(2024年5月5日)

 人類が生き残る道を真剣に考えよう 

~恐怖と絶望の時代にあって~

 

無力感にさいなまれる世界

昨年10月7日のハマースの急襲により始まったイスラエルのガザへの侵攻は230万住民のほとんどを難民化し、街や住居、生活インフラを破壊し十万人以上の死傷者を出し、今も続いている。イスラエル・ネタニヤフ政権の行為は、ハマースの暴挙に対する報復の域をはるかに超え、ガザ住民の虐殺、ガザの消滅・占領を目指しているとしか思えない。

ウクライナの悲劇に驚き、ガザの惨状を目撃して、それらを止められない。世界は無力感にさいなまれている。

イスラエルの攻撃は、当初、ハマースのテロ行為に対するイスラエル側の反撃・人質奪還作戦として「西側世界」から容認されていたようにみえる。しかし実際は、その作戦をささえる戦争システム・武器・軍装備品・資金、また、国連などを利用した「国際世論」の形成など、アメリカの支援なしに行えないことが、次第に明らかになってきた。

本サイトでは、今回のイスラエルの攻撃は10.7から始まったのではなく、1948年の建国以来一貫して続いてきたパレスチナ人の土地や財産を奪うイスラエルの入植者植民地主義(Settler Colonialism:セトラーコロニアリズム)であると厳しく指弾してきた。

<参考サイト>
「イスラエルの入植者植民は単なる占領ではない」
「<視点:083>ラベル思考の危険性 ~ユダヤやイスラエルやアフガニスタンなどの言葉~」
「ガザ・イスラエル衝突-マスメディアが語らない本質」

 

そのアメリカでは、若者を中心に、ネタニヤフ政権の暴挙を支えるのがアメリカの支援、経済的投資であるとして、政策の変更を求める声が日に日に高まってきた。集会やデモ、大学占拠は全米の大学にひろがり、当局は若者の抗議に逮捕の弾圧で応えた。「CNNテレビによればデモでの逮捕者は4月18日以降、25州の大学40校以上で計2千人を超えた」(5月4日、東京新聞)。また、同日の東京新聞によれば「カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)で2日未明、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ攻撃に反対するデモ隊を警察が強制排除し、200人余りを逮捕した」。前週週末には全国で300人近くの平和的な抗議活動参加者が逮捕されている

 

当サイト今号では、主につぎの4つの記事を掲載し、ハマース・ネタニヤフ衝突の本質と問題点について考えてみた。

<映像・映画>コーナー
(1)一連の映像
「イスラエル糾弾の先頭に立つ米コロンビア大学の学生たち」
(コロンビア大学学生の闘いとそれを弾圧するアメリカの警察)
「パレスチナ人の血と引き換えの取引をするな:コロンビア抗議デモにおける学生と教授の声」
デモクラシーナウのこの報道は、コロンビア大学の学生や教職員の声を詳細に伝えている。レポーターのエイミー・グッドマンがつぎのような学生の声を伝えている。
「私たちはパレスチナ人の血を対価とするような取引をしたくありません。この大学が関与する、武器製造、占領地での違法な営業、占領軍向けの情報技術の生産など、この大学が持つ直接的および間接的なすべての関与の売却を要求します。情報開示も求めています。この大学の投資については透明性がありません。さらに処分撤回も求めています。過去6か月間、何百人もの学生が不当な条件で懲戒処分を受けてきました。私たちはこの目的のために多くを賭けて取り組んでいます。私の教育を受ける権利がガザの人びとの教育を受ける権利よりも優先されるべきではありません。」

コロンビア大学はベトナム戦争反対を果敢に戦った1968年のアメリカ学生運動の聖地とも言うべき大学である。映画『イチゴ白書』(70年・第23回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した青春映画)の舞台ともなった大学である。
ちなみにこの1968年前後はベトナム戦争反対や社会改革をもとめる世界中の学生の闘いが全世界を揺るがした年であった。フランスの「五月革命」は労働者・市民を巻き込むゼネラルストライキに発展した。ヨーロッパにおけるこれら社会運動は68年革命と呼ばれ、その後のEUによる国家統合を下支えした。完全に武力鎮圧され社会的閉塞感無気力感を生むに至った日本とは真逆の結果となった。(この件についてのこれ以上の言及は別の機会に譲る。)

