(2025年4月15日)

 強気と弱気、高率関税賦課作戦 

~トランプ大統領、2転3転の行きつく先~

 

全世界を相手にしたトランプ大統領の「相互関税」攻撃。「相互」なんて無意味だった。
19世紀から20世紀初頭の「グレート・アメリカ」に帰ろうと妄想するアナクロニズム。
一貫性も合理性もない矛盾だらけの政策。
安定感も信頼性も失ったアメリカは自滅の道を転がっていく。

4月2日に発表された大風呂敷関税攻撃は90日間の全面停止を余儀なくされ、ひとり中国だけを相手にした高関税攻撃は中国から反撃を喰らい、スマートフォンやPC、さらには半導体製造装置など電子関連製品を除外せざるをえなくなった。アップルはじめ自国内の有力企業からの反発を生んだのだ。中国は対抗上、トランプ氏の攻撃に反撃をして見せたが、べつに中国からの反撃がなくても、中国からの輸入製品に高関税をかけることなど、もともとアメリカの自滅行為だったのだ。中国を工場にして、ハイテク製品のみならずローテク製品まで、安く製造して富を享受していたのがアメリカそのものだったのだ。
(この原稿を発信直前、トランプ氏、今度はスマホの除外を取りやめると発言。ふらふらとみじめな動揺ぶりをさらしている。)

支離滅裂な関税攻撃の余波として、EV車ビジネスへの逆風をもろにうけたテスラ車のイーロン・マスク氏がトランプの関税政策と対立して脱落したのは一場の喜劇でしかない。

 

トランプ流ディールは支離滅裂・非合理・アナクロの朝令暮改

4月2日にはじまったこの騒動を振り返ってみよう。

トランプ大統領は世界のすべての国に一律10%の「相互関税」を導入し、さらに一連の対米貿易黒字の大きい約60カ国・地域には追加の上乗せ関税を課すと発表した。​その措置は、米国の貿易赤字を是正し、国内産業を保護することが目的だとした(視点:130)。

発表直後、米国の株式市場は急落、S&P500とナスダック総合指数は年初来でそれぞれ15%以上、さらには21%近く下落した。​ウォール街の著名な投資家たちからも批判が相次ぎ、トランプ大統領の関税政策に対する懸念が高まった

その後、中国やカナダ、それにEUなどは対抗措置を取ると表明、その他の国々も不満を表明しながらもアメリカ政府との2国間協議に応じると反応。米国のみならず世界の株式市場は大きな下落と乱高下を繰り返し、米国債券市場でも売りが加速。これによりアメリカの景気後退とインフレが同時進行するスタグフレーションへの懸念が高まった

1週間後の9日、世界的な反発や動揺に慌てたトランプ大統領は、中国を除くすべての国・地域に設定した上乗せ関税を90日間一時停止すると発表。中国に対しては関税率を125%に引き上げた

この間、陣営内部でさえビル​​・アックマン氏(ヘッジファンド界の大物でトランプ氏の積極的支持者)のようにビビる輩も出てきている
トランプ・マスク体制と揶揄されるマスク氏さえEUとは互いに関税ゼロにすべきと主張するありさま。マスク氏は大統領上級顧問のピーター・ナバロ氏と関税政策をめぐって非難の応酬をしている

 

コモンセンス=貿易赤字は悪ではない

コモンセンスをウソぶくトランプ氏に、いまさらここで、彼の国際経済に関する初歩的な無理解・誤解をあげつらっても仕方がないかもしれないが、トランプ氏の考えの基本「アメリカ・ファースト」「MAGA:メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」が第1次世界大戦、第2次世界大戦以前のアナクロニズムで危険な考え方であり、それが2度の世界大戦を生み出した根源的思想と政策であったことは、コモンセンス。その反省から第2次世界大戦以後の世界秩序が樹立されたことは<視点:130>で述べた。そこでここでは、トランプ氏の考えが如何に浅はかであり、アメリカのような大国強国の国家指導者がそのような稚拙な思考に基づいて行動した場合、いかなる危険を世界に与えるか、見ておこう。

すでに多くの識者が指摘しているように、「貿易赤字は“悪”」ではない。今回の「相互関税」の関税率産出式は「貿易赤字÷輸入額の単純な割り算」との指摘があらゆるメディアで暴露されている。(一例:トランプ関税、計算式にシカゴ大・ニーマン教授「まったくの間違い」…貿易赤字額を輸入額で割った単純な割り算

算出方法がずさんなだけでなく、貿易赤字を“悪”とみなす考え方が、家計や会社経営の視点から国際経済を見る幼稚な思考なのだ。
国際経済では貿易赤字=悪、貿易黒字=善という図式は成り立たない。本質的には、国全体の資源配分や経済の健全性が問題であって、貿易収支だけを見て善悪を判断するのは短絡的思考なのだ。

