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(2023年9月5日)

 イスラーム ファッションを実践するインドネシア 

~世俗主義=政教分離を超え共存による変革へ~

 

先日(8月27日)東京神保町の学士会館でひらかれたアジア民族造形学会総会で、研究発表のチャンスをいただいた。総会後の発表会のテーマはインドネシアだった。『ウエッブ・アフガン』での知見をベースに「南アジアのイスラームとミソジニー」のタイトルで発表に臨んだ。

発表用の資料をつくる過程で、世界最大のモスレム(イスラーム教徒)人口を擁するインドネシアにおけるイスラームの独特なあり様とその優位性とを再発見し、アフガニスタンの、さらにはイランとパキスタンにおける今後を考えるうえで、インドネシアの実践は未来を指し示すモデルになりうるのでは、と確信した。

結論を先回りして述べると、女性の取り扱いに関してイスラーム諸国では政教分離(イスラームの世俗化、トルコや北アフリカ諸国)による西洋化か豊富な石油収入をベースにした女性保護を行う中東イスラーム富裕国か、イランやアフガニスタンのような極端なイスラーム解釈による神権政治を行い女性隔離抑圧を行う諸国が世界の耳目を集めていた。しかし、インドネシアは建国の基本原則の第一に「唯一神への信仰」を掲げながら「人道主義、国の統一、民主主義、社会正義」を実現するために国民的な努力をしつづけてきていた。もちろん、その努力には行きつ戻りつや流血の惨事があったとしても、21世紀の現在、混迷するイスラーム諸国とは一線を画する進歩を見せている。

詳細な研究はこれからとして、まずは気づいた点を簡単に述べておきたい。

 

ターリバーンはなぜ、女性を目の敵にするのか

ターリバーンの女性に対する抑圧は最近では、際限のない「いじめ」のようなものになっていると言わざるを得ない。
2年前の再登場初期には、第一次ターリバーン支配期(1996年~2001年)の時のような苛烈極まる処置弾圧はしないと約束していたが、日を経るに従い、原点帰りをしつつある。

西洋思想に対抗するとして一般的な自由や平等や歌舞音曲や詩作などの芸術活動を否定するだけでなく、女性と少女に対して容赦のない差別抑圧を加えてきた。彼女らから教育を奪い、職業を奪い、外出の自由を奪い、娯楽を奪い、美容=身だしなみを奪い、児童婚を強制し、ついに、ヒジャブ着用を口実に国立公園への家族旅行の楽しみまで奪ってしまった。それは差別抑圧といった政策のレベルを超えた、いわば「ジェンダー・アパルトヘイト」という性差別・性奴隷化とも言うべきものにさえなりつつある。(そのような行為の数々は本サイト「トピック」コーナーを参照してほしい。

ターリバーンほど極端ではなくとも「ミソジニー」と呼ばれる女性嫌悪、女性蔑視、女性差別・抑圧の行為は、洋の東西を問わず存在してきた社会現象だ。「ミソジニー」は、人権意識や男女平等意識がうまれ造成していく中で克服されてきた。表面的な表れは減少し、先進諸国では内面化した「ミソジニー」が問題とされるようになっている。
なぜアフガニスタンでは、とくにターリバーン強硬派は理不尽なミソジニー行動に走るのだろうか。私の理解によれば、彼らは「理不尽」な行為を働いているのではなく、逆に、女性を尊いものとして敬い、保護していると誤認しているのだ。そのような主張の根拠は以下のふたつである。

(1)パシュトゥーン族の固陋で偏狭な因習=パシュトゥーンワリ(パシュトゥーン族の掟)
(2)コラーン(クルアーン)の曲解

(1)も(2)も、その根拠は男社会・父権社会の残滓にすぎない。人権の確立が目指されている現代にあっては時代遅れの犯罪的な思想にすぎない。

 

ミソジニーは唾棄すべき遺風

ミソジニー(女性への嫌悪感や差別的な態度)は人類史上、社会や文化に根ざしていたが長い時間と血と汗と多大な犠牲を払って克服されてきた遺風であり、因習である。男が作った宗教でも、女性の進出が目覚ましい。女性司祭、女性神父、女性牧師の可否が議論されたり、女性牧師などは実現しているところさえある。
男女差別克服の過程では人権意識の啓蒙があり、男女を含めた教育の実践があり、法律の制定があり、女性の活躍があり、女性の経済的自立があった。その過程は闘いともいうべきものであり、男女共同の事業であった。日本でも男女共同参画とか男女雇用平等法とかが定められ、努力がなされている。(とはいえ日本の国際ジェンダーランキングは下位グループにとどまっているが、それにはまた別の問題があり、ここでは論じない)。

