(2024年2月5日)

 〝ワラビスタン〟から見えるもの 

~日本の現状と将来を測るリトマス試験紙~

 

〝ワラビスタン〟とはなに?

最近マスメディアで〝ワラビスタン〟という言葉を聞くようになった。

ウズベクスタンとかカザフスタンとかパキスタンとか、中央アジアに多い「スタン」のつく国のひとつではない。ペルシャ語に起源をもつ「スタン」という言葉は「国」の意味がある。「ワラビ」は蕨市の「蕨」で「わらびスタン」と書くと一目瞭然。

蕨市に、「スタン」のつく国からやってきた外国人が多く住むようになっていつしかそう呼ばれるようになったという。蕨市にやってきた「スタン人」とは「クルディスタン人」のこと。しかし、クルディスタン人は実は国を持たない世界最大の民族といわれ「スタン」を持たない彼らはクルド人(英語ではクルディッシュ)と呼ばれる。主にトルコ、シリア、イラク、イランにまたがって存在し、世界中で3500万人~4800万人の総人口があると推測されている。(Wikipedia:クルド人)

 

相次いで『週刊 新潮』とNHKが・・・

 

クルド人は日本に2500人以上在住し、川口市や蕨市などに2000人超が住むという。圧倒的には川口市に存在しているのに「ワラビスタン」などと言われるのは迷惑、とする蕨市民も多いという。というのは、クルド人が両市に多く住むようになってきて、地域住民との摩擦が頻発するようになり、社会問題化しているからだ。そのような状況を受けて、2月1日付の『週刊新潮』は写真のような5ページの「特別読み物」記事を掲載した。さらにNHKは2月2日の夜7時半からの「首都圏情報ネタドリ!」で「埼玉・川口市がクルド人巡り国に異例の訴え なぜ? 現場で何が?」と題する30分番組を放送した。

『新潮』の記事のタイトルは『「危険運転」「ナンパ」「騒音」「クルド人」急増地帯』 病院前の暴動で救急搬送ストップ!「川口市」が直面する〝多文化共生〟の実情』と、煽情的でおどろおどろしい、まさに〝週刊誌的〟タイトルである。

NHKのプロローグも、「外国人がいっぱいいて怖かった」「クルド人コミュニティーが拡大」「住民との摩擦」と恐怖をあおる入り方をしている。視聴者の俗情=「外国人コワイ」の感情に訴えて関心を惹きつけようという低劣な手法だ。

しかし、『新潮』の記事もNHKの「ネタドリ!」の中味も、タイトルのような煽情的なものではなく、われわれがまじめに考えなければならない問題を提起している。というのは、クルド人を標的にして論じられている問題は、千葉県四街道市や佐倉市に集中するアフガニスタン人にも共通する問題だからだ。

川口・蕨市の問題を取り上げる記事が必ず引き合いに出すのが昨年7月4日に起きた事件である。産経新聞が同月30日に報じた記事によれば『4日午後9時ごろから、同市内の総合病院「川口市立医療センター」周辺に約100人とみられる外国人が集まり始めた。いずれもトルコ国籍のクルド人とみられ、翌5日午前1時ごろまで騒ぎが続いた』という。産経新聞によれば「トルコの少数民族クルド人ら約100人が病院周辺に殺到、県警機動隊が出動する騒ぎとなり、救急の受け入れが約5時間半にわたってストップしていたことが30日に分かった」のだという。

この事件に関しては、クルド人側からの証言もある。それによればクルド人同士の喧嘩を止めようとして双方の親族や友人たちが集まってきたのを、大勢が集まって喧嘩しているという情報になり、警察が出動して集団興奮状態になったのが真相だという。

『新潮』の記事はこの事件に冒頭でふれ、クルド人の傍若無人な行動によって住民が迷惑を通り越し、恐怖を感じるまでになっている「実態」を克明にルポしている。

 

年々ふえる在日外国人

出入国管理庁のデータによれば、2023年6月末の在留外国人数は322万3858人(前年末比14万8645人、4.8%増加)で、過去最高を更新した。内訳は、観光客や短期滞在資格者をのぞく中長期在留者が293万9051人、特別永住者数が28万4807人である。全人口の2.8%が在留外国人ということになる。川口市は在留外国人が約10%と日本の自治体の中で最高の外国人比率である。在日クルド人のほとんどにあたる2000人が川口市・蕨市に在住しているという。クルド人が主に就労しているのは解体業。千葉のアフガン人が就労しているのは主として中古車解体業で業態は似ている。

埼玉県や川口・蕨市が無策であったわけではない。総務省も「多文化共生推進プラン」を設定し上からの政策実施を進めてはいる。しかし、日本政府の基本は移民を認めない一方、3K労働、低賃金労働の現場に不法在住者や就労が認められていない難民申請者が就労しているのを黙認している。その他の、日本人が避ける業種に外国人が何らかの手段で来日し就労している実態がある。そのようなダーク、ないしグレーな状態での生活は生活者に多大なストレスを及ぼす。とくに子供。外国人住民と直接接触するのは地方自治体であり、地域住民だ。ヘイトスピーチや外国人ハラスメントなどを減らすための努力は程度の差はあれ、また、建前だけであったとしてもどこでも実施されている(ことになっている)。

その実施が充分であるかどうかの評価は置いておくとしても、川口市や蕨市でのクルド人との摩擦は無視できないところにきている。『新潮』の記事は、川口市の奥富市議(自民党)の次の言葉を紹介し、記事を締めくくっている。

