(2024年10月15日)
被団協、ノーベル平和賞 受賞
~ノーベル委員会の快挙を生かそう~
被団協はICANの受賞についで2回目の栄誉
ノルウェーのノーベル賞委員会のフリードネス委員長は2024年のノーベル平和賞を日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)に授与すると発表した。原水爆禁止運動への同賞の授与は7年前(2017年)のICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)につづき、2度目である。
被団協は、ICANの活動を被爆者の立場から参加し、支えてきた。7年前の受賞の際にもそれが評価された。今回の受賞は、被団協の活動がふたたび評価されたことを意味する。被爆から79年が経由して原水爆の悲惨、非人道性を証言する被爆者がこの世を去りつつある事実が配慮されたのであろう。
加えて直接的な理由としては、ガザやウクライナ戦争が止まない事態の中で、核兵器の使用が取りざたされる危険な国際情勢が考慮されたにちがいない。この点は後でもう一度ふれる。
ノーベル賞をめぐる毀誉褒貶
政治的・社会的価値観や立場性がストレートに反映する平和賞、経済賞、文学賞をめぐっては毀誉褒貶が絶えなかった。冷戦真っ盛りの1970年に反体制文学者として知られていたアレクサンドル・ソルジェニーツィンにノーベル文学賞が贈られた。1990年にはゴルバチョフソ連大統領が受賞した。2022年にはベラルーシ(人権活動家アレシ・ビャリャツキ氏)、ロシア(人権団体「メモリアル」)、ウクライナ(ウクライナの人権団体「市民自由センター(CCL)」)などに平和賞が贈られた例がある。
さらに、中国で民主化運動や人権活動を行い反逆分子として投獄されていた劉暁波氏が2010年度のノーベル平和賞を受賞したことへの不快感を隠さない中国では、ノーベル平和賞に対抗して同年12月に「孔子平和賞」が突如設けられた。ロシアのプーチン大統領やキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長、ジンバブエのムガベ大統領らが選ばれている。日本では村山富市元首相が選ばれたが同氏は受賞を固辞している。孔子平和賞委員会と中国政府との関係は不明だが、欧米の価値観にもとづくノーベル平和賞に対する中国人の感情を反映しているのは間違いない。なお、同組織は2018年に解散している。ちなみに、中国と対立するチベット亡命政府のダライ・ラマ14世も1989年にノーベル平和賞を受賞している。
ノーベル賞そのものについて、自然科学系の賞選考において完全に中立公平で政治的配慮がないかという問題は別途検討に値する興味深いテーマではあるが、ここでの言及は避ける。
人類のために最大の貢献をした人々に贈られる賞
ノーベル賞にはここに述べた問題はあるが、被団協への平和賞授与が決定された事実は「人類のために最大の貢献をした人々」への賞というノーベルの遺言にふさわしいものであり、痛ましい悲劇のうえの受賞ではあっても、素直に喜びたい。
しかし、「平和賞」の趣旨からいえば、過去の記憶を取り上げて現在を照射するというまどろっこしい手法でなく、ずばり、現在のガザやウクライナの事態への関りから対象を選ぶことも可能だったのではないか。実際問題、2023年暮れの週末時計では、核戦争などによる人類の終末まで「残り90秒」と前年より10秒進められている。(ちなみにオバマ大統領の核廃絶運動時は6分前)
ロシア・ウクライナ戦争やハマース・ネタニヤフ戦争をきっかけに核戦争の勃発を阻止するとすれば、国際刑事裁判所、ガザでの国連職員、ジャーナリスト、国連事務総長など、候補に不足することはないだろう。
