From Military Conflict to Geopolitical Transition:
Redefining Power, Resistance, and Global Order in the Middle East after the Iran–US–Israel Confrontation – Part 3

(WAJ: 本稿は、イラン・米国・イスラエルの軍事衝突を踏まえ、軍事力だけでは危機の根本原因を解決できないと論じる3部作の最終稿である。(Part-1)(Part-2)。イラン核問題、経済制裁、ペルシャ湾の安全保障、パレスチナ・ガザ、レバノン、シリア、イエメンの諸問題は相互に結びついており、単一の軍事的勝利や包括合意では処理できない。必要なのは、段階的交渉、信頼醸成、監視・検証制度、地域諸国主体の安全保障機構である。また、中国、ロシアなどの台頭によって中東は米国中心の一極秩序から複雑な多極秩序へ移行しつつあるが、多極化が自動的に公正や安定をもたらすわけではない。権力とは破壊力だけでなく、外交、正統性、責任を通じて持続可能な秩序を築く能力である。真の勝利とは敵を屈服させることではなく、危機の再発を防ぐことであり、「権力は戦争を始められるが、永続的平和をつくれるのは政治、外交、正統性、責任だけである」と結論づける。なお著者ファテー・サミ氏がこの間、本サイトに執筆した論説のすべては「ファテー・サミ執筆記事一覧」で読むことができる。)

 

ファテー・M・サミ(Fateh Sami):フリーアカデミック研究者
2026年8月3日

<第3部>

危機後――軍事的対立から未来をめぐる問題

軍事段階を越えた現在、イラン、米国、イスラエルの対決は、軍事作戦の直接的な結果と与えられた損害の程度を評価するだけの問題よりも、さらに根本的な問いを提起している。軍事力の行使は根底にある問題の解決に成功したのか、それとも長期化し複雑化した危機の新たな段階を生み出したにすぎないのか。

この問いが重要なのは、3者間の危機が単一の争点に限られないからである。イランの核計画と関連する制裁、地域における米国の軍事的プレゼンスと、ペルシャ湾、エネルギー資源およびその輸送路に対する戦略的影響力を維持しようとするワシントンの試み、イスラエルの拡張主義政策に関連した安全保障上の主張、イスラエルの影響力拡大と米国の介入に対するイランの懸念、テヘランと地域諸勢力との関係、そして中東の政治・安全保障秩序の将来という、より広範な問題がすべて、安全保障競争と地政学的対立の複雑なネットワークのなかで結びついている。

したがって、たとえ一方が戦場で一定の成功を収めても、それは必ずしも危機の根本的解決を意味しない。軍事作戦は特定の施設、インフラ、能力を標的とし、相手側に代償を負わせることはできる。しかし、それだけでは歴史的紛争、対立する安全保障認識、地政学的競争、関係主体間の深い不信を取り除くことはできない。

これらの要因の一部は本稿第2部で詳しく検討したが、本節では別の角度から問題に接近する。すなわち、軍事的手段の限界が明らかになった後、危機を管理するためにどのような道が残されているのか、という問いである。

この問いは、軍事力の重要性や抑止の役割を無視するものではない。それどころか、この危機の経験は、軍事力が依然として国際政治の重要な要素のひとつであることを示している。しかし、その力が持続可能な結果を生み出せるのは、最終的に実行可能で永続的な政治的枠組みへと転換された場合に限られる。そうでなければ、武力行使は危機を終わらせるのではなく、攻撃、報復、抑止、制裁、対決の新たな循環を生み出しかねない。

ここから第3部の中心的問題が始まる。イラン・米国・イスラエル危機の将来は再び軍事的対決の論理によって形づくられるのか。それとも外交、相互理解、新たな安全保障枠組みの創出へと進む可能性があるのか。

この問いへの答えは、主要3者の決定だけに依存しない。危機の今後の軌道は、地域情勢の展開、大国の役割、エネルギー市場の状況、パレスチナ問題、イランとアラブ諸国との関係の将来、国際システムの構造におけるより広範な変化にも左右される。

したがって、本稿第3部は「戦場で誰がより成功したか」という問いを再検討することから始めるのではなく、より根本的な問いを扱う。危機後、その再発を防ぐことができる政治・安全保障秩序とはどのようなものか。

この枠組みのなかで、まず危機後の外交の可能性と限界を検討しなければならない。将来のいかなる合意、了解、安全保障上の取り決めも、イラン、米国、イスラエルの間で数十年にわたり形成されてきた深い不信に直面するからである。

