(2024年10月25日)
少子高齢化は怖くない
~フォーリンアフェアーズと明明徳の論考~
100年先の問題じゃない!
今号の「世界の声」に「人口減少時代~白髪化する世界をどう生き抜くか」と題するフォーリン・アフェアーズの記事を翻訳紹介した。なぜその記事を掲載したのか、理由は次の通り。
人口80億人をこえ21世紀末には100億人に達すると予想される地球の人口。しかし内実を分析すると人口爆発はすでに終わり世界全体が少子高齢化の段階に入っていることが見て取れる。やがて地球は人口減少惑星となる。すでに現在、韓国や日本は人口減少局面に入りつつあるが、世界がそのあとにつづく、と筆者は論じている。そのような時代を人類はいかに生き抜いていくか、それは現代人の差し迫った課題となっている。どう生きるか、フォーリン・アフェアーズの記事を読んで考えてほしいからだ。
フォーリン・アフェアーズといえば、1922年にアメリカで創刊された外交政策や国際関係に特化した権威ある雑誌。アメリカのみならず世界の世論をリードし大きな影響を与えてきた有名なジャーナルである。その雑誌が、人口減少は避けられない人類史的動向であり、人口増を図ろうとする政策は「愚」であると言い切っているのである。まことに痛快な言説といわなければならない。
地球は人口減少時代へ
「読んで考えよう」といった手前、考えないわけにいかない。アメリカン・エンタープライズ研究所のヘンリー・ウェント政治経済学教授ニコラス・エバーシュタット氏は次のように言う。
――まだ予見する人はほとんどいないが、人類は歴史の新たな時代を迎えようとしている。これを「人口減少時代」と呼ぶことにしよう。1300年代のペスト(黒死病)以来初めて、地球上の人口は減少する。前回の爆発はノミが媒介する致命的な病気によって引き起こされたが、迫りくる減少は完全に人間の選択によるものだ。
国連開発計画(UNPD)は、2021年にこの地域全体が人口減少に陥ったと報告している。2022年までに、中国、日本、韓国、台湾の主要国すべてで人口が減少している。2023年までに、出生率は日本では人口置換水準を40%下回り、中国では人口置換水準を50%を越えて下回り、台湾では人口置換水準を60%近く下回り、韓国ではなんと65%下回る。
エバーシュタット氏は、各国政府は結婚や出産を奨励する政策を実施し、人口を増加させようとしているが、増加どころか、現状維持でさえ難しい現状をことこまかに分析し、予測している。そしてそのような傾向は、経済発展した欧米や東アジアの傾向ではなく、全世界で共通に進行している、という。
――唯一の例外は米国である。米国は人口置換社会に満たないが、東アジアのどの国やヨーロッパのほぼすべての国よりも出生率が高い。移民の流入が旺盛なことと相まって、米国の出生率の低迷傾向は他のほとんどの裕福な西側諸国とは非常に異なる人口動態の軌道を描いており、2050年まで人口と労働力の継続的な増加と中程度の高齢化が見込まれている。
そして氏は、強調する。「米国は、今後の人口減少に対する最も重要な地政学的例外であり続ける」と。そして続ける。
――高齢社会のすべてが若い移民を同化させたり、忠実で生産性の高い国民に変えたりできるわけではない。また、特に今日の世界で急速に増加している人口の多くに見られるような基本的な技能の著しい欠如を考えると、すべての移民が受入国の経済に効果的に貢献できるわけではない。
海外から優秀な人材を引きつけることにさらに重点を置くことになる。
単純に移民を導入することでは、新たな矛盾を生むだけである。優秀な労働力、つまり教育の必要と社会への適合が求められるのだ。
カネのバラマキではダメだ
人口減少社会の到来はすでに常識だ。それを既成事実として受け止め、対策を立てなければならない。だから少子化対策を躍起になってとなえる日本政府は金ばらまきによる出産奨励策に走っている。しかし、研究者の間ではその政策は無力だとされている。例えば、日経新聞2024年8月12日号は「100年後へ「賢い縮小」とは 人口減で世界に範示せ」(論説フェロー 原田亮介)のなかで次のように述べる。
――日本の出生率は2050年に1.26、2100年には1.21まで低下する。出産奨励シナリオでも0.2ポイント押し上げる効果しかない。
そしてその対策は、日本経済研究センターの小峰隆夫研究顧問が主張する「人口減が悪いと考えるのは間違い。大事なのは1人当たりの幸福度が高まるかどうか。スマートシュリンク(賢い縮小)を目指すべきだ」という。
日経紙のこの記事は、世界から隔離された日本という閉ざされた環境での考察ではあるが、人口動向を踏まえた現実的提言であることには間違いない。
24年以上も前から分かっていたこと
ところが灯台下暗し、われわれの身近に、フォーリン・アフェアーズや日経新聞より早く、もっと明確に述べた人がいる。しかも、24年以上も前に、である。
その人は、アフガン女性と子弟への日本語教育と生活支援を進めているわれわれの活動を全面的にバックアップしてくれている千葉明徳学園の福中儀明理事長である。理事長は藍綬褒章受章記念として発行された論文集「明明徳」の「少子化を前向きに受け止めよ」(183ページ、2000年5月25日付)の中で次のように提言している。
――「子育てと教育に金がかかる」は事実であろうが、それがそのまま少子化の原因ではない。戦後の一番貧しい時に一番たくさん子供が生まれたのだし、80年代後半のバブルのふくらむ時代にも出生者数は以前と同様減り続けた。・・・
むしろ長期的に見れば豊かになるほど出生者数は減る――という世界共通の原則が確認されるだけだ。「子育てと教育に金がかかる」ことを少子化の原因にするためには、収入と子供の数との相関関係を示す統計が必要である。しかしこんな統計は皆無である。もし統計を取れば逆の相関が出てくるかもしれない。
