~077

(2023年9月25日)

 詩の持つ力を信じて 

~岡和田晃さんに聞く~

 

WAJ: 先月24日(2023年8月24日)、旭川市で開かれた『詩の檻はない』発刊記念イベント(注1)で岡和田晃さんのお話を伺いました。短い講演ながら、旭川や北海道さらには日本における詩と文学の歴史と現状を踏まえて、ターリバーンの詩作や芸術に対する検閲・禁止の動きに詩をもって抗議する国際的なアンソロジー出版の意味と意義が簡明に述べられ、感銘をうけました。そこで、本サイトの<視点>コーナーでは、岡和田さんの講演をインタビュー形式で再現させていただき、皆さんとシェアしたいと思います。【聞く人・野口壽一】(注2)

朗読中の岡和田晃さん
(写真・谷口雅彦)

 

― 岡和田さん、こんにちは。『詩の檻はない』の発刊にはソマイア・ラミシュさんの呼びかけを『ウエッブ・アフガン』を通して知った柴田望さんらの奮闘(注3)があったわけですが、柴田さんにお伺いすると岡和田さんの後押しがあったそうですね。

 

岡和田:ことし2月に柴田さんから「ソマイアさんの呼びかけ(注4)に対してどうしたらよいだろうか」と相談を受けました。そのとき即座に、「受けた方がよい」とお答えしたんです。というのもおそらく日本においてはこういった形の国際的な連帯というのは“ものすごく古臭いサヨク的なもの”だという社会通念が定着していると思うんです。文学で社会を変えることなどできやしないという冷笑主義ですね、そういうものが日本社会にはびこっている。だったらむしろやったらいいんじゃないか、と話したわけです。私はこういう試みは嫌いじゃないし、大いにやるべきだという具合に、発破をかけたわけですね。

― 詩人のあいだでは最初いろんな懐疑的な反応がでたそうですね。

岡和田:ある有名な詩人から、「そもそもアフガニスタンでターリバーンが詩を禁止したという事実はあるのか」という疑義が呈されたんです。ところが考えてみてください、例えばいま、ロシアがウクライナに侵攻してますけど、そのロシアに対して「ウクライナに侵攻していますか」と聞いたら、「侵略などしてはいない」と答えるに決まってるわけですね。実際にソマイアさんの訴えを読んでみると、その文章から訴えの真実性、その強さは十分に備わっているとわかったんです。それがわずか数カ月での今回のアンソロジー『詩の檻はない』の発刊につながったわけです。

― 文化一般に関する日本的な現状が詩の世界にも蔓延していたと?

岡和田:まさしくそのとおりです。文芸評論家という立場から一言申し上げれば、日本ではあらゆる文化がお稽古事になってる現状があるんですね。つまり習い事の一種です。師匠がいて弟子がいて月謝を払うみたいな、お互いの利害関係と人脈つまり縁故主義、そういうもののすべてが文化のなかに混ざっている状態なんです。

ところが今回の『詩の檻はない』の参加者の間にはある特定の党派のようなものが見えない。むしろいろんな人がモル状というか、あるいはセミラティス(網目状交差)的というか、いろいろな言い方ができそうですけれども、そういうなかに8歳の女の子すら参加している。多様性を内包している。そういう意味で『詩の檻はない』は非常に面白い。

『詩の檻はない』が掲げた「文学を通した抵抗」。「抵抗」というとある種の暴力性を想起される方もいらっしゃるかもしれませんが、暴力とは無縁のものになってるんですね。そういう意味で私はこの詩集を大いに面白いと思ってるんです。

 

― そこのところをもう少し詳しく説明していただけますか?

