(2025年3月25日)
トランプ政権の虚と実
~Peace is War, War is Peace!~
ウクライナ戦争の停戦交渉が始まっている。
すでに当事国以外を巻き込んだ世界戦争になっているこの紛争は一日も早く終わらせるべきである。
しかし、当事国であるウクライナをそっちのけに、アメリカとロシア、つまりトランプとプーチンの両大統領による「取引」、利益分捕り合戦を許してはならない。
マスコミを含め一部では、トランプ大統領がビジネス出身者であるため「戦争を好まない平和主義者」、「平和を実現してノーベル賞を狙っている」などとのイメージが振りまかれている。
とんでもないトンチンカンな見立てだ。
平和主義者なんてまったくのウソ
オバマ大統領がもらってるんだからトランプ大統領が狙っても別に構わないが(ノーベル平和賞ってそんなものだと思うから)、トランプ大統領も「アメリカ・ファースト」を呼号し、平和でなくアメリカの利益というかエゴを追求する大統領なのだ。しかも、その手法、ちっとも平和的なんかじゃない。
2014年にロシアがクリミア半島に侵攻し占拠した後のオバマ大統領時代(2009年~2017年)、ウクライナへの軍事支援は「非致死的な支援」にとどまり、防弾チョッキや通信機器、医療用品などが中心だった。
しかしこれを「致死的兵器」供与に転換したのは、ほかならぬトランプ政権だった。(2017年、米がウクライナに武器供与、対ロシア強硬姿勢示す)
今年2月28日の、世界を驚かせた米大統領執務室でのゼレンスキー大統領とのやり取りで、トランプ大統領は「何だって。オバマはシーツをあげて、私はジャベリン(携行型対戦車ミサイル)をあげた。戦車を倒すためにジャベリンを送ったんだ。オバマはシーツを送った。もっと感謝すべきだ。」とゼレンスキー大統領を威圧した。(NHK WEB やり取り全文・後編)
実際、第1期のトランプ大統領時代、アメリカはジャベリンだけでなく、レーダーシステム、戦術支援車両、通信・指揮統制システムを供与し、訓練及びアドバイザーの派遣などを行い、積極的戦争体制づくりをおこなった。2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略初期、このジャベリンが神がかり的効果をあげ、ロシア軍をキーウ北方から撤退させ、プーチン大統領の野望を打ち砕いたのは、あまりにも有名だ。(wikipedia)
第1期トランプ時代には影響力を低下させていたネオコングループだったが、バイデン時代になってネオコンの中心人物のひとりであったヴィクトリア・ヌーランドが国務次官に復活し、活動を活発化させた。(ヌーランド氏の暗躍については『米国を戦争に導く二人の魔女:フロノイとヌーランド』に詳しい)
ヌーランドらネオコンと米国諜報部は2021年には、年初から大量の殺傷兵器をウクライナに投入し年末から、「ロシアが侵攻する」と情報を流しつつ、ロシアを挑発し続けた。(前記wikipedia参照)
その結果、国境地帯に訓練と称して大部隊を配置していたロシアは翌22年2月24日、ついにウクライナとの国境を超えたのだった。
この間のいきさつは「<視点:20>アフガン-ウクライナ-新疆・台湾 地球を滅ぼしかねない危険な火遊び(2022年02月15日)」「<視点:22>罠にかかったプーチン アフガン戦争化に向かう危険性(2022年02月28日)」 で明らかにした。
1979年のアフガニスタン侵攻(この時はソ連)のときと同じように、ふたたび(この時はロシア)アメリカの罠にかかったのである。
ジョージ・オーウェルの世界
「Peace is War, War is Peace」は、小説「1984」でジョージ・オーウエルが描いた世界で毎日毎日叫ばれるスローガンだ。
第1期のトランプ大統領時代のみならずアメリカが行っている政策が(さらにはカウンターパートであるロシアが行っている政策が)まさにそれである。
ウクライナでは「Peace」を看板に利権の確保をめざし、「War」をネタニヤフ首相やプーチン、ゼレンスキーらにやらせ、ウクライナでもガザでも土地の領有を狙っている。(「ウクライナ戦争の終結と天然資源をめぐる大国の思惑」:笹川平和財団 )。
トランプ大統領は、パナマやカナダ、グリーンランドの領有まで口にしている、同意しなければ武力の行使も辞さずと脅しているのだ。それのどこが平和主義者だというのだ。
とくにトランプ大統領の場合は悪質だ。悪質だが分かりやすくもある。反民主主義で差別主義的独裁制だからだ。いまはアメリカ国内に猛威を振るい、世界を混乱させていて、一見強そうに見えるが、そのような体制はもろい。そのことを今号で紹介した「トランプ政権は崩壊する運命にある:アレクサンダー・J・モティル(ラトガース大学ニューアーク校政治学教授)」が極めて明快に明らかにしている。
独裁制に未来はない
近い将来、トランプ政権は間違いなく行き詰まる。作用反作用の物理法則とおなじ歴史的な法則が機能する。
世界の国々の反応ははっきりしている。口先だけでない関税戦争を仕掛けられたり、あらゆる援助を停止ないしは削減される世界は泣き寝入りはしない。
