Selling Ethnicity, Buying Ruin: The Case for a Social Front

 

(WAJ: 本稿では、アフガニスタンの危機は単なる政治問題ではなく、ターリバーン支配、貧困、恐怖、分断による社会全体の崩壊であると論じる。民族や旗印の争いでは人々は救われず、民族主義的エリートは民衆の苦しみを権力取引に利用していると批判する。真の解決は民族対立ではなく、市民的連帯、多元主義、平等、社会的信頼の構築にあり、外部主導ではなく人々自身の連帯によってしか未来は築かれないと説く。その際のパシュトゥーン族の責任の重さも指摘される。アフガニスタン問題は一方ではパシュトゥーン問題でもある。未来を見通した長い闘いが必要とされる。)

 

アリアン・ナシリ(ハシュテ・スブ:アフガニスタンの独立系メディア)
2026年5月20日

今日のアフガニスタンが直面しているのは、単なる政治的危機ではない。それは、共同体的生活そのものの危機という、はるかに深い危機である。ターリバーン支配、貧困、失業、恐怖、避難、そして見通しのない未来の重圧の下で生きる人々には、これまで以上に連帯、信頼、社会的組織化が必要とされている。しかし、まさにその瞬間に、この国の民族的・政治的エリートの一部は、再び自らの土地、名称、旗、権力の取り分を追い求め、人々をいかに救うかについて考えようとしていない。

問題は、歴史的記憶、地理的名称、文化的アイデンティティが重要ではないということではない。問題は、いかなる名称も、それ単独では食卓にパンをもたらさず、自由を保障せず、社会を恐怖から救い出しもしないということである。ある地域の名称や旗を変えれば、その地域の人々の生活も変わると信じることは、空腹の男が空の胃袋を抱えたまま眠りにつき、柔らかな肉とレーズンが山盛りになったカブリ・パラオを夢見るようなものである。目覚めても、そこにはパラオも、肉も、レーズンも存在しない。ただ、昨日の空っぽの鍋だけが残り、長らく使われぬまま怠惰に疲れ切ったスプーンがそこにあるだけである。名称以外に何も変えず、パンも、安全も、正義も、自由も提供できない政治とは、この空腹の夢にほかならない。

今日のアフガニスタンは、ありふれた苦境にあるわけではない。ターリバーンは単なる政治勢力ではない。彼らは公的災厄である。彼らは女子学校を閉鎖し、女性を労働と公共生活から締め出し、表現の自由を封じ、経済を崩壊寸前へ追い込み、社会を恐怖と沈黙へと押し込めた。この災厄は、ひとつの民族、ひとつの言語、ひとつの地域だけに降りかかったものではない。その影はアフガニスタン全土の人々に及んでいる。

それにもかかわらず、なおターリバーンが安全をもたらしたと主張する者がいることは注目に値する。しかし、それは安全ではない。それは単に、新しい形態の暴力にすぎない。ターリバーンは、まるで国に恩恵を施しているかのように、大規模爆破、路上殺害、テロ攻撃を停止したが、その代わりに別の方法で人々を犠牲者に変えている。すなわち、学校閉鎖、女性の抹消、異論の封殺、超法規的裁判、貧困の深化、希望の消滅、そして社会全体を巨大な監獄へと変えることである。恐怖、沈黙、欠乏の上に築かれた安全など、安全ではない。それは墓場の静寂である。

では、このすべてを前にして、民族的・政治的エリートは何をしているのか。彼らは人々をいかに救うかを考えているのか。ターリバーンに対抗する広範な市民的、政治的、人道的戦線を築こうとしているのか。答えは明白である。否である。これらの人物の多くは、再び人々の傷を取引材料として利用している。彼らは人々をターリバーンの囚われから解放する代わりに、各民族をそれぞれの檻に閉じ込め、それを自由と呼ぼうとしているのである。

これはアフガニスタンの人々にとって新しい経験ではない。内戦期において、民族、派閥、地域を掲げるスローガンが、解放ではなく破滅をもたらしたことを我々は目撃した。各集団は人々を救うと称して自らの領域を切り取り、結果として一般市民が最大の犠牲者となった。今日、より洗練された顔と新しい名称をまとって同じ論理を繰り返すことは、まさに同じ惨事への回帰にほかならない。

忘れてはならない歴史的真実がひとつある。この土地は、諸民族、諸言語、記憶、山岳、平原、部族、都市、多様なアイデンティティの土地である。この地理空間において、その現実を否定して永続的秩序を築いた権力は存在しない。民族的植民地主義はこの土地では機能せず、今後も決して機能しないであろう。この多様性に対し、単一民族、単一の物語、単一言語、単一中心を押し付けようとしたあらゆる勢力は、抵抗に直面するか、憎悪に満ちた脆弱な秩序だけを残してきた。

チンギスからティムールへ、そしてティムールからアフマド・シャーへと、多くの権力がこの土地を横断し、あるいはここに国家を築いた。しかし歴史が示しているのは、ここで政治的持続性が可能であったのは、権力が社会の固有構造と衝突しなかった場合のみであるという事実である。支配者たちが民族集団を排除し、周縁化し、あるいは押し付けられたアイデンティティに溶解させようとするたびに、その結果は国家建設ではなく、反乱、不信、崩壊であった。アフガニスタンは民族支配の論理の上には築けない。この土地が戦争と反復の循環から脱する唯一の道は、多元主義を受け入れ、民族間の正義を保障し、すべての市民を平等に扱うことである。

