリバーンの致命的な弱みのひとつは女子教育だ。教育の中味は問わないとして、女子教育が曲がりなりにも行われているのは12歳までで、中高校生から大学までは教育そのものが停止されている。女性の就労や外出、娯楽にも厳しい禁止ないし制限が強制されている。

★ ターリバーンのこの政策に関しては、世界57カ国およびオブザーバー5カ国と国連など8組織からなるイスラーム協力機構(OIC) も危惧している。
『ウエッブ・アフガン』の記事「OIC: 解決策を求めるか、それともターリバーンをごまかすか?」(アミン・カワ、2023年9月10日)ではイスラーム協力機構が派遣した国際イスラーム法学アカデミー(IIFA) とターリバーン当局者(勧善懲悪省大臣およびイスラーム学者ら)とのやり取りを報じ、ターリバーンのみならずイスラーム諸国の対応をも批判の俎上に乗せている。
OIC側は広範な分野に及ぶ世界の批判をイスラームの衣をかぶせてターリバーン側に伝えた。それに対してターリバーンの勧善懲悪省シェイク・ムハンマド・ハーリド・ハナフィ大臣は、麻薬問題や社会悪との戦いを行ってきたと述べ、つぎのようにプレゼンしている。

★ アルコールの摂取、市場における公平性、そして、何十年にもわたってアフガニスタン女性に課せられてきたあらゆる形の不正義と抑圧、例えば相続財産の剥奪、同意なしの結婚強制、夫の死後に結婚を剥奪すること、紛争解決のために女性を利用することなどと戦ってきた。イスラーム法にもとづく血債(注:傷害や殺人の被害者あるいは遺族に渡される財産のこと)による問題解決、その他の忌まわしい行為を罰してきた。女性教育の問題に関しては、イスラム首長国(注:ターリバーン政権のこと)は男女を対象にあらゆるレベルの宗教学校を開設しており、適切なカリキュラムの開発を完了した上で女子向けに大学も開設するよう努めている。(https://iifa-aifi.org/en/45074.html

★ つまり、ターリバーンにとって、モスレム諸国ですら懸念する批判はまったく当たらないと突っぱねたのだ。『ウエッブ・アフガン』では、「アフガンの声」や「トピックス」コーナーでそのような言い分と正反対の現実が現に今アフガニスタンで進行している事実を報じてきたし、国際的な理解からも程遠い言い分だ。教育と麻薬の問題について外部の声を聴いてみよう。

★ まず女性の扱いについて、もっとも厳密な女性管理を行ってきて、最近は豊富な石油収入を原資に近代化と国際化を図るべく女性抑圧の緩和、権利拡大に舵を切ったサウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハン・アル・サウド外相でさえ、世界および地域のほとんどの国が第78回国連総会で人権状況、麻薬密売、アフガニスタンから発せられるテロ集団による脅威について懸念を表明したことを受けて、9月23日に「アフガニスタン女性には教育と雇用の機会が与えられるべきだ」「アフガニスタンがテロ組織の天国となるべきではない」と発言した。(https://8am.media/eng/saudi-foreign-minister-afghan-women-should-have-access-to-education-and-employment/

★麻薬問題についていうと、カタールに駐在するスハイル・シャヒーン・ターリバーン政治事務所長は、ターリバーンを代表して9月22日、ナタリア・キンタヴァッレ駐アフガニスタン・イタリア大使と会談し、ターリバーンはアフガニスタンにおける麻薬根絶に努力しており、アフガニスタンのケシ栽培農家の生計を支援するためのプロジェクトを支援してくれと要請した。しかし2023年6月26日の国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告によれば、アフガニスタンにおけるケシ栽培は減少しているが逆に合成麻薬である結晶メタンフェタミンの製造は増えているのである。(「アフガニスタン、最大の麻薬生産国の地位を維持」)(「ターリバーンは禁止、にもかかわらずアヘン売買は公然と」

