(2025年7月7日)
幻の核と現実の核
~イランは持てず北朝鮮はなぜ持てるのか~
一貫したイスラエルの狙い
中東地域において、自国による核兵器独占と周辺諸国による保有阻止は一貫したイスラエルの戦略である。
イスラエルは建国のときから核兵器開発を進めてきた。核兵器の保有を「生存戦略」に定めていたのである。フランスの協力により核開発を開始し、60年代に入り、ひそかに核兵器製造を目指した。イスラエルは核拡散防止条約(NPT)にも加盟せず保有をあきらかにしない「曖昧政策」をとり続け、アメリカの歴代政権はそれを背後から支えてきた。その結果、イスラエルは現在90発の核兵器(原水爆)を所有しているとみなされるまでになった。
イスラエルと米欧の政策に対応して中東・アラブ圏ではイラク、シリア、エジプト、リビア、イランなどが核開発と兵器化を進めてきた。
それに対してイスラエルは、1981年にはイラク・オシラク原子炉を空爆。完成目前の施設を破壊し、多くの遠心分離器を停止させた。アメリカは2003年、大量破壊兵器を所有しているとしてイラク攻撃を行いフセイン政権を打倒した。それをみたリビアのカダフィは核放棄を宣言し政権維持を図ったが11年、いわゆるアラブの春の動きの中、NATO主導の空爆により打倒された。(北朝鮮は核保有による体制維持方針の決意を固めた。)一方イスラエルは2007年にシリアのアル=カバー原子炉施設を爆破するなど、他国の核保有を許さず、自国だけの「中東での核兵器独占」戦略の実現を着々と推し進めてきた。イランに対しては、モサドなどを使い、開発担当者を暗殺するなど核開発を妨害する一方、昨年2024年4月にはイラン本土を公然と空爆した。
イラン核施設空爆は昨年からの既定方針
去年の10月4日、大統領選挙戦中のトランプ候補は、その年4月にイスラエルが行った空爆への報復としてイランがイスラエルに報復ミサイル発射を行ったことをとらえて、「イスラエルはイランの核施設を攻撃すべき」と発言(CNN) した。
アメリカが東部時間の6月21日午後6時40分ごろ(日本時間22日午前7時40分ごろ)イランの核施設3カ所をバンカーバスターで爆撃したのは、迷っているトランプ大統領をネタニヤフ首相がせかし、引きずり込んで爆撃させたのだとの観測があるが、そうではない。ネタニヤフ首相とトランプ大統領は昨年からしめしあわせ、合意のうえの作戦だったのだ。アメリカの空爆を準備するため、6月13日、イスラエルはイランを先制空爆しイランの防空網を破壊し制空権を確保、アメリカにバンカーバスターによる最終空爆の出番を渡した。
だが空爆でイランの意思をくじくことはできない
本サイトのトピックス欄で紹介したようにトランプ大統領はイランの核施設は完全に破壊された、したがってもう爆撃する必要はない、としてイラン・イスラエル間の停戦を発表した。
ところが完全破壊はできていないし、イランの意思をくじくこともできていない。それどころか空爆は逆効果でもある。イランの核査察を行っていた国際原子力機関IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、濃縮ウランの生産は「数カ月以内」に再開できる能力があるとの見解を示した。イランは、IAEAとの協力を停止し、独自に核開発を続ける姿勢を表明した。
イスラエルとアメリカのイランに対する12日間戦争がほとんど無意味で、攻撃を仕掛けた両国の意図からすればまったく裏目の結果に終わったことを、アメリカのメディアであるフォーリン・ポリシーが手厳しく抉り出している。本サイト「世界の声」欄の「イスラエルのイラン戦争は裏目に出た」を参照されたい。
イランはなぜアメリカによって空爆されたのか
これまでの経過を振り返ると、いくつかの理由があげられる。
1)イランがイスラエルと対立し潜在的な戦争状態にあった。
2)イスラエルは中東においてなにがなんでも核の独占を維持したい。
3)ハマース、ヒズボラ、フーシ、シリアは弱体化ないし打倒した。残るは本体のイランのみ。
4)歴代アメリカ政権(民主・共和を問わず)はイスラエルと一体。
5)とくにトランプ・ネタニヤフ関係は緊密で大統領就任以前から合意があった。
6)イランが核兵器を手にすることは中東情勢の根本的変更につながり、それでなくてもネタニヤフ政権の非人道的な政策により国際的に孤立しているイスラエルの消滅的危機となる。
そのほかにもいろいろと考えられるが、もっとも根本的な理由は、イランが核を持つことはイスラエルの消滅につながりかねずそれは即、アメリカの中東および世界における失墜につながりかねない、という危機感だ。
ではなぜ、北朝鮮は持てたのか
一言でいえば、北朝鮮の核兵器はアメリカにとって直接的な危険性はなく、それどころか核保有国としての北朝鮮の存在は極東における安全保障ゲームを進めるうえでアメリカにとって「駒」としての有用性があるからである。
とはいえ、アメリカが唯々諾々と北朝鮮に核兵器を持たせたわけではない。現状に至るまでは、国家存亡のキ―として核にすがる北朝鮮の執念と策略があった。一方、核の拡散をふさぐべき米日、とくにアメリカの側の不手際が大きい。
