2026年10月10日
野窓パルワナ
先週、「教育を禁じられたアフガニスタン少女たちの心の叫び絵画展」に足を運んだ。
壁に掲げられた何十もの絵。燃える家、銃を持った兵士、涙を流す女性。
心が明るくなったり、癒やされたりするような絵とは対照的な作品が並んでいた。
なかでも、私の目に留まったのは、目の部分が切り取られていたり、目が隠されていたりする絵がいくつもあったことだ。
なぜ、目が描かれないのだろう。何を伝えようとしているのだろう。
その理由を、私が勝手に決めつけることはできない。ただ、女性であるという理由で教育を受ける機会を奪われ、自由な行動を制限されている少女たちの現実を思うと、目を覆われた絵が心に重く残った。
これらの絵は、単なる趣味のお絵描き教室で生まれたものではない。
きっかけは、「学校には行けないけれど、絵を描きたい!」という中学生の少女の言葉だったという。
アフガニスタン女性の人権と社会正義のために活動する現地団体「RAWA(アフガニスタン女性革命協会)」を日本で支援する「RAWAと連帯する会」が、現地の支援団体への資金提供をして絵画教室が始まった。
指導するのは、プロの画家であり、元大学教授でもあるアフガニスタン人女性。彼女自身も、女性であることを理由に、ターリバーン復権後に教授職を失ったという。
教室に通う少女たちは、学校に通うことができず、自由な外出や行動にも厳しい制限を課されている。教室に通うこと自体にも危険が伴うという。
それでも、彼女たちは絵を描く。
絵画教室は、技術を学ぶだけの場所ではない。自分の思いや感情を表現し、学び、誰かとつながるための貴重な場でもある。
「絵を描きたい」という少女の願い。その言葉から始まった活動が、今も続いている。
アフガニスタンの女性たちについて考える時、思い出す光景がある。
私は以前、アフガニスタンに駐在していた。
結婚式に招待され、参列したことがある。会場に集まったアフガニスタンの女性たちは、皆、華やかなドレスに身を包み、髪をいつも以上に美しく整え、念入りにお化粧している。その中で、一番地味だったのは、なんと私だった。
今思い出しても、思わず笑ってしまう。
また、アフガニスタン人女性同僚の家に招かれた時には、インド映画の音楽に合わせて一緒に踊ったり、恋愛の話で盛り上がった。
そこにいたのは、遠い国の、異文化を持つ女性たちというだけではなかった。
おしゃれを楽しみ、音楽に合わせて踊り、恋愛について語り合う、私たちと何ら変わらない女性たちだった。
だからこそ、今回の絵画展で目にした作品は、胸に迫るものがあった。
私がかつて一緒に踊り、恋愛話に花を咲かせた女性たち。その国の少女たちが、今、学ぶことも、自由に行動することも制限されている。
彼女たちの中にも、学びたいことがあり、好きな音楽があり、誰かと語り合いたいことがあるはずだ。そんな日常や願いを、私たちはどこまで想像できているだろう。
展覧会のトークイベントでは、「RAWAと連帯する会」共同代表の清末教授の言葉が心に残った。
「支援はいつか終わりがあるけれど、連帯は『手を握り、握った手を離さない』」
「支援」と「連帯」
似ているようで、この二つの言葉には違いがある。
支援は、困難な状況にある人に必要なものを届ける、大切な活動だ。一方、連帯とは、相手を一方的に助ける対象として見るのではなく、一人の人間として知り、その声に耳を傾け、つながり続けることでもある。
一度支援して終わりにするのではなく、その後も相手の置かれた状況を知り、関心を持ち続けること。相手の苦境だけでなく、その人がどんな人生を生き、何を願っているのかにも目を向けること。それもまた、連帯の一つの形なのだと思う。
イベントでは、難民として日本にやってきたアフガニスタン人の女子学生、ライリーさんの話も聞くことができた。
将来は法律を学び、母国のために役立ちたいというライリーさん。しかし、日本の中学校では、日本人のクラスメートとの背景や関心の違いから、友達ができなかったという。
胸が痛んだ。
異なる背景を持つ人が同じ教室にいても、互いを知り、理解し合うことは簡単ではない。
学校には、さまざまな経験や文化を持つ子どもたちが出会い、互いのことを知る機会をつくる役割を果たすことも出来るのに。
私自身は、駐在国での支援活動や現地の人々との交流を通じて、困難な環境に置かれた人々にも、それぞれの人生があることを実感してきた。
紛争や困難な環境にある人々について考える時、私たちはどうしても、その人たちが直面する悲惨な状況に目を奪われがちだ。けれども、どれほど過酷な環境にあっても、一人ひとりにそれぞれの人生がある。夢があり、喜びがあり、悲しみがあり、家族や友人と過ごす時間がある。彼女たちは、単に「かわいそうな少女たち」なのではない。
教育を奪われ、自由を制限されているという現実は、決して軽く扱ってはならない。けれど、その苦境だけで彼女たちを捉え、理解したつもりになることも、また違うのではないかと思う。
彼女たちは、自分の人生を生きる一人ひとりの人間。学びたいと願い、何かを表現したいと思い、誰かと語り合い笑い合う時間を求める。私たちと同じように、さまざまな思いを抱えて生きている。
彼女たちの苦境を知ること。そして、その苦境だけで彼女たちを捉えないこと。その両方が大切だと思っている。
今回の絵画展では、参加者の年齢層が比較的高いように感じた。もちろん、関心を持ち、行動している方々の存在は心強い。一方で、これから社会を担っていく若い世代や、今まさに社会で活躍している人たちにも、こうした場に足を運んでほしいと思った。
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