Election turmoil leaves Pakistan with a weak and unpopular coalition

(WAJ: パキスタン軍がカーン元首相を弾圧し獄中にとどめ、支持候補者らを抑圧すればするほど、「受難者」としてのカーンの人気は上昇した。これはまさにいま、アメリカで起きていることと同じではないだろうか。軍の存在のすべてが誤りとはいえないが、ポピュリズムに対抗する手段としての抑圧一辺倒の危険性はここにある。アメリカ民主党も心すべきではないだろうか。なお、パキスタンの首相にはここでの予測通り、3月3日の議会において、ムスリム連盟ナワーズ・シャリーフ派(PML-N)のシャバズ・シャリーフ前首相が首相に再選された。)

 

ハンナ・エリス・ピーターセン
ザ・ガーディアン:南アジア特派員
2024年2月13日火曜日18.35GMT

政府はナワーズ・シャリーフの政党によって樹立されるが、投獄されているイムラン・カーンのPTIの人気を考えると長くは続かないかもしれない

情報筋によると、投票の行方が思惑通りに進んでいないことにパキスタン軍の情報部が気づいたのは、選挙当日の午後半ばだったという。

インターネットを含むモバイルサービスは、安全保障上の問題を口実にその日全国で停止されていた。しかし本当の理由は投票率を低く抑え、パキスタンの強力な軍部が結果を「管理」しやすくすること、そして最も重要なことは、イムラン・カーン元首相の支持者を投票箱から遠ざけることだったと、意思決定に詳しい関係者らは述べた。

<参考記事> 選挙当日のインターネット停止
https://www.aljazeera.com/news/2024/2/8/inherently-undemocratic-pakistan-suspends-mobile-services-on-voting-day

 

この戦略は失敗した。カーンはその前の週に3回に分けて10年以上の懲役刑を受け、刑務所に収監されていたため、同氏への同情は過去最高に高まっていた。同様にパキスタン軍に対する怒りも。投票前に選挙結果を決めようとするパキスタン軍のますます厚かましい試みを多くの人々は見抜いていた。

<参考記事> カーン元首相への刑の宣告
https://www.cnbc.com/2024/01/31/pakistan-ex-pm-imran-khan-hit-with-new-14-year-prison-sentence.html

 

カーンの党は予想を覆し、最大議席を獲得した。

同氏が率いるパキスタン・テリーク・エ・インサフ(訳注:PTI:パキスタン正義運動)党は選挙運動を警察から物理的にほぼ禁止されていたため、代わりにFacebook、TikTok、YouTube、Instagramを利用して支持者を結集した。 加えてインターネット閉鎖の数日前から行動を起こし、支持者がどの投票所に行って誰に投票すればいいのかを正確に知ることができるツールや情報を提供した。

木曜(8日)朝に投票が始まると、数千万のPTI支持者が、うち2千4百人は初投票者の群れだったが、家を出てカーンのため、そして反軍のために1票を投じた。

同じ事を、ムスリム連盟ナワーズ・シャリーフ派(PML-N)党首ナワーズ・シャリーフの支持基盤に対しては語れない。3度首相を務めた彼は軍の権威と対立したのち毎度失脚した。にもかかわらず3年間の亡命を経てパキスタンに戻ったのは、みずから熱心に批判していた軍との裏取引の結果とみられていた。軍指導者らはかつて弟子だったカーンを見限り、シャリーフをパキスタンの次期首相にすると約束したと言われている。

シャリーフに対する庶民の反応は冷たかった。有権者を惹きつける発言はほとんどなく、遊説にもほとんど出なかった。 PML-Nと軍の緊密な連携は嫌われ、シャリーフが選挙での勝利を当然のことと考えているように見えたのは事実で、憤りが増大した。その結果、PML-Nの支持者たちはわざわざ投票する気を無くした。

選挙結果が出始めると、ほとんどの人が不可能だと思っていたPTIの地滑り的勝利があきらかになった。そして情報筋によれば、そのときになって初めて軍上級指導部は自分たちが抱えている問題を完全に理解したという。

