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(2023年10月15日)

 『百年の愚行』と『ファクトフルネス』 

~減り続ける「悪いこと」と増え続ける「良いこと」~

 

ここに2冊の本があります。『百年の愚行』と『ファクトフルネス』。
前者は「Think the Earth プロジェクト」発行、紀伊国屋書店発売。後者はハンス・ロスリングほか3人の著で、発行者・村上広樹、発行・日経BP社。

百年の愚行』は表題通り、20世紀に人類が犯した愚行を100点の写真と短文で列挙したもの。『ファクトフルネス』は10の思い込みによる現実誤認を乗り越え正しい認識に立脚する必要をデータをもとに解説したもの。

 

20世紀から21世紀へ、世界は良くなったのか、悪くなったのか

20世紀は科学の進歩による発見と発明により新しい技術や商品が生み出され、社会が飛躍的に発展した半面、戦争と公害、環境汚染と自然災害などが多発した世紀でもありました。前書のディレクターは書いています。「科学技術と産業が飛躍的に発達した20世紀は、『創造と革新の世紀』と呼びうるのかもしれません。とはいえその一方、それは『破壊と愚行の世紀』でもありました。戦争や迫害は言うに及ばず、乱獲や乱伐、無謀な土地の開発や造成、大量生産と大量消費による自然破壊は、人類そのものの存続にまでかかわってきています。」

21世紀にはいって四半世紀を迎えようとする現在、人類は愚行の前世紀を反省し、よりよき社会に向けて前進しているのでしょうか。

 

21世紀の幕開きは9.11とアメリカのアフガン侵攻

21世紀の幕開きの2001年、想像だにできなかった大型ジェット旅客機がニューヨークの商業ビルやペンタゴンなどに突入する9.11米国同時多発テロ。それに引き続くアフガン侵攻。アメリカはじめNATOなど50カ国を超える国々が参加する長期戦争に発展。アメリカは2003年、アフガニスタンからイラクに連続侵攻。サダム=フセイン大統領をとらえ殺害、政権を崩壊させました。その行為により、アフガニスタンや中東での混乱がつづき、2021年のアメリカやNATO軍の撤退、ターリバーンの復活となりました。

アフガニスタンでの対ターリバーン戦争が終わるや否や翌年にはロシアのウクライナ侵攻が勃発。2023年の現在、戦争はいつ終わるかの見通しも立たず、影響は地球全体におよび、エネルギー、食糧、金融は大混乱。先週の7日と11日にはアフガニスタンのヘラートで大地震、激甚なる人的被害が発生。併行して7日にはガザのハマスがイスラエルに越境攻撃を敢行し双方に相当の死者を出し、イスラエルは戦争宣言を発し地上攻撃の準備を始めました。余波は中東のみならずウクライナ戦争と並び、第3次世界大戦の予感、核戦争の恐怖に世界は沈鬱な気分に覆われています。

前世紀から引き続いてきた気候変動は収まる気配がなく、アメリカ大陸やオーストラリア大陸では山林火災が頻発し、北極南極での氷河は崩れ落ち、異常な熱波が世界中を襲っています。日本での大地震と津波、原子力発電所の爆発事故も前世紀にはなかった規模で、その後も世界中で地震や洪水など、自然災害が頻発しています。加えて2019年から世界をおそった感染症コロナ禍は前世紀の1918年から始まったスペイン風邪の猛威をしのぐ世界的パンデミックを引き起こしました。

 

世界は悪くなっている?

