Afghanistan and Syria: Questions and Concerns

(WAJ: アサド政権打倒後のシリアの指導組織シャーム解放機構(HTS)の前身はヌスラ戦線。同組織はかつてアル=カーイダのシリア支部だった。HTSの指導者アブ・モハメド・アル・ジャウラーニー(注:シリア内戦を制したシャーム解放機構の軍事指導者の戦闘名。本名はアフマド・フサイン・アル=シャラア)はアル=カーイダと敵対し壊滅させた前歴をもつ。アフガニスタン・ターリバーンはHTSを同類の組織とみてエールを送っているが、HTSは女性に対する政策などターリバーンと一線を画している。その微妙な関係を本論考は解明する。)

モハンマド(ハシュテ・スブ(アフガニスタンの独立系メディア))
2024年12月24日

シリアにおける急速な情勢の変化は、数多くの疑問と重大な懸念を引き起こしている。中東、特にシリア情勢の複雑さは周知の事実である。この複雑さは、地方レベル、国家レベルから地域的、国際的な次元にまで及んでいる。しかし、シリアは独自の特徴を有しているものの、シリアに限った話ではない。この地域の他の多くの国も、同様の痛ましい軌跡をたどる危険にさらされている。かつては地理的に有利な位置にあり、数千年にわたる豊かな文明を誇り、文明と帝国の発祥地と思われていた国が、今や災害と危機の渦に巻き込まれている。何百万もの国民が、将来に対する恐怖と不確実性の重い影の下で暮らしている。この暗い状況は、この地域の他の国々に多くの疑問を生じさせ、懸念をかき立てている。

アナリストたちが最近問うている重要な疑問のひとつは、血なまぐさい過去を持ち、民主主義国の一部の政界が交渉の必要を主張する原理主義勢力ターリバーンへのアフガニスタンの引き渡しが、シリアにおける原理主義グループの台頭を促すモデルとなっていないかどうかだ。さらに、このモデルは将来他の国々でも再現される可能性があるのではないだろうか。20年におよぶターリバーンの犯罪を見て見ぬふりをし、その後の彼らの支配への支援が、今日の先進国にとって容認されるのであれば、中東、アフリカ、アジアの一部に存在する他のジハード主義グループの血なまぐさい記録を無視し、さらには彼らの権力掌握への支援を、世界が止められるだろうか?

ターリバーンとシリアのジハード主義グループを比較すると多くの類似点が明らかになるが、相違点もあり、完全に同一視することはできない。例えば、アブ・モハメド・アル・ジャウラーニーは、彼の物議を醸す経歴と、ISIS、後にアル=カーイダとの過去のつながり(何年も前に関係を断ち切り、彼らに対して戦ったとさえ言われている)にもかかわらず、現在はすべてのグループが参加するシリア政府について語り、統治は国民の意志に基づき、シリア国民が受け入れた憲法がこれからの基礎とだと主張する。さらに内外の緊張を避けると強調している。ジャウラーニーの現在の姿勢が、権力を握ってから真意を明らかにする前に原理主義者がよく使う戦術に過ぎないのか、それとも彼が自国の血なまぐさい紛争から本当に学び、寛容、包摂、参加を強調する別のアプローチを採用したのかは、今のところ不明である。女性の役割や他の社会集団の包摂に関する彼の見解からは、どうも前者の例と捉えられる。それにもかかわらず、シリアの聖戦(ジハード)主義者たちはターリバーンのような集団と自分たちを区別しようと努めている。

一方、シリアの聖戦主義者の中には、アレッポに入るとターリバーンの旗を掲げ、ターリバーンを思わせるスローガンや掛け声、姿勢をとった者もいたことは無視できない。さらに、シリア政権との戦いで重要な要素であった彼らのイデオロギー的立場は、ターリバーンのそれと似ている。経験上、多くのグループが権力を獲得するためにさまざまな戦術を駆使し、国民に約束や説得力のあるスローガンを掲げる。しかし、権力を握った後、彼らはしばしばその約束を放棄し、まったく異なる軌道をたどる。ドーハでの交渉中、ターリバーンは彼らの統治はこれまでとは異なることを保証し、アフガニスタンの懸念に対処する新しいモデルを約束した。しかし、権力を握ると、彼らは古い政策に戻り、支配を維持する自信が増すにつれてますます独裁的かつ抑圧的になってきた。同様に、シリアの聖戦主義者が権力を掌握した後、現在の約束を守り、原理主義グループが構想するような厳格な神政政府を樹立しないという保証はない。

もうひとつの重要な疑問は、この地域の多くの政権と、不安定なバッシャール・アル・アサド政権との類似点である。何年にもわたる国民の抗議、国中に広がる不満、深刻な地域的緊張、そして最小限の支持を集めるための国内外の政策改革を求める数え切れない声にもかかわらず、アサド政権はこれらの痛ましい浮き沈みから学ぶことも、自ら改革を模索することもできなかった。問題は、そのような政権の腐敗した構造が機能不全のレベルに達し、欠陥のある政策を改訂する能力を全く失ってしまうかどうかである。広範な怒りを目の当たりにしているにもかかわらず、彼らは自らが倒れるまで自らが選んだ道を貫く。例えば、ターリバーンは失敗した最初の政権から学ぶことも、市民や政治団体、国民の間に広がる不満を考慮することもなかった。国家の統一、包摂、他の勢力との協力の道を採用する代わりに、反人権政策に対する世界からの批判の高まりへの対応は、統制を強化することだった。同様に、イランの聖職者政権は、さまざまな地域的舞台で地位を失い、脆弱性が高まっているにもかかわらず、ヒジャブの着用義務の実施や、美徳の普及と悪徳の防止という原始的な規則の施行、その他の厳格な法律など、厳しい措置を強化している。

国家政策の無能さが蔓延し、国内の政治的対立や地域および国際的な大国の利害が対立していることから、この地域の国々の見通しは暗い。この地域の何億人もの人々の暮らしは、苦々しい曖昧さと驚くべき不確実性で曇っている。シリア情勢は、シリア国民の悩みの種であるだけでなく、この地域の多くの国々に不安なメッセージを伝えている。

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