~071

(2023年7月25日)

 忘れられた思想家 

~日本が誇るべき安藤昌益の復活~

 

LGBTという言葉はいまでは誰でも知っている。最近はLGBTQとかLGBTQ+などと議論されて性の概念および性差の認識や知識が深まり広がっている。そもそも人間の男女性差だけでなく、自然界での雌雄の存在は多様で千差万別であり、境界もあいまいであるだけでなく、性や雌雄性も特定の個体においても固定したものでなく時系列において変化しうるものであることも知られている。つまりこの分野での科学的認識が近世以降急速にふかまっているのである。

プラトンの「饗宴」

僕が高校生のころ読んで大感激したプラトンの「饗宴」に出てくる有名な言葉、「おお」「おめ」「めめ」という言葉は、LGBTほどではなくても多くのひとが知っているに違いない。

知らなかったり、忘れた人のために、そして自分のために少しばかり復習してみる。

「おお」とは漢字で書くと「男男」、「おめ」は「男女」、「めめ」は「女女」。「饗宴」の作中エピソードのひとつにこれが登場する。つまり、古代の人間はボールのような丸い形の3種類、おお、おめ、めめがおり、頭がふたつ、手が四つ、足も4本。走るときにはころころと転がりとても素早かった。神様の言うことを聞かずいつも逆らってばかりで歯向かってくる始末。そこでゼウスの神は怒ってボール人間を背中からふたつに叩き割った。それで男女ができたというお話。

しかし話はそこで終わらない。神様は人間をふたつに切っただけでなくなぜ切られたかを忘れさせないようにするため、首を半回転させて自分の切断面がいつも見えるようにした。弱くなった人間はむかし強かったころを懐かしんで元の完全な体になろうと片割れ同士で切断面をくっつけて抱き合って感涙にむせぶようになった。しかしそれでは子孫が生まれず死に絶えそうになったから男用と女用の例のものを切断面のほうに付け替えてやった。それ以来、感涙にむせびながら子孫を残す営みができるようになったのだそうだ。しかも、むかし男男だったペアはホモ、女女だったペアはレズになったと、ホモやレズがなぜ存在するかの根拠まで、「饗宴」でこのエピソードを開陳したアリストファネスは明らかにしている。

社会に目覚めて知った安藤昌益

LGBT論議は古代からあったようだ。だが、この説話は、プラトンが「愛」について議論をするさいの材料のひとつとして採用しただけであって「饗宴」で述べられる主題ではない。プラトンは師ソクラテスの思想を説明するためにこのエピソードを引用したのだ。ソクラテスの言う「真実の愛」とは、神と人間の間に存在する「知を愛すること」、つまり「愛知」=「フィロソフィー」=「哲学」である、と説いたのである。

性に目覚める高校生のころ(だいぶ遅かったが)の僕が知的興奮を覚えたのは古代ギリシャ哲学の古典だった。その後、社会活動に目覚めた大学生のころ日本の医者にして哲学者、安藤昌益を知った。そのころ、本稿のタイトルに使った「忘れられた思想家―安藤昌益のこと―」(E・ハーバート・ノーマン、岩波書店)を読んだのだった。そのころちょっとした安藤昌益ブームがあって1971年には中央公論社の日本の名著シリーズ第19回配本「安藤昌益」を購入した。箱入り本の箱の帯には「 “忘れられた思想家” 安藤昌益は、H・ノーマンの国際的紹介によってもなお読まれることは少ない。日本の封建思想に対する、もっとも徹底した批判者であった昌益は、当時の基本的思想のすべてを読破して独創的体系を樹立した。」とある。

安藤昌益の到達点は尋常ではない。「饗宴」でエピソードとして語られた比喩をかれは思想のレベルにまで高めた。昌益は徹底した平等主義者、自然合一主義者であり、その立場から男女や政治や社会の在り方を論じている。いま、その全貌を明らかにする時間はないから、人間の男女の関係だけに限定すると、昌益は、「男女」と書いて「ひと」と読ませている。青森県八戸市にある「安藤昌益資料館」の資料によれば、かれの言わんとするところは「男と女がいて、はじめて一人の “ひと” となり、人間になるといういうこと」だ。昌益は、自分の思想を表現するためにたくさんの言葉を発明しているが、そのひとつに「互性」がある。同上資料館によればそれは「あい異なるものが相互に依存し、かつ相互に相手の本性を内在している関係のこと。天と地、男と女、雄と雌などの関係をいう。本質的には同一だが、表れ方に違いがあり、お互いがお互いを生かしあって存在していることである」とある。違いを二項対立的にとらえるのでなく、本質的に同一のものの現れ方の違いである、ととらえる認識法だから、「異なるものの平等」という西洋流の考え方とは違いがある。