1990年代、冷戦終結とソ連邦崩壊により北朝鮮(のみならず中国も)体制崩壊の危険性に怯えた。北朝鮮は、その危機からの脱却、政権維持の柱としての軍備=核兵器の保有に走った。1993年にはIAEAの査察を拒否 し核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明した。朝鮮半島のみならず極東に核危機が生じた。
1994年に「米朝枠組み合意(Agreed Framework)」締結。北朝鮮はプルトニウム開発を凍結し、代わりに軽水炉と重油支援を受ける合意が成立した。しかし相互の信頼不足により合意の実行は遅れ不確かとなり形骸化、北朝鮮はひそかにウラン濃縮計画を進めた。
それが2002年に発覚し、2003年、6カ国協議(日本・韓国・米・中・ロ・北朝鮮)が開始された。しかし米日韓と北中ロの信頼は醸成されず、北朝鮮は秘かに開発をすすめる。それが発覚すると停止の見返りとして代償支援をえ、それでも秘密開発をつづける、の悪循環に陥る。中ロは緩衝国として北朝鮮を保護。それが北朝鮮に自信を与えた。
一方アメリカの政策は大統領が変わるたびに変更され、一貫性が欠如した。下記のごとく。
1)ブッシュ政権では「悪の枢軸」扱い
2)オバマ政権では「戦略的忍耐」
3)第1次トランプ政権では「トップ会談外交」
4)バイデン政権では「朝鮮問題の軽視」
さらに、アメリカが血の代償を払って守った韓国は1987年の民主化後、大統領の直接選挙制が導入され、選挙のたびに北朝鮮との関係が揺れ動いた。同時にアメリカに対する姿勢も選挙のたびに揺らいだ。中東イスラエルとの比較でいえば、アメリカが守るべき韓国はイスラエルのように相互に守り合う緊密な同志国ではないのである。かつ、北朝鮮が開発しているミサイルの性能ではアメリカ本国を攻撃することはできないし、核兵器の威力も貧弱だ。中東情勢とは根本的に異なる事情がある。しかもこの地域には、アメリカの核の傘の下の平和を甘受している日本という存在がある。
独立した外交政策、安全保障政策をとりえない日本を脅し、「金」を搾り取る道具として核保有国北朝鮮の存在は好都合というわけだ。つまり、拡大核抑止論による縛りである。
原水爆の武器としての特殊性
よく言われることだが、日本は北朝鮮だけでなく中国・ロシアという核保有国に囲まれている、と。では、自分の国を守るためには日本も核兵器を持つ以外に国を守る方法はないのだろうか。
原水爆は武器の一種ではあっても相手の意思をくじき屈伏させる暴力装置ではない。相手や土地を丸ごと消しさったり汚染したりして、存在そのものを抹消する激甚物理装置=せん滅兵器である。
アフガニスタンにおけるソ連・PDPAとムジャヒディーンの10年戦争、アメリカとターリバーンの20年戦争においてソ連やアメリカは核兵器をもっていたにも関わらず敗北した。振り返ればベトナム戦争におけるアメリカもそうだった。ベトナム戦争時に原爆を使えという声がアメリカでは起きたが使えなかった。現在のウクライナでもそうだ。プーチン大統領は核兵器の使用をちらつかせて恫喝することはできても使用することはできていない。つい最近の、核保有国同士の印パ衝突でもどちらの国も核兵器は使えない。つまり、核兵器は相手を黙らせたり屈伏させ従わせるための「武器」ではない。原水爆は「世界を消滅させる激甚物理装置=せん滅兵器」なのであって、ケンカの武器ではないのだ。
トランプ大統領が、ヒロシマ・ナガサキにおける原爆投下が、日本を屈伏させる決め手となったと述べたが、そうではない。ヒロシマ・ナガサキは、すでに戦況が決していた時点での無駄な物理実験、人体実験にほかならなかった。
核存在下の世界でどう生きるか
本サイトに掲載した「核武装したイラン と共存できるだろうか? しぶしぶだが、イエスだ」はその問いへの答えを探る参考になるのではないか。この論で筆者のベンジャミン・ザラ氏は、今回のイスラエル・アメリカのイラン爆撃事件を素材にして、次のようにまとめる。
1)核保有国が増えることは誤算や事故の機会が増え脆弱な核不拡散体制がいっそう緊迫する。
2)核抑止力は正しくなく、倫理的にも疑問視される可能性がある。長期的には持続可能ではない可能性さえある。
3)世界中に1万2000発以上の核兵器が存在することが人類全体にとって疑いもなく潜在的な存亡の危機。
4)核兵器の使用は使用した国の自滅を意味するが進んで自滅するような国はない。
5)核兵器を保有するかもしれないとの憶測による予防的軍事攻撃は意味がない。
ザラ氏は核兵器保有国が核非保有国を守る拡大核抑止論の存在を否定してはいないが、核兵器保有によって安全を確保することもリスクを回避することもできないと主張している。
潜在的核保有国の存在という危機感をあおってパレスチナ人の虐殺を合理化するネタニヤフ政権とアメリカおよび欧州人の行動と思想の帰結をよくよく顧みてみよう。さらにそのうえで、北朝鮮や中国の核の存在をあおる言説に巻き込まれる結果がどうなるか、考えてみる必要がありそうだ。
【野口壽一】