だが、昨年の長崎での原爆記念忌の行事に長崎市がガザ侵攻をつづけるイスラエルに招待状を送らなかったことをうけて、G7およびECは参加者を格下げしたりして不快感を示した。現に今、侵略戦争や虐殺行為を働いている国に招待状を送らないことは「政治的行為」なのだろうか。いったい何のための平和祈念集会だというのだろうか。
ここであぶりだされたのは、ロシアのウクライナ侵略には強い抗議と対抗措置をとりながら、イスラエルによるガザおよびパレスチナ侵攻ではイスラエルを支持し軍事支援すら行う英米ドイツなどのダブルスタンダードだ。
現代の非核兵器は核兵器と同等の破壊力
コーヘン駐日イスラエル大使は被団協へのノーベル賞授与に対して、「平和と正義を追求する功績が評価された」と被団協に対する祝意を示しつつも「ガザと80年前の日本との比較は不適切で根拠に欠ける」と非難した。被団協の箕牧(みまき)智之代表委員の発言が「不適切」だというのである。箕牧代表は11日の授賞発表直後、「パレスチナ自治区ガザ地区で、子どもが血をいっぱい出して抱かれているのは、80年前の日本と同じ、重なりますよ」と述べていた。そのどこが不適切だというのだろうか。
80年前の広島・長崎とどこが違うのか
米国を拠点とするユダヤ人の平和の声によると、イスラエルは米国製爆弾を使用してガザのほぼ全域を攻撃している。昨年10月7日以降にガザに投下された7万発以上の爆弾を示す地図が衛星データを使用して作成された。それを見ると南北40km、東西10kmのほぼガザ全域がくまなく爆撃されている。
イスラエルはガザのほとんど全域をアメリカが供与した爆弾で爆撃した
腐乱する遺体、重傷の子ども、泣き叫ぶ女性 目撃者が語るガザ難民キャンプ空爆の惨状(CNN)
https://www.cnn.co.jp/world/35210962.html
ウクライナ 街の破壊 インフラの破壊
原水爆1個の破壊力は想像を絶するとはいえ、非核技術による兵器も繰り返し長期にわたり使用されれば、核兵器に匹敵するかそれ以上の惨禍をもたらすことが、ガザとウクライナの戦争でわれわれは日々目撃している。
被団協への授与は過去への贖罪ではないだろう。ましては、非核技術の武器弾薬の行使による悲惨から目をそらすための視点移動に使われてはならない。80年前の愚挙が、現に今、ガザやウクライナで進行中なのである。
爆撃の跡はほとんど更地。人間は殺されるか逃げ去る以外にない。攻撃した後を自分たちの領土として再建しようと考えているイスラエルやロシアにとっては、現代の非核兵器は、放射能がないぶん、核兵器と同等の威力をもつ素晴らしい兵器と思っているのかもしれない。
兵器や戦争で戦争を無くすることはできない
被爆者の運動は日本だけではない。被爆者が多く住み「韓国の広島」と呼ばれる韓国南東部・陜川(ハプチョン)在住の、韓国原爆被害者協会の鄭源述(チョンウォンスル)会長(80)は東京新聞の取材に「韓国人被爆者としても心から祝福する。核兵器の廃絶は、被爆者共通の願いだ」と語った、報道されている。(東京新聞「韓国は驚き、中国は「様子見」?…被団協のノーベル平和賞を各国はどう速報したか」)
被爆国でありながら核兵器禁止条約への参加を拒み続ける日本。石破首相は核シェアリングさえ口にしている。
戦争によって戦争を阻止しようとする考え方を推し進めれば、相手がたはより早く強い対策をとろうとするだろう。そうすれば、自国はさらにその上を、という結論以外にありえない。戦争をしないという合意をお互いに形成する努力なしに戦争を回避する道はない。それが政治と外交の課題であり、第2次世界大戦の反省として生み出しされた国連やさまざまの国際機関ではないのか。国際社会はその初心をとりもどすべき時にきている。
武器で戦争を回避することはできない。
被団協へのノーベル平和賞授与を決定したノーベル委員会の快挙を、いまこそ生かすべきではないだろうか。
【野口壽一】