貿易赤字=「損してる」はトンデモない誤解

トランプ氏は、「損してる」だけでは納得できず、「(アメリカは)他国により略奪、強奪、強姦されてきた」とまで述べた。典型的なデマゴーグの大ボラ、無恥なる大衆を煽るアジテーションである。

トランプ大統領は、「アメリカの輸入超過=お金を他国に渡してる=略奪、強奪、強姦されている」と主張するが、これは家計の赤字と貿易赤字を混同している間違った主張だ。家計の赤字の場合では「生きるための最低限の収入に事欠く」事態の結果であって、「略奪、強奪、強姦」された結果ではない。さらに、国際貿易では、アメリカは、外国からの商品代金に対してドル(資本)を渡しているのであって、外国はそのドルで米国資産(国債・不動産・株式など)を買う。出たお金は還流してくる。(中国は還流を止めることで本当の反撃をするが、日本はアメリカ国債を売るとにおわせただけで張り倒されている。このことは後で述べる。)

 

貿易赤字と資本流入

アメリカのように消費が旺盛で、世界中から資本を引き寄せている国は、貿易赤字になりやすい。アメリカが世界の投資家にとって魅力的だからこそ、ドルが買われ、その結果、輸入品も安くなって増え、貿易赤字になる。

トランプ政権は「モノの貿易(財貿易)」に焦点を当てて、中国などとの赤字を問題視しているが、アメリカはサービス(金融、IT、教育など)や知的財産(映画、ソフトウェア、その他)など大きな黒字を出している分野があり、形のある商品の国境をまたぐ移動だけで国家の経済を論じるのは片手落ちだ。

国際貿易は一国だけで完結するものではなく、相互依存の関係だ。アメリカが中国から多く輸入することで、中国は米国債を買ったり、アメリカ市場に依存したりしており、一方的に「損している」わけではない。たとえば、2023年の米中貿易をみると:

・アメリカから中国への輸出:約 1480億ドル
・中国からアメリカへの輸出:約 4270億ドル
→ アメリカの赤字:約 2790億ドル
しかし、中国はそれによって得たドルをどうしているか?
→ 中国のアメリカ国債保有額:約8600億ドル(2023年末時点)

つまり、中国はアメリカとの貿易黒字を活かして、アメリカに投資している。これはアメリカの国債を買ってドルを「還流」させている状態。これをもっと大々的に実行しているのが日本。米国債(約8兆ドル)の3大保有国の保有状況は次の通り。(ロイターによる)
・日本:1兆1270億ドル
・中国:8163億ドル
・英国:7537億ドル
3カ国でアメリカ国債全体の1/3を保有しているが、残り2/3はアメリカと取引を行っている世界各国が保有している。つまり、貿易関係は対立共依存で成立するものなのだ。

日本はアメリカに気兼ねして国債を売却できないが、中国は自国の政策に基づいて気兼ねなくアメリカ国債を売却しつつある。
アメリカは、強いドルを背景に対外債務を積み上げ、大幅な輸入により高水準の消費を続けるという、米国一強の下で許された特権が続かなくなっている。トランプの高関税政策はそのような対中対策として実行されている

アメリカに屈しない中国の対応によっては、アメリカは、より困難な状況に追い込まれる可能性もある。

 

労働者階級の怨嗟に立脚するトランプ政治

トランプ氏の目的はハッキリしている。製造業の雇用を復活させる、ということだ。製造業労働者が彼の支持基盤の最大のひとつだからだ。そのためには、輸入代替産業を育成ないし国内に工場をつくらせるため、高関税をかける。貿易赤字の解消は口実にすぎない。高関税政策の実施によって国際的に構築されたサプライチェーンによる国際分業が壊れようと株式市場が動揺しようとお構いなし。製造業をアメリカに戻すことが第一なのだから。そのためには我慢せよ、というわけだ。

アメリカは製品企画、設計、マーケティング、ソフト開発に特化し、製造プロセスはほとんどを国外に流出させ、製造業は空洞化した。トランプ氏の描く悲惨な現状はアメリカが率先してリードしてきた資本輸出とマルチナショナルカンパニー化(グローバル化)の必然的帰結なのである。その結果、アメリカの製造業労働者=プロレタリアートは没落し、自分がかつて「人生を捧げてきた」アメリカの製造業が影も形もなくなっていることに、「自分の名誉が傷つけられた」という感覚を持つ元製造業労働者と、日本でいう3K職種やサービス労働を忌避しエリート職種やエリート移民に恨みをもつ現役世代が生み出された。トランプ氏はそれらを支持者として取り込んだのである。全く異なる2つのグループ(引退労働者世代とサービス労働をしたがらない現役世代)がトランプの「製造業回帰」政策を強く支持している