世界はだんだん悪くなり、どうなるのだろうとの不安が漂う2018年、『ファクトフルネス』が世に登場。翌2019年に日本語版が発行されるや、またたくまに版を重ね、100万部を超えるベストセラーに。本書は豊富な統計データにもとづき、現代世界に生きている人びとが思い込みにより、いかに考え違いをしているかを鋭く突き、正しい世界像を持とう、と呼びかける警世の書です。

たとえば、「世界はどんどん悪くなっている」という観念に対して著者グループは徹底して具体的なデータを突き付けて反論します。「自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化したでしょう」「戦争や紛争による犠牲者数は?」「飛行機事故の死亡者数は?」と畳みかけます。答えは自然災害では1940年の453人/年をピークに2010年代には10人/年と毎年連続的に右肩下がり。戦争や紛争では、1942年の1023人/百万人をピークにこれも右下がりというか第2次世界大戦後100人レベルに激減したあと2016年には12人/百万人と超低空で横ばい。飛行機事故となると1929—1933年5年平均2100人が2012—2016年では1人とほぼゼロとなっています。

このような問いをそれなりの知的レベルにある世界中のひとびとに三択形式のクイズとして出題し、その回答率がほとんどの問いに対して無思考のはずのチンパンジーの回答率33%を下回る、との統計データを提出するところに、本書の刺激的な仕掛けがあります。実際、答を見る前に自分で問題を解いてみると自分自身の思い込みにおどろきます。

 

三択クイズに答えてみよう

たとえば、この書物での第一の質問「現在、低所得国に住む女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?」の三択は「A:20%、B:40%、C:60%」です。あなたはどれだと思いますか? 答えはC:の60%です。つまり低所得国の60%の女子は小学校を卒業するといういうことです。多くの人はAの20%を選んだそうです。だが、20%以下の女子しか小学校を卒業しない国は世界でも稀で「アフガニスタンや南スーダンなどがそうだが、そういう国に住む女子は世界で2%しかいない」との事実が提示されます。この質問に対する正答率は7%だったそうです。ターリバーンが復活せずアメリカ主導で教育に力を入れていた時期ですらそうだったわけで、現在は推して知るべし、というところでしょう。
また、世界の人口の何%が低所得国に住んでいると思いますか?」という質問に最も多かった答えは50%以上だったそうです。だがこれの正しい答えは9%。しかもそこでいわれる低所得国でさえ、「地球上でもっとも過酷な国であるアフガニスタン、ソマリア、中央アフリカ共和国ほどひどくはない」とさえ断言されています。つまり、アフガニスタンは取り残された国のなかでもさらに取り残された、世界ではごくまれな少数の国だと結論づけられています。

一方、アフガニスタンと同じく厳格なイスラーム支配下にあるイランの高等教育女子就学率は別の統計によればイスラム革命(1978年)前20%(男女とも)であったものが、2014年には63.6%(男子は68.2%)にまで達しています。(https://yab.yomiuri.co.jp/adv/wol/opinion/international_160829.html)さらに、本書ではイランの「女性ひとりあたりの子供の数(平均):1800年~現在」が示されています(下図)。2017年にはアメリカを下回る1.6人を記録しています。

これは、権威主義的な神権政治のもとでさえ中間所得層の所得は増え、他の国と同じ様に女性が子供を持たなくなったことを示しています。アフガニスタンと同様、服装規定はじめ女子に対する抑圧政策をとっているイランでさえ、『ファクトフルネス』の主張する「増え続ける『良いこと』現象」がみられるように、宗教・文化の差異にかかわらず世界では「良いこと」が増え続けているのです。女性が労働力ないし老後の保険として多産による子供確保から解放されるのは「良いこと」に違いありません。

 

思い込みを捨てないと真の姿は見えない

このように『ファクトフルネス』は10の思い込み、つまり「世界は分断されている」「世界はどんどん悪くなっている」「世界の人口はひたすら増え続ける」「危険でないことを恐ろしいと考えてしまう」「目の前の数字がいちばん重要だ」「ひとつの例がすべてに当てはまる」「すべてはあらかじめ決まっている」「世界はひとつの切り口で理解できる」「誰かを責めれば物事は解決する」「今すぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込みをひとつひとつ統計データをあげてひっくり返していきます。そして最後に、偏見や無用な恐怖にとらわれず地道にひとつひとつ確信をもって改革の活動をつづけることの重要性を説きます。

 

『百年の愚行』の視点は間違い?