★ カタールのターリバーン事務所は、世界との連絡窓口だから、国内の勧善懲悪省などのような強硬姿勢はとらず努めて穏健に支援要請を行っている。しかし、世界は、ターリバーンが人道支援資金や物資を略奪したり横領したり横流ししている現実を見逃さない。困窮し支援を求めている人びとが大量に存在している現実があるにもかかわらず、ターリバーンの存在を認めたまま支援を続けていいのか、という疑問すら生まれている。
9月上旬、ターリバーンのザビーウラ・ムジャヘド報道官は人道援助の横流しや妨害について否定し「アフガニスタン・イスラム首長国は、いかなる機関であれ、その活動を妨害するために干渉することはない」と明言している。しかし人道支援資金として昨年、週に4000万ドルを送りつづけてきたアメリカでは、ターリバーンによる人道援助物資の略奪や横流し疑惑が取りあげられ、議会での正式調査が始まっている。

★ パキスタンとの関係でも、ターリバーンは必死に、テロリストグループに「アフガンの国土は利用させない」と事あるごとに主張している。しかし現実は、アフガニスタンがパキスタンだけでなく周辺諸国にたいするテロ攻撃の出撃基地化していることを示している。(https://webafghan.jp/20230908_azadi-briefing/) パキスタン当局はアフガニスタンを拠点とするテロ攻撃でこの9か月間で700人以上のパキスタン人(軍人、警察官含む)が殺害されたとしてアフガン・ターリバーンを非難している。(https://webafghan.jp/topics/#20231001

★ 『ウエッブ・アフガン』9月21日付の「クオシュ・テパ運河が中央アジアにもたらすもの」は極めて重要なさまざまな困難を明らかにしている。それらを列挙すると;
・周辺諸国との水争い
大規模な自然破壊=消滅するアラル海をさらに加速
・パキスタンからのTTP(パキスタン・ターリバーン)やパシュトゥーン族の移住
・ターリバーンの国づくり方針が見えない。はたしてこのような巨大プロジェクトをターリバーンは資金調達を含め管理できるのだろうか。

<参考> クオシュ・テパ運河掘削プロジェクトのプロモーションビデオ

さらに付け加えるなら、アメリカがアフガンに介入して進めた天然ガスパイプラインTAPI(Turkmenistan–Afghanistan–Pakistan–India Pipelineトルクメニスタン・アフガニスタン・パキスタン・インド)計画がある。

<参考> TAPI天然ガスパイプライン敷設プロジェクトのプロモーションビデオ

★ これらに類する巨大プロジェクトである、アフガニスタンの地下資源開発プロジェクトをターリバーンは中国に頼って進めようとしている。ターリバーンのアミール・カーン・ムッタキ外務大臣代理は中国で開催される第3回トランスヒマラヤ国際協力フォーラムに出席するためカブールを出発した。この訪問は、ヒマラヤ地域諸国間の関係を強化し、経済協力、地域のつながり、生態系の変化を促進する外交努力の一環として行われる。
https://www.khaama.com/muttaqi-heads-to-china-for-trans-himalaya-forum/

中国はデフォルトの危機と政治危機を抱えたパキスタンを一帯一路の重要な対象国としているが、投資対象国として大きなカントリーリスクを抱えている両国を支える力が果たして中国にあるだろうか。世界はつい最近、「債務の罠」の実例として注目の的であった債務返還に窮したスリランカ問題を中国は一国だけで解決できなかった。日本、インド、フランスが主軸となってスリラン問題が解決されようとしている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230902/k10014182081000.html

スリランカ債務軽減合意へ 日本やインド、中国抜きで

 