選挙管理委員会は、不正投票が行われたとの疑惑を直ちに否定している(訳注:参考記事に見えるように、その後不正投票は問題化した)。たとえ不正投票で削られたとしても、PTI支持の数的優位は変わらない。それはかつてシャリーフの拠点だったパンジャブ州(訳注:266の全議席のうち141がこの州から選ばれる)にも特に当てはまる、シャリーフは事前に書いていた勝利演説を破棄せざるを得なくなり、ラホールの実家に撤退した。

<参考記事> 選挙不正疑惑
https://www.theguardian.com/world/2024/feb/17/senior-pakistan-official-admits-election-rigging-as-protests-grip-country
https://www.nytimes.com/2024/02/18/world/asia/pakistan-election.html

 

英国外務大臣が「結果報告の大幅な遅れと集計過程における不正の主張」に対して懸念を表明するほど長く待たされた挙げ句、金曜日(9日)の夜になってようやく、カーンの勢力(訳注:選挙管理委員会の裁定によりPTI候補は無所属での出馬を余儀なくされた)が支援する候補者がパキスタンの権力層をおさえて最多議席を獲得したと明らかになった。

<参考サイト> 英外相談話
https://www.gov.uk/government/news/foreign-secretary-statement-pakistan-elections

 

この結果は衝撃的に見えたが、現地の人々にとっては驚きではなかった。多くのポピュリストがそうであるように、カーンは野党で最も力強く、軍部と対立して2022年に政権から転落したことで過去の失政をうやむやにし、パキスタンが壊滅的な経済危機に見舞われている今、反体制の物語を推し進めることができた。

軍がカーンを厳しく取り締まれば取り締まるほど、彼は政治的殉教者として自らをアピールすることができた。集会の開催が止められると、彼はYouTubeで軍部や王朝政治エリートを批判するスピーチを行い、その人気は急上昇した。8月に選挙への出馬を阻止するためのでっち上げと広く見られる容疑で逮捕されたことで、彼の苦境に対する同情はさらに高まった。彼が権力の座についたのが軍の庇護によるものだったという事実は、とうの昔に忘れ去られていた。

しかし、火曜日(13日)の夜、シャリーフのPML-Nが、舵取りの難しい弱体連合とはいえ、政権を樹立することが確認された。軍部と密接な関係を持つ弟のシャバズ・シャリーフが唯一の首相候補となる。

連立にはパキスタン人民党(PPP)も加わる。PPPのビラワル・ブット党首の母は軍部に抵抗したために投獄され、2007年に暗殺されたベナジル・ブット元首相だ。彼はPML-Nと共闘すれば国民の信頼を損ね、将来の選挙における勝ち目を無くすとかつては恐れていた。

しかし、最終的には軍部の思い通りになったようだ。PPPはシャバズ・シャリーフを首相とするPML-N政権を支持し、PPP共同議長のアシフ・アリ・ザルダリが大統領となることで合意した。

PTIの勝利を幸福とする国民感情や、シャリーフ家とブット家に対する広範な怒りを考えれば、PMLとPPPの連立政権が有権者の支持を得たり、正当と受け止められる可能性はない。多くの人々にとって、2つの王朝政党の便宜的な結婚(民意を無視すること)は、投票結果とは正反対であり、軍部が支配するパキスタンの民主主義がいかに非合法であるかを証明するものである。

国民の支持を得られない弱い連立政権は、パキスタンが経済のブラックホールを抜け出し、破産を回避し、高騰するインフレを抑えるために必要な厳しい改革を実施する上で、大きな困難に直面するだろう。

一方、PTIはおそらく野党を形成し、最終的には、一部が信じるように、解放されたカーンを党首に据えることになる。確かに、刑務所にいる期間が長くなるにつれ彼は人気が出てきた。PTIは大々的にソーシャルメディアを駆使して、反軍感情をあおり続けるだろう。

これらすべてが、パキスタンの政治的・経済的不安定状況継続の原因となっている。さらに事態を悪化させているのは、アフガニスタンとの国境沿いで好戦的イスラームが台頭していることだ。

「パキスタンは負のスパイラルの中にある」とイスラマバードにあるクァイド・イ・アザム大学で政治経済を教えるアーシム・サジャド・アフタール准教授は言う。「この政権は不人気に終わる。選挙で選ばれたのではなく、ただ単にお鉢が回ってきただけと言う批判は至極もっともでしびれさせる。そのうえ国が直面している経済的・構造的問題にどう対処するかという戦略を持っていない。長く続くとは思えない。」

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