次に、イランの核計画、制裁、湾岸の安全保障、パレスチナ問題、レバノン、シリア、イエメンといった問題を個別に管理できるのか、それともこれらすべての課題が中東における、より広範な安全保障・地政学的方程式の一部を構成しているのかを考察しなければならない。

結局のところ、中心的な問いは、現在の危機が単に戦争前の状況への回帰をもたらすだけなのか、それとも地域・国際関係に生じた変化が、いかなる単一の大国も中東の将来の規則を独力で決定できない新たな秩序の出現の土台となるのか、ということである。

危機後の外交と軍事的解決の限界

このような状況のもとで、外交は軍事力に即座に取って代わるものと見なすべきではない。むしろ、力と圧力を持続可能な政治的取り決めへ転換する仕組みとして理解すべきである。安全保障上の危機が明確な政治的道筋のないまま続くとき、紛争再燃と暴力の循環が戻る可能性は高まる。

中東危機の最も重大な課題のひとつは、敵対行為の一時的終結と紛争の真の解決との隔たりである。攻撃の停止や暫定的合意の成立は、必ずしも危機の終結を意味しない。対立の根本原因、相反する安全保障認識、当事者の中核的懸念が未解決のままなら、いかなる合意も、はるかに長い競争の一時的中断にすぎなくなりうる。

この観点から、効果的な外交は少なくとも次の3つの目標を同時に追求しなければならない。

• 戦争拡大の差し迫った危険を低減すること。
• 安全保障上の対立を管理する仕組みを確立すること。
•不信の主要な源泉である長期的問題について対話する条件をつくること。

このため、持続可能ないかなる解決にも多層的なアプローチが必要である。危機の他の側面を考慮せずに単一の問題を解決しようとすれば、緊張を一時的に緩和できても、必ずしも永続的な安全保障を生み出さない。たとえば、各当事者の安全保障上の懸念に対処せず、イランの核能力の制限だけに焦点を当てた合意では、競争のあらゆる側面を解決できそうにない。他方、すべての紛争を同時に解決しようとすれば、交渉過程が過度に複雑かつ政治的に困難になる可能性がある。

したがって、将来の外交の中心的課題のひとつは、段階的交渉と包括的安全保障枠組みとの均衡を見いだすことである。漸進的な交渉は信頼を少しずつ構築する機会をもたらし、より広範な安全保障枠組みは、暫定合意が脆弱で持続不能な解決策になることを防ぎうる。

この文脈では、信頼の問題が根本的重要性をもつ。過去の合意の経験が示すように、政治的合意の成立だけでは、その持続性は保証されない。政権交代、国内政策の変化、約束の解釈をめぐる不一致、合意を監視・履行する有効な仕組みの欠如は、外交上の成果を脆弱にする。

したがって、関係当事者間の将来の合意には、政治的な約束だけでなく、監視、検証、執行の明確な仕組みも盛り込まなければならない。そのような仕組みがなければ、合意は危機解決の手段というよりも、新たな不信の循環の一時的段階になりかねない。

とはいえ、歴史的経験は、信頼の欠如を外交放棄の理由と解すべきではないことを示している。むしろ、不信が深いほど、意思疎通の経路と外交的な仕組みが必要になる。対立する当事者が互いを自国の安全保障に対する根本的脅威と見なすとき、限られた意思疎通の経路でさえ、誤認、誤算、意図せざる危機の激化を防ぐのに役立ちうる。

この観点から、中東における外交は、大きな合意を達成するためだけでなく、紛争を管理し、あらゆる危機がより広範な戦争へ発展するのを防ぐためにも重要である。持続可能な安全保障が可能になるのは、地域大国と世界の大国が、いずれの国も自らの利益だけに従って地域のあらゆる安全保障問題を定義することはできないと認めたときに限られる。

イラン・米国・イスラエル危機は、この観点から根本的な問いを投げかける。一方の軍事能力を絶えず拡大しながら、他方の不安感を増大させることによって、安全保障を持続的に実現できるのか。

国際関係の経験が示すように、一方の能力を高めながら他方の安全を低下させることだけに基づく安全保障は、最終的に競争と不信の循環を生み出す。持続可能な安全保障には、意見の不一致が続くなかでも、すべての当事者の安全保障上の懸念を管理可能な枠組みに収める政治的取り決めが必要である。

したがって、中東の将来は、一度の戦争の結果や特定の合意だけに左右されるのではない。地域諸国と大国が「絶対的勝利」と「絶対的敗北」の論理を越え、緊張緩和、国家の独立の維持、相互安全保障の創出を共通利益と認識する仕組みへ進めるかどうかに左右される。