 

岡和田:日本においては詩人たちが連帯して詩を書くという、この種の試みは非常にネガティブに捉えられてきたという歴史があります。なぜかというと戦前は――この旭川の「詩壇」も例外ではないのですが――詩人たちは「翼賛詩」を書いていて、むしろファシズムに加担していた。「詩」でもって積極的に人を「死」に追いやっていたわけです。

戦後には、現代詩人会が1954年に『死の灰詩集』というビキニ環礁での水爆実験に反対する詩集を出したことがあったんですが、これに対して戦後詩の代表的な詩人である鮎川信夫氏が強固な批判を行った事実があります。曰く、「死の灰詩集」は、「水爆の出現に象徴される現在の世界文明の背景を立体的に理解しようとせず、うわっつらで抗議やら叫喚の声をあげているだけのものがおおい」と。この批判が妥当であるかどうかはともかく、鮎川氏は詩人たちの安易な連帯というのは翼賛詩になびくものと同じだと思っていたわけです。

さらに、北海道に関して言うと『北海道=ヴェトナム詩集』という詩集が1965年に発行されています(68年に2巻目が出版)。これは旭川に縁が深い江原光太という詩人を主導役として生まれた詩集なんです。『北海道=ヴェトナム詩集』って、タイトル自体面白いですよね。『日本=ヴェトナム詩集』ではナショナリズムに絡みとられてしまいかねませんから。詩を通してベトナム人民と連帯しようとする姿勢は画期的でした。でもこの詩集自体も実は出た当初から内部及び外部から批判があったんです。千葉宣一という人は「ヒューマニズムとセンチメンタリズムとは決定的に違う」 と述べてベトナムに情緒的に連帯をしようとしているんじゃないかと批判しています。戸沼礼二という人は「野たれ死ぬにはあきらめが悪く、生きるには覚悟がなさすぎる日常の産物」だとし、詩でなく散文として批判文を寄稿しました。『北海道=ヴェトナム詩集』をめぐってはとりわけ同時代にアンビバレントな評価がなされたわけです。

 

― マスメディアの煽りに迎合する傾向は当時の社会全体の雰囲気としてあったのは事実ですね。しかし、行動で自分たちの意思を示そうとする衝動は広範に存在していました。北海道で詩作品の刊行をめぐってそのような議論があったのは知りませんでした。

 

岡和田:いち他方でこれだけ深い議論があっても、日本全体ではあまり議論されなかったのではないでしょうか。戦後の詩史ではほとんど言及されていないどころか、若い詩人のなかには「翼賛詩も悪いものばかりではない」、「翼賛詩に抵抗することは、それ自体がファシズム」といった、とんでもない放言を恥じない向きもあるのが現在の状況です。私は現代詩手帖の2017年8月号に寄せた「江原光太と〈詩人のデモ行進〉」という批評でこの問題を論じ、自著の『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』(2018年)に収めましたが、そこでは『北海道=ヴェトナム詩集』に入っている詩の中にはエスペラント語に翻訳されて実際にベトナムに伝わっている詩もあったことを紹介しました。

一方、真壁仁という詩人がいまして『詩の中にめざめる日本』という岩波新書の有名なアンソロジーがあって、この前復刻されたんですけれども、そちらには江原光太と縁が深かかった詩人・薩川益明の作品「自由について」が収められています。この作品で詠われるのは、アメリカが押し付けてくる「鮫の住む海を越えて来る重装備した《自由》(ルビ:フリーダム、以下同)/他国の緑をうなだれた褐色に染め上げる《自由》/ガスマスクをつけた息苦しい《自由》」なのですが、それを拒否してヴェトナムと「火傷の痛みに耐えている/ぼくの自由よ」という慨嘆を交錯させた点を真壁は評価したのです。アメリカに対する上辺だけの侵略批判でなく、アメリカのいう自由の内実を読者に問いかけたわけです。

 

― 詩作品、詩人としての発言、それを実際の行動にどうつなげるか、当時、詩人に限らずいろんな立場の人々が真剣に議論したものです。

 

岡和田:ベトナム戦争の頃から、野口さんも深く関わられたという68年革命に至る当時を、私は現在の状況と重ね合わせながら論じました。ここで江原光太が「北海道=ヴェトナム詩集」は「詩集でなくても一向にかまわない。いわば〈詩人のデモ行進である〉と」書いたことは象徴的だと思います。