<世界の声>コーナーには、つぎの2本の論考を掲載した。
(2)
「コロンビア大学の抗議活動はアメリカの何を明らかにしたか」
筆者のハワード・W・フレンチは日本滞在をもふくむ長年の海外特派員としての経験をもちフォーリン・ポリシー誌のコラムニストで、現在はコロンビア大学ジャーナリズム大学院の教授だ。その教授が、学生たちの闘いを目の当たりにして、従来のイスラエル寄りの姿勢を慎重ながら変更しようとしている。その心情と根拠を示す好個の論考である。フレンチは述べる。
「シオニズムへの疑問はもう終わりにしたい。何十年にもわたって、米国および世界の多くの世論は、この概念、つまりユダヤ人の民族的・宗教的故郷としてイスラエルが存在する特別な権利という概念を支持してきた。個人的には、高校時代のユダヤ人の友人たちが、数十年前のより罪のない時代にキブツやその他の立場でイスラエルの建設を支援するために熱心に出かけているのを見て、彼らに対して感じた興奮を思い出す。(訳注:訳者としてもいたく同感)。しかし、今日の世界でシオニズムを脅かしているのは、米国のキャンパスでデモを行う学生たちではない。ではシオニズムに対する最大の脅威は、あの忌まわしい攻撃をイスラエルに向けたハマースからもたらされるのか? いやそれも違う。私が言いたいのは、最大の脅威は、境界線が全く見えなくなることで首をもたげる。それは、シオニズムがイコール、パレスチナ人の命および未来の希望の圧殺を意味する時だ。デモに参加している学生たちがこのメッセージを送っている限り、彼らはイスラエルの友人だ。」
ユダヤ人、反イスラエル、反ユダヤ主義(アンチセマティズム)、シオニズム、等々。それらの言葉の意味を厳密に区別し、理解しなければならない。ネタニヤフ政権が行っていることこそ、長年差別され続けジェノサイドの対象とされてきたユダヤ人の存在を卑しめる「反ユダヤ主義」ではないのか、とこの先生も問い始めている。

(3)
「ガザからイランへ:イスラエルの生存を危険にさらすネタニヤフ政権
ユヴァル・ノア・ハラリのこの主張はハワード・W・フレンチの論考をさらに深掘りし、ネタニヤフ政権を旧約聖書の記述を参照して批判する。パレスチナにユダヤ人の国を建設するとするネタニヤフ政権の政策が、逆に、その希望を自ら打ち壊す愚挙にすぎない、とハラリは述べる。ネタニヤフ政権の行為によって「イスラエルは、長年にわたる悲惨な政策の苦い果実である歴史的敗北に直面している。もしこの国が今、自国の利益よりも復讐を優先すれば、自国と地域全体が重大な危険にさらされることになるだろう」、と。
ハラリの危機感は、イスラエル外にいるユダヤ人にとってはより切実なものとなっている。ネタニヤフ政権が「ユダヤ」の名によって自らの政策を合理化しているがゆえに、世界中で「反ユダヤ」、「ユダヤ人差別」が強まっている現実をひしひしと感じているからだ。心あるユダヤ人は、「テロを支持するか、イスラエル国家を支持するかのどちらかだ」という誤った二分法から自由にならなければならないと主張する。下記<参考サイト>参照。
ハラリの論は、ネタニヤフの「反ユダヤ」的政策を極めて厳しく批判する点では支持しなければならないが、パレスチナの地にイスラエル国家を樹立する、という大前提に立っており、75年前のイスラエル建国の根本的誤りに言及しない弱点をもっている。しかし、イスラエル国内にあってネタニヤフ政権の愚挙をイスラエルの神話に依拠して批判するその主張は一定の影響力を持つのではないかと考える。

<参考サイト>
「私たちの名前ではない」:パレスチナ人の「非人間化」に反対するユダヤ系ニューヨーカーら
「「ユダヤ」人そのものがイスラエルに「ユダヤ」の名を使うな、と主張」

