(2026年5月5日)
国家指導者に求められる五常
~仁、義、礼、智、信~
アメリカは常にライバルを蹴落としてきた
第2次世界大戦後の世界秩序を振り返ると、アメリカの対外戦略にはひとつの大きな特徴があった。それは、自国の覇権を脅かす「第2位の存在」を決して放置しないという姿勢である。
アメリカは、戦中戦後、急速に、かつての宿敵であった大英帝国から世界支配権を奪い、冷戦期にはソ連を長期的な軍拡競争と経済圧力によって追い込み、その間に伸びてきた日本を標的とした。そして80年代から90年代にかけてプラザ合意、半導体協定、円高誘導、内需拡大要求などを通じて、日本叩きを執拗に実行した。その結果、日本は失われた30年といわれる長期経済停滞期を迎えることとなった。
しかし、日本経済の勢いが弱まるのと並行して、今度は中国の台頭が目立つようになった。巨大な人口、市場、労働力を狙い、2001年に中国を世界貿易機関(WTO)に呼び込んだのはアメリカだ。中国は「能ある鷹は爪を隠す」外交戦略と国家主導の産業政策を背景に、「西側資本・技術+独裁権力・低賃金労働者」の方程式で、「世界の工場」からはじめて、急速に科学技術・金融・軍事でも存在感を強める超大国へ変貌した。アメリカが中国を戦略的競争相手と見なすようになるのは、アメリカをはじめとする西側資本主義の経済政策の結果でもあった。
中国をライバルとして対決したのは第1次トランプ政権
しかしそのような経済政策の大きな転機となったのは、2017年に発足した第1期トランプ政権だった。
トランプ政権は、それまでの「協調と競争の併存」路線を転換し、中国封じ込めを前面に押し出した。象徴的だったのが高関税政策である。中国製品に大規模な追加関税を課し、「対中貿易赤字の解消」を強く要求した。これは単なる経済問題ではなく、中国の成長そのものを抑え込もうとする戦略だった。
当時の副大統領マイク・ペンスは、中国による知的財産問題、人権問題、軍事拡張などを厳しく批判する演説を繰り返した。2018年の演説は「新たな冷戦宣言」とまで呼ばれ、中国脅威論をアメリカ国内外に強く印象づけた。こうした路線は、トランプ政権だけの一時的政策では終わらなかった。バイデン政権もまた、半導体輸出規制や先端技術封鎖を継続し、中国包囲網を制度化した。そして第2次トランプ政権では、さらに強硬な通商政策や対中圧力が拡大してきたのである。
本腰を入れた第2次トランプ政権
アメリカの対外行動を広い視野で見れば、ベネズエラ、パナマ、イランなどへの圧力も、中国との世界的主導権争いと無関係ではない。ベネズエラは石油資源、パナマは海上輸送、イランは中東のエネルギー地政学において重要な位置を占めている。中国が「一帯一路」を通じて影響力を広げようとするなかで、アメリカはこれら地域への関与を強め、中国の経済圏拡大を阻止しようとしている。
しかし、中国は、こうした対立を予測し、長期的準備を進めてきた。再生可能エネルギー分野では太陽光発電やEV電池で圧倒的な生産能力を築き、レアアース供給でも世界的優位を保持している。さらに石油備蓄を拡大し、食料や資源の安全保障強化にも取り組んできた。アメリカの高関税政策に対しても、中国は報復関税や市場多角化によって対抗し、全面的屈服を避けた。
その一方で、トランプ流の強引な外交は、アメリカ自身の孤立を招いている。国際法や同盟関係を軽視するような姿勢は、欧州諸国の不信感を強めた。カナダ、イタリア、スペインなどでは、首相自らアメリカやイスラエルの強硬政策に距離を置く発言が目立っている。ヨーロッパでも「アメリカ依存からの自立」を模索する動きが広がりつつある。EUの決議に唯一反対を続けていたオルバン政権の崩壊によりヨーロッパには団結を取り戻す動きが生まれてきた。アメリカ国内でも、平和や民主主義を求める市民運動が各地で起きている。
こうした流れは、ウクライナ戦争にも表れている。ウクライナはアメリカ支援だけに依存せず、自国の技術革新とヨーロッパ諸国の支援を背景に、兵器開発や生産体制を急速に強化してきた。ロシアは長期戦によって疲弊を深めており、世界秩序は大きく揺れ動いている。
比較的な慎重路線を見せる中国
そのなかで、中国は比較的慎重な姿勢を維持している。台湾問題や南シナ海問題では強硬な発言を維持しつつも、全面衝突を避け、経済と外交を軸に影響力を広げようとしている。もし中国がアメリカや日本の挑発に感情的に反応せず、自制と安定を重視する外交を貫くことができれば、世界の反トランプ勢力やアメリカ国内の反トランプ世論から一定の支持を集める可能性がある。
近年のアメリカ政治では、SNSを通じた激しい言葉の応酬や、敵対者への過激な批判が常態化している。トランプ大統領についても、訪中を前にした深夜に大量の投稿を繰り返し、政敵を激しく非難したとさえ報じられた。もちろん政治家には強い個性や発信力も必要だが、世界最大の軍事・経済大国を率いる指導者には、それ以上に冷静さ、節度、長期的視野、そしてなによりも指導者としての「徳」が求められる。
歴史を振り返れば、巨大な覇権国家は外敵だけでなく、自らの傲慢や内部混乱によって衰退してきた。易姓革命を繰り返してきた中国で、為政者に求められる徳目として、
・仁(じん): 思いやり
・義(ぎ): 利欲に走らず、人として正しい筋を通すこと
・礼(れい): 社会秩序を保つための形式や儀礼、思いやりの心を形にしたもの
・智(ち): 正邪や善悪を見分ける知恵
・信(しん): 誠実で、人から信頼されること
などが求められた。これは人として守るべき徳目でもあり、「五常(ごじょう)」といわれる。
米中会談に臨む20億近い国民を代表する2人には当然、常人以上に厳しく、これらの徳目が求められる。
さらにそのうえ、双方にもとめられるのは、短期的な感情的対決ではなく、国際的信頼を積み上げる粘り強い戦略である。
強大な相手が自ら孤立へ向かうとき、最後に利益を得るのは、挑発に乗らず冷静さを保ち続けた側ではないだろうか。
【野口壽一】