Test-2

(2025年1月26日)

 トランプ劇場の幕開き 

~はらはら、ドキドキ、どっかーん~

 

 

前代未聞の話題メーカー、ドナルド・トランプさん

1月20日、「トランプ氏」が「トランプ大統領」になった。記録的な寒波のため屋内に移された就任式は世界中継され、トランプ劇場幕開きの映像が世界中を駆け巡った。

トランプに首を切られる反トランプ高級官僚だけでなく、直接影響が及ぶ移民や労働者、一般国民の恐怖感はわれわれ「平和」な日本人にはなかなか実感がわかない。でも、油断はならない。じわじわととんでもない無茶ぶりが飛んで来る可能性大。

「わが国はどうなる」、「世界はどうなる」、とくに各国の為政者たちは気が気ではないだろう。

はらはら、ドキドキ。有識者や評論家たちはここが出番とギャラ稼ぎ。あまりにもたくさんの言説が飛び交うのでいちいちコメントしていたらそれだけで<視点>のスペースはなくなってしまう。読者もウンザリだろう。

だから、『ウエッブ・アフガン』は、アフガンがらみのトランプ演技につきあってみる。

 

アフガン問題でも言いたい放題

前座を務めたのは、EV不況を予感してアメリカ国民の税金目当てに前金をばらまいてトランプ氏に取り入ったイーロン・マスク氏。
1月7日の✕で「アメリカ納税者のお金がターリバーンに流れているのではないか?」と書いて、アメリカの対外援助をめぐる議論に火をつけた。
煙を出し始めたこの火に油を注いだのがティム・バーチェット下院議員。マスク氏が✕で「我々は本当に米国納税者の金をターリバーンに送っているのか?」と投稿すると、数時間後、バーチェット氏は「送っている。次のテロ攻撃は100%、米国納税者の資金で賄われることになる」と断言した。(この間のやり取りは極めて面白い。これまでの数年間、『ウエッブ・アフガン』が報じてきたアメリカのターリバーンへの送金の事実が簡明に明かされた。この間のやり取りはhttps://webafghan.jp/topics/#20250107aで詳しく紹介した。)

トランプ氏はこのやり取りを踏まえて同日の演説で、「(ターリバーンに流れている金額は)信じられない。数百万ドルではなく、数十億ドルだ。」「我々は実質的にターリバーンに数十億ドルを支払っている。そしてそれはバイデン氏によって与えられたものだ」と主張した。(筆者注:アメリカはタリバン復権後も毎週4000万ドルをアフガニスタンに送金していた。これを3年間欠かさず続けたとして約60億ドル。まあ、トランプさんはちょっとお手盛りだけど当たらずとも遠からずかも)。

つづけて、彼は、バイデン政権が与えた米国への経済的損失は最大60兆ドルに上るとして、「米国から50兆~60兆ドル相当の価値を奪ったのもこの男だ」とののしった。(https://webafghan.jp/topics/#20250107b)桁を間違っているとしか思えない60兆ドル(兆円ではない!)というとんでもない金額の根拠は示されていない。(筆者注:2024会計年度の米連邦予算は約6兆4290億ドル(CIA報告)。2001年から2021年までの20年間にアメリカがアフガニスタンにつぎ込んだ総額は約2兆ドルと報告されているが民間の調査では8兆ドル(米ブラウン大の研究チーム調べ)。一体、50兆~60兆ドルの❝損失❞とはどこをひねれば出てくる数字?)

とにかく、腹黒い頭の悪い新任者は前任者の悪口を言うだけ言って自分のスタートを飾ろうとする。トランプ氏の一団はまさにその典型で、すべての悪はバイデン政権にある、と言いつのる。

そしてその仕上げは、就任式前日の勝利宣言演説だった。ワシントンDCで行われた勝利集会で、トランプ氏は、バイデン政権下でアフガニスタンに残された米軍装備品を回収すると宣言したのだ。トランプ氏は就任前に、バイデン政権を批判する材料としてアフガニスタンからの米軍撤退のブザマさと金の使い方を取り上げた。まるで自分には責任がないかのように。

バイデン政権はターリバーン復権を可能にした2021年8月の撤退時、米軍装備品のほとんどをアフガニスタンに置き去りにし、ターリバーンの押収を許した。そのことをトランプ氏は糾弾する。「彼ら(バイデン政権)は何十億ドルもの資金をターリバーンに与えた。彼らは軍事装備の大部分を敵に与えたのだ」と。(https://webafghan.jp/topics/#20250120

そして宣言する。ターリバーンが不法に押収した軍装備品を取り戻す、と。トランプ次期大統領は、彼の政権が装備品の返還交渉をどのように計画しているかについては述べなかったが、その発言は聴衆から拍手で迎えられたという。(しかし、彼のやりそうなことは予想できる。後で述べる。)

 

他人のせいにするな

たしかに、バイデン政権による米軍撤収作戦は、同盟者であったアフガン共和国政府や軍隊を裏切る稚拙極まりないものであった。しかしその原因とベースをつくったのはほかならぬトランプ政権だ。それは、同政権によって進められたターリバーンとの秘密交渉であり、2020年2月のドーハ合意である。(https://afghan.caravan.net/topics/#Doha_Agreement)当時のガニー政権を排除した秘密会議においてアメリカはターリバーンと和平協定を結んだのである。その責任者は当時のトランプ大統領その人にほかならない。

