~074

(2023年8月25日)

 見ると聞くとは大違い 

~旭川に行って知ったチャレンジ精神~

 

おととい24日、『詩の檻はない』出版記念イベントに参加するため旭川へ行った。空港から会場の七条通り七丁目にある「まちなかぶんか小屋」に着いたのは開会30分前の午後2時30分。旭川は初めてだったが「見ると聞くとは大違い」の一泊二日の旅だった。

驚きのかずかず

違いの驚きは、まずその暑さ。東京よりも暑い。出発前日の天気予報番組でも東京33度に対して札幌34度。飛行機を降りて、まず異常気象の実感から始まった。しかし、暑いのは気温だけではなかった。

会場はすぐわかった。買物公園通りに面している。京都を模してつくられた旭川の通りは幾何学的なマス目配置。分かり易い。googlビューで会場周辺は見ていた。しかし、空気感、空間感覚まではむりだ。日本初の恒久的歩行者天国としてつくられた自由な歩行者通りは、車道にすれば6車線は取れそうな広さだ。道路中ほど2列に並木が植えられている。広さ20メートルで長さ1kmの歩行者専用通りだ。その通りに面した四つ角に会場はあった。こじんまりとした手作りのプレハブ小屋がまちなかに進出してきた風情。手書きの案内やポスターや展示物で飾られた外観は文字通りコミュニティーのたまり場のようだった。

3時に開始された記者会見も兼ねたイベントは、出演者と観客が一体となり、ビデオと音楽と詩の朗読が融合した、ロッテルダムと旭川を結ぶ2時間半の国際連帯空間。その熱さは異常気象の暑さではなく、アフガニスタンといういち地域の困りごとを世界の関心事として解決していこうという熱い想いにあふれていた。関西と関東からも詩人が駆け付け、国際的な広がりだけでなく、これからの日本での広がりをも予想させるものだった。日本で先行出版された『詩の檻はない』は、今年11月にはフランス語版、英語版の出版へとつながっていく先駆出版だ。旭川の熱さが世界を後押ししている

この日のイベントの様子は実行責任者の柴田望氏が写真入りで速報している。本題のイベントについての報告はそちらに譲り(ここをクリック)、ここではもうひとつの「大違い」について報告したい。その前に、集会で感動したいくつものスピーチのなかで、悲しいけれど不思議な事実を教えてくれたイラストレーターで漫画家の日野あかねさんの語りを紹介したい。

彼女は、今度の詩の運動をきっかけにアフガニスタンと中村哲さんのことを調べ始め、中村さんが死の直前のブログに書き残した最後の言葉を発見したという。その言葉にイラスをそえて中村さんの詩を紹介してくれた。それが次の一節である。

アフガン人は花を愛し
詩を愛する
詩会では季節の花をテーマに
詩人たちが集い、即興詩を
吟ずる。

詩人は昔からどこにでもいて
無名の農民から王侯貴族まで
身分、国籍を問わず
集まってくる。
完全に口承文学で、読み書きの
出来ぬ有名詩人までいるのだ。

これが、哲医師の最後の書き込みだったとは! まるで、哲さんがこの日のイベントのために、ここ旭川に飛んできて、どこにでもいる詩人のひとりとしてサプライズ登壇したかのようだった。「詩」は確実に人間のものだし、ムーブメントとして押し寄せてくるものなんだな。この日のために描いたイラストを手に朗読する日野さんの声がまるで中村さんかと錯覚した。身震いした。

 

もうひとつの大違い

イベントの打ち上げは、歩いて200メートルほどのところにある「旭川はれて屋台村」。会場はイベント実行委員で『詩の檻はない』の表紙写真を提供してくれた谷口さんご夫婦のお店。ビールからおつまみや料理までお茶を練りこんだ創作料理。緑色の抹茶ビールなんて初めてで驚いた。お店のコンセプトも驚きだったが、この「旭川はれて屋台村」なるもののそもそもの成り立ちを聞いてさらに驚いた。酔い覚ましにかき氷を食べに入った屋台村の別のお店は若い女性がひとりでやっていた。聞くと、敷金も権利金も要らない、誰でもが気軽に自分のお店をもてる、チャレンジの場だという。屋台村全体が、元衆議院議員杉村太蔵氏がプロデュースした施設だった。彼は旭川の出身だという。