「アメリカ・ファースト」「MAGA」の大統領にとっては同盟という考えそのものが気に入らない。
ヨーロッパをはじめ従来の親米同盟国はアメリカへの信頼感を喪失した。日韓でさえアメリカとの距離の取り方を模索している。直接対決の対象とされている中国の反発はいうまでもない。
グローバルサウスと言われる国々にとっても同じだ。アメリカ、ロシア、中国に対して各国さまざまな距離感をもって付き合いつつ、アメリカに頼らない経済圏の創出に向けて動いている。これらの国のほぼ全部が前世紀の半ば以降独立をはたしたもともとの植民地諸国なのだ。恨みは深い。虐げられた歴史をもつから対応はしたたかだ。
最後に、世界の国々の協力機関であるはずの国連でさえ、あきれている。トランプアメリカは世界保健機構(WHO)や世界貿易機構(WTO)や地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からも離脱するとしている。
世界のリーダーとしての役割をみずから放棄したのだ。
国内でも反作用の法則
歴史的な法則として、独裁制や寡頭制は一時的に猛威を振るっても永続性がない。このことは先にも紹介した「トランプ政権は崩壊する運命にある」で詳しく説明されている。ぜひアレクサンダー教授の説明を読んでほしい。
トランプ政権はビリオネアの寡頭政である。トランプ本人や新興の大金持ちイーロン・マスクのみならず、つぎのような人々ないしファミリーがトランプ政権を支えている。全員資金提供以外にさまざまな支援をしている。もちろんこれらは富裕支援者の一部だ。
・マーサー・ファミリー(Mercer Family):メディア支援、政治活動支援
・アデルソン・ファミリー(Adelson Family):イスラエル支援、共和党最大の個人献金者
・ピーター・ティール(Peter Thiel):ペイパル共同創業者、安保関連・極右候補支援
・スティーブン・シュワルツマン(Stephen Schwarzman):税制・金融政策支援
・ルイス・デ・ヴォス(Betsy DeVos)ファミリー:教育の民営化
・リンダ・マクマホン(Linda McMahon)とWWEマクマホンファミリー:トランプとの個人的親交
他にカンザス州ウィチタに拠点を置き石油、エネルギー、繊維、金融などを手掛ける、アメリカでカーギルに次ぐ巨大な売上高を誇る非上場の多国籍複合企業コーク・インダストリーズの創業家コーク・ファミリー(Koch Family)がいる。伝統的な共和党支援者だが最近はトランプ個人には距離を置く姿勢を示し始めたと言われている。
トランプ政権は資金的にはアメリカの富裕層が支える政権だが、貧富の格差や凋落する白人層のねじれた感情に支えられている。トランプ政権批判者が正しくかつ効果的な戦いを推し進めることができれば、化けの皮は必ずはげ落ちる。それが歴史の法則である。
実際すでにアメリカ国内ではトランプ政権が繰り出す大統領令に抗するさまざまな運動が起きている。トランプ大統領に取り入って人事政策などで大ナタを振るっているイーロン・マスク氏には彼が経営する代表的な企業であるテスラの不買運動や車や拠点の焼き討ちまで起きている。もちろん株価は暴落し、慌てたマスク氏は従業員や既存株主に「株を売るな」と叫んでいる。
2月にはSNSなどを駆使したまったく新しい全国運動50501運動が結成され、全米50州での運動が始まった。(これらについては「<視点:127>残り火も消えた~アメリカの終焉~」参照)
最後にアメリカの良心を代表する東部バーモント州選出の無所属上院議員バーニー・サンダース氏の活動がある。サンダース氏は民主党と会派を形成しているが、民主党の歴代大統領や副大統領、重鎮が沈黙を守っている中、文字通り老骨に鞭打って猛然とトランプ反対の全国行脚を始めた。その活躍ぶりと支持層の拡大をニューヨク・タイムズが伝えている。
サンダース議員の活動については宮田律氏のブログで継続的に何度も詳細に報告されている。ぜひご覧いただきたい。下記は最新の書き込み。
トリプルレッドといっても差は小さい
トランプ支配は盤石ではない。大統領選挙と同時に行われた議会選挙で、共和党が上下両院を抑えたので、トランプ圧勝、トリプルレッド(大統領、上下議会の3つを共和党が押さえたこと)実現!とマスメディアは騒いだが、大統領令を差し止めることもできる上院・下院での差は;
上院: 共和党が53議席、民主党が47議席。
下院: 共和党が217議席、民主党が215議席
とごくわずかだ。とくに下院では2議席差しかない。
2026年に実施される中間選挙で両院とも民主党が多数を獲得する可能性もあるが、議会選挙をまたず、先に述べた大衆運動の展開でトランプ・マスク独裁政権を打倒する戦いを進めることが先決だろう。
就任前に周到に準備された人事案にもとづき、イエスマンで固めたトランプ陣営の迅速な攻撃に、抗議の運動が起き始めてはいるが、アメリカ社会はまだ戸惑っているようにもみえる。しかしいずれ、乱暴な政策による矛盾が実生活への反応となって表れてくれば、すでに始まっている大衆運動の芽が育ち、姿を現してくる。時間も勝機も十分にあると信じたい。
【野口壽一】