ドーハ合意は米軍の撤退スケジュールや捕虜の釈放、アフガニスタンをテロの拠点としないなどの大筋は公表されたが膨大な秘密部分は知らされていない。知っているのはトランプ氏と交渉担当者やペンタゴンで、その秘密部分をバイデン氏に伝えたのかどうかは知らない。まともな国家なら当然引き継いでいたはずだがバイデン氏は秘密部分については律義になにも語っていない。何せ彼はくそまじめに悪事を働く(息子を使ってさえ)凡人政治家だった。

トランプ氏は「取り戻す」軍装備品の総額は数十億ドルと主張している。その根拠はこれから明らかにされ、ターリバーンに請求書が回ることだろう。戦車、装甲車、航空機(ヘリコプター、その他もろもろ含む)、ミサイル、銃器弾薬、軍事施設、基地等々、アメリカが20年間にアフガニスタンに投資した軍事関係資産が相当の金額になるだろうことは容易に想像できる。

トランプ氏はバイデン氏と次期大統領を争っていた昨年夏の共和党大会でアフガニスタン最大最強の軍事基地であるバグラム空軍基地をバイデン政権が放棄したと批判して、「同基地は世界最大かつ戦略的に最も重要な基地のひとつだ。」「最長の滑走路、最も強力で、強固で、厚い滑走路、わが国はそれを放棄した。私がこの基地を気に入ったのは、アフガニスタンのためだけではなく、中国のためだ。そこは中国が核兵器を製造している場所から1時間の距離にあり、今や中国がそれを保有している」と述べている。(https://webafghan.jp/topics/#20240719b

さらに同演説でトランプ氏は、ターリバーンが米軍の置き去り資産を他国に売却する武器販売国になっている、とも批判している。(上記記事参照)

 

アフガンでどんなディールをやるつもり?

結局、トランプ新大統領が言いたいことは、アメリカはアフガニスタンに膨大な自国資産をもっている、ターリバーンはそれを不当に押収している、のであり、アメリカに返却すべきである、トランプ政権はその返却を求める、という素晴らしく単純で力強いがとんでもなく厚顔無恥な要求である。しかしターリバーンはその要求に応じるつもりはない。トランプ氏が主張するような金をバイデン政権から一切もらっていない、むしろ、アメリカが凍結している70億ドル以上のアフガニスタン資産を即刻返還せよ、と主張している。ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンの4代にわたってアメリカはアフガン資産を凍結し保有している。半分の35億ドルは9.11遺族に渡すとしているが残りの35億ドルについては宙に浮いたままだ。9.11以降の20数年間の利子についてアメリカがどう処理しているのか野口は知らない。

以上のような状況を先回りして大雑把に推測してみよう。
トランプ氏がアフガニスタンに残してきたアメリカ資産の返還をターリバーンに求める。おそらく100億ドル以上を請求するだろう。
ターリバーンはそれに抵抗。返す意思を示さない。そもそも返還の運送費だってバカにならないし、バグラム基地そのほかの価値ある不動産を返還することは物理的に不可能。
ここにターリバーン・トランプ間に広大な交渉空間が出現する。

さまざまなディールの可能性が見いだされる。
アメリカ軍が乗り出してくれば、今やターリバーンに歯向かってきているISとの共同作戦を軍は提案するかもしれない。まったくありそうではないが、極めて現実的なディールでもある。
アメリカの本音を垣間見せる記事も書かれている。(ボイス・オブ・アメリカの1月20日の記事「トランプ大統領、アフガニスタンのターリバーンから米軍装備品の返還を求める 」。 (この記事は次号『ウエッブ・アフガン』で翻訳掲載の予定))

数日前、バイデン政権最後の外交成果としてターリバーンとの間で捕虜交換が実現している。(https://webafghan.jp/topics/#20250122
アメリカとターリバーンは敵対しているだけではない。お互いに相手を交渉相手として認め、具体的な成果を共有しているのだ。外交交渉が成立している。(北朝鮮による拉致問題に真摯に取り組んでいるとする日本政府との何たる差異!)

トランプ氏は、田舎の乱暴者が政治家になりあがったような粗雑さをもっているが、賢い高学歴政治家が大衆を騙そうと言いつくろって馬脚を現すようなことはしない。すべて本音で語って失敗しても意に介さない。だから、ターリバーンとの交渉で最後の最後、次のような落としどころを提案するかもしれない。

「よし分かった。アフガニスタンの残置資産はお前たちにくれてやる。その代わり、凍結アフガニスタン資産はアメリカのものとする」と。アメリカがアフガニスタンに残してきた軍装備品はメンテナンスしなければ宝の持ち腐れになるだけだ。そのメンテナンスを口実に、交渉妥結したターリバーンとアメリカはまた何らかの協定を結ぶかもしれない。そんなしたたかさを平気で発揮しそうな雰囲気をトランプ氏は醸し出している。一件落着。

(トランプ氏の言動からは果てしなく話題のタネが湧き出てくる。編集後記のつぶやきや、次号以降の企画にそれらを芽吹かせていきたい。)

野口壽一