(2026年5月5日)

 トランプ外交:イラン攻撃の先は中国 

~トラとクマのジャングル対決~

 

トランプ米大統領がイランに対して強い姿勢を取る動きを、ネタニヤフにそそのかされた単なる中東政策とみるのは大きな間違いだ。

今月後半に予定されるトランプ訪中の文脈を踏まえれば、米側の背後にある一貫した戦略意図は明白である。すなわち、中国に対する圧力の最大化である。

訪中を有利に進めるための「布石」として、年初にはベネズエラやパナマに対する圧力が強められた。キューバの「解放」口撃もそのひとつだ。

トランプ大統領の対イラン攻撃を真の敵中国を見失った愚策だと批判する国際関係学者もいるが、一見場当たり的な気まぐれの攻撃でなくしたたかに計算された大国間競争の一環として理解すべきである。ただしその計算は大外れなのだが。

トランプ大統領は習近平との会談を前に強硬策を示すことで、「アメリカはエスカレーションを辞さない」というシグナルを送ろうとしているのである。

しかし、圧力をかけて譲歩を引き出す交渉術は一見合理的に見えて、実際には数々の構造的矛盾を抱えている。

 

 ホルムズ海峡の緊張は「同盟のコスト」を増幅 

ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約20%が通過するボトルネックである。この地点の不安定化は、単なる地域リスクではなく、グローバル経済のシステミック・リスクとなる。

2019年のサウジ石油施設攻撃は典型例である。フーシ派が犯行声明を出したこの攻撃は、イランの関与が強く疑われた。この攻撃により、サウジの原油生産は一時的に半減し、原油価格は即座に20%近く急騰した。

重要なのは、2019年の事態によって、この種の「非対称攻撃」が低コストで繰り返し可能である点を白日の下に可視化した事実である。つまり、アメリカが軍事的優位を誇示するほど、逆に海峡は恒常的な不安定領域へと変質する。

その結果何が起きるか。

日本や欧州のようなエネルギー輸入国は直接的な打撃を受ける。
日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、ホルムズ海峡封鎖は事実上の経済危機に直結する。実際、日本政府は先走って2015年にこの事態を想定し「存立危機事態」と定義した。

ここで重要なのは、同盟の非対称性である。
アメリカはエネルギーを輸出できる自給に近づいている一方で、同盟国はエネルギーリスクをもろに引き受ける構造になっている。

結論として、イラン圧力は「同盟の結束」ではなく「同盟の分裂圧力」として作用する。

 

 中国へのエネルギー圧力は構造的に効きにくい 

この戦略の核心は、中国のエネルギー依存を突く点にある。しかしこの前提自体がすでに時代遅れになりつつある。

中国はすでに以下のような多層的対応を進めている。
• ロシア・中央アジアからのパイプライン網(陸路化)
• 約90日分以上とされる戦略石油備蓄
• 原子力発電所:約55基運転中+30基以上建設中
• 発電に占める化石燃料依存:約60%前後まで低下(2000年代は約80%)

つまり、中国は「海上輸送遮断=即打撃」という構造から脱却しつつある。
さらに決定的なのは金融構造の変化である。

かつて中国は経常黒字を米国債購入に回す「対米従属的資本循環」にあった(日本はいまだにそのままで世界一の突出したドル資産国になっている)。しかし現在は、
• 対外直接投資
• インフラ融資(「一帯一路」)
• 非ドル決済(人民元建て取引)
へと資金の流れを転換している。

これは単なる経済政策ではなく、「ドル覇権からの部分的離脱」である。

この状況で圧力を強めればどうなるか。
答えは明確。中国のナショナリズムと自立志向を加速させるだけである。

 

 信頼の毀損は制度的覇権を崩す 

アメリカの最大の強みは軍事力ではなく、「制度を作る力」であった。
しかし、イラン核合意からの離脱は、この基盤を損なった。

「アメリカは自分の都合で約束を破る」という認識が広がったのである。
その結果として:
• 欧州は独自決済(INSTEX)を模索
• グローバルサウスは非ドル圏を志向
• BRICSや上海協力機構が拡大

以上は単なる外交摩擦ではない。
「制度的覇権の侵食」ないし「崩壊」である。

 

一貫性の欠如は抑止力を弱める

2020年のガーセム・ソレイマーニー イラン司令官殺害のような強硬行動と、その後のイラク・中東撤退志向の混在は、戦略的一貫性を欠く。

抑止理論の基本は「予測可能性」である。
相手が次に何をするか分からない場合、それは恐怖ではなく「計算可能な隙」を生む。

結果として:
• 敵対国にはリスクテイクを促し
• 同盟国には不信を生む

これは「強さの誇示」ではなく、「信頼性の低下」である。

 

リヴァイアサン不在の世界で何が必要か

現代国際社会には、単一の主権的権力、すなわちホッブズ的な意味での「リヴァイアサン」は存在しない。国家は依然として無政府状態(アナーキー)の中に置かれている。

この状況で力による秩序を追求すればどうなるか。
答えはホッブズが描いた通り、「万人の万人に対する闘争」に近づく。

トランプ外交の本質は、この無政府状態において軍事力を直接的交渉手段として用いる点にある。しかしそれは短期的な威圧にはなっても、秩序形成には結びつかない。
むしろ重要なのは、カント的な意味での「制度と相互依存による平和」の重要性の認識と惑星思考である。

すなわち:
• 国際合意の持続性
• 経済的相互依存の深化
• 多国間制度の維持
である。

現在起きているのは、「力による秩序」と「制度による秩序」のせめぎ合いである。そしてイラン攻撃のような行動は、前者を強める一方で後者を破壊する。

結論として、トランプ大統領の戦略は軍産複合体とグローバル金融資本の短期的合理性=貪欲な利益を追求する過程で、長期的には「リヴァイアサン不在の世界」をより不安定化させる方向に作用する。

世界平和の条件は、覇権そのものではなく、「予測可能なルールと相互拘束性」にある。そこから逸脱する限り、いかなる強国も最終的には自らの影響力を削ることになる。

思想と哲学の闘いなのである。

野口壽一