(2026年10月15日)
諦めは敵の思うツボ
~「法の支配」と民主主義を守る力~
「批判する気力さえ失われる」。トランプ大統領(以下敬称略)の乱暴で常軌を逸した言動の数々、ネタニヤフ首相(以下敬称略)との力による統治と戦争(ジェノサイド)行為、そして高市首相(以下敬称略)の軽薄な対米迎合姿勢を前に、そう感じる人は少なくないほどひどい世界が現実のものになった。しかし、その疲労感と諦めこそ、権力を振るう者にとって最も好都合な状況ではないか。
トランプは2026年1月7日のニューヨーク・タイムズのインタビューで、自らの世界的な権力を制約するものを問われ、「私自身の道徳心」「私自身の判断」を挙げ、「国際法は必要ない」と述べた。翌8日付のABCニュースもこの発言を報じている。国際法に従う必要性を重ねて問われると、国際法の定義次第だとも付け加えた。問題は、法の解釈も権力行使の限界も、自分自身が決められるかのような姿勢である。
その姿勢は国際刑事裁判所(ICC)への攻撃にも表れている。10月9日、米政権はICCそのものを制裁対象とし、ルビオ国務長官は解体を目指す姿勢を示した。トランプとイラン先制攻撃を行ったネタニヤフは制裁を歓迎した。犯罪の疑いを司法手続きで争う代わりに、裁く機関を機能不全に追い込む。これは被害者が正義を求める道への攻撃である。
ここには国際秩序の構造的な矛盾がある。米国、ロシア、中国は、いずれもICCを設立したローマ規程の締約国ではない。国連安保理では常任理事国として特権を持ちながら、個人の戦争犯罪などを裁く恒常的な国際司法制度への参加を拒んでいる。非加盟だけで国際法違反になるわけではない。しかし、他国には秩序の尊重を求め、自国への司法的制約には背を向ける姿勢は、強国の自己特権化として批判されなければならない。
ただし、国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)は別である。米露中も国連加盟国としてICJ規程の当事国であるが、裁判には条約などによる管轄権の根拠が必要であり、あらゆる紛争を自動的に裁けるわけではない。また、ICCの非加盟国であっても、締約国領域での犯罪などについて、その国民がICCの管轄対象となる場合がある。「加盟していないから国際司法と無関係」という理屈は通らない。
国内では警察などが法の執行を担う。国際社会には、ホッブズのいうリヴァイアサンに相当する、強制力を独占する世界的主権者はいない。安保理の強制措置も大国の拒否権に阻まれる。この世界で国連や国際司法を支える根本原則が「法の支配」である。強い国も指導者も、法の上には立たないという原則だ。
もちろん思想だけでは逮捕状を執行できない。独自の警察を持たないICCは、締約国などの逮捕・引渡しへの協力を必要とする。それでも法の支配は、その協力を求める正当性の大黒柱である。現代の国際社会に必要なリヴァイアサンとは、ひとりの絶対者ではなく、諸国と市民が共同で権力を法に従わせる仕組みでなければならない。
その仕組みが存在する可能性は消えていない。10月10日、日本を含む8カ国(日本、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、オランダ、デンマーク)は米国の制裁に反対し、ICC支持の外相共同声明を出した。ICC締約国会議の理事会も制裁への反対を表明した。高市政権を批判する際にも、この行動は評価し、声明にふさわしい実践を迫るべきである。
世界ではガザや西岸でパレスチナ人への攻撃を続けるイスラエルとそれを追認する米国への批判が定着している。日本でも若者がペンライトを掲げ、反戦や憲法擁護の街頭行動に参加している。さらに米国内でも、ニューヨークやワシントンで変革を求める動きが生まれており、こうした動きを一時の熱気として見過ごしてはならない。
そして米国には、なお権力を制約する民主主義の制度がある。今年11月3日には中間選挙があり、下院全議席と上院の約3分の1が改選される。大統領の任期は4年で、憲法は3度の当選を禁じている。現行憲法の下でトランプの任期は2029年1月20日に終わる。権力は永久にひとりの所有物にはならない。
民主主義の空洞化を警戒することと、選挙をすでに無意味と決めつけることは違う。中間選挙によって大統領が直接交代するわけではないが、議会の構成を変え、予算や調査を通じて政権を抑制する道はある。その道を生かすには、公正な選挙、自由な報道、司法の独立、平和的な政権交代を守らなければならない。法の支配が権力の限界を定め、民主主義が権力の担い手を選び直す。両者は互いを必要としている。
いま取り組むべきことは3つある。
• 第1に、ICCへの支持を実務に変える。 日本と欧州などが協力し、資金、送金、通信、保険、職員の安全を確保する。制裁によって裁判の基盤を断たせないことである。
• 第2に、司法協力の2重基準をなくす。 友好国にも敵対国にも同じ基準を適用し、逮捕・引渡し、証拠保全、証人保護を支える。逮捕状は有罪判決ではない。だからこそ、公正な裁判を妨害させてはならない。
• 第3に、市民の行動を選挙と政策につなげる。 街頭行動に加え、議員への公開質問、地方議会の意見書、支援予算の監視、被害者支援を積み重ねる。メディアも、政府が国際司法を守ると約束した後、何を実行したかを問い続けるべきである。
民主主義への期待とは、いつか選挙が救ってくれると待つことではない。権力者を交代させられる制度と、その間も権力を縛る法を、自ら守ることである。「批判する気力さえ失われる」時代だからこそ、批判を具体的な要求と持続する行動に変えたい。法の支配を現実の力にするのは、その積み重ねである。
【野口壽一】