札幌アートラボ”SALA”での柴田望さんの講演

SAPPORO ART LABO “SALA” LECTURES PROGRAM
第118回「生誕100年・安部公房と旭川」(柴田望)

■2024年6月15日、今年生誕100年を迎える小説家・安部公房についての講演を札幌で行いました。世界的作家である安部公房の本籍地は、私が住んでいる北海道旭川市の「東鷹栖」です。安部公房の両親の故郷です。安部公房も小学生の頃、1年半ほど東鷹栖の近文第一小学校に通いました。その近文第一小学校には、東鷹栖安部公房の会が建てた記念碑があります。
安部公房は日常と非日常、価値観の変形を表現した作家です。時代の転換点を見つめ、人間が作り出した枠組みを疑い、人間の意識と社会の変容を主題にした作家です。
講演では、アフガニスタンの状況について、昨年私たちが出版したアンソロジー詩集『詩の檻はない NO JAIL CAN CONFINE YOUR POEM』のこともお話しました。アフガニスタンの問題は、安部公房が提起した21世紀の人類の問題に深く関連していると考えました。

2023年1月、タリバン暫定政権がアフガニスタン国内での詩作を禁じたとき、オランダに亡命中の勇気ある詩人ソマイア・ラミシュさんが「世界の詩人たちへ」メッセージを発信しました。「ウェブ・アフガン」の野口壽一編集長より連絡を受けた私はSNSを通してタリバンの詩禁止令に抵抗するソマイアさんのメッセージを詩人たちに伝え、日本からは三十数編の詩が集まりました。
今の日本では政府が詩作を禁ずることは考えられませんが、アフガニスタンでは詩や芸術が禁止され、女性の就業や教育の機会など基本的人権が奪われています。日本にいる私たちには考えられない状況ですが、かつては日本にも自由に詩を書くことのできない時代がありました。今の日常とは違う世界が存在します。そのことを改めて実感させられました。
ソマイア・ラミシュさんのメッセージに応じ、世界から100篇以上の詩が集い、アフガニスタンがタリバンに陥落したちょうど2年後の2023年8月15日、日本の詩人の詩36篇と、海外の詩人の作品21篇、計57篇を収めた詩集を日本で発行しました。日本では全国の様々な新聞やメディアで紹介されました。ペルシャ語のBBCやインディペンデント紙でも報道され、Amazonの詩集の新着ランキングでは1位となりました。
8月24日には北海道旭川市のまちなかぶんか小屋で出版記念イベントを開催。詩を寄せた詩人たちが集い、盛会となりました。9月には日本ペンクラブ(獄中作家・人権委員会)が私たちの活動を支持する声明を発してくださいました。朝日新聞デジタルに掲載された玉懸光枝氏(ドットワールド編集長)の記事では、旭川の詩文化について、詩人小熊秀雄や今野大力の時代には、日本でも自由に詩を書けなかったこと、また、戦争を体験した旭川の詩人・富田正一氏は戦後72年間もの間、詩誌「青芽」を発行し続け、詩人たちの発表の場を守ったことなども丁寧にご紹介戴きました。

12月には、コトバスラムジャパンが全国大会へソマイア・ラミシュさんをゲストとして日本へ招聘。12月16日から20日までソマイアさんは日本に滞在。『詩と思想』2024年6月号に青木由弥子さんによる丁寧なレポートが掲載されている、12月19日に横浜で行われたシンポジウム「アフガニスタンと日本の詩人による知性対話・言論の自由と女性の地位、社会の解放について・横浜市ことぶき協働スペース」もこの期間の開催です。
2023年の一年間の経験です。旭川という詩の文化エリアで活動をしていたはずが、不思議なご縁で、まさかオランダに亡命中のアフガニスタンの詩人の手に、旭川で発行された本が届くという、思ってもいなかったことが実現し、驚きました。
政府の価値観が全く違う国外のことに関わる意識を持てたのは、私にとってはコトバスラムジャパンに関わらせて戴いたおかげであり、旭川の地でボーダーレスの感覚を持つ安部公房を学んだことも大きいと思います。このアフガニスタンの活動は、安部公房の文学によって気づかされた世界感覚と非常に関わりが深いものです。
また、自分たちの取り組みが、この世界の誰かの役に立てることは、それは今までの経験を生かした新しい本質を獲得するようなことであり、安部公房の小説を体験するような膨大な実存の変化が伴いました。これは一つの本質を獲得して終わりということではなく、さらなる制限と自由の絡み合う無限の可能性を生み出しながら進む運動体のようなものであるということを学ばせて戴きました。
本当に多くの皆様のご支援を戴いたおかげのことです。沢山の感謝を申し上げたい次第です。

今回、札幌でアフガニスタンの状況やソマイア・ラミシュの活動についてお話しするのは初めてですが、SAPPORO ART LABO “SALA”主催のイベントでお話しできたことを幸せに思っています。
これからも多くの人に伝えていきたいと思います。ありがとうございました。

講演動画のフルバージョンはこちらからご覧いただけます。
https://youtu.be/nJCM1eTS91s?si=PKOQSWRFhJpMEQHU

講演録はこちらです。
https://fragile-seiga.hatenablog.com/entry/2024/06/18/123535