ペルシャ湾の安全保障と地域安全保障枠組みの必要性

危機の将来を決定する最も重要な要因のひとつは、米国とイスラエルがイランに対する威嚇と武力行使を避けることである。そのような姿勢の継続は、ペルシャ湾の安全保障と地域の安定に直接影響するからである。

世界で最も重要なエネルギー輸送路のひとつであるホルムズ海峡は、この方程式の中心に位置する。この海域周辺で軍事的緊張が高まれば、その影響は地域諸国の国境を越え、エネルギー価格、海上輸送、世界市場、エネルギー消費国の経済に及びうる。

このため、ペルシャ湾の安全保障は外部大国の軍事的プレゼンスだけでは保証できない。米軍その他の外国軍の存在は、短期的には抑止の役割を果たすかもしれない。しかし同時に、一部の地域主体から見れば、それ自体が安全保障のジレンマの一部と考えられる可能性もある。外部大国が地域の安全保障を維持するため大規模な軍事的プレゼンスに依存するとき、その存在は競争相手に自らの安全に対する脅威と解釈される場合がある。

これはまさに、一方が自らの安全を高める意図で取った行動が他方には脅威と受け止められ、それによって軍拡競争、不信の増大、緊張の激化をもたらす安全保障のジレンマである。

この観点から、将来に向けた根本的な問いのひとつは、ペルシャ湾の安全保障が引き続き主として外部大国の存在に依存すべきなのか、それとも地域諸国がより包摂的で自立した安全保障枠組みへ進めるのか、ということである。

安定した地域安全保障体制は、必ずしも地域諸国間のあらゆる不一致の終結を意味しない。政治的、宗教的、地政学的、安全保障上の相違は今後も存在する可能性が高い。しかし、相違が存在するだけで戦争が不可避になるわけではない。重要なのは、対立を管理し、あらゆる政治危機が軍事的対決へ転化するのを防ぐ仕組みをつくることである。

そのような枠組みには、直接的な意思疎通経路の確立、紛争リスクを低減する仕組み、海洋安全保障に関する合意、共通の脅威に対処するための協力、地域諸国間の定期対話の枠組みなどが含まれうる。

しかし、そのような体制の構築には重大な障害がある。地域の一部諸国間の深い不信、地政学的競争、外部大国の役割をめぐる見解の相違、未解決の危機はいずれも、共通の安全保障枠組みの確立を困難にしている。

とはいえ、その構築が困難であることを、不可能である証拠と解すべきではない。歴史上の多くの安全保障枠組みは、対立が完全に解消された後に生まれたのではない。むしろ、異なる利益、認識、懸念を抱き続ける国家間の対立を管理するためにこそ設けられたのである。

この観点から、将来のペルシャ湾の安全保障は、地域諸国間の均衡の実現、国家主権の尊重、自立した地域安全保障機構の発展を基礎とするモデルへ向かいうる。そのような枠組みの目的は、政治・安全保障上の紛争を対話、交渉、平和的な仕組みによって管理し、危機が軍事的対決、強制、拡張主義政策へ発展するのを防ぐことである。

中東の歴史的経験が示すように、地域住民の真の利益、政治的独立の原則、イランを含む地域諸国への威嚇の回避と一致しないなら、安全保障を外部大国に依存しても永続的安定は生まれない。かえって地政学的競争、不信、新たな危機を助長しうる。

さらに近年数十年の経験は、産油アラブ諸国に多数の米軍基地が広範に存在していても、地域の安全保障は完全には保証されず、安全保障危機が続いたことを示している。

したがって、ペルシャ湾の持続可能な安全保障には、最終的に地域諸国の積極的参加と、相互尊重、不干渉、責任の共有、外部大国による介入的で偏った関与の防止に基づく枠組みの構築が必要である。そのような枠組みでは、地域の平和と安定の維持は、主として地域諸国間の協力と、イランを含む主要な地域主体の建設的役割に依拠すべきである。

イラン攻撃と中東のより広範な危機への影響

イラン、米国、イスラエル間の危機の解決が困難である主な理由のひとつは、この対決を中東の他の危機から完全に切り離せないことである。パレスチナ問題、ガザ情勢、イスラエルとレバノンおよびヒズボラとの関係、シリア情勢、イエメン戦争、イランの核計画をめぐる紛争は、別々の問題に見えるかもしれない。しかし実際には、安全保障、政治、地政学的競争のより広いネットワークのなかで相互につながっている。