西欧において平等の概念は神の呪縛から逃れて人間が合理的な世界観を獲得する人間性解放の運動において確立した。フランスにおける社会改革運動と知的啓蒙活動の成果である。そのもっとも有名な思想家のひとりにジャン=ジャック・ルソーがいる。ルソーは、「人間不平等起源論」で、人間の不平等は自然によって生まれたのではなく社会的に作り出されたものであることを解明し、社会的に作り出された不平等の解消を主張した。そのような思想運動と産業革命が合わさって現代が生み出されたのは常識であろう。しかし、ルソーが「人間不平等起源論」を発表したのは1755年。安藤昌益はルソーより9歳年上にして、ルソーが同書を発表したころにはすでに、八戸を拠点に医者として活動しつつ門人たちを集めて講話を行ったり、講演にでかけたり、執筆したりしていたのである。

社会経済的発展による封建制度打破の運動がフランスをはじめヨーロッパでは進展し、ルソーらの啓蒙運動は社会革命運動につながっていった。それに引き換え、江戸時代中期の厳しい徳川封建制支配のもとで窒息させられた安藤昌益の思想は遺棄・忘却される悲劇に陥ったのである。私が安藤昌益を持ちだして言いたかったのは、男女平等の思想は西洋の独占物ではなく、孤立した日本の風土の中からも生まれ得た普遍的な思想だということである。(安藤昌益の思想全般はSDGsとしてまとめられている現代思想をはるかに先取りした広さと深さをもつのであるが、その点の解明は別の機会に譲りたい。)

自然の摂理に何重にも背反するターリバーン

さて長い前書きはここまでにして、ここからが本題。いうまでもなく、テーマはアフガニスタン。

安藤昌益の「男女=ひと」思想に真っ向から立ち向かい、否定する、無駄で、はかない抵抗をしているのがターリバーンだ。かれらは男女平等思想を西洋思想として唾棄し、敵視している。しかしそのような態度は時代遅れの偏見にすぎない。中央アジアの古代史のなかには、神との対決でなく神との合一を宇宙との合一とみて思想と作品を紡ぐ「愛の詩人」として有名なルーミーを始め多くの詩人や科学者や思想家がいる。11世紀初めにホラーサーン(現在のイラン・アフガニスタン領域)に生まれた科学者・詩人オマル・ハイヤームはコーランの観念性と矛盾を詩的に批判しつくした。ターリバーンと闘う現代の人びとのなかには、自身をムスレム(イスラーム信者)であるとしながらも、コーランはターリバーンの言うような女性差別を認めていないと主張する人々もいる。一方、ターリバーンは、現在の女性に対する扱いは、イスラームが定めるシャリーア法にもとづき女性を保護する崇高なる行為であると主張して、反対者を暴力的に抹殺している。男女はひとつの本性から生まれた別の表れ、相互に相手の本性を内在している互性だとする安藤昌益の見立てにしたがえば、ターリバーンの行いは左手と右手が互いに殴り合いをしているような滑稽な代物だ。

ターリバーンは詩や音楽などすべての表現活動を検閲し、挙句は詩作や作曲や演奏を禁止している。かれらが芸術的表現を極度に恐れるのは、それが現状を変革し未来を形作る人間の精神生活をインスパイアし彼らの立場を危うくするからだ。特に言葉はひとを思想的に感化する強い力をもち、耳や目や皮膚からひとを刺激する音楽や絵画とともに、ひとにひらめきを与えたり、啓蒙したり、新しい考えに気づかせたりする。芸術は社会にとっても個人にとっても未来を切り開くドリルの歯のようなものであり、同時に、対立をいやし統合し救済する「ひとの営み」そのものである。

『ウエッブ・アフガン』で掲載しているように、アフガニスタンの女性詩人ソマイア・ラミシュさんの呼びかけに応えて世界中の詩人100名以上が支援と連帯の詩を贈り、それがまず日本で出版されることになった。8月15日に発売が開始される。Amazonでは予約が始まっている
「ひとの営み」に国境はない。国際的な世論の輪を強め、暴虐を振るうターリバーンを孤立させ、歴史の進行に抗う行為が無駄であることを悟らせなければならない。

【野口壽一】

2 thoughts on “<視点:071>忘れられた思想家~日本が誇るべき安藤昌益の復活~”
  1. ターリバーンの女性差別の理論は、何のですか? 女性は家庭にとどまり家庭を大事に、という主義ですか?

