村野謙吉氏論考

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20260521

アジア文明対話・世界文明対話の夢 25_12_03(2026年5月21日)

本稿は、2019年に北京で開催された「アジア文明対話大会」への参加体験を軸に、現代世界に必要な文明間対話の重要性を論じた文章である。著者は、インターネットやAI技術の発展によって世界中の情報が瞬時に共有され、戦争・災害・移民問題など複雑な危機が人々の日常に入り込む現代を「錯乱状況」と捉え、そのような時代だからこそ文明的視点が必要だと主張する。

北京での大会では、中国側が「文明の衝突」を超える相互理解を訴え、著者自身も「ローマ文明的秩序と中華文明的秩序を超える一帯一路の理念」を発表した。さらに、中国高速鉄道網やデジタル技術の発展に強い印象を受け、西欧中心の世界秩序が変化しつつある現実を考察する。

一方で著者は、中国にも課題があるとし、儒教や老荘思想など東洋思想を通じて、秩序と精神性を両立させる必要性を説く。また、アメリカや西欧社会の混乱にも触れ、量的な豊かさではなく「美意識」に基づく価値観こそが未来社会に重要だと述べる。最後に、仏教の縁起思想や荘子の「胡蝶の夢」を引用し、文明や価値観の違いを超えて、世界の識者たちが自由に夢を語り合う対話の場の必要性を訴えて締めくくっている。

 

20260504

ワルシャワで想う「脆弱な花盛り」(2)(2026年4月19日)

本稿は、ワルシャワ滞在の体験を起点に、戦争・歴史意識・家族・国家のあり方を考察し、現代世界の不安定さを「脆弱な花盛り」という比喩で描いた随想である。筆者はロシアのウクライナ侵攻後、ポーランドが数百万人規模の難民を大きな混乱なく受け入れている現実に触れ、日本社会で同様の対応が可能かを問い、関東大震災時の虐殺などを引き合いに歴史認識の差異を示す。

さらに、ワルシャワのデモや日常生活を観察し、自然と共に穏やかに暮らす家族や子ども、犬を中心とした温かな社会を描く一方、その背後に戦争の記憶が深く刻まれていることを指摘する。これに対し日本は、外敵の侵入に対抗する「戦争体験」が乏しく、国家や軍への認識、歴史理解に独特の弱さを抱えていると論じる。

また、グローバリズムや金融資本主導の社会、AIによる言語や人間の変容といった現代の潮流が、家族や人間の絆といった基本的価値を脅かしている可能性にも言及する。

最後に筆者は、日本の「内的自信の欠如」を歴史的要因から批判しつつ、世界全体が不安定で壊れやすい「脆弱な花盛り」の状態にあると指摘する。そして、子どもや家族、自然と共にある生活を大切にすることこそが、これからの社会の基盤であるべきだと結論づけている。

 

20260419

やまとのこころ讃歌̶あこがれの日本のために̶(2026年4月19日)

本稿「やまとのこころ讃歌̶あこがれの日本のために̶」は、西欧文明が主導してきた戦争と覇権の歴史を背景に、それを超克する理念として日本の「和」の精神を提示する思想的・詩的論考である。著者は、西欧文明が技術や文化の面で人類に多くの恩恵をもたらした一方で、戦争による膨大な犠牲を生み出してきた現実を指摘し、世界が依然として闘争と虚偽に満ちているとする。その中で、各国が相互の歴史と伝統を尊重し「和の国家」となることを願い、「やまとのこころ」を世界に広げる理想を掲げる。

この「やまとのこころ」とは、聖徳太子の「十七条憲法」に示された「和」の理念に由来し、単なる協調ではなく、「個の自由」と「多の秩序」を調和させる生成的な平等思想である。それは「まこと」に基づく精神であり、国粋主義的な「大和魂」とは異なる普遍的価値として位置づけられる。

本文中の詩は、戦いに疲れた人間が日本に至り、初めて「やまとのこころ」に触れるという物語を通して、その本質を「明き・浄き・直き心」「あはれ(共感)の心」「和(やはらぎ)の心」として描き出す。また、それは貧しき者に寄り添い、人々と喜びを分かち合う倫理的実践でもある。

さらに著者は、日本文化がインド仏教や中国文明を取り入れつつも、それらを選別し独自に昇華してきた歴史を指摘する。渡来人の貢献や仏教思想の受容を通じて、日本は多様な要素を「和」によって統合してきた。この柔軟で批判的な受容態度こそが日本文化の特質であるとされる。