イスラエルと米国の観点からは、イランの地域的影響力と、レバノン、シリア、イラク、イエメンの非国家主体との関係は、イスラエルの利益と地域の米軍に脅威をもたらしうる、より広範な安全保障ネットワークの一部と見なされている。

しかしイランの観点からは、これらの関係は外圧に対する抑止戦略の一部と考えられている。テヘランの見解によれば、過去数十年の経験は、大国と地域の競争相手が活発なプレゼンスを保つ環境では、地理的国境と通常兵器能力だけに依存しても、それだけでは国家安全保障を保証できないことを示している。

その結果、双方は相手側の地域ネットワークを異なる視点から解釈する。一方が「抵抗のネットワーク」または抑止を生み出す手段と考えるものを、相手側は「脅威のネットワーク」または地域的影響力を拡大する道具と受け止める可能性がある。

この認識の相違は、地域危機を相互に結びつける主要因のひとつである。イランとイスラエルの間の緊張激化はレバノン、シリア、イラク、イエメンに影響しうる。同様に、これらの国々の情勢もテヘラン、テルアビブ、ワシントンの安全保障上の計算に影響する。

したがって、こうした相互連関を考慮せず地域に永続的な安全保障を確立しようとする試みは、重大な限界に直面する。関連する紛争と緊張が続く一方で、ひとつの危機だけが完全に解決されると期待するのは現実的ではない。

この文脈では、パレスチナ問題がとりわけ重要な位置を占める。パレスチナ危機とガザ情勢の継続は、それ自体が人道・政治上の問題であるだけでなく、地域の多くの主体の安全保障認識と政治的計算にも直接影響する。パレスチナ問題が中東における不信、緊張、不満の主要な源泉のひとつであり続ける限り、安定した地域安全保障秩序の構築は重大な課題に直面し続ける。

このため、中東の安全保障に関する将来のいかなる枠組みも、さまざまな地域問題の結びつきを認識しなければならない。ただし、必ずしもそのすべてを単一の同時交渉に盛り込む必要はない。直接交渉を要する問題もあれば、段階的合意を要する問題もあり、地域的・国際的な仕組みによってのみ管理できる問題もある。

このようなアプローチは、相反する2つの誤りを避けるのに役立つ。第1は、危機を過度に単純化して単一の2国間紛争に還元すること。第2は、政治的に非現実的で達成不可能となりうるひとつの包括的合意によって、地域の全問題を同時に解決しようとすることである。

したがって、現実的な解決が、即時かつ包括的なひとつの合意から生まれる可能性は低い。むしろ、相互に結びついた一連の漸進的枠組みを通じて発展し、それぞれが緊張の一部を緩和し、時間をかけてより広範な信頼醸成の条件をつくる可能性が高い。

このような枠組みのもとで、中東の将来は、単一の「最終合意」よりも、地域主体が対立を管理し、緊張を緩和し、限定的危機がより広範な戦争へ激化するのを防ぐ能力に左右される。

制裁、イランの核計画、国際的信頼の問題

イラン危機に関連する問題のなかで、同国の核計画は依然として最も重大な争点のひとつである。米国とイスラエルの観点からは、主な懸念は、イランの核能力が軍事能力へ転換される可能性と、それが地域の力の均衡にもたらす結果に集中している。他方、イランは核エネルギーを平和利用する権利を強調し、外圧を自国の戦略的能力と科学技術発展を制限する試みの一部と見ている。

こうした解釈の相違にかかわらず、近年の経験は、イランの核問題が単なる技術的問題ではないことを示している。それは経済制裁、地域安全保障、イランと大国との関係、世界の核不拡散体制の将来と直接結びついている。その一方で、イスラエルの核能力については何ら懸念が表明されておらず、これは二重基準の政策を示している。

制裁もまた、この文脈で2重の役割を果たしてきた。一方で、制裁支持者は経済的圧力によって行動の変更を強いることができると主張する。他方、批判者は、広範な制裁は政治構造よりも社会に最大の負担を負わせ、不信を増大させ、政府が独自の防衛・経済・技術能力を発展させようとする動機をかえって強める場合さえあると主張する。

イランの経験は、制裁だけでは制裁を科した側が追求した政治目標のすべてを達成できなかったことを示している。同時に、これは経済的圧力が完全に効果を欠いたという意味ではない。制裁は大きな代償を課しうる。しかし、代償を課すことは、持続可能な政治的変化を達成することと同じではない。