こここまで見てくると、『ファクトフルネス』はあまりにも楽観的ではないか、もしそれが真実なら『百年の愚行』の視点は間違いで無意味ないし有害ではないのか、との疑問が生じるのではないでしょうか。

ウクライナでの戦争は、大規模な世界戦争を終結させた20世紀の成果であった国連という人類共通のシステムを、組織創設国で国連常任理事国が踏みにじりました。これは単なる善悪の量では論じられない大問題です。さらに、コロナの流行期に見られたウイルスに対する見解、PCRという検査法の問題、ロックアウトやマスクなど対策の是非、ワクチンの有効性の検討などなど、統計の取り方そのものを見直して「科学的とはなにか?」の徹底的な再検討が必要ですし、地球規模の異常気象や温暖化現象は表面的現象は確実なものであるとしてもその原因(犯人)を二酸化炭素のみに帰する考えは「誰かを責めれば物事は解決する」というセンセーショナリズムの危険な決めつけであり、『ファクトフルネス』の教えに反しています。さらに、世界の難民数は21世紀になって増え続け2022年にはついに1億人を超えました。(https://work.yolo-japan.co.jp/5154、https://www.japanforunhcr.org/appeal/trend

 

二律背反、二項対立思考でなく両立思考を

しかし、『ファクトフルネス』は「『悪い』と『良くなっている』」は二律背反でなく両立するものである、と主張します。また筆者は「楽観主義者」ではなく「可能主義者」であると自己規定します。つまり「根拠のない希望や根拠のない不安を持たず」「人類のこれまでの進歩を見れば、さらなる進歩は可能なはずだ」と考えます。「良くなる」歴史の進歩の過程で「悪い」を克服できる、という可能主義です。この言葉は筆者の造語だそうです。

 

アフガニスタンの課題はわれわれの課題

私たちは、アフガニスタンという、人類進歩の最後尾で良くなろうとして呻吟し苦闘するアフガニスタンの人々に思いを寄せ、連帯しようとしています。そのことを『ウエッブ・アフガン』は2年前のスタートの時点で宣言し出発しました。アフガニスタンの人々の闘いはアフガニスタンの人々のためのものでなく、われわれ自身の課題でもあるからだ、との認識がありました。『ファクトフルネス』の筆者グループの信念が同じものであることを本書のまとめの章で発見しました。スウェーデン人の筆者は次のように書いています。
「スウェーデンに火山はない。だが、公的な資金で火山を研究している地質学者はいる。学校でも普通に火山について教えている。ここ北半球にいる天文学者も、南半球でしか見られない星について学ぶし、学校でも南半球の星について教えている。なぜだろう? そうしたものが世界の一部だからだ。」
そう、アフガニスタンはわたしたちの一部なのです。

さらに本書の訳者は「訳者あとがき」で次のように書いています。
「わたし(関)はバングラデシュにあるアジア女子大学の運営にかかわってきました。・・・ここで学ぶ学生のほとんどは、家族で初めて教育を受ける女性です。(ここで)私はムスリムの女性たちの現実を知りました。驚いたのは、ムスリム女性の多くが自由で、力を持ち、政界でも経済界でも大活躍していることでした。その姿は、マスコミで伝えられるような、黒いブルカに身を隠して、スポーツも運転も禁じられている女性とは正反対でした。」

世界はかならず「良くなる」

『ウエッブ・アフガン』でも、「<視点:075>イスラームファッションを実践するインドネシア~世俗主義=政教分離を超え共存による変革へ~」でクルアーン(コーラン)の規定を正しく読みなおし女性解放の運動につなげているインドネシア女性の知恵と運動について書きました。「悪いこと」は世界のあちこちで猛威を振るっています。しかしそれらに気持ちの上で負けることなく、粘り強く、知恵を発揮して賢く対処し、闘っていけば、かならず世界は「良くなる」はずです。そんな「可能主義者」でありたいものです。

野口壽一

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