この「ヴェトナム」に例えば「アフガニスタン」や「シリア」といった多様な地名を当て込むことは難しくないと、私は先述した自分の批評文を結んでいます。つまり、9.11同時多発テロとアメリカの報復戦争の文脈をも視野に入れつつ、それらの思考を今後の課題としていました。批評において、この課題をこなすということは責任を取るということであり、非常に大事なのです。

『詩の檻はない』に私が参加したのはそういう文脈からでした。つまり、今回の詩集が「翼賛詩」に見られる情緒的な連帯を超えているのかどうかという問いが浮かび上がってくると思うんですね。

 

― 『詩の檻はない』(日本語版)には日本人36人以外に海外の詩人の作品が掲載されています。

 

岡和田:そこが非常に面白い点です。1991年に、「湾岸戦争に反対する文学者声明」が出されましたが、そこでは中東諸国の政治状況への言及がほとんどありませんでした(文芸評論家の神谷光信さんの指摘による)。あくまでも国内の文脈でのみ捉えられたがゆえ、文学を介して世界情勢にコミットメントしようという試みは、「日本国内のみの自己満足では?」という疑義の念とセットだったのです。こうした構図は、『死の灰詩集』や『北海道=ヴェトナム詩集』をめぐる論争と本質的に変わりません。

しかし今回は、海外の詩人が21人も実際に参加してるんですよ! 「日本国内のみの自己満足」を、最初から抜け出しているわけです。ソマイアさんの詩をはじめ、海外作品はいずれも質が高い。表現が練り上げられ、文学的な強度があります。実際、今回の旭川イベントのタイトルは「世界のどの地域も夜」でしたが、このタイトルは ソマイアさんの詩から引用しています。

「日本」の国内での利害や縁故主義、同質性を確認して情緒的に連帯する類のものとは全然質が違うものになっている。こういったものをどう位置づけていくかが問われているわけです。インド出身の文芸批評家でG・C・スピヴァクという人がいまして、この人がプラネタリティ、つまり惑星思考という枠組みを提唱しているのが、連帯のあり方を意味づけるヒントになると思います。世界をヴァーチャルに一元化しようとする「グローバル」な姿勢はもう耐用限界に達しており、別種の観点から人種や国境を超えた「惑星思考(プラネタリティ)」が求められるというわけです。今年は観測史上最大の気温を記録したと報道に出ており、旭川も例外ではありませんが、地球の資源を経済合理主義の観点で収奪してきた結果としての温暖化であることは間違いありません。しかし、海や大陸や自然環境のほうが人間よりも大きいのは自明でしょう。

いま、世界はインターネットで一瞬にしてつながっています。経済も一元化されている。すべての文学や言葉が経済的な指標によって収奪されています。そうした「グローバル」な状況が所与のものになっている。

そもそも今回の詩集も、海外作品は英語から訳しています。そういう意味で、「英語帝国主義ではないか」という批判もしようと思えば成り立つわけですが、それでも私は、ここに「惑星思考(プラネタリティ)」の実践を汲み取りたい。たとえ参加しておらずとも、私は批評家としてこの詩集を惑星思考の文脈で論じただろうと思います。

 

― 作品そのものに対象を「変革」する「普遍的」な「強さ」と「視点」が必要なのだ、といわれているような気がします。

 

岡和田:サルトルは「アンガージュマン」という考え方を提起しました。フランス語ですが、簡単に言えば「社会参加」という意味です。それはプロレタリア文学と同じく、「文学を政治に従属させるのか」という批判を受けました。しかし、サルトルに反論してクロード・シモンは「作家のアンガージュマンは表現そのものにある」という趣旨の問題提起を行ったわけですね。1960年代のことです。この論争を紹介したのが大江健三郎でした。1990年代にシモンはシラク政権の核実験をめぐって大江と論争することになります。私は、シモンの「核」をめぐる姿勢には賛同できませんが、戦争状況を見据えながら表現のあり方を問うてきたシモンや大江の小説に、とりわけ強い影響を受けてきました。