  2. 編集部の野口です。ご質問ありがとうございます。取り急ぎ、ポイントのみを記させていただきます。

    ターリバーンによる女性差別の表れとして外部世界(イスラーム諸国も含め)から批判されている主な事例は、
    ● 女性や少女に対して認められる学校教育が小学6年生までであり、すべての女性に中高大学それ以上の教育が否定されていること(ただし医師や医療関連業務など女性を対象とし女性にしかできない専門家の育成を除く)
    ● 女性の就業を認めない
    ● 女性の単独の外出を認めない
    ● 体全体を布で覆い隠すこと。ヒジャーブやブルカなどの強制
    ● 各種イベントへの出席禁止
    ● 遊戯娯楽施設への入場禁止
    ● 美容院の廃止
    ● 児童婚や売買婚
    ● 強制結婚
    その他、書ききれないほどの事例があり、ターリバーンの〝政策〟女性を家に閉じ込める隔離政策という単純でおとなしいものではありません。

    お尋ねの趣旨は、このような女性差別と見なせる事例の背景にある、ターリバーンの理論ないし思想の源泉はなにか、ということです。

    簡単にいうと、その根拠はふたつあります。
    ① ひとつは、イスラームの規定を根拠にしたもの。
    ② もうひとつは、ターリバーンの主体であるパシュトゥーン族の旧弊固陋な因習。

    最初に確認しておきたいのは、ターリバーンには、女性を差別・抑圧しているという認識はありません(ただしターリバーンは一枚岩ではなく女性の扱いに関する政策の在り方については女子教育問題も含め内部に異論が存在しています。)逆に、彼らは、女性を差別し権利を剥奪・迫害しているのではなく、聖典コーラン(またはコラーン。正確な発音は〝クルアーン〟に近いらしい)とイスラーム法であるシャリーアの正しい運用によって、男性が尊敬すべきものとして女性を保護しているのだ、と主張しています。また、女性の教育に関しても、教育を否定しているのでなく女性を正しいモスレム(イスラーム信者)に成長させるべく適切な措置を施しているのだ、と主張しています。

    しかし、コーランにもとづくといってもその規定は千数百年前の戦闘に明け暮れていたアラビア半島の在り様に縛られたものです。その後、布教地域が広がり、時代が下るにつれ地域性や民族性、社会などの相違と経済的社会的発展変化を踏まえ、新しい事態に適応すべく宗教学者がコーランやシャリーアなどをそれぞれに解釈してさまざまな布告を発します。そのため、イスラームはさまざまな流派に分かれ、お互いを異なる宗教であるとして殺し合う(ジハード=聖戦)ほどの対立を内包するまでになりました。ターリバーンが信じる流派はコーランが成立したころに戻ろうとする復古派に属し、さらに過激な思想、行動を是とする分派です。(この点に関しては、『ウエッブ・アフガン』では一貫して報道し続けてきましたが、池滝和秀氏が「タリバンが『女性蔑視思想』を築いた3つの背景」(https://toyokeizai.net/articles/-/450278?display=b)で簡明な解説をしています。参考になさってください。)
    さらに状況を複雑にしているのは、ターリバーンの主流をなすパシュトゥーン族が、イランや南アジア全域に今も残存する女性嫌悪・女性蔑視イデオロギーであるミソジニーを色濃く保持する民族であるという点です。(この点に関しても『ウエッブ・アフガン』で繰り返し解説していますが、30数年間の南アジアにおけるフィールドワークを通してパシュトゥーン族の文化的社会的特質を解明した松井健氏の労作「西南アジアの砂漠文化」(東京大学東洋研究所刊)があります。きわめて貴重な著作物です。)
    ターリバーンの側に立って、ターリバーンの女性政策を擁護した書物としては中田考氏の「タリバン復権の真実」(ベスト新書)があります。この書を読めば、ターリバーンが女性問題だけでなく、アフガニスタンでおこなっている暴挙の根拠なるものがいかに時代錯誤で非人間的なものであるかがよく分かります。西洋的近代化と植民地主義・帝国主義に反抗したい意図と気持ちは理解できないでもないですが、近代思想を乗り越えるのに〝野蛮〟に戻って対抗することがいかに悲惨な結果を生むかが、さらによく分かります。時間とお金に余裕があれば、一読してもよいかもしれません。

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