(2025年5月25日)

 温故知新、半世紀前の課題がいま 

~危機と対決するふたつの立場~

 

トランプの修業時代、独裁思想の芽生え

トランプ大統領の見習い時代を描いた映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』をアマゾン・プライムで観た。

アプレンティスの意味は「見習い」。1970年代から1980年代のニューヨークを舞台に、トランプ氏が親の仕事を手伝って不動産業をはじめ不動産王になるまでのプロセスを描いている。彼を有望な見習いとしてみとめ、教育したのは悪名高い弁護士ロイ・コーン氏。

ロイ・コーン氏は「勝つための3つのルール」として「攻撃、攻撃、攻撃」「非を絶対に認めるな」「勝利を主張し続けろ」をさずける。そして、「勝つためには何でもやれ」「世界には2種類の人間がいる。殺すものと敗者だ」。勝つためには人を殺しても良いとの教え。トランプは金と名声を引き換えに道徳も人間性も失う。

監督がイラン系デンマーク人だと聞いていた。批判的視点が先に立った映画かと思いきや「非人間的怪物」として描かれていたのは、トランプ氏よりもむしろ師匠である弁護士ロイ・コーン氏だった。ロイ・コーン氏の思想と非情さはローゼンバーグ夫妻を死に追いやった執念深さとともによく表現されていた。

ローゼンバーグ事件とは、原爆開発を巡るスパイ事件。ユダヤ系米国人ジュリアス=ローゼンバーグ氏が、アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロスアラモスの原子爆弾製造施設に勤務していた義弟を通して原子爆弾に関する機密情報を入手し、ソ連に提供したとの容疑で逮捕された。ロイ・コーン氏は彼を死刑に追い込んだだけでなく、その妻が「子供を育てていることを理由に死刑を免れるのは許せない。妻も死刑に処すべきである。それがアメリカのためなのだ」と主張し、実際に死刑判決に追い込んでいる。夫妻の執行は1953年6月。

ロイ・コーン弁護士は「赤狩り」時代(1950年代中盤)にジョセフ・マッカーシー上院議員に仕えた筋金入りの反共アメリカ主義者であり、主義主張のためであればウソであろうとなんであろうと貫き通す人物であり、映画はトランプ氏がその薫陶をいかに真正面から受けて育ったかを克明に描いている。

 

本物の独裁者への道

トランプ氏は2期目の大統領に返り咲いてから、「常識」破れの政策を乱発した。『独裁者トランプへの道』(町山智浩、文芸春秋)も読んだ。トランプ氏がふたたび大統領選挙に勝利し、三権分立の頂上にたつ独裁者として再臨するまでの選挙戦での言動を追った連載ルポの単行本化だ。トランプ氏ははなから民主主義を軽蔑し、主義主張のためならば法も道徳をも無視する思想をわがものとした。そのベースがロイ・コーン氏の教えだったのだ。

3回目の選挙戦における暗殺劇。弾丸が右耳を掠っただけで生き延びた奇跡。さらに追いかけるような暗殺未遂。トランプ氏は自分が神に祝福された存在であると錯覚し、民衆は神の再臨と歓喜した。

本サイトのトピックスコーナーに「ドナルド・トランプ米大統領の中東歴訪から得られた5つの重要なポイント」と題する論評を掲載した。トランプ氏は日本ならば「公私混同」と批判され辞任においこまれるであろう、行く先々での不動産プロジェクトの契約や600億円もするジェット機の贈呈を受けるなどの行動を平然とおこなっている。彼にとって私事や家庭や国家は一体であり、そのために尽くす自分の行動はすべて「免責」されるのだ。大統領、下院、上院を抑えたトリプルレッド、さらには共和党系が多数を占める連邦最高裁判所。それらが「トランプ王」を担保している。

就任早々、パナマ運河の領有、カナダの併合、グリーンランドの買収、ガザの所有とリゾート地化など、第2次世界大戦後の世界秩序を転覆させるような領土拡張意欲を見せたのも、「アメリカファースト」や「MAGA」などの「大義名分」があれば自分は何をしても許されるのだという法のうえに己を置く思い上がりがあるからである。

第2次世界大戦に勝利して世界の覇者となった奢りと冷戦によるソ連陣営との対決、反共マッカーシズムによるリベラリズムの弾圧。力による支配。青年時代に身に着けた「勝つための3つのルール」を信奉するトランプ氏の自己形成はまさにアメリカの歴史、政治状況の反映だったのである。

 

もうひとつのアメリカ=トリプル・レボリューション(三重革命)

だが、アメリカの歴史は「赤狩り」にみられる反民主主義、反共主義だけではない。

第2次世界大戦は、ヨーロッパにおける帝国主義国どうしの覇権争いに始まったが、ナチスによるソ連攻撃によりファシズムと反ファシズムの戦争に変化し、さらにその戦乱に被植民地諸国の独立運動が参戦し、世界大戦の性格は、民主主義と民族解放のための戦いへとおおきく変化した。

その変化をうけて国連がうまれ、米ソ冷戦のはじまりが核戦争の危険性を世界に意識させた。1954年にはビキニ環礁で実施された水爆実験を機に日本から原水爆反対の平和運動が広がった。
アメリカでの赤狩りは平和と民主主義への世界的なうねりに対する反革命だったのだ。