かような問題意識から、『詩の檻はない』に寄せられた海外からの詩人たちの作品を読むと、内輪の戯れに終わらないものだというのは一目瞭然です。

 

― 今回のイベントの当事者のひとりとして、岡和田さんのお話をお聴きし、考え方を整理するとともに、自分たちの立ち位置が明確になり、元気が出てきました。

 

岡和田:最後に重要なことをひとつだけ話させていただきますと、そもそもターリバーン政権だけでなくターリバーンの前に政権を敷いていたガニー政権というものを、ソマイアさんは詩でもって非常に強く批判しているわけですね。ソマイアさんはガニー元大統領がカーブルから逃亡した直後「ガニーを逮捕せよ」という詩を書いています(注4)。ガニーはダメだが、ターリーバンはもっとダメ。つまり、ひとつのイデオロギーに立脚しているわけではないのです。そういった状況を生み出したっていうのは実は、9.11以降のアメリカの行為なんですね。

日本は実質的にアメリカの属国です。これは自衛隊や基地問題ひとつとっても自明なわけで、にもかかわらず、「日本は非常に平和だ」という人がいます。私は全く平和だなんて思わない。むしろ世界内戦というキーワードで世界情勢を、日本の状況につなぐという認識でおります。そんな認識に基づいてアフガニスタンとつながり、「惑星思考(プラネタリティ)」の実践としての連帯をしていく。そのような必要性がますます高まっていくであろう、と考えています。

 

―『詩の檻はない』は現在フランス語版と英語版が編集作業中で、今年の11月に発行される予定です。ソマイアさんの亡命先であるロッテルダムからの呼びかけが旭川で受け止められ、旭川から世界に広がっていく運動の広がりが可視化されていくような気がします。今日は貴重なお話を、とても明快にお話しくださり、ありがとうございました。

 

岡和田:こちらこそ、ありがとうございました。

 

(注1)

2023年8月5日

旭川で『詩の檻はない』発行・発表イベント

旭川で『詩の檻はない』発行・発表イベント

 

※『詩の檻はない』の正式タイトルは「NO JAIL CAN CONFINE YOUR POEM 詩の檻はない: ~アフガニスタンにおける検閲と芸術の弾圧に対する詩的抗議」

https://onl.sc/Tm9J1WA

 

(注2)先月24日の旭川でのイベントの全貌は「旭川『詩の檻はない』発行イベント 全記録」 https://webafghan.jp/20230824_asahikawa/ でご覧いただけます。内容と質において画期的なイベントでした。)

 

(注3)『ウエッブ・アフガン』にみるこの間の一連のうごき

 

2023年2月14日

アフガン詩人の呼びかけに応える日本の詩人たち

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2023年4月1日

旭川から日本へ、そして世界へ

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2023年4月4日

言葉の繫がりの波立ち

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2023年6月3日

フランスと日本で書籍発行活動が同時進行!

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2023年6月13日

ターリバーンの蛮行に詩で対抗する日仏書籍化活動の最新情報

詩作の禁止と検閲を跳ね返す闘いに詩で連帯

 

2023年7月14日

ターリバーンの圧政に抗する世界詩人の詩集『詩の檻はない』刊行!

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2023年8月17日

アフガンでの検閲に反対する世界の詩人 詩集を日本語で公開

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2023年9月4日

日本ペンクラブも推薦=『詩の檻はない』 ロッテルダムから旭川へ、旭川から世界へ

日本ペンクラブも推薦=『詩の檻はない』 ロッテルダムから旭川へ、旭川から世界へ

 

2023年8月24日

旭川『詩の檻はない』発行イベント 全記録

旭川『詩の檻はない』発行イベント 全記録

 

(注3)

2023年2月14日

アピール:世界中のすべての詩人の皆さんへ

アピール:世界中のすべての詩人の皆さんへ

 

(注4)

2023年9月1日

ガニーを逮捕せよ/Interpol Arrest Ghani

https://onl.sc/zU5Dv7G

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