この観点から、将来の合意における大きな課題のひとつは、不拡散をめぐる懸念、平和的核技術への権利、地域諸国の安全保障上の利益、経済的圧力を緩和する必要性の間に均衡をつくることである。

そのような合意が持続可能となるのは、さまざまな当事者が、自らの根本的利益を無視されていないと感じる場合に限られる。一方から見て、相手側の意思を制限または強要するための道具にすぎない合意は、抵抗、不信、その持続性への疑念に直面する可能性が高い。

さらに過去の合意の経験は、国際合意の持続性が当事者の約束の信頼性に大きく依存することを示している。一方の政権交代や国内政策の転換によって合意を容易に放棄できるのであれば、外交への信頼は低下し、他の当事者は、自らの独自能力に依存することだけが安全を保証すると結論づけかねない。

したがって、将来に向けた中心的問題は、単に新たな合意を成立させることではない。政治的変化に直面しても、その合意の持続性と信頼性を維持できる仕組みを確立することである。この目的の達成には、政治的保証、国際的監視、効果的な検証、紛争解決の明確な仕組みが必要である。

この観点から、イランの核問題は、国際関係におけるより広範な課題を示している。権力、信頼、国際的な約束の間に、いかに均衡を確立できるのか。

この問いへの答えは、イランと米国および欧州との関係の将来だけでなく、核不拡散体制の将来と中東における地域安全保障秩序の形成にとっても重要である。

中国、ロシア、多極秩序への移行

イラン、米国、イスラエル間の危機は、国際システムの構造内で進行している変化から切り離して分析することはできない。かつて中東は、主として米国と地域大国との競争の枠組みで分析されていた。しかし近年、中国、ロシアその他の非西側大国の役割増大により、地域的・国際的力学はさらに複雑になった。

この変化は、米国の影響力が直ちに終わることを意味しない。米国は今なお広範な同盟網、軍事的プレゼンス、経済力、外交的影響力を有する。しかし、米国の力はもはや真空のなかで作用するものではない。競合する大国の出現と地域主体の戦略的自立性の増大により、中東の将来に関する意思決定は、単一の大国による排他的支配から徐々に離れつつある。

とりわけ中国は、主として経済、貿易、エネルギー、外交を通じて役割を拡大してきた。中国がペルシャ湾のエネルギー資源に依存していること、地域諸国と広範な貿易関係をもつこと、北京が政治的仲介にさらに積極的な役割を果たそうとしていることは、中東の安定が中国にとって単なる外交問題ではなく、その経済安全保障、持続可能な成長、世界的地位に直接結びついていることを示す。

地域情勢における中国の役割は、国際システム内での権力行使のあり方の変化も反映している。伝統的に主として軍事的プレゼンスと直接介入に依存してきたモデルとは異なり、中国は経済関係、投資、貿易、長期的パートナーシップの構築をより重視してきた。しかし、大国は常に国益と地政学的計算に従って対外関係を形づくるため、このアプローチも戦略的利益と無縁ではない。

ロシアは、その地政学的位置、軍事能力、特定の地域危機への関与、中東数カ国との歴史的関係により、依然として地域のもうひとつの重要な主体である。モスクワは、地域大国と世界の大国の双方に同時に関与することで、さまざまな主体との関係を維持し、国際問題における自らの地位を強化しようとしてきた。

しかし、中国とロシアの役割増大を、中東においてひとつの外部大国が別の外部大国に完全に取って代わることと解すべきではない。地域の歴史的経験は、西側であれ非西側であれ、いずれかの外国大国への全面的依存が、地域諸国の自主的意思決定能力を制限しうることを示している。地域諸国の根本的課題は、対外関係の均衡をつくり、国益に基づいて自主的に決定する能力を維持することである。

とりわけエネルギー、貿易、技術、安全保障の分野でこれら大国の役割が増大していることは、世界が、複数の主要な中心に権力が分散する構造へ徐々に移行していることを示す。しかし多極化は、必ずしもより公正で安定した秩序の創出を意味しない。複数の大国間の競争は新たな機会を生みうる一方、新たな危機と対立をも生みうる。

したがって、主要な問いは世界が多極化するか否かではなく、この移行がどのように管理されるかである。世界規模の権力移行が、協力の仕組み、予測可能な規則、国家主権の尊重、介入主義政策の縮小を伴うなら、より均衡のとれた権力分布に寄与しうる。しかし、この移行が大国間の激しい競争をもたらすだけなら、中東のように戦略上重要な地域は再び、代理戦争と地政学的対立の舞台となりうる。

