イランはパレスチナ・イスラエル問題に何を望んでいるのか?

(WAJ: 本論考の著者はアメリカ一極支配から多極化へ世界が向かいつつある傾向の中で、中東においてさらにその傾向を推進しようとするイランの意図を分析している。つまり、イランは、イスラエルとサウジアラビアなどアラブ穏健派の接近をリベラル国際主義(=アメリカ一極体制)を強化する試みとみて、それを妨害しようとしており、その試みが功を奏しようとしている、と分析している。この分析は、イスラエルのネタニヤフ政権の愚行がイスラエルを崩壊に導こうとしている、と警告している本サイトに掲載したイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの主張と軌を一にしている。)

 

サイード ナヴィード シュジェ(ハシュテ・スブ:アフガニスタンの独立系メディア)
2024年4月30日

パレスチナ・イスラエル問題に対するイランの立場を理解するには、国際システムにおける力関係を調べることが重要だ。一部の専門家によると、リベラルな国際秩序は衰退しており、世界は多極化に向かって進んでいる。米国の覇権は終わりに近づいており、中国やロシアのような強力な主体がポストリベラル秩序の次の極となるだろう。これらの専門家の見解では、パレスチナ・イスラエル問題は現在、世界秩序の軌道に大きく影響されている。言い換えれば、パレスチナ・イスラエル問題の解決は、世界秩序がどのように進化するかという解決と絡み合っているのだ。

前述したように、世界レベルでの根本的な問題は、米国がもはや国際的に無敵の権力を保持しておらず、米国が守ってきたリベラルな世界秩序が消滅したことである。アフガニスタンからの米国の撤退とウクライナでの新たな戦争の開始は、イスラエルへの本格的な支援と相まって、米国民主党が共和党の利益に反して米国の覇権を復活させようとしている事実を示唆している。

トランプがアフガニスタンからの離脱戦略を進めたのに、バイデンはウクライナ紛争に火を付けた。パレスチナ・イスラエル問題では、ガザでの人道的悲劇にもかかわらず、米国はイスラエルを支援し続けており、ガザでの3件の停戦提案に拒否権を発動している。エマニュエル・マクロン大統領は、ウクライナ戦争についてBBCペルシア語とのインタビューで次のように述べた。「もしわれわれがウクライナを支援しなければ、われわれは敗北するだろう。なぜなら、新たな権力ヒエラルヒー(ロシア)が形成されつつあったからである。」同氏は、ヨーロッパの主要な懸念のひとつは、NATOが脳死したか、あるいはプーチン氏の優しさがそのことを自覚させたかのどちらかだ、と付け加えた。NATO の覚醒は、アメリカ合衆国が主導するリベラルな世界秩序の覚醒と存続を意味する。

<参考記事>マクロン発言
https://www.france24.com/en/europe/20230531-live-macron-seeks-to-reassure-eastern-europe-after-ukraine-invasion

 

しかし、イランはまた、域内においてロシアや中国とともにリベラル国際秩序を不安定化しなければ、厳しく容赦ない制裁に耐えられないことも理解している。同時にイランは、中東におけるリベラル国際秩序の拡大には、域内における地政学的な変化が必要であることも認識している。そこはイランの目の付け所だ。イランにとってとても気がかりなのは、バローチ族とクルド人の動向である。制裁の継続である。域内における数々の米軍基地の存在である。こうした懸念の中で、イランはアメリカの力の衰退を認識しており、したがって新秩序の迅速な出現に向け努力している。そうなれば現秩序の解体と新たな多極国際秩序の確立の両方に積極的かつ有利に参加できるからだ。

<参考記事>中東の米軍記事
https://jp.reuters.com/economy/RGRTS4UJK5NBPHMSM2UAQ63CWQ-2024-01-31/#:~:text=%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E6%9C%80%E5%A4%A7%E3%81%AE%E7%B1%B3%E8%BB%8D,%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8C%97%E6%9D%B1%E9%83%A8%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82

 

リベラル国際秩序はなぜ崩壊しつつあるのか?

ジョン・ミアシャイマー教授(訳注:シカゴ大学の国際政治学者で、攻撃的現実主義の先鋒)によると、リベラル国際秩序は、その元来持つ自己破壊的な性質により崩壊しつつあるという。彼は、リベラル民主主義は多くの人々にとって魅力を欠き、利用可能な代替モデルがあると主張する。例えば、ロシア人と中国人は西洋人と同じようには考えておらず、このリベラルな秩序に同化することを望んでいない。彼らはこれに反対し、国政における自決を望んでいる。ミアシャイマーは、リベラル民主主義の広がりと世界の均質化は多大な経済コストを課すだけでなく、終わりのない戦争につながると信じている。現実的には、国民国家の時代において、世界的な均質化は不可能だ。たとえば、冷戦の終結以来、米国は3年に2回の頻度で戦争に巻き込まれている。アメリカは7つの異なる戦争に従事した。

イラクとアフガニスタンでの戦争、西側諸国のシリア戦争への介入、そして今回のウクライナと中東への介入は重い出費を強いており、アメリカとそのリベラル同盟諸国の力をほぼ崩壊させている。アフガニスタン、イラク、シリアにおけるアメリカの過去の失敗と、現状パレスチナに対するアメリカの無力さは、多大な財政コストと多数の非戦闘員死傷者をともない、ウクライナ問題とも相まってリベラル国際秩序の自己破壊を証明している。

 

イランはパレスチナ・イスラエル問題で何を望んでいるのか?