だがアメリカはアイゼンハワー大統領時代(1953年~61年)にマッカーシズムを克服し、核戦争の危機を現実のものとして体験し(ケネディ大統領時代のキューバ危機(1962年))、キング牧師らワシントン大行進(1963年)など黒人の公民権を求める闘いや、司法による冤罪を糾弾し救命するサッコ・ヴァンゼッティ闘争(映画「死刑台のメロディ」、1971年)や1975年までつづくベトナム戦争反対運動が闘われた。

さらには、1950年代末から1960年代にかけて、アメリカではコンピュータ、オートメーション(自動化)、電子制御技術(サイバネティクス)が急速に発展した。生産現場では人間に代わって機械が働くようになり、特に工場労働者や事務職の雇用に大きな影響が出始めた。1960年代のアメリカにおいて議論され、日本にも大きな影響を与えた「サイバーネーション(Cybernation)」と「トリプル・レボリューション(Triple Revolution)」は、当時のテクノロジーと社会構造の劇的な変化を巡る知識人たちの問題提起だった。

1964年3月、アメリカの有識者グループ「Ad Hoc Committee on the Triple Revolution(トリプル・レボリューション臨時委員会)」が結成され、当時の大統領リンドン・ジョンソン宛に公開書簡を提出した。それが「三重革命」(「現代革命の思想5 アメリカの革命」筑摩書房、p347)である。

この「宣言」は、当時のアメリカ社会が直面している革命的な変化をつぎの3点にまとめ、課題を設定している。
① サイバネーション革命(機械とコンピュータによる生産の自動化。人的労働の需要が減少し、雇用喪失に)
② 兵器革命(核兵器を中心とする戦争の質的変化。全面戦争が人類破滅をもたらす危機に)
③ 人権革命(公民権運動・マイノリティの権利要求が社会秩序を再構築させる圧力に)

三重革命宣言がなされた60年代から70年代、アメリカ、ヨーロッパのみならず、日本も激動の嵐におそわれた。

ベビーブーマーのトップバッターであるドナルド・トランプの2年後に私も生まれ、トランプ氏とはまったくの別世界で育った。上京して大学に入学したのは1967年、19歳。団塊世代ど真ん中の私は、70年安保改定を前にした反安保・沖縄返還・ベトナム戦争反対運動のなかで、60年安保および日韓条約反対闘争を闘った先輩たちから反戦平和運動の洗礼をうけた。理系の大学だったから、1955年にバートランド・ラッセルとアルベルト・アインシュタインが核兵器の危険性と戦争の廃絶を訴えたラッセル・アインシュタイン宣言湯川・坂田博士らの活動の意義をとうとうと教えられた。ヒロシマ・ナガサキの原水爆禁止平和運動、アメリカの学生運動の情報がもたらされ、ローマクラブの「成長の限界」に衝撃を受けた。

 

現代に引き継がれる課題

トランプ大統領の再登場によって、この時代から半世紀を経た現代でも、当時とまったくおなじ課題が突き付けられていることを再認識した。事態は当時よりも悪化しており、抜き差しならない段階に来ている。

つまり、50年前の課題はいま、つぎのように変化、重症化している。
① 「サイバネーション革命」はAI革命と名前を変え、50年前と社会的影響を圧倒的に拡大。
② 「兵器革命」は原水爆だけでなくAIやドローンなどの無人機械による人間殺傷能力が飛躍的に高度化。
③ 「人権革命」は地球規模での致命的な貧富の格差が生まれ人間が等しく生きる権利保証が切迫化。

トランプ大統領が抱えている政策課題は、なにも今日始まったものではなく、アメリカ社会(のみならず現代世界)が抱えている諸課題と同根だ。かれは解決策として、移民排斥、貿易赤字解消、国家間同盟からの離脱、国際協調の停止、領土拡張などを主張しており、高関税政策はその中心政策だ。トランプ氏は高関税策をはじめとして100年以上前のマッキンリー大統領を尊敬し、真似ているという。高関税率ではマッキンリー氏の倍を超えている。だが、アメリカ繁栄の切り札としてマッキンリー氏が導入した高関税率は実は短命だった。しかもマッキンリー大統領は1901年に暗殺されている。急速な工業化と資本主義の進展により貧富の格差が拡大し、労働争議や移民問題、社会不安が高まり、無政府主義や社会主義が広まったことやキューバやフィリピンへの軍事介入など帝国主義的政策への反感があったのではないかとも言われている(マッキンリー個人は軍事介入に消極的だったとの説もある)。

トランプ大統領も全世界に向けて高々と高関税攻撃の拳を振り上げたあと、株式や債券市場への悪影響に驚き、90日間の停止を発表した。しかも、中国の真っ向からの対抗措置に慌て、異常に高率の関税を引き下げるなど弥縫策に走っている。いずれにせよ経済合理性に反した政策は修正を余儀なくされるだろうが、彼の頭の中にある「思想」がそれによって改変されることはないだろう。

アメリカであれ日本であれ、そしてわれわれであれトランプ大統領であれ、現在直面している課題は50年前に世界が直面していた課題と同根であり、問題の大きさ、深刻度合いは当時とは比べ物にならないくらい大きくなっている。古きを訪ねて新しきを知り、有効なる対策を講じる方途を真剣に検討すべきときである。

野口壽一