(2026年6月28日)
AI時代の進歩とはなにか――西洋的近代の超克をめざして
(イラン戦争・ターリバーン・花田清輝から考える)
(WAJ: AIは進歩か、それとも退歩か。イラン戦争、アフガニスタン、ターリバーン思想、そして花田清輝・柄谷行人の議論を通して、現代における「進歩」の意味を問い直す。)
はじめに
本サイトは、ミッションとして「アフガニスタンと世界の平和、人権、進歩のために」を掲げている。これは、アフガニスタンと長年向き合うなかで、この3つがアフガニスタンのみならず人類社会の最重要課題群であると考えるに至ったからである。
「平和」や「人権」は比較的直感的に理解されやすい。しかし、「進歩」とは何かについては、いま改めて問い直す必要がある。
アフガニスタンでは、いまなおカーブルなど都市部を少し離れれば、電力、水道、道路、衛生・医療設備など、生活のための基本的インフラすら十分ではない地域が広く存在する。行政サービスレベルで見ればその貧困さは言語に絶するほどだ。生活水準の向上という意味での進歩は、切実な課題である。(注1)
だが本稿で考えたいのは、地球規模での生活レベルや生存様態を包摂したうえでの人類史的意味での「進歩」である。AIが急速に進化する現代において、人類は本当に進歩しているのか。あるいは、技術だけが進み、社会や精神は停滞しているのではないか。
この問いを、AI、イラン戦争、そしてターリバーンという関係性が薄いとも思える3つの題材を通じて考察したい。
1.米・イラン戦争が示したもの
米国によるイラン爆撃の後、イラン国営系メディア Press TV は象徴的なイラストを掲載した。

ここには次のように書かれている。
- イランは以前ホルムズ海峡を支配していなかったが、今は支配している
- イラン産原油は制裁されていたが、今はそうではない
- イランは核兵器を作っていなかったが、今後は作るだろう
- 湾岸の米軍基地は資産だったが、今や弱点になった
- アメリカのインフレは低下していたが、今は上昇している
そして最後にこう皮肉る。
それなのに、なぜかこれが「勝利」と呼ばれている。
トランプ陣営は戦術的成功をもって勝利を主張する。しかし世界の多くは、戦略的には米国の敗北と見ている。
しかしアメリカのイラン空爆の爆撃地点の選定、攻撃手順の決定など、実際の戦闘では、パランティア社の戦争OSである Maven Smart System(メイヴン・スマート・システム)や Gotham(ゴッサム)などのAI支援システムが用いられているとされる。さらに Anthropic 社製の生成AI系ツールも、分析支援に活用されつつあるという。(注2)
ここに現代戦争の特徴がある。
アメリカは戦闘に勝ち、戦略で負けた。
この現象はイランだけではない。ベトナム、アフガニスタン、そしてウクライナでも類似の構造がうかがえる。
2.パランティアの戦争OSはなぜ敗れるのか
現代戦争では、AIによる戦場分析が急速に進んでいる。
その象徴が Palantir Technologies である。
Palantir Technologies の軍事プラットフォームは、
- 衛星情報
- 通信傍受
- ドローン映像
- 兵站
- 攻撃目標分析
を統合し、戦術判断を支援する。
これは一種の「戦争OS」である。
しかしAIが得意なのは、
- 位置
- 数量
- 移動
- 火力
- 確率
の計算であって、
- 民衆の意思
- 宗教的信念
- 歴史的記憶
- 屈辱感
- ナショナル・アイデンティティ
を十分理解することではない。
AIはデータを読む。
しかし人間社会を動かすものは、しばしばデータ化できない。
3.アフガニスタンでアメリカはなぜ敗れたか
アサドラー・ケシュトマンドが指摘するように 、アメリカはアフガニスタンで戦闘においてはターリバーンに負けていない。
アメリカは、通常戦闘では圧倒的に優位だった。
ターリバーンは、
- 自爆攻撃
- 路肩爆弾
- ゲリラ戦
- 心理戦
などで攪乱するしかなかった。
にもかかわらず、なぜ米国は撤退したのか。
それは戦略目標を見失ったからである。
当初の目標は明確だった。
- 9.11首謀者 オサマ・ビン・ラーディン(Osama bin Laden)の拘束・殺害
- アル=カーイダ(Al-Qaeda )の壊滅