現在のトランプ政治は、「グローバル経済で稼いだカネを国内で再分配する」クリントン・オバマ・バイデン路線への「全面拒否」を突きつけているのだ。

ところが、野党であるアメリカの民主党は関税反対の断固たる姿勢が取れていない。法的には、トランプ大統領の関税攻撃を議会は止めることができる。にもかかわらず民主党は煮え切らない態度をとっている。あのバーニー・サンダース議員でさえそうだ。そのようなねじれた錯綜する複雑な状況が生まれている背景には、グローバリズムに反対するトランプ氏の過激主義がある。アメリカが進めてきたグローバリズム、超新自由主義のもとで富をかき集めてきたエリート層へのアメリカ民衆の怨嗟をトランプ大統領の政策は踏み台にしている側面があるからだ。単純な「トランプ反対」「アメリカ反対」では、足元をすくわれ、危険な動向に掉さす可能性がある。しっかりした視点が求められる。(ナオピニオン:ヘイ、民主党員諸君:トランプがアメリカを燃やしている間、手をこまねくのをやめろ

 

ナショナリズムないし一国主義では問題は解決しない

世界を揺るがすトランプ大統領に、日経新聞は5段ぶち抜きの大スペースを使って藤井彰夫論説主幹の「トランプ大統領への手紙 米国は目を覚ますときだ」を掲載した。(4月7日朝刊)

そこでは、トランプ政治の問題点をるる取り上げて批判し、「私は米国の友人のひとりとして、米国が早く目を覚ますことを願ってやみません」とせつせつと哀願する。なぜなら、これまで「日本は駐留米軍への思いやり予算を増やし、集団的自衛権も限定的ながら行使できる法整備を進め、防衛費も国内総生産(GDP)の2%まで引き上げるなど防衛政策を転換してきました」「あなたはMAGA(米国をふたたび偉大に)とスローガンに掲げていますが、米国を偉大にしたのは戦後の国際秩序作りに指導力を発揮したからでしょう。あなたと同じく『力による平和』を掲げたレーガン元大統領は、自由、民主主義、人権という価値を説きましたが、あなたはそうした理念には無関心なようです」とトンチンカンな説教をトランプ大統領にたれている。

日経さん、トランプさんが栄光と考えているのは第1次・第2次戦争前のアメリカの反映であって、第2次大戦後は「略奪、強奪、強姦されてきた」歴史だったと言っている。あなたのような考え方こそがアメリカの敵、アメリカを没落させた寄生虫、略奪者だ、と言っている。これまでの吉田ドクトリン(アメリカ隷属による経済発展路線)を卒業して、日本人よ自立せよ、と向うから言われているのですよ。

目を覚ますべきは日本なのだ。

トランプ大統領の政策は、失敗が歴史的に証明された政策のアナクロニズム的焼き直しだし、アメリカ国民に多大な被害を与えるのは間違いない。大衆的な反発も起きているし、大統領選挙敗北の痛手から立ち直れていない民主党も次第に態勢を整えていくだろう。

日本だけが甘い汁を吸おうなどと考えてはならない。

トランプ政権による、世界を相手にした高関税攻撃は、トランプ政治のエゴイズムと矛盾を際立たせた。各国と連携して反対していく格好のチャンスが生まれたといえる。トランプ氏はそのことを理解しているから、中国だけを主敵にして、その他の国とは個別交渉に応じる、と90日間の一時停止を発表した。

慌てる必要はない。トランプ政権の理不尽さを、アメリカ国内のトランプ政治反対勢力や世界の潮流と連携して明らかにしつづけ、じっくりと行動していけばいいのだ。いずれ自滅する政策なのだから。

トランプ高関税攻撃が示すのは終焉したパックスアメリカーナのあとにどういう世界が出現したかを考えろ、ということではないか。アメリカ一極支配の崩壊、アメリカの信用失墜と政治的経済的崩壊、多極世界の進行。誰もが感じているが答が見えない、資本主義を卒業した新しい秩序を模索する世界的大混乱の時代の幕が開いたことが示されているのではないか。

日本にとってさらに重要なことは、80年間米軍の駐留を許し自国防衛をそれにすがってきた日本の在り方を問い直す絶好のチャンスが与えられているのではないか。富国強兵・核武装化などというアナクロニズムな独立論でなく、世界平和を追求する独立した外交政策はないのか、頭を絞って真剣に考え、実行することが求められているのではないだろうか。

野口壽一