では、今度のハマース・ネタニヤフ対立で矢面に立たされているイランはどう考えているのか。アフガニスタンのメディアから一例を引いて考えてみた。
(4)
「イランはパレスチナ・イスラエル問題に何を望んでいるのか?」
筆者のサイード・ナヴィード・シュジェは、アメリカ一極支配から多極化へ世界が向かいつつある傾向の中で、中東においてさらにその傾向を推進し決定づけようとするイランの意図を分析している。つまり、イランは、イスラエルとサウジアラビアなどアラブ穏健派の接近をリベラル国際主義(=アメリカ一極体制)を強化する試みとみて、それを妨害しようとしており、その試みが功を奏しようとしている、と分析している。この分析は、イスラエルのネタニヤフ政権の愚行がイスラエルを崩壊に導こうとしている、と警告している上記ユヴァル・ノア・ハラリの主張と軌を一にしている。
(イランの動きの背後にはいまやアフガニスタンを基地とするIS(イスラム国)の存在がある。今年1月3日にイラン・ケルマン州の州都ケルマンで起きた死傷者368人に上る大規模なテロ事件は、イランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」の対外工作部門司令官だったガセム・スレイマニ氏の追悼式開催中の攻撃で、ISが犯行声明を出している。ロシアの首都モスクワ近郊のコンサートホールで3月22日に起きたテロ事件もアフガニスタンに拠点をおくイスラム国ホラーサーン(IS-KまたはIS-KP)が犯行声明を出している。(これらはハマース・ネタニヤフ衝突とは直接の関係がなさそうに見えるが、深部でつながっているがそれについては別途論じることにする。)
イラン‐サウジアラビア‐イスラエルをつなぐ国家間関係の背後には中国の影が見え隠れしている。イスラエルを根底から支えているアメリカの動向によっては、ハマース・ネタニヤフ衝突が世界的な軍事衝突に発展しかねない危険性を内包している。

<参考サイト>
「イラン 追悼式典での爆発 ISがみずからの犯行だと主張する声明」
「米国も「国際テロ」の再来警戒 モスクワの銃乱射事件、衝撃波及」

 

ハマース・ネタニヤフ衝突の背後にある根本問題

サイード・ナヴィード・シュジェが指摘しているように、イランはイスラエルとサウジアラビアの接近を警戒している。イランは、2023年3月10日、中国の仲介によりサウジアラビアと国交を正常化させたばかりだった。
イランは中東に形成されつつあったアブラハム合意とよばれる流れを警戒していたのである。
アブラハム合意とは、2020年8月13日にアラブ首長国連邦とイスラエルの間で締結された外交合意であり、この合意は暦年の宿敵であるアラブとユダヤが手を結ぶ劇的な合意であり、中東情勢を激震させるものだった。
アブラハム合意以前は、1993年に締結されたオスロ合意と呼ばれる外交合意が崩れ去ってイスラエルとパレスチナの対立が激化していた時期であった。
欧米主導で進められてきていたイスラエル・パレスチナ問題にイランと中国の関与が強まってきている。ハマース・ネタニヤフ衝突後、21世紀中盤にむけた新しい動きとして無視できない。

<参考サイト>
「オスロ合意」(1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意された一連の協定)「アブラハム合意」とは何だったのか――UAE・バハレーンにとってのイスラエルとユダヤ
「サウジアラビア・イラン国交回復における中国の仲介的役割について」(日本防衛研究所NIDSコメンタリー)

 

そもそも今回のガザ・イスラエル戦争が世界情勢の最前面に躍り出る前、われわれは本サイトで、「2021年のアフガニスタンからの米英NATO軍の撤退は、ウクライナからの対ロシア挑発、新疆・台湾での対中緊張造成など、により弱体化しつつある米国一強支配体制を強化する目的によるものである」、と分析してきた。

「サリバン大統領補佐官:アフガンからの撤退は、つぎに備えるためだった」

この記事は、とりたてて新事実が語られているわけではないが、米軍のアフガニスタンからの撤退は、ウクライナ、新疆ウイグル・台湾を争点化するための米戦略である、という推測を、現時点から振り返って、あけすけに認めるものであり、アメリカ政府の思考方法を示すものでもある。

目を20世紀全体に転じ概観するなら、第1次世界大戦で敗北したドイツが植民地の再取得・国境線の変更を求めて英仏ソ連のち米と始めた戦争にイタリアや日本が枢軸国として加わり第2次世界大戦に発展した。

