アフガニスタン初の宇宙飛行士、アブドゥル・アハド・モマンド氏の故郷帰還の埋葬に関する記事に添えられた写真が興味深い。
宿敵であるはずのアフガニスタン人民民主党時代の偉業をターリバーンが国家としての待遇を行った。そしてカーブル空港で、ドイツから帰還したモマンド氏の遺体接遇を執り行う儀仗兵の制服や儀礼様式も、アフガニスタンの歴代政権の伝統を引き継いだのである。この式典に関する記事はトピックスコーナーの【アフガニスタン初の宇宙飛行士アブドゥル・アハド・モマンド氏、カーブルに埋葬(Khaama Press: 日本語訳)】および【Abdul Ahad Momand, Afghanistan’s first astronaut, laid to rest in Kabul(amuTV: 英語)】をご覧いただきたい。
まず、Khaama Pressが掲載した写真。棺をまえに髭面男の儀仗兵が「捧げ銃」で歓迎している。【記事】

amuTVは宇宙服姿のモマンド氏の写真と、花輪をかかげる儀仗兵のアップ写真を掲載した。【記事】

下記は、モマンド氏の宇宙滞在の翌年、アフガニスタンとソ連の宇宙探査事業を特集した「AFGHANISTAN TODAY」1989年1-2月号の表紙。最左が、モマンド氏。同誌は写真入りで偉業と喜びを詳しく報じている。(「AFGHANISTAN TODAY」は当時の「アフガニスタン共和国 平和・連帯・友好協会」の隔月刊誌。同協会は野口の当時のカウンターパート)

アフガニスタンにとって国民的・歴史的偉業をなした人物を政治体制を超えた「英雄」として遇することは、ターリバーンが単なる政権奪取者ではなく、アフガニスタンという国家の正当な継承者であることを宣明することでもある。それの形式的な表現が、儀仗兵の服装や儀礼プロトコールの遵守なのであろう。
この興味ある事実関係(儀仗兵の服装の歴史、宇宙飛行プロジェクトの詳細、エピソードなど)をAIを使って調査した。その過程をpdfにまとめました。ご自由に閲読ください。
【野口壽一】