しかし第1次ターリバーン政権崩壊後、米国は
- 政治の民主化
- 社会の世俗化
- 女性解放など人権の擁護
- 親米国家建設
へと目標を変えた。
その瞬間から、戦争の泥沼化が始まった。(注3)
4.ターリバーンの思想基盤
ターリバーンの思想基盤は2つある。
第1は、パシュトゥーン社会の伝統。
第2は、独特のイスラーム理解である。
まず第1の要因についてみてみよう。
ターリバーンを構成する人的基盤は、イスラームの法(シャリーア)や教義に精通したムッラーと呼ばれる男性教徒たちである。パキスタンのマドラサ(イスラーム神学校)で教育され軍事政治組織化された。その中心となったのがパシュトゥーン族であったため、Pashtunwali(パシュトゥーン・ワリ)と呼ばれるパシュトゥーン族の掟が、集団を律する規範として戒律の位置にまで高められた。そしてそれは、パシュトゥーン族だけでなく、ターリバーンを構成する少数のパシュトゥーン族以外の民族メンバーをも縛っている。ターリバーンはこの掟をシャリーア(イスラーム法)にもしみこませ、全国民に強制しようとしている。
パシュトゥーン・ワリでは、
- 名誉
- 復讐
- 客人保護
- 忠誠
- 部族秩序
- ジルガ(合議制)
- 家父長制
などが重視される。
ターリバーンの反西洋思想と闘争は、この文化基盤の上に築かれている。パシュトゥーン・ワリ自体は中世的遺風ではあっても、当然にも、人間社会を維持していくうえで普遍的価値をもつ知恵をも含むシステムでもある。
ターリバーンによる反帝国主義的抵抗には、民族自決の観点から一定の正当性がある。
しかし問題は、その先にある。
彼らが社会存続の基本思想として全国民に押し付けようとしている
- 女性教育制限
- 女性就労制限
- 公共空間からの女性排除
は、人類進歩の観点からは廃棄すべき中世的遺制に属する。
これは純粋なイスラームというより、
- 部族制(パシュトゥーン中心)
- 家父長制(他部族、民族も含む)
- ミソジニー(南アジアの遺風)
の混合物である。
5.西洋思想へのアンチとしてのターリバーン風イスラーム
ターリバーンが影響を受けた Darul Uloom Deoband の思想も、パキスタンの軍事的介入の中で変質している。(注4)
その結果生まれたのが、今日のターリバーン・イデオロギーである。
ターリバーン主義は、外敵(アメリカ・NATO、古くはソ連=西洋的近代主義、無神論、キリスト教)およびアフガニスタン内のムジャヒディーン(反ソ反PDPA武装闘争派のイスラム勢力)さらには、アメリカの傀儡となりイスラームの価値を棄損している共和国勢力(カルザイ・ガニー政権など)に対するアンチ勢力として組織された。
彼らは自らを「政治、統治、法政、国際関係などの生活の諸領域において西欧的様式に従わないターリバーン」と自己規定し、闘争課題を次のように規定している。
・世俗主義、民主主義、日和見主義、便宜主義、(現世的)利益と快楽の論理、諸国民と諸民族の扱いにおける暴力的支配、裏切りと策謀によるプラグマティズムなどの西洋哲学の生み出した退廃との闘い(注5)
その言や良し、といいたいが、現実は西洋的近代の諸悪をもしのぐほどの悪政をターリバーンはアフガン国民に強いているのである。
6.前近代で近代を超克できるか
―花田清輝から柄谷行人へ―
ここで、本稿の核心に入る。
西洋的近代には重大な問題がある。
それは、
- 帝国主義
- 植民地主義
- 新自由主義
- 監視資本主義
- 強欲資本主義(Greedy capitalism)
などとして現れている。
では、この腐敗した近代をどう超えるのか。
この問いは日本思想史でも重要テーマだった。
花田清輝は『近代の超克』(1959年12月未来社刊)に収録された「柳田国男について」において、戦時中の「近代の超克」論を批判的に継承し、極めて重要な洞察を示した。
それは、
前近代へ単純に回帰することによって、近代を超克することはできない
という命題である。
花田にとって、前近代は近代批判の素材にはなりうる。
だが、それ自体が未来にはなれない。
前近代を理想化した瞬間、それは反動になる。
これは戦時日本の「近代の超克」論がしばしば陥った罠でもあった。
この問題をさらに理論化したのが柄谷行人である。
柄谷は、『日本近代文学の起源』(1980年)などで、日本思想に繰り返し現れる