一方で、近代の国家神道や覇権的政治は「和」の理念を損なうものであり、虚偽や責任回避といった「まがごと」を生むと批判する。真の「和」は、宗教や民族を超えた平等観に立ち、他者を支配しない非覇権主義の原理として、国家間関係にも適用されるべきである。

結論として、本稿は聖徳太子の理想に基づく「和の心」を、現代世界における普遍的理念として再評価し、日本がその精神的資産をもって国際社会に貢献すべきであると主張する。それは単なる伝統回帰ではなく、人類の平和と共生を実現するための未来志向の思想である。

20251226

親鸞とジョージ・オーウェル 26_01_07F 2(2026年2月28日)

本稿は、鎌倉仏教の親鸞と20世紀英国の作家ジョージ・オーウェルを対比し、両者に共通する思想の核を探る文章である。著者は、親鸞の「凡夫の自覚」と、オーウェルの「ありのままの人としての品位(human decency)」を重ね、名声・権力・知の傲慢に対する深い批判精神を共通項として示す。親鸞は宗教権威や自己の偽善を厳しく見つめ、オーウェルは帝国主義・全体主義・不正を告発した。時代も文明圏も異なる二人だが、平凡な人間の尊厳を守ろうとする姿勢、権力と知識人の堕落を見抜く眼差しにおいて通底している、と論じている。

20251208

日本と東アジアを結ぶ汎アジアの「和」の精神  村野謙吉26_04_07(2026年4月7日)

本論考は、鑑真を起点とする日中・汎アジアの精神交流の歴史をたどり、日本文化の根底にある「和」と「礼」、そして「道」の成立を論じる。仏教はインドから中国を経て大乗化し、日本では聖徳太子の「和の国体」と結びついて定着し、平安文化や能・歌舞伎・武道・茶道・和食など多様な「道」の文化を育んだとする。現代の物質主義と文明的混乱を批判し、「もののあはれ」と「和の精神」に立脚した新たな未来文明の創出を訴える。

 

 

20251013

西欧近代知の虚無・日本の「まこと」25_08_20 copy(2025年10月13日)

本論考は、現代世界の混乱と西欧的思考の限界を批判し、日本文化に見出される小さな真実の価値を説く。著者は、戦争・感染症・文明衝突など世界的危機の背景に、西欧近代の「観念」偏重と知識人の虚無を見いだす。J.S.ミルやヘーゲルらに象徴される観念哲学は、現実の庶民生活や道義から乖離し、支配や戦争の正当化に転化したと論じる。一方、日本文化には、上嶋鬼貫の句「つくづくと思ふ我レむかし踏みつぶしたる蝸牛哉」に象徴される、ささやかな命への「まこと」や「あはれ」の感性が息づくとする。それは理論的善悪を超えた体感的道義であり、拡大と対立を志向する西欧知の虚無への対抗軸である。著者は、一茶の句「露の世は露の世ながらさりながら」を引き、無常と共感に根ざす日本的美意識こそが現代の癒やしと希望であると結論づける。

20250822

世界が燃えている! 三界は火宅だ 村野謙吉 25_08_15更新(2025年8月15日)

本論考は『現代世界は戦争、環境破壊、貧困、民族対立など多様な危機が同時進行する「多重危機」の時代に入っている。ウクライナ戦争や中東の衝突、アジアでの軍拡競争は、冷戦後に続いた国際秩序の安定が崩れつつあることを示している。さらにAIの急速な進化や情報操作、民主主義の後退、権威主義の台頭が人々の自由と尊厳を脅かしている。経済格差の拡大や難民の増加も深刻な課題である。本論では、こうした状況を「世界が燃えている」と表現し、人類がこれまで経験したことのない規模の挑戦に晒されていると警鐘を鳴らす。危機の連鎖を断ち切るには国家間の対立を煽るのではなく、市民社会の連帯、民主的な対話、国際協調を基盤とした新たな価値観の共有が不可欠であると強調していること』を明らかにする。

20250727

日本と東アジアの「和」村野謙吉 25_07_27(2025年7月27日)

本論考は、現代世界の混乱は「自由」と「秩序」の相克に起因し、情報操作と分断が深まる中、日本の伝統的価値観に立ち返る意義を強調する。著者は神社仏閣や仏教寺院を巡る中で、日本の「礼」や「掃除の美学」に象徴される精神性に注目し、鑑真の来日と仏教伝来の意義を再評価する。鑑真は征服ではなく「和」の精神に基づいて仏教を伝え、聖徳太子の「十七条憲法」にも通じる普遍的平等と信頼の理念を体現した。「仏道」に起源を持つ様々な「道」は、日本文化における美と礼の根幹であり、今こそ文明的対立を超える「和の精神」が求められていることを明らかにする。