★ ターリバーンはドーハ合意(2020年2月29日)で米英NATO軍の撤退に対して「アフガニスタンをテロの温床にしない」「アフガン政府との対話を開始する」などを約束した。そしてアフガン国民全体を包摂する政府を樹立する、という公約のもと、2021年のカーブルへの復帰をはたした。しかし米軍の無様な撤退と共和国政府側の瓦解により、単独で権力を把握した。だがターリバーンは現在でも政権を暫定政権として位置づけ、各省の大臣も代行としている。ターリバーンの言い分では、旧アフガン政府が瓦解したことを理由に、暫定政権のまま全権力を掌握せざるをえないと言いたいのかもしれない。また、暫定政権には、タジク人やハザラ人、ウズベク人も入っており、パシュトゥーンだけの排外的な政権ではない、とも主張している。しかし、主張と行動はあまりにもかけ離れており、いまだにターリバーンを承認する国は一国もない。

★ 2021年からのターリバーンの2年間を分析すると、ターリバーンの支柱は、イスラームの六信五行(注:イスラム教徒が信ずべき六つの信条と、実行すべき五つの義務。六信とはアッラー天使啓典預言者来世予定、五行とは信仰告白・礼拝(サラート)・喜捨ザカート)・断食サウム)・巡礼ハッジ)をいう)とクルアーンを独自解釈した過激で偏狭で時代遅れの「シャリーア法」とパシュトゥーン族の存立基盤をなしている部族の伝統的な習俗(パシュトゥーン・ワリ(パシュトゥーン族の掟))である。

(ターリバーンのイスラームに基づくという言い分は「タリバン復権の真実」(中田考)で一部を間接的に知ることができる。ターリバーンの言い分と中田の解釈がいかに独善的で時代遅れのものであるかは「<視点~012> ターリバーン擁護論を読む」で明らかにしておいた。)
(パシュトゥーン・ワリについては「西南アジアの砂漠文化」(松井健)、「シルクロードの謎の民—パターン民族誌」(J.スペイン)に詳しい。)

上記のふたつに、イスラーム教徒としての義務であるジハードを加えた3点セットが彼らの言い分のすべてといってよいだろう。それらはこれまで『ウエッブ・アフガン』では一貫して批判し続けてきたので、ここでは繰り返さない。ただ、武力をもちいて異教徒や異民族をせん滅したり自爆テロという殉教を推奨するのがジハード(=聖戦)であるとする理解については、イスラーム教徒の間でもさまざまな解釈がある。だが、非モスレムとしての筆者には当然にも承服しがたい主張であると強調しておきたい。イスラームは本来、平和と公正、男女の平等などを尊重する宗教であると信じたい。

★ さてそのようなターリバーンだが、政権を維持し、アフガニスタンを国家として運営するつもりがあるのなら、そのための能力を磨かなければならない。『ウエッブ・アフガン』では、「ターリバーン戦闘員はいまや公務員~ジハードさえしていればよかった時代は終わった~」のなかで、旧体制の公務員らから「行政」「都市の管理」「国家の管理」などの手法を学ぶターリバーン戦闘員たちの苦労を描いたルポルタージュを紹介した。戦闘員たちはいまや自分たちの生活費は自分たちで稼がなければならない立場に立たされたのである。それだけでなく、ターリバーンは国民の生活を成り立たせる責任をも果たさなければならないのだ。

★ アフガンの現状は、英国イスラーム救援機構の最近の報告によれば国民の40%が悲惨な食料貧困に直面し、さらにショックなことに、アフガニスタンの人口のおよそ4分の3に当たる2900万人以上の人々が、国際機関からの人道援助を切実に必要としている。アフガニスタンは、脆弱な経済、干ばつ、気候変動によって悪化した深刻な貧困と闘っている。おびただしい数の人びとが生活手段を失っている。ターリバーンは困窮する国民を「食わせていく」責任を自ら引き受けたのである。その自覚をもたず国際援助を必要としている人々に公平に分配するどころか、ターリバーンの行政機構が横取りし吸い取っているありさまだ。

戦闘員だけでなく上層部にも頭の切り替えが求められている。

野口壽一

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