この質問に答え、前段で述べたことを考慮すると、イランは現在の一極秩序ができるだけ早く崩壊し、多極世界が出現することを望んでいる。リベラル民主主義の国際秩序から最も大きな被害を受けてきた国として、イランはあらゆる方法でこの秩序を破壊しようとしている。言い換えれば、イランは制裁と政治的孤立からの脱却を現在の世界秩序の崩壊の一部であると見ている。

イランはバシャール・アル・アサド政権に数億ドルの軍事・経済援助を提供し、シリアのヒズボラ戦闘員の経費も支援している。イランはシリア、イラク、レバノンに軍事駐留している。シリアでイランが負担した多大な費用のおかげで、バシャール・アル・アサド政権は現在まで存続できた。さらに、イエメンのフーシ派に対するイランの包括的な支援は、イランが西側の自由主義秩序に断固として反対し、それをミアシャイマーの言う「終わりのない戦争」において打ちのめす意図を示している。

著名なユダヤ人作家ユヴァル・ノア・ハラリは、BBCペルシア語とのインタビューでイスラエル・パレスチナ問題について次のように述べている。「ハマースが独立しているとはいえ、イランはガザのハマースやレバノンのヒズボラに大きな影響力を持っている。多くの専門家は、[10月7日のテロ]の原因のひとつは、イスラエルとサウジアラビアの和平合意が近づいていることだと考えている・・・サウジアラビアとイスラエルの国交正常化が再開されたことで、ハマースとイランは不安を覚えたのかもしれない。イランはイスラエルとサウジアラビアの和平の可能性を恐れている。そのため多くの専門家はこれが10月7日の攻撃の主な理由のひとつではないかと考えている。」

ハラリはさらにこう述べる。 「この問題を哲学的にとらえ、これらの攻撃の背後に何があるのかを大局的に考えれば、ウクライナへの攻撃や今回の戦争のように、世界中で戦争が増加していることの認識が重要である。10年前、世界にはもっと平和があった。普遍的な人権の価値観と人類の共通の利益に基づいた自由主義的な世界秩序があったが、ロシアのプーチンとアメリカのトランプの出現後、自由主義的な世界秩序への攻撃が開始され、破壊された。リベラルな秩序が崩壊すると、その代わりにカオスと暴力が出現した。普遍的な価値観に基づく世界秩序を再構築しなければ、今日イスラエルやパレスチナで見られるような光景が・・・より多くの地域に広がっていくことになる。」

おそらくハラリは、イランがイスラエルとパレスチナの戦争でどのような目標と意図を追求しているのか知らないだろうが、自由主義秩序の崩壊という彼の視点から見れば、イランの意図と目標は理解できる。

そう、自由主義秩序は崩壊し、イランもまた、ポスト自由主義秩序における自らの役割と利益を明確にしようとしているのだ。イラン大使としてアフガニスタンとイタリアに駐在したアボルファズル・ゾーレバンドによれば、イランは域内の地政学を維持するための抵抗軸である。イランは、現在の域内地政学を維持するためには域内の安定が不可欠であることを中国とロシアに納得させなければならない。

ゾーレバンドは、クルド人やバローチ族の分離主義的な動きを、リベラル民主主義を推進する西側の策略の一環とみなし、こうした動きを止めなければ、遠からずイランも巻き込まれると考えている。ゾーレバンドの考えでは、中東の顔向きはイスラエルとパレスチナの戦争の結果に左右される。

イランがウクライナ戦争でロシアを軍事支援し、10月7日のイスラエル攻撃後にイランの最高指導者アリ・カメネイがパレスチナとすべての抵抗勢力を支援すると宣言したことは、イランが実質的にイスラエルとその同盟国を戦争による消耗で打ちのめそうとしていることを示している。中東でイスラエルを弱体化させることは、域内から米軍基地をなくし、リベラル民主主義の拡散を阻止することを意味する。この戦争においてイランは、域内と世界の両面で相互作用を起こし、中国およびロシアとともに確固たる地位を築こうとしている。

そのためイランは、域内におけるアメリカの影響力を低下させ、アメリカの同盟国(イスラエル)を弱体化させることで、域内における強力なプレーヤーとして登場しようと精力的に活動している。イランは、イスラエルが中東における自由主義秩序の柱のひとつであることを知っており、この柱が強固である限り、自由主義秩序を保つ努力つまりその終わりのない戦争を遂行する努力は続くことになる。サウジアラビアとイスラエルの関係正常化は、中東を自由主義秩序に屈伏させる計画のひとつだった。リベラル国際秩序が崩壊することで、制裁の効果は大幅に減少し、イスラエルの力は著しく低下し、イランも政治的孤立から脱する。結局、イランの同盟国はイランと迎合し、より効果的な役割を果たすことになる。

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