「私は、もともと多文化共生は実現可能であると思っていて、彼らと共生の道を探り取り組んで参りました。しかし現実は、不法外国人によるトラブルに地域住民が続々と被害を訴えてくるようになりました。そして、自己主張が強く逆上する外国人に辟易としている地域住民の声に直面し、結論に達しました。行政の考える多文化共生は不可能です」として出入国管理庁長官あてに「仮放免者に係る許可の厳格化と諸問題の解決のため具体的な対策を講じることを求める要望書」を提出した。止むにやまれぬ強硬措置を取れ、ということである。

 

NHKはより突っ込む

NHKの「ネタドリ!」は、川口市が提出した要望書をもとに一歩踏み込んだ取材を敢行する。要望書の骨子はつぎの3点。

  1. 不法行為を行う外国人においては、法に基づき厳格に対処(強制送還等)していただきたい。
  2. 仮放免者が、市中において最低限の生活維持ができるよう(中略)就労を可能とする制度を構築していただきたい。
  3. 生活維持が困難な仮放免者(中略)について、「入国管理」制度の一環として、健康保険その他の行政サービスについて、国からの援助措置を含め、国の責任において適否を判断していただきたい。

NHKは、国に対して異例とも言うべき要望書を提出した川口市の奥ノ木信夫市長にインタビューし、国の政策に不満を述べる奥ノ木市長のその不満の背景を、「前提と実態とのかい離」だとする。

「深刻な人手不足に直面する解体業界。仮放免のクルド人がいなければ現場が成り立たない」現実をNHKは暴く。さらに、市内の小学校にはクルド人の子どもが増えている。保護者も、日本の言葉や文化がわからない人が多い。難民申請中の仮放免者は保険証もないので、請求される金額が高額になり、高額な医療費を払えずに滞納してしまう。市の医療センターによれば外国人による未払い金が7400万円ほどあり、その中に仮放免のクルド人の治療費も含まれているそうだ。

そのような現実に市は対応せざるをえない。奥ノ木市長は次のように主張する。

「人道的立場で、今にも赤ん坊が産まれそうな人は、病院で受け入れて診なければいけないし、病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません。
税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」
それに対する出入国管理庁の答:「仮放免者の中で退去強制が確定した外国人は、速やかに日本から退去するのが原則となっています。よって仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です。」
つまり、強制送還していなくなるから健康保険などの行政サービスをする必要はない、という論理である。国が他国からの人権無視批判を恐れて強制力を発揮することもせず、かといって国費で補助することもしないから、地方行政者は困りはてているのである。奥ノ木市長が立腹するのはまったく正当だ。

さらに、日本で育った仮放免の子どもたちの問題がある。子ども達は市内の小学校に通い、学ぶことができている。しかし、教育が保証されているのは義務教育まで。その後も学び続けられるか不安を抱えている。進学できたとしても、現状のままでは働くことができない。学校に行って卒業して、何かできる技術はあっても、在留資格がないと働けない。日本人でもおなじだが、子供たちが非行に走る条件がここにはある。

 

問題の本質はどこに

クルド人問題を調べると、次のような問題が浮き彫りになる。この点はアフガニスタン人の場合も同じだ。

①法的に認めず外国人労働者の存在を黙認する日本の政策
②地域住民とクルド人間のディスコミュニケーション
③クルド人が出身地で置かれている分断状況、政治状況、人権擁護の課題

「ネタドリ!」取材班は、最後に、一橋大学の橋本直子准教授に取材する。橋本准教授は、概略、次のように述べる。

「入管とクルド人に認識のギャップがある。入管は『難民ではないので帰れるはず』と考え、クルド人側は『危険だから帰れない』と主張している。」
「政府は2023年8月、日本で生まれ育っていても在留資格がない小学生から高校生の外国人の子どもについて、親に国内での重大な犯罪歴がないなどの一定の条件を満たしていれば、親子に『在留特別許可』を与え、滞在を認め就労できるようにする方針を示した。」
「クルド人側も日本で中長期的に暮らしたいと思うのであれば、日本語をしっかり習得し、日本のルールや文化に合わせる必要がある。」
「国としても日本語教育制度をもっと充実させて、しっかりと日本のルールや文化を習得して頂けるよう『共生政策・社会統合政策』を十分な予算をつけて徹底する必要がある。」

NHKの、この結論への持って行き方は大筋において正しい。ただ、「ねばならない」「必要がある」と上からの建前を羅列するだけでは現実を変革することはできない。ここで対象とされている「クルド人」と「地域住民」のなかに分け入っていき、「ねばならない」「必要がある」を自覚して、主体的な行動を起こし、地方自治体と連携する運動をつくりだす「必要がある」のである。

 

アフガン人学校の試みに問題解決のヒントが

と、偉そうなことを述べるのは、実はこれは筆者の実感だからだ。成功するかどうかは、ひとえに、これからの実践にかかっているのだが、いま、千葉明徳学園の施設を借りて去年の11月から始めたイーグル・アフガン明徳カレッジの実践はまさにその「必要」を実感して進められてきている。

異文化の国に来て自由に外出もできないアフガニスタンの女性たちに、子供づれの来校を可能にする託児サービスも併設した日本語支援・生活支援の活動を開始したのはまさに、『週刊新潮』や「首都圏情報 ネタドリ!」が取材で浮き彫りにした問題点をクリアする可能性があるからだ。つまり、

  • アフガニスタンの側からの、「日本で暮らすための日本語と日本のルールを習得したい」という要望とリーダーシップを、
  • 市民の側からのボランティア活動によって受け止め、
  • それを学校法人という民間組織がバックアップして実現した、

のがわれわれのプロジェクトであるからだ。

このプロジェクトが、上からの行政の政策と下からのボランティア活動が統合されたときにはじめて、「ねばならない」や「必要」が、必ずや「現実」となる、のではないだろうか。

【野口壽一】