この観点から、イラン、米国、イスラエル間の危機は、将来の世界秩序をめぐる、より広範な競争の一部である。この危機は3者間の関係だけの問題ではない。それは、より広い問いと結びついている。中東は、主要な規則を主として外部大国が決める秩序のなかで今後も定義されるのか。それとも、地域諸国と新興大国が自らの将来を形づくるうえで、より大きな役割を果たすのか。

多極秩序への移行の真の意義は、単に大国の数が増えることではなく、権力という概念そのものが変わることにある。今日の世界で、権力は軍事能力に限られない。経済、技術、外交、政治的正統性、持続可能な協力を構築する能力も権力の根本的要素である。

このため、中東の将来はおそらく、ひとつの大国が排除され別の大国に完全に置き換わることによってではなく、さまざまな主体間の複雑な均衡によって形づくられる。この過程の成否は、地域諸国と世界の大国が競争を管理し、激化を防ぎ、協力の仕組みを確立する能力に左右される。

中東秩序の未来――覇権から複雑な均衡へ

中東の将来は、従来の秩序への完全な回帰にも、まったく新しい秩序の急速な創出にもならない可能性が高い。より現実的な可能性は、複雑で多層的かつ多極的な構造が徐々に出現し、さまざまな大国が一部の分野では競争し、別の分野では協力することである。

このような秩序では、ある国が安全保障面でひとつの大国と協力し、別の大国と広範な経済関係を維持しつつ、政治問題では自主的な立場を取る場合がある。この関係パターンは、単一の外部大国への絶対的依存の低下と、地域諸国が外交政策の柔軟性を高めようとする努力の増大を反映する。

しかし、覇権秩序から多層的均衡への移行に危険がないわけではない。力の空白は地域間競争を激化させ、大国間競争は小国を相反する圧力にさらし、共通の安全保障機構の欠如は限定的危機を急速により広範な紛争へ転化させかねない。

したがって、中東の将来は、次の3つの根本的要素の間に均衡をつくれるかどうかに左右される。

• 地域大国。
• 世界の大国。
• 集団安全保障の制度と仕組み。

これらのうちひとつが他の2つを完全に支配すれば、不安定化の可能性は高まる。安定した秩序が可能となるのは、いずれの主体も他者を恒常的に不安定にすることで自らの安全を確保できないときに限られる。

この問題は、イランとイスラエルの関係で特に重大である。両国とも自国が深刻な安全保障上の脅威に直面していると認識し、抑止能力維持の必要性を強調する。しかし、一方の防衛・軍事能力の拡大は、しばしば他方の懸念と反応を増大させる。

これは、国際関係における安全保障のジレンマの明白な例である。一方が自らの安全を高めるために取った行動が、他方には脅威と受け止められうる状況である。その結果、不信、軍備拡張、安全保障競争の循環が生じる。

このジレンマを解決できるのは、意見の不一致が続く状況においても、すべての当事者の安全保障上の懸念を考慮する安全保障枠組みをつくることだけである。そのような枠組みに完全な信頼や友好関係は必ずしも必要ではない。むしろ現実的な原則に基づくことができる。すなわち、競争相手は友人にならなくても、壊滅的な戦争を防ぐため、相違を管理する共通の規則をつくることができる。

この観点から、中東秩序の将来は、ひとつの大国による絶対的支配よりも、地域的・国際的主体が、競争を管理可能な枠組みに収め、政治的対立が軍事的対決へ転化するのを防ぐ仕組みを確立する能力にかかっている。

したがって、永続的安定は、安全保障が排除、支配、一方的優越の論理にもはや基づかず、相互尊重、責任ある均衡、そしてパレスチナ人の長期的抑圧を含め、いかなる国も他者を恒常的に不安定にすることを代償として自らの安全を確保できないという現実の受容に立脚するときにのみ達成できる。

地域危機から権力概念の再考へ

イラン、米国、イスラエル間の危機は、最終的に、本稿を通じて提起してきた根本的な問いへ私たちを立ち返らせる。権力とは何か。そして、いつそれを成功したと見なせるのか。
軍事力は、攻撃、防衛、相手側への代償の強要を可能にする。経済力は、圧力や制裁の道具、または相互依存をつくる手段となりうる。政治力は同盟を構築し、他の主体の決定に影響を与えうる。外交力は対立を管理し、危機がより広範な戦争へ転化するのを防ぎうる。