杉村太蔵という名前は知っていた。小泉チルドレンとしていきなり最年少の衆議院議員になり、ド素人の庶民感情丸出しの突飛な発言で日本中を驚かせた人物だ。日本政治の劣化を象徴する一過性のバカげた事件の主人公と思っていた。ところがこの屋台村は彼の発案と資本で昨年7月に開設されたのだという。施設内には小さな飲食店が25店舗あり、ジャンルはさまざま。お客はその日の気分に合わせてお店を選べる。聞けば聞くほど、聞き捨てならない、面白くて意味深いプロジェクトではないか。

打ち上げを終えてホテルに帰ってスマホで調べた。「旭川はれて」という施設名でも、「杉村太蔵」のキーワードでも情報が続々出てくる。ネットサーフィンしていくと杉村氏の生きざままでが興味深い。

このプロジェクトの推進運営主体は「株式会社COCOHARETE」。発案者であり実質的な推進者が杉村氏。プロジェクトの特徴は

①店舗の無償提供
②頭金・敷金・礼金不要
③退店時に原状回復義務なし
④ここはれてファンドによる支援
⑤出店に関する支援

やる気とアイデアさえあれば、誰でも即スタートできる。かき氷を提供してくれたお店で聞いたら、1年の間に3回経営者が変わったところもあるという。それほどスタートの敷居が低い。敷金・礼金がなく、いつでも廃業でき違約金もないなど失敗を恐れず起業しやすいシステムだ。支払いはすべてデジタル清算。スマホやカードだけで現金は使えない。運営側へは売り上げの20%を施設利用料として支払う。出店業者が売り上げをごまかす誘惑にもかられない明朗会計。時代の技術が活用されている。すでに全国展開に動き出しているそうだ。

このような商業施設のアイデアと事業化は、杉村氏が国会議員となってから体験したさまざまな失敗と経験にもとづく学習の結果だという。彼は「国会議員時代に、夕張市が財政破綻したことに大きな衝撃を受けたのがきっかけで、地方活性化を強く意識するようになりました。その後テレビのお仕事をいただくようになって、講演などで全国500カ所くらいを訪れましたが地方はどこも元気がない。数十年間、時の政府は常に地方活性化をお題目にしているのに、地方のまちの中心部は寂れて若い人がいないのはなぜなのかと。そこで慶應義塾大学の大学院に行って勉強し直し、地方活性化の定義を作りました。それが『地域に企業数、雇用数、税収が増えること』です。これを政治の立場ではなく、今の自分ができることとして実際に取り組むのが「旭川ここはれて』事業です。」「インフラではなく人への投資が活性化の鍵」と語っている。(https://www.jobkita.jp/column/featured-companies/3340/

wikipedia で「杉村太蔵」の項目をみるとさらに興味深い。彼が国会議員になる過程、失敗して議員職を失う過程、その後の立ち直り。まったく知らないことばかりだった。もし仮に、旭川に行かず、ネットだけで「旭川はれて」の記事を読んだら、眉に唾をつけたかもしれない。見ると聞くとは大違いだった。

 

最後に

翌日は、旭川文学資料館旭山動物園に行った。旭山動物園は画期的な展示方法で動物園業界に新風を吹き込んだ。

旭川を代表する詩人にして文学者小熊秀雄は、アニメ業界にさえ影響をあたえたマルチタレント。池袋に牧場があって牛乳生産をしていたころ、池袋周辺の芸術家たちがあつまる地域を池袋モンパルナスと名付けたのも、自らもそこの芸術家住人のひとりだった小熊。

池袋モンパルナスは戦後の椎名町トキワ荘あたりの漫画村の前身ともなった。かつて軍都として栄えた旭川は、創造性を生み出す地でもあったことを知った。旭川のチャレンジ精神、恐るべし、ではないか。

野口壽一

2 thoughts on “<視点:074>見ると聞くとは大違い~旭川に行って知ったチャレンジ精神~”
    1. ありがごうございます。
      ぜひ、ほかの記事についての感想やお考えになっていることなど、気軽にご投稿ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です