そして福中氏は国が進める少子化対策を学校経営の現場の体験に基づいて厳しく批判する。いわく「国が産めよ増やせよ政策を取るとろくなことにはならない。というよりもろくでもない国が歴史的に産めよ増やせよ政策をとってきたのだ。・・・日本の家族手当は軍国主義の政策だったということはよく認識しておく必要がある」。さらに99年度補正予算で子育て支援のための金が出され全国の保育園・幼稚園に突然金がばらまかれ、明徳幼稚園にも200万円が配布されたが、それによって子供が増えたとは思えない。またこの時実施された地域振興券7700億円の経済効果についても、その総括が全くなされていない愚かな政策だ、と痛烈に批判している。
福中氏の提言はこうだ。
――子供を増やす必要はない――いやなら仕方ないのだ。金で釣って子供を産ませたら子供の不幸だ。親に捨てられたり虐待されたり果ては殺されたりの不幸な子はすでにたくさんいる。(中略)。政策としては生まれた少ない子を元気に安全に成長させることを考えるべきである。交通事故などで幼い内に死んでしまっては親は諦めきれない。少子化を前向きに受け止めよ――そのプラス面に注目すべきだ。
つまり、「過密でないゆとりのある社会」の創造に力を注ぎ、「少子化を日本から世界に広げること、これが日本ができる世界への貢献である」との逆転の発想が必要だ、というものだ。
現代に生きる福中理事長の提言
以上の見解が述べられた24年後、『ウエッブ・アフガン』が行ったインタビューのなかで福中理事長は自説をさらに発展させ、明確に次のように述べられた。
――日本政府が「異次元の少子化対策」を唱えているが、異国から子供づれでやってきたり、日本で出産したりしている。インバウンドだ、と外国人旅行者を迎え入れようともしている。しかし、日本に移住を希望する人たちもいる。日本で子供を産み育てる人々がいる。そのような人々を受け入れて日本になじんでもらい共生していけるようにしていくことが大事なのではないか。異次元というなら、それくらいの異次元でないと効果がない。(<視点:85>アフガンの現実と日本の現実 )
冒頭で紹介したフォーリン・アフェアーズの記事とのつながりが表明されている。つまり、少子高齢化の問題は地球的ないし惑星としての地球の問題である、ということである。シュリンクしつつある世界で人々の移動は激しくなっている。政治難民だけでも全世界で1億人を超えた。ほぼ日本の人口とおなじである(国連統計「紛争や迫害によって故郷を追われた人 1億840万人」 )。アメリカは移民を積極的に受け入れてほぼ例外的に経済的人口的発展をとげている(ただし、人口置換社会には満たないし、深刻な移民問題も抱えてはいるが)。
同胞としての外国人の迎え入れ
シュリンクしていく日本社会を成り立たせるにはいまや外国人労働者が必須である。効果的な移民政策、外国人を迎え入れ、協働していくことが必要だ。
千葉明徳学園でわれわれが進めている、アフガン女性と子弟のための日本語習得支援、生活支援の活動はささやかな実践だが、日本社会がこれから必要としている事業である。表向きは移民を認めていない日本政府にとっても避けることのできない現実的な解のひとつである。
外国人労働力無しに日本経済は発展できない。2040年に目標GDP704兆円を達成するには、年平均成長率1.24%が必要。そのためには2030年に419万人、2040年には688万人の外国人労働力が必要だとされている。(「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」)(2023年10月末の在日外国人労働者数は204万8675人)。このような現実をふまえ、本サイトでは、<視点:104>で「外国人受け入れ~プラグマティズムではいけない~」と訴えた。
移民を認めていない政府は、「特定技能外国人」として採用できる業種に次のようなものをあげ、就労ビザを発給する、としている。
・介護
・ビルクリーニング業
・建設業
・造船・舶用工業
・自動車整備業
・航空業
・宿泊業
・農業
・漁業
・飲食料品製造業
それぞれの業種の中味をより詳しく見ていけば、どれも、日本人とくに若者が就労を嫌がる業種だ。
コロナパンデミックの最中、「エッセンシャルワーカー」という言葉がはやり、そのような業種で働く人々への感謝を表すパフォーマンスが挙行された。つらいが社会にとって不可欠な業種、職場。そこで働く人々への感謝とは、尊敬と社会的待遇の向上でなければならない。
動物としての人間の本性が「移動」である以上、われわれは「排除」でなく「迎え入れ」に力を注ぐべきだ。
戦前からの中国人、朝鮮・韓国人問題については多くの経験を持つ日本社会だが、戦後の外国人労働者問題は、本質的な議論をさけて裏口からの「実質的移民」として受け入れてきた。したがってそこに生ずるさまざまな矛盾や軋轢もきちんとした政策をもって対応してきてはいない。
しかし、現実に外国人労働力が必要とされている以上、技能教育や日本語教育や生活支援からはじめて必須の存在として受け入れる必要がある。移民で成り立っているアメリカを始めヨーロッパなどの移民受け入れ先進国では、学ぶべき政策の実践例もあれば、移民がもたらす社会的諸問題の面でも先進国だ。移民受け入れ初心者の日本社会はそれら先進国に学び、すでに起きている在日外国人社会との軋轢などの回避・解消に努力しなければならないだろう。
人口減少社会にむけて努力すべき事柄とは、フォーリン・アフェアーズのエバーシュタット氏や日本経済研究センターの小峰隆夫氏や千葉明徳学園の福中理事長などが主張しているように、地球のどこであれ、「量や規模の拡大競争」ではなく「生まれてきたものがよりよく生きられる社会の創造」ではないのだろうか。
【野口壽一】