しかし、これらのどの要素も単独では永続的成功を保証できない。

権力は、圧力を行使する能力と秩序をつくる能力の間に均衡を確立できるとき、持続可能な結果の達成に近づく。恐怖、強制、軍事的優越だけに基づく秩序は短期的成果を生むかもしれない。しかし長期的には通常、抵抗、不信、それに対抗して均衡をつくろうとする他の主体の努力に直面する。

このため、現代の危機が教える重要な教訓のひとつは、軍事力と政治的正統性を完全に切り離すことはできないということである。大国でさえ安定した秩序を維持するには、軍事能力だけでなく、政治的受容、国際的正統性、永続的同盟を構築する能力を必要とする。

これは、権力の現実を無視することを意味しない。国際関係において権力は、国家の行動を形づくる根本的要因のひとつであり続ける。しかし歴史的経験が示すように、受容可能な政治的枠組みに転換できない権力は、最終的に重大な限界に直面する。

国家間の関係では、利益の相違は自然である。政府は常に、安全保障、国益、正義について異なる認識をもつ。中心的問題は、すべての主体が完全に共通の見解に到達できるかどうかではない。むしろ、武力行使が紛争解決の第1の手段ではなく最後の選択肢となる枠組みのなかで、こうした相違を管理できるかどうかである。

結局のところ、破壊する能力しかない権力は作戦上の勝利を収めうる。しかし危機後、その再発を防ぐ枠組みをつくれる権力こそ、より深い意味で、より大きな政治的・戦略的力を示す。

この観点から、地域秩序と世界秩序の双方の将来は、大国と地域主体が絶対的支配の論理から離れ、ある種の均衡へ進めるかどうかに左右される。それは、権力に責任と正統性、歴史的・社会的現実への理解が伴う均衡である。

したがって、イラン、米国、イスラエル間の危機は単なる地域危機ではない。それは今日の国際システムが直面する、より広範な試練の一部である。将来の世界は支配をめぐる果てしない競争によって形づくられるのか。それとも、さまざまな大国は均衡のとれた、管理可能な多極秩序をつくることができるのか。

この問いへの答えは、なお定かでない。しかし、ひとつの歴史的現実を無視することはできない。いかなる大国も、その規模にかかわらず、自らの能力だけに従って世界秩序を永遠に定義することはできない。大国は移り変わり、同盟は変容し、政治秩序は新たな構造へ道を譲る。

存続しうるのは、永遠の権力という主張ではなく、権力、正統性、責任が共存する枠組みをつくる能力である。
このため、権力の真の責任は戦争に勝つ能力に限られない。その第一の責任は、いつ武力を行使し、いつ交渉を追求すべきかを理解し、一時的勝利が新たな暴力の循環の始まりとなるのをいかに防ぐかにある。

これは、イラン、米国、イスラエル間の危機がもたらした最も重要な教訓のひとつかもしれない。

権力は戦争を始めることができる。しかし、永続的な平和をつくることができるのは、政治、外交、正統性、責任だけである。

最終結論――中東危機から権力概念の再考へ

イラン、米国、イスラエル間の危機は、3者間の軍事的対決としてのみ分析することはできない。そのより深い次元では、この危機は、権力、安全保障、独立、抑止、世界秩序の概念が再定義されつつある、より広範な変化の一部である。

この危機をめぐる展開は、軍事力が依然として国際政治の最も重要な手段のひとつである一方、軍事力だけでは持続可能な政治的成果を保証できないことを示した。インフラを破壊し、損害を与え、敵に代償を課す能力は、必ずしも政治的・戦略的目的の達成を意味しない。

これに対して、軍事力を政治的で正統性があり、持続可能な秩序へ転換できるとき、永続的な成果が生まれる。そのような枠組みがなければ、軍事的勝利は、より長期的な競争の一時的中断にすぎなくなりうる。

この危機はまた、安全保障が絶対的または一方的な概念ではないことを示した。ある主体が自らの安全を高めるため軍事的・戦略的能力を拡大するとき、同じ行動が別の主体には脅威と受け止められる可能性がある。このような状況では、一方の安全が他方の不安となり、競争、不信、軍事能力拡大の循環を生み出す。

したがって、中東の持続可能な安全保障は、ひとつの大国の優越や、別の主体を地域の方程式から排除することだけに基づくことはできない。一部の参加者の根本的懸念を無視する安全保障秩序は、将来の危機に対して脆弱であり続ける。

イラン、米国、イスラエル間の危機はまた、地域問題が深く相互に結びついていることを示した。イランの核計画、制裁、ペルシャ湾の安全保障、パレスチナ問題、ガザ、レバノン、シリア、イエメンの情勢は、それぞれ固有の側面をもちながら、すべてが安全保障競争と地政学的対立のより広範な枠組みの一部である。

