(2023年10月25日)

 過去の「愚行」の後始末

~アフガニスタン、ガザ、イスラエル~

 

2023年10月7日は歴史を画する日のひとつとなるかもしれない。

その前日、10月6日までは、2019年からの世界的なコロナパンデミック、それと併行するアフガニスタンからの米英NATO軍の撤退、ウクライナへのロシアの侵攻、世界的なエネルギー・食料危機、経済停滞。世界は沈鬱な雰囲気に包まれていた。

ヘラートの大地震とガザからのイスラエルへの大量砲撃、イスラエル人・外国人の大量拉致。それに対してイスラエルは、憎悪に燃えた激しい空爆を行い、病院の爆破と患者・スタッフ・避難民の大量爆死の事件が起きた。アラブ諸国やモスレム(イスラム教信者)に強烈なショックを与えた。衝撃はマスメディアの報道を通して拡大され世界中の一般大衆の意識をもゆさぶった。

悲惨な状況が続くなか、先号<視点>では「『百年の愚行』と『ファクトフルネス』~減り続ける「悪いこと」と増え続ける「良いこと」~」を書いた。落胆せず勇気を奮い起こす意味でも。

20世紀はまさに『愚行の百年』だった。スペイン風邪などのパンデミック、ふたつの世界大戦、ヒロシマとナガサキへの原爆の投下、植民地の悲惨や世界的貧富の拡大、第2次世界大戦後も引き続く戦争と核戦争の危機。公害、金融危機、資本主義の行き詰まり。世界は冷戦という刃の上の綱渡り。

それでも、グローバルに世界を俯瞰すれば、多くの社会指標が進歩を示した100年。「愚行」は増え続ける「良いこと」のなかで克服されるべき残渣だった。

21世紀は前世紀の「愚行の後始末」の100年となるはずだった。

しかし、アフガニスタン問題やウクライナ問題など、19世紀からの積み残しの「愚行」がいまだに現代を縛り続けている。

 

イスラエル・パレスチナ問題は「愚行」の極み

アフガニスタン問題は「前近代から近代への社会的進歩」を求める勢力とそれに反対する勢力、およびパキスタンとの間にひかれた人為的な境界線(ロシア・イギリスのグレートゲームを背景にイギリスがひいたデュアランドライン)と部族対立。すべて過去の歴史の矛盾のうえの出来事だった。その対立に外部勢力を引き入れ、また外部勢力がおのれの利害に基づき介入した挙句のドロ沼化だった。

イスラエル・パレスチナ問題もまさしく、前世紀に作られた「愚行」の現在進行形である。ただし、発端にはアフガニスタン問題ほどの複雑さはない。問題が長期化し対立しあう当事者同士の敵対関係が両極端化し解決困難で抜き差しならぬねじれと複雑さを生み出してしまったのではあるが。

この問題に関しては膨大な研究、論評、報道があり、それらをここでつまびらかにすることはできない。しかし、パレスチナ・イスラエル問題を俯瞰すれば、紛争そのものの原因と経過はそれほど複雑なものではない

一言でいえば、人の住んでいた土地に他人が入り込み、先住者の土地や財産を奪うだけでなく生存権そのものを根本から葬り去ろうとしている事件である。事件の背景に、ユダヤ人に対して何十世紀にもわたる差別と抑圧をしい、ひいてはナチスによるユダヤ人大虐殺を許した英米仏独などが、贖罪意識と中東に足掛かりを得るために、パレスチナ住民をだまし(1948年のナクバ)、イスラエルを建国したのが発端だ。宗教対立が問題の始まりではない。1948年以前はアラブ人とユダヤ人はパレスチナの地で平和的に共存していたのだ。

イスラエル建国を合理化するためにさまざまの物語が動員された。宗教であったり民族の悲劇であったり。紀元前にユダヤ人がディアスポラ(国外離散)となったというバビロン捕囚の逸話、パレスチナは旧約聖書などでユダヤ人のものと「約束された土地」だというシオニズム。

英仏は第一次世界大戦で敵対するオスマン帝国を弱体化させるためにアラブ民族に反乱を促し戦後の独立を約束した。(1915年。フセイン=マクマホン協定。アラビアのロレンスの物語)。しかし、1916年、英仏は大戦後の中東の分割・統治案をひそかに取り決める。(サイクス=ピコ協定)

一方、第一次大戦で財政逼迫した英国を支えたユダヤ資本家のロスチャイルドはユダヤ人のパレスチナにおける国家建設を英国に要請し、英国は1917年にバルフォア宣言を発する。つまり、アラブ人とイスラエル人の双方にパレスチナという同一地域での国家建設を約束したのだ。

「1948年、離散していたユダヤ人たちはヨーロッパ諸国や米国の後ろ盾でパレスチナの地にイスラエルを建国します。当時のパレスチナ地域の総人口は約200万人でアラブ人が2/3,ユダヤ人が1/3であったが,19世紀半ば頃にパレスチナ地方に住んでいたユダヤ教徒の人口比率は5~7%と推計されている。 イギリスの植民地支配のもとで,ロスチャイルド一族らの援助によってユダヤ教徒のパレスチナ入植が行なわれ人口比率が上昇していった。」(google)

この時、ユダヤ人は、先住アラブ人(パレスチナ人)から土地を購入したと主張しているが、それはほんの一部で、ほとんどは、暴力と武力で土地・財産を奪っていった。(ナクバ)。アラブ側は何度かの戦争でユダヤ人の侵略に対抗しようとしたが、その都度、米英仏に支援されたイスラエルに跳ね返され、次々と領土を失ってきた。