ターリバーンやイラン聖職者保守層が行っている施策は人類最後の悪あがきであり、両国の女性たちの闘いは人類史における女性解放の「しんがり戦」と位置づけることができる。

 

端的な例:ヒジャブ問題

イランで昨年9月に発生したマフサ・アミニ事件のきっかけは、ヒジャブの着用が不適切だったとして風紀警察が逮捕した女性が拘留中に死亡したこと。彼女の死に抗議してイランでは大規模デモが全土で何カ月も続く事態となった。政府側の弾圧は苛烈を極め2022年時点での政府発表でも死刑執行4人、抗議行動での死傷者200人以上。他方、人権活動家通信によると犠牲者数は470人拘束者数は1万8000人にたっし、12月5日から3日間のゼネラルストライキが呼び掛けられた。(wikipedia参照

それほどヒジャブは権威主義者にとっては譲れぬものであり、当事者の女性にとっては死活を賭けるほどの煩わしいものである。
イスラームは教義のなかに生活習慣を戒律として定めている。女性の服装はそのなかでも重要な規定で、ヒジャブ以外に国や歴史の違いにより、ヒジャブ、ブルカ、ニカブ、アバヤ、チャドルとさまざまな衣装がある。文化の相違を容認し受け入れるべき民族衣装のひとつと思いたい筆者にとってさえネガティブな風習と映る。大方の読者にとっても暗いイメージの方が多いのではないだろうか。
目だけをギロつかせたニカブやプルカ、全身を目まで覆い隠したチャドル、全身を黒で包んだアバヤなど、まるでゾンビかとも見間違ういで立ちだ。(詳しい説明と写真はここを参照

[参考: ターリバーンの女性抑圧政策に抗議して、ブルカなどの強制を逆手に取ったアフガン女性の必死の抗議行動(この記事を読む)]

イスラームファッションの登場

しかし、インドネシアではイスラームの規定を独自に解釈し、衣装をファッションにまで高め、イスラームファッションあるいはムスリム(イスラーム教徒)ファッションとして世界のファッション界ブームを巻き起こすまでになっている。

ファッション専門サイト「ファッションスナップ」の記事「勢いを増す「ムスリムファッション」驚くほど多様でモダンに」は、その動向を次のようにつたえている。

「ムスリムファッションは今、最も勢いのあるファッション分野の一つ。世界のイスラム人口は約16億人で、Global Islamic Economy Report 2018-19によるとムスリムのファッション消費額は2017年に2,700億米ドル(約30兆8,000億円)を計上した。これは日本国内の消費と比べると約10倍の規模。今後も伸び続け、2023年には3,610億米ドル(約41兆2,000億円)に達すると予測されている。
2016年には「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」がムスリム向けのコレクションを発表した事で話題になり、ユニクロがハナ・タジマ(Hana Tajima)をデザイナーとして起用しイスラム文化を融合させたコレクション「HANA TAJIMA FOR UNIQLO」は、展開店舗を広げるなど好調だ。「ナイキ(NIKE)」は2017年に女性アスリート向けのヒジャブを発売。大手マネジメント会社IMGに所属し、ヒジャブをまとってランウェイを歩くモデル、ハリマ・アデン(Halima Aden)の活躍も目覚ましい。多様なムスリムファッションに触れる機会は、世界各地で確実に増えている。」

インドネシアのイスラームファッションの特徴は、つぎのような点にあると言われている。
1)ヒジャブやヒジャブスタイル: 髪や首、耳などを覆う宗教的な規範を地域や個人の好みに応じた多様なヒジャブ・バリエーションとして開発
2)モデストファッション: 穏健なスタイルを重視。体のラインを控えめに隠し、肌の露出を最小限に抑える。長袖、長丈のトップスやドレス、ルーズなシルエットが特徴的
3)カラフルで多様なデザイン: 地域ごとに異なるデザインや素材を多様に使用。伝統的なバティック柄や他の地域特有の装飾の採用
4)ヒジャブビジネスの実現: ヒジャブやモデストファッションの需要高まりに応じてファッション産業が成長。イスラムファッションの需要に合わせた服やアクセサリーが開発、提供されている
5)ファッションイベントとコミュニティ:イスラームファッションをテーマにしたファッションショーなどのイベントを開催しファッションコミュニティを形成。社会的な交流や文化的な交換の場として重要な役割を実現。(このまとめはchatGPTなどを利用して作成)