植民地争奪戦として始まったこの戦争は「ファシズム vs 民主主義」という架空の対立軸が演出され、戦争終盤には被植民地諸国の解放運動が登場してき、戦後の米ソ冷戦構造下で植民地の独立があいつぐ新しい時代が生み出された。アメリカは、国連をあやつり世界支配を企み、操れない場合は世界の警察官を自認し朝鮮戦争やベトナム戦争を主導し戦後世界の盟主となった。

ベトナム戦争に敗れたアメリカは、アフガニスタン革命の武力支援に乗り出したソ連に対し、イスラーム過激派を支援し代理戦争を仕掛け、ソ連ばかりかソ連を盟主とする世界社会主義体制の崩壊まで実現した。アメリカ一極支配を実現し、ちょうちん持ち学者が「歴史の終わり=民主主義の最終勝利」などと浮かれるほどの現象が現れた。しかしそれはまったくの虚像にすぎず、すぐに化けの皮が剥がれた。

米ソ冷戦・アメリカ一極体制のなかでアメリカが育てたムジャヒディーンはイスラム過激派という鬼っ子となり、戦後独立を果たした国々は経済発展をとげ、第三世界、非同盟諸国、グローバルサウスと呼ばれる成長を遂げるに至った。サイード・ナヴィード・シュジェが指摘した「リベラル民主主義体制=アメリカ一興支配体制」の進歩的な側面ははげ落ち、国際社会での信用の下落、政治力の弱体化、軍産複合体の赤裸々な力による支配が前面に出てくる時代になった。

アメリカは、トランプ大統領時代以降、明白な対中封じ込め政策に転じ(「アフガンのつぎ、西はウクライナ、東は台湾 アメリカの2番手たたきの標的となった中国」)、現在も基本的にはその政策の延長線上にある。

 

ひるがえってわが日本は・・・

わが国の岸田首相は国会討議もせず喜々としてアメリカの軍事予算GDP2%枠に応じ、国の防衛3文書を改定、反撃能力の保有と強化に邁進している。4月8日から14日までの「国賓待遇」訪米時の米議会演説の締めくくりでつぎのように述べている。

--信念という絆で結ばれ、私は、日本の堅固な同盟と不朽の友好をここに誓います。
「未来のためのグローバル・パートナー」。今日、私たち日本は、米国のグローバル・パートナーであり、この先もそうであり続けます。
(米国連邦議会上下両院合同会議における岸田総理大臣の演説「未来に向けて ~我々のグローバル・パートナーシップ~」
(令和6年4月 11 日))

岸田首相は、「(アメリカにたいする)堅固な同盟と不朽の友好」を誓った。軍事力決着を好むアメリカ軍産複合体の好戦政策に日本国民を従属させることを誓ったのである。

現代世界は戦争を求めているのではない。解決が求められているのは平和、地球規模の気象変動、エネルギー問題、食糧問題、経済社会発展の不公平、富の偏在、人権の擁護などである。

歴史的に、進歩から取り残され苦境に立たされてきたいわゆるグローバルサウスとよばれる国々は、先進諸国、つまり先に近代化を成功させ他民族を植民地として収奪して発展したいわゆる「西側諸国」、「リベラル民主主義諸国」、「先進諸国」の欺瞞を見抜いている。彼らの不信不満に「西側諸国」が誠実に答えられなければ、中国やロシアやイランなどの批判に口実と正当性を与え、彼らの力を強めることになってしまうだろう。

日本では、そうでなくても人口減少危機や経済危機があおられ「日本の生きる道」をめぐってカンカンガクガクの議論が交わされている。しかし、この考えはダメで危険な思考方法である。「アメリカ・ファースト」とか「GAMA=グレート・アメリカ・メイク・アゲイン」という一国利己主義が基本的にダメなように。

国連加盟国はいまや193カ国。多様性の世界が世界の常識となり、思想の自由、内政不干渉などが基本的な思潮となっている。しかし、国民国家思想が世界を完全に覆い尽くしてまだ数十年。国家は寛容と忍耐と共同をいまだ十分に学べていない。いまだに大きいもの、強いもの、金持ちが牛耳る世界だ。193カ国すべてが「わが国第一」を主張し、世界を指導する共通の思想や理想がなければ、世界が大混乱と滅亡の道に陥るのは火を見るより明らかではないか。

人類が生き残る道を真剣に考えるべき時代が来ているのである。

野口壽一