20241111

死刑制と戦争、どちらが不条理か 村野謙吉(2024年11月11日)
一水四見: 見る視点により「水」は4通りに見える。同一の客観対象が、それぞれの主観の認識能力・利害関係等によって様々に認識されうる。死刑と戦争による殺人。その比較について「様々な報道媒体で、死刑執行の報道を聞く度に、死刑をめぐる様々な思いがよみがえってくるが、わたしには特別な個人的理由がある。わたしの仏教の師は篠田龍雄(しのだ・りゅうゆう)師で、浄土真宗の僧侶として死刑囚の教誨(きょうかい)に生涯を捧げていたからだ」としてつづられる村野氏の考察。

20241014

鈴木大拙ー世界人としての日本人 村野謙吉
(2024年10月14日)(今、わたしは、明治・大正・昭和の3代を、当時の西欧の著名な知識人と交流し、東洋の「霊性的自由」を生き抜いた一人の著名な人物を、懐かしく想い出している。その人物は鈴木大拙 (1870-1966)である。–本論考は、本コーナー「鈴木大拙と西欧知識人との新相関関係(下)の更訂版であるが、独立した論考となっているため独立して掲載する。)

20240921

なぜ、ヨーロッパでは継続的に戦争が起こるのか 村野謙吉
【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草(7)/村野謙吉(2023年2月2日)(「自由」と「秩序」は、人類の歴史的生態系を維持している矛盾的相互補完の原則である。「自由 (liberty / freedom)」は「我」(個) の利己性を特質とし、「秩序 (order)」は「世界」(多) の規律性を本質とする。そして自由と秩序の間に、平等の理念が常に曖昧に揺れ動いている。なぜ、ヨーロッパでは継続的に戦争が起こるのかを問う。)

20240801

鈴木大拙と西欧知識人との深層関係 (上)
鈴木大拙と西欧知識人との深層関係 (下)
今後の世界の安定要因をなすべきユーラシア・東アジア諸国民の平和を願いつつ、として仏教・日本文化・G.オーウェル研究家; 翻訳家; コラムニスト(Mainichi Daily News (1978 – 1983)など)の村野健吉さんから送られてきた論考。正反合の西洋哲学、二項対立の思想に対して、<絶対矛盾の自己同一>の観点から前者を取り込みながらより高みに引き上げた、鈴木大拙と西田幾多郎の哲学は野口にとって重要なる学習課題である。

20240625

「1984年」の倒錯世界と「茶の本」の和の世界 村野謙吉
仏教・日本文化・G.オーウェル研究家; 翻訳家; コラムニスト(Mainichi Daily News (1978 – 1983)など)の村野健吉さんによる、最新の現代世界時評。ジョージ・オーウェルの研究者として『1984年』を改めて熟読する必要が具体的に論じられます。「今後の世界の安定要因をなすべきユーラシア・東アジア諸国民の平和を願いつつ」と添え書きされて送られてきました。

20230801

和をもって貴しとなすー米中露三大軍事大国に囲まれた和国・日本の世界史的意義 ー/村野謙吉(レコンキスタ・RECONQUISTA・令和5年(2023)年8月1日掲載)
「仏教・岡倉天心・ジョージ・オーウェルを私の歴史観」とする村野謙吉氏の論考。評者・野口は、若き頃「ウィガン波止場への道」「動物農場」「カタロニア賛歌」「1984年」などを読み、オーウェルに心酔した。村野氏はオーウェルの作品をすべて原書で読破されたオーウェル学会の学会員。同時に仏教の道を究めんと精進されている。氏によるオーウエル論、聖徳太子の「和」の精神についての講和には心打たれるので、ここに収録させていただいた。

20231201

中国の夢と宗教的現実 村野謙吉
【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草/村野謙吉(2023年12月1日)(中国大陸、台湾などの宗教比率・信者数などのデータをもとに「安定的な国民生活としての国体を守る内面的身体である」宗教について考察する。)

20231013

ヨーロッパの諸問題解決の源泉・ポーランドと今後の世界 村野謙吉
【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草 (10) 村野謙吉・2023年10月13日

20230731

ワルシャワで想う「脆弱な花盛りの世界」 村野謙吉
【NPJ通信・連載記事】色即是空・徒然草 (9) 村野謙吉・2023年7月31日