アフガニスタンの問題は、決して国境や名称だけに限定されるものではなかった。本当の問題は、我々が国家を築いたが、国民を築かなかったという点にある。体制は現れては消えたが、人々と権力の関係は決して変わらなかった。アフガニスタンの市民は繰り返し、臣民、追随者、戦士、犠牲者、難民、あるいは政治動員の道具として扱われてきたが、平等な市民として認められる機会をほとんど持たなかった。だからこそ、体制が崩壊するたびに、社会は再び無力状態へと投げ戻されてきたのである。

ターリバーンは、この同じ歴史的危機の暴力的かつ仮面を脱いだ顔である。しかし、アフガニスタンの危機はターリバーンよりもさらに深い。もし権力、民族、宗教、女性、国家、市民権に関する古い観念が彼らの支配後も生き残るなら、この国は再び反復の循環へ突入するであろう。本当の危険は、救済の名の下に現れた者たちが、再び人民の上に立脚しない構造を築くことである。その構造は、正義をもたらす以前に、取り分要求、内部派閥の競争、権力分配の争いに絡め取られてしまうのである。

アフガニスタンのすべての民族集団は、ターリバーンに対抗する責任を共有している。タジク人、ハザラ人、ウズベク人、トルクメン人、パシュトゥーン人、バローチ人、ヌーリスターニー人、パシャイ人、アイマーク人、その他すべてが、共通の惨事の犠牲者である。いかなる民族も、貧困によって解放されることはない。いかなる言語も、学校閉鎖によって尊厳を得ることはない。いかなる宗教も、女性沈黙化によって誇りを保つことはできない。いかなる地域も、恐怖支配の下で未来を見出すことはできない。

この状況の中で、パシュトゥーン共同体は特別な責任を負っている。それは、ターリバーンがすべてのパシュトゥーン人を代表しているからではない。ターリバーンがパシュトゥーンの名称と象徴の下で国家支配を確立し、その道義的・政治的代償が、貧しく周縁化され、無力な何百万ものパシュトゥーン人の肩にのしかかっているからである。大多数のパシュトゥーン人は、ターリバーンの宮殿にも、権力取引にも、諜報活動にも関与していない。彼らもまた、貧困、失業、非識字、恐怖の中で生きている。しかし、ターリバーンに反対する明確かつ集団的な声がパシュトゥーン共同体内部から上がらない限り、ターリバーンへの共感を抱いているとの非難は彼らに重くのしかかり続け、民族間の距離はさらに広がるだけである。

中心的問いはこれである。この状況は歴史の決定論なのか、それともエリートの愚かさなのか。歴史は多くの傷を残した。植民地主義、押し付けられた国境、外国介入、専制政府、内戦、ターリバーン――これらはすべてその一部である。しかし、いかなる歴史も、人々に永遠の憎悪の中で生きることを強制しはしない。歴史の傷を現在の牢獄へと変えるものは、自らの人民の覚醒を恐れるエリートの愚かさと利己主義なのである。

このような状況下で、アフガニスタンの人々に課された公共的義務は、民族市場に欺かれることを拒み、自らの運命を再び取引エリートに委ねることをやめることである。この土地の救済は、外国会議、政治声明、疲弊した指導者たちのスローガンによって到来するものではない。人々自身が、近隣、村、都市、大学、モスク、学校、バザール、市民集会から出発して、団結と整合的社会構造の形成に取り組まねばならない。

人々の真の敵は、民族的隣人ではない。真の敵とは、人々の生活を人質に取ったターリバーンであり、民族を商売道具にするエリートであり、人間を市民として認めようとしない専制的思考であり、人々を大国ゲームの道具へ変える植民地主義的精神である。人々が内部から互いに近づき、社会的信頼を築き、民族を越えた市民的ネットワークを織り上げない限り、新たな日和見主義者たちは、この同じ分断を利用し続けるであろう。

だからこそ、アフガニスタンの地に社会的戦線を築くことは死活的重要性を持つのである。この戦線は、単なる武器、スローガン、政治指導者の戦線であってはならない。それは意識、信頼、連帯、社会的組織化の戦線でなければならない。村から都市へ、モスクから大学へ、バザールから近隣へ、人々は民族、言語、地域ではなく、共有された苦しみ、共有された自由、共有された未来に基づく絆を築かなければならない。

アフガニスタンの人々は、今や理解しなければならない。外部から全面的に主導されるいかなる変革も、ほとんど常に隠された利害を伴っているということを。近年数十年の経験は、輸入された変化が、その初期スローガンがいかに魅力的であろうとも、依存、腐敗、代理戦争、惨事の反復を生み出す傾向にあることを示している。外部勢力は、代償も自己利益もなしに国家へ自由を贈与することはない。

アフガニスタンに必要なのは、新しい名称以上に自由な人間である。新しい旗以上に正義である。新しい地図以上に信頼である。民族から市民権へ、憎悪から連帯へ、恐怖から覚醒へ、そしてエリートへの盲従から集団的責任へと、人々が移行するときに初めて国家は築かれる。この土地の未来は、輸入されてはならず、押し付けられてはならず、密室会議で取引されてもならない。それは、人々の苦しみ、知恵、抵抗、そして共有された意思の深みから築かれねばならないのである。

 

 

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