 

パレスチナにおけるパレスチナ人(アラブ人)居住区の変遷(オレンジ色)

 

パレスチナ人民の闘いは武力をバックにしたユダヤ=イスラエル人の占領と植民政策への抵抗(レジスタンス)であり、イスラエルはパレスチナ人民のレジスタンスに対して残酷な武力弾圧でもって応え、おびただしい虐殺を続けてきた。

10月7日のハマスの襲撃の前にも、イスラエルが占領し植民をつづけていたヨルダン川西岸地区ではそれに抗議するパレスチナ人が何年も殺され続けてきたし、1967年、第3次中東戦争でイスラエルが占領したシリアの領土、ゴラン高原。イスラエルはその後も占領を続け、1981年に一方的に併合を宣言した。シリアはこの占領を認めておらず、国際的にも承認されていない。イスラエルはゴラン高原にユダヤ人の入植を進め、事実上の領土化を図っている

イスラエル・パレスチナ問題は、宗教問題ではなくユダヤ人によるパレスチナへの侵略であり、植民地支配であり、ヨルダン川の水利権の争いであり、パレスチナ人の財産収奪と生存権の否定である。イスラエルとそれを許し後押ししてきた米英仏独など、いわゆる西側のほとんども責任を免れない。

ハマスが非難されるべきはその戦術である。「天井のない牢獄」といわれるガザの狭い地域に閉じ込められたパレスチナ人民の焦燥感と生存への不安。それこそが選挙によってパレスチナ自治政府でなくハマスを勝利させた要因なのだろう。しかし、イスラエルの武力と暴力に武力で対抗して勝利する力をパレスチナ側はもっていない。怒りと焦りと恨みを暴発させても、巨大な力を持つ勢力に利用されるだけではないか

 

解決策は、相互の国家承認・平和的共存以外にない

現在のガザをめぐる状況に関してはさまざまな議論がなされている。当面、ジョーカーのような切り札はありそうもない。しかし、解決の道がないわけではない。失敗したとはいえ1993年のオスロ合意と「二国共存」を定めた画期的なパレスチナ暫定協定にそのヒントがある。

この協定ではイスラエル軍はガザとヨルダン川西岸の両地区から撤退し、パレスチナ側は自治を行うことなどが定められた。

オスロ合意の内容を一言でいえば、居直り強盗の居住権をみとめ、もともとの住民も隅っこで居住する権利を認め合う、ということである。つまり、現実の力関係をパレスチナ側がみとめ、譲歩する妥協案である。パレスチナ側にしてみれば涙を流しても流しきれず、月並みの言葉だが断腸の思いの決断だっただろう

だが、イスラエルの強硬派は敷地全部の居住権奪取を諦めず、イスラエル側代表だったラビン首相を1995年に暗殺し、主導権を奪取した。また、パレスチナ側も強硬派が台頭し合意を実現したアラファト議長側の自治政府も支持を弱めていった。歩み寄るのでなくお互いに背をむけて牙と爪をむき出しにした。

イスラエル側は強硬派のネタニヤフ首相のもとでハマスせん滅を目指している。ハマスもまたイスラエルの消滅をめざしている。

ハマスがいくら国外勢力の支持を取り付けたとしても核兵器を含む強大な武力を持つイスラエルを消滅させることはできない相談だ。

一方、イスラエルが強力な武力を背景にガザやヨルダン川西岸を自国領土とすれば、現在のイスラエル1000万人の人口に数百万単位のパレスチナ人(アラブ人)を加えることとなる。人口バランスは大きく崩れるうえに、国内におけるパレスチナ人への差別と抑圧は一昔前の南アフリカのアパルトヘイトと同じく国際社会から指弾されるだけだろう。また、国外に逃れたパレスチナ人たちは、かつてユダヤ人たちがしたように、ディアスポラとしてユダヤ人への恨みを募らせ失われた故国を取り戻す物語を紡ぎ続けることだろう

両者が非和解の相手せん滅の道を進む限り、解決はありえず、悲劇がつづき、世界は混乱に陥り、ウクライナ戦争と関連し世界的な危機を増大させる懸念がある。最悪の場合、第3次世界大戦さえ引き起こしかねない。

当事者以外の第三者は、対立抗争をあおるのでなく、いまは不可能に見えても、敵対関係を少しでも和らげるよう見守り、できる手助けをするしかないだろう。一般大衆も政治家もそれぞれになすべきこと、なせることはあると思う。

野口壽一

One thought on “<視点:080>過去の「愚行」の後始末~アフガニスタン、ガザ、イスラエル~”
  1. […] イスラエルとパレスチナの対立、すなわちパレスチナ問題の本質は、イスラエルによるパレスチナへの侵略であり、パレスチナ人の土地・財産を奪う植民政策を実施する占領政策であることは前号の<視点:080>で明らかにした。さらにそれを歴史的な背景を踏まえてより詳しく、丁寧に解説した動画「ガザ・イスラエル衝突-マスメディアが語らない本質」を掲載した。これは、パレスチナ問題の第一人者・岡真理先生の緊急学習会「ガザとはなにか」で、これを視聴すれば、イスラエル・パレスチナ問題の本質と歴史が、マスメディアの報道に惑わされず、よく深く理解することができる。 […]

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