つまり、インドネシアのイスラームファッションは、宗教と文化を尊重しつつ、個々の表現やアイデンティティを大切にするスタイルとして広がっており、世界のファッション業界においても注目されている、ということだ。

 

インドネシアではどのようにしてこのような状況を作り出しえたのだろうか

駆け足的に要点だけを述べる。

・インドネシアではイスラームと政治・社会システムを切り離す世俗化(政教分離)ではなく、宗教と政治の共存を実現しようとしている。国民の7割以上はモスレムだがその他の宗教を尊重している。

・その基礎となっているのが建国五原則=国是としてのパンチャシラ(スカルノ時代より、唯一神への信仰、人道主義、国の統一、民主主義、社会正義)。憲法による保証。

・第2次世界大戦後の独立運動、国民的な運動、歴史の成果。

・女性解放運動の先駆者:カルティニの存在(1879年生まれ、25歳で死亡)彼女の誕生日4月21日は国民の祝日として祝われているほど。

・1970年代の高度成長期にイスラミック・フェミニズム運動の高揚をみた。

・1998年暴動・政変によりスハルト政権崩壊、民主化が推進された。

以上のような国民的歴史的な変化と努力により、インドネシアのイスラーム文化は独自の進歩を遂げてきた。そのような動きを象徴するのが<インドネシア女性ウラマー会議>である。ウラマーとは男だけに許されてきたイスラーム法学者のことである。

 

インドネシア女性ウラマー会議

インドネシア女性ウラマー会議は、西洋的世俗主義と異なるイスラミック・フェミニズムを標榜し、クルアーンの規定が男女平等を定めた正しいものであると解釈し、イスラームを逆手に取ってヒジャブなどのファッション化まで実現してしまう、極めて現実的で賢明な運動理論を構築している。多くのイスラーム国では女性のウラマー(イスラーム法学者)を認めていない。

・インドネシア女性ウラマー会議は、2017年4月、インドネシア西ジャワ州のチルボンで、初の女性イスラーム法学者たちによる会議を開催した。女性のウラマー(ulama、イスラーム法学者)の認知度を高め、イスラームの聖典であるクルアーンとハディースの理解を女性たちで共有し、ジェンダー平等を実現することが会議の目的。

・上記会議が開かれる5年前のインドネシア・ウラマー会議(男性のみによる)は、女性をウラマーと認めることを拒否していた。それに反対する女性たちが実行委員会を立ち上げ、SNSで議論を深め、5年かけて実現させたのが女性ウラマー会議である。

・会議にはナイジェリア、ケニア、パキスタン、サウジアラビアなどからも女性ウラマーや研究者が招待された。

・会議終了後も200以上の団体がSNSを通じて今後の活動について話し合っている。会議のディレクターは「この会合が、単なる一時的な活動で終わらないよう、権利擁護の確立のために力を尽くしていきたい」と話した。

インドネシア女性ウラマー会議は2017年の上記会議につづき2022年11月24~26日に第2回会議を開催。現在も政府との共同で活発な活動を続けている。(公式サイト: https://kupi.or.id/より要約)

今後、インドネシアでの実践はイスラーム世界へ大きな影響を与えていくだろう。

イスラーム教の偏狭かつ男優位の解釈に対し、男女平等、女性の視点からの解釈を対置し、女性が改革の先頭に立ち男性がそれを強力に支援して進める、インドネシアの賢明で現実的な運動は必ずやアフガニスタンやイランに波及していくことだろう。それは世代を超えた、人類史のしんがり戦としての長い闘いとなるだろうが、必ず勝利するだろう。そのためには政治指導部の思想や態度を変えさせるか、さもなければ政治指導部そのものを取り換えるしかない。

【野口壽一】

One thought on “<視点:075>イスラームファッションを実践するインドネシア~世俗主義=政教分離を超え共存による変革へ~”
  1. […] 『ウエッブ・アフガン』でも、「<視点:075>イスラームファッションを実践するインドネシア~世俗主義=…」でクルアーン(コーラン)の規定を正しく読みなおし女性解放の運動につなげているインドネシア女性の知恵と運動について書きました。「悪いこと」は世界のあちこちで猛威を振るっています。しかしそれらに気持ちの上で負けることなく、粘り強く、知恵を発揮して賢く対処し、闘っていけば、かならず世界は「良くなる」はずです。そんな「可能主義者」でありたいものです。 […]

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