- 共同体回帰
- 日本回帰
- 江戸回帰
- 村落共同体礼賛
を批判した。
彼の立場は明快である。柄谷の議論を敷衍すれば、
近代批判は前近代への回帰ではなく、近代が生み出した制度や主体の構造を内部から解明する作業でなければならない。
近代を批判するために、近代以前へ逃げ込んではならない。
両者の問題意識には明確な連続性が見て取れる。
ターリバーンが失敗するであろうと私がいう根拠はまさにここにある。
彼らは、1400年前の共同体へ戻ることで理想社会を建設できると考える。
しかし歴史は逆回転できない。
7世紀のアラビア共同体を21世紀に再建することはできない。
それは、西洋近代批判としては理解できても、未来社会の構想としては破綻せざるをえない。
したがって、
西洋的近代の堕落を、前近代によって超克しようとすることはまちがいである。
これはターリバーン批判であると同時に、あらゆる復古主義への批判でもある。(注6)
7.敗北した反体制主義理論
近代資本主義への最大のアンチテーゼはマルクス=レーニン主義だった。
しかし、
- ソ連は崩壊した
- 中国は国家資本主義を導入し権威主義化した
イスラームの政治思想においても同様の構造が存在する。
ウンマの概念がそれで、これは即実現すべき理想共同体願望としてイスラームの教えの中に存在する。
だが、その実現プロセスは不明確である。
マルクス主義もイスラーム政治思想も、
理想社会のイメージから現在を裁く
という構造を持つ。
しかし、その方法は強力な反対者が登場した場合、必然的に暴力的支配を生む。マルクス主義は資本主義を実現したブルジョア革命の暴力性を明らかにしたうえで、プロレタリア革命の本質も暴力革命であり、理想へ至る過渡期社会ではプロレタリア独裁が必要であると理論づけた。
8.AIは進歩なのか
AIは人類史上最大級の知的テクノロジーである。
しかしAIそれ自体は進歩ではない。
AIが
- 戦争最適化
- 監視強化
- 市場操作
- 世論誘導
に使われるなら、それは退歩といわざるを得ない。
進歩とは単なる計算能力向上ではない。
進歩とは、
- 自由が増すこと
- 暴力が減ること
- 理不尽が減ること
- 尊厳が守られること
である。
AIが真に人類史的な進歩へ寄与するには、
- 民衆の意思
- 歴史
- 伝統
- 感情
- 革命と失敗の記録
を深く学習する必要がある。
結論
未来社会の完成図を先に描き、現実をそこへ無理に適合させる思想は危険である。
それは、構造的にはターリバーンと同じである。
理想社会は設計図どおりには到来しない。
我々にできるのは、
- 目の前の不正を減らす
- 抑圧を除く
- 理不尽を改革する
ことである。
未来がどうなるかは、生物進化と同じく、到達してみなければわからない。
だからこそ、進歩とは完成された理想社会への到達ではない。
進歩とは、人類の歴史、経験、失敗、そして創造の総体のなかから、より人間的な社会が創発されていく終わりなき過程そのもの
なのである。(注7)
【野口壽一】
(注2:近年の米軍作戦では、Palantir社やProject Maven系統のAI支援システムが標的選定や作戦立案に深く関与していると報じられている。2026年に入ってからワシントン・ポスト紙(The Washington Post)やウォール・ストリート・ジャーナル紙(The Wall Street Journal)などの主要メディアが報じた「米軍によるイラン空爆(作戦名:エピック・フューリー/Operation Epic Fury)におけるAI選定システムの運用実態」に関する報道にそれらが見られる:
パランティア社の関与とシステム名
この作戦の核心として機能しているとされているのが、パランティア(Palantir Technologies)社が開発を主導した「Maven Smart System(メイヴン・スマート・システム)」。 元々はペンタゴンの「プロジェクト・メイヴン(Project Maven)」として始まったものだが、パランティア社がそのデータ統合および意思決定支援プラットフォーム(同社のGothamなどのコア技術をベースとした国防OS)として高度化させ、米軍に提供している。
【報道による主な検証ソース】