この相互連関は、すべての問題をひとつの交渉で同時に解決しなければならないことを意味しない。それどころか、現実的な解決には、漸進的交渉、限定的合意、信頼醸成の仕組み、段階的な安全保障枠組みの組み合わせが必要となりうる。

しかし、根本的現実を受け入れなければ、これらの努力はどれも成功しない。いかなる大国も、他者を恒常的に不安定にすることによって自らの安全を永遠に保証することはできない。世界的な次元では、この危機により米国が中東の支配的勢力であり続けることはなく、地域は新たな段階に入りつつある。米国は高度な影響力をもつ大国としてとどまることはない。しかし、中国、ロシアその他の世界的・地域的主体の役割増大は、国際システムがより多極的な構造へ徐々に移行していることを示している。

この移行は、地域諸国の自立性を高める機会をつくりうる。しかし同時に、大国間競争が再燃する危険も伴う。世界秩序の将来は、この移行が協力、共通の規則、外交によって管理されるのか、それとも勢力圏をめぐる新たな闘争につながるのかに左右される。

この文脈で、本稿冒頭の問いが再び重要になる。人間と権力との関係とは何か。

歴史を通じ、権力はしばしば自らを永続的なものと想像してきた。帝国、国家、指導者は、軍事力、富、政治的影響力によって自らの地位を永遠に確保できると信じてきた。しかし歴史は、いかなる権力も変化を免れないことを示している。

大国は変容し、同盟は移り変わり、勢力圏は動き、かつて安定しているように見えた政治秩序も、やがて変容する。

この観点から中心的な問いは、特定の戦争で誰が勝ったか、誰がより大きな損害を与えたかだけではない。より深い問いは、権力が持続可能な秩序となることに成功したかどうかである。

より広い戦略的意味での真の勝利は、権力が危機の再発を防ぎ、恐怖だけに基づかない安全保障をつくり、少なくとも受容可能な水準の正統性と政治的承認をもつ秩序を確立できたときに達成される。

これは権力の現実を無視することを意味しない。それどころか歴史は、力を欠く正統性は自らを守れない可能性があることを示している。しかし、正統性を欠く権力もまた、長期的には抵抗と不安定に直面する。
したがって、将来世界の中心的課題は、権力と責任の均衡を見いだすことである。

支配だけを求める権力は、やがて抵抗に直面する。強制だけに依存する権力は、強制を絶えず行使する必要に迫られる。しかし、正統性、政治的責任、歴史的・社会的現実への理解と結びついた権力は、安定した秩序をつくる可能性がより大きい。

この観点から、イラン、米国、イスラエル間の紛争は、軍事的事件や地域的対決をはるかに超える。それは国際システムが直面する、より広範な試練の一部である。その試練において、世界は権力の将来、国家の役割、軍事介入の限界、外交の必要性についての根本的な問いに直面している。

中東の将来は、おそらく一方の絶対的勝利と他方の絶対的敗北によってではなく、地域大国と世界の大国の複雑な相互作用によって形づくられる。

将来の秩序が排除、支配、強制の上に築かれるなら、新たな危機は避けられない。しかし、大国と地域主体が、持続可能な安全保障には均衡、対話、相互受容が必要であると認識するなら、より安定した秩序の可能性は開かれたままである。

結局のところ、歴史は、いかに巨大であろうと権力は時間よりも大きくないことを私たちに思い起こさせる。

指導者は現れては去り、国家は興隆しては崩壊し、同盟は変化し、世界秩序は新たな秩序へ道を譲る。最終的に残るのは、永遠の権力という主張ではなく、限られた時間に権力を有した者たちの決定がもたらした結果である。

このため、権力の道徳的責任は、戦争に勝つ能力に限られない。その真の責任は、いつ武力を行使すべきか、いつ交渉を追求すべきかを理解し、一時的勝利が別の暴力の循環の始まりとなることをいかに防ぐかにある。
これは、イラン、米国、イスラエル間の危機がもたらした最も重要な教訓かもしれない。

権力は戦争を始めることができる。しかし、永続的な平和をつくることができるのは、政治、外交、正統性、責任だけである。

そして、旧秩序が変化し、新秩序がまだ完全には出現していない世界において、将来は、最大の損害を与えられる者の力だけでなく、権力を制限し、責任あるものとし、持続可能な秩序の創出に役立てる方法を理解する者の英知にも左右される。

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第3部および本論文本文、終わり