- ワシントン・ポスト(The Washington Post):米軍関係者の証言として、イラン空爆におけるPalantirのMavenシステムのリアルタイム運用をスクープ。
- 軍備管理協会(Arms Control Association)などの分析:2026年の対イラン作戦における「AIによるデータ融合と意思決定支援」の具体例として、標的選定や攻撃オプション生成のプロセスを詳報。
作戦の裏側を映画の解説のように視覚的に分かりやすくまとめている以下の動画も、システムがどのようなデータストリームを統合して「神の目」を構築しているのかを知る上で非常に参考になる。
- Palantir’s Al Targeting System Running the Iran War :実際の戦闘でPalantirのシステムがどのようにOODAループを圧縮し、標的選定を自動化したかを技術的なレイヤーから解説している動画。
(注3:『アフガニスタン・ペーパーズ — 隠蔽された真実, 欺かれた勝利』(金子 明))
(注4:デオバンド派の主な特徴
デオバンド派は、1866年に英領インド(現在のウッタル・プラデーシュ州デオバンド)のモスク内に設立されたダルル・ウルーム(高等宗教学校)から始まったムスリムの改革運動。
ウラマー(宗教学者)主導の草の根運動
イギリスによる植民地支配下で、インドのムスリムとしてのアイデンティティと信仰を守るために誕生した。国家の支援に頼らず、民衆からの寄付によって学校を運営し、信仰の純化を目指した。
「原点回帰」と厳格な法解釈(ハナフィー派)
聖典『クルアーン(コーラン)』と預言者ムハンマドの言行録(ハディース)を重視する、保守的で厳格な学派。スンニ派の「ハナフィー法学」をベースにしている。
聖者崇拝などの否定
南アジアの伝統的なイスラーム(スーフィズムなど)に見られる、聖者の廟(墓)への参拝や、地域の慣習が混ざり合った信仰形態を「イスラームの純粋性を損なうもの(ビドア=邪悪な革新)」として厳しく批判・排除する。
ターリバーンとの関係
ターリバーンは「デオバンド派の系譜(思想的末裔)」から誕生した組織。しかし、インドの本家デオバンド派とは、時代と政治的背景によってその性質が大きく異なっている。
- 「マドラサ(宗教学校)」を通じた思想の流入
1947年のインド・パキスタン分離独立以降、パキスタン側にも膨大な数のデオバンド系のマドラサが設立された。
1970年代末にソ連がアフガニスタンに侵攻すると、大量のアフガン難民がパキスタンへ流入。その難民の子供たちが、パキスタン北西部にあるデオバンド系のマドラサで無償の宗教教育を受けた。この「マドラサの学生たち(=パシュトゥーン語でターリバーン)」が、のちの組織の核心メンバーとなる。
- 「闘争のイデオロギー」への変質
インドの本家デオバンド派は、基本的には学問と教育を重視する運動だった。しかし、パキスタンの難民キャンプ近くのマドラサで教えられたデオバンド派思想は、ソ連軍(反イスラームの無神論者)と戦うための「聖戦(ジハード)」のイデオロギーとして過激にカスタマイズされた。
ターリバーンの出自にはパキスタンが深く絡み、さらにはサウジアラビアなどから資金と共に流入した、より厳格な「ワッハーブ派(サラフィー主義)」の思想とも融合してきた。
- 部族慣習(パシュトゥーンワリ)との習合
ターリバーンが掲げる極端に厳格な女性への制限などは、純粋なイスラーム法(シャリーア)の解釈だけでなく、彼らのルーツであるパシュトゥーン人部族の男尊女卑的な行動規範(パシュトゥーンワリ)が強く影響しています。これはインドのデオバンド派の本来の教えとは必ずしも一致しない。
現在のスタンス(両者の違い)
現在のインドにある本家デオバンド(ダルル・ウルーム)は、ターリバーンの過激主義やテロリズムに対して、明確に否定・批判的なスタンスをとっている。
本家(インド): インドという多宗教国家の中で「ムスリム市民」としていかに生きるかという現実路線をとっており、2008年には「イスラームはあらゆるテロを容認しない」というファトワ(宗教見解)を出しています。
ターリバーン: デオバンド派の看板(ハナフィー派の厳格解釈)を掲げてはいますが、実態は「戦時下で過激化したパキスタン・アフガン独自の武力勢力」であり、本家とは断絶しています。)