From Military Conflict to Geopolitical Transition:
Redefining Power, Resistance, and Global Order in the Middle East after the Iran–US–Israel Confrontation – Part 2
(WAJ:イラン・米国・イスラエルの軍事衝突は、単なる戦場での勝敗によって評価できるものではない。
米国とイスラエルは、軍事力、経済制裁、政治的圧力によってイランの戦略的能力と地域的影響力を抑えようとしてきた。他方、イランはそれを国家主権と独立に対する脅威ととらえ、ミサイル能力をはじめとする抑止力と「抵抗」によって対抗してきた。
では、軍事的に優位に立つことは、本当に政治的・戦略的な「勝利」を意味するのか。
本稿Part-2でファテ・サミは、米国、イスラエル、イランそれぞれの安全保障認識を検討し、「軍事的勝利」と「戦略的勝利」を区別する。そして戦争が3国の国内政治・社会・経済に及ぼした影響、中東の勢力均衡、中国やロシアを含む世界秩序の変化へと分析を広げる。
そこで浮かび上がるのは、「権力を行使できること」と「その権力によって持続的な政治秩序をつくること」とは別問題である、という問いである。
本稿は、ファテー・サミ氏による論考「From Military Conflict to Geopolitical Transition」の第2部である。
Part-1では、イラン・米国・イスラエル間の軍事衝突を出発点として、軍事力そのものが政治的支配力や統治能力を保証するものではないこと、また国家や指導者の権力には歴史的・社会的・人間的限界が存在することが論じられた。
Part-2では、その問題意識をさらに具体化し、米国とイスラエルの戦略的目的、イラン側の安全保障認識、「抵抗」と「抑止」の論理、3国それぞれの国内的影響、さらには中東の地政学的秩序の変化を検討する。
著者が繰り返し提起する核心的問題は、軍事的成功と政治的成功を同一視してよいのか、という点にある。
戦場で標的を破壊し、敵に損害を与えることはできる。しかし、それによって相手の政治的意思を変え、社会を統治し、新しい秩序を定着させることができるとは限らない。
この問題は、イラン・米国・イスラエルの対立だけでなく、現代の国際政治における「力」と「統治」、「軍事的優位」と「政治的正統性」の関係を考えるうえでも重要な論点である。
なお著者ファテー・サミ氏がこの間、本サイトに執筆した論説のすべてはファテー・サミ執筆記事一覧」で読むことができる。)
ファテー・M・サミ(Fateh Sami):フリーアカデミック研究者
2026年7月20日

<第2部>
イラン・米国・イスラエル戦争――目的、抵抗、そしてその帰結
1.米国とイスラエルの戦略的目的
米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃と介入については、その行動の背後にある動機、背景、目的を慎重に評価する必要がある。
この危機は、地域的あるいは国際的な限定された軍事対立としてのみ分析することはできない。むしろそれは、地域安全保障、勢力均衡、イランの核計画、地政学的影響力、中東秩序の将来、そしてイスラエルの拡張主義政策をめぐる、より広範な競争の一部をなしている。
批判的な立場からすれば、イスラエルの核能力、数十年にわたるパレスチナ領土の占領、そして国連決議への度重なる違反は、西側の多くの政治的・メディア的評価において、無視されるか、あるいはその重要性が低く扱われている。
この枠組みにおいて、とりわけ重要な国連安全保障理事会決議として、以下のものが挙げられる。
• 決議242(1967年):第3次中東戦争後に採択され、占領地域からのイスラエル軍の撤退を求めるとともに、戦争によって領土を獲得してはならないという原則を再確認した。その完全な履行については、現在も論争が続いている。
• 決議338(1973年):決議242の履行と和平交渉の開始を求めた。
• 決議497(1981年):イスラエルによるゴラン高原併合を法的に無効であると宣言したが、イスラエルはこの立場を拒否している。
• 決議2334(2016年):占領地域におけるイスラエルの入植活動が国際法に違反していると認定したが、イスラエル政府はこの評価に反対している。
米国の観点からすれば、過去数十年間の対イラン政策は、イランの地域的影響力を封じ込め、その核計画とミサイル能力を制限し、中東における同盟国の安全を支援するとともに、世界で最も地政学的に敏感な地域のひとつにおけるワシントンの戦略的地位を維持することを中心としてきた。しかし、こうした政策の批判者は、これらの目的は単なる安全保障上の懸念に根ざしているのではなく、米国の覇権を維持し、地域に広範な軍事的プレゼンスを保持し、エネルギー輸送路を支配し、米国の地政学的・経済的利益を守るための口実としても機能していると主張する。
この観点からすれば、ペルシャ湾岸のアラブ諸国に多数の米軍基地が配備されていることは、防衛上の配慮だけでは説明できない。それはむしろ、世界で最も重要な石油・天然ガス供給源のひとつに対する影響力を維持するという、ワシントンの長期戦略の一部とみなされる。
最近の信頼できる報道によれば、ヨルダンにある米軍使用施設に対するイランのミサイル・ドローン攻撃によって、米軍人2人が死亡し、さらに1人が行方不明となった。また4人が負傷した。この事件は米中央軍によって確認され、ロイターおよびAP通信によって報道された。
問題となった基地は、アズラク近郊に位置するムワッファク・サルティ空軍基地である。法的にはこの基地はヨルダンに属し、ヨルダン空軍によって運用されている。しかし、米軍が同施設に大規模な作戦上のプレゼンスを有し、とりわけ航空作戦やドローン作戦に利用してきたことから、同基地は地域における重要な米軍拠点となっている。したがって、米軍が大規模に駐留・使用しているこのヨルダン空軍基地が、イランのミサイル攻撃を受けたのである。
軍事的な意味において、この攻撃はきわめて重要である。アズラクはイランからかなり離れており、ヨルダンにある米軍使用の主要施設が標的となったことは、少なくとも現段階において、イランがペルシャ湾周辺のより近距離にある基地を越えて、ミサイルによる圧力を拡大する能力を有していることを示している。最近の報道によれば、米軍人の死亡を受けて、ワシントンはイラン国内の標的に対するいっそうの攻撃を開始した。
国際関係論におけるリアリズムの枠組みでは、国家は一般に、勢力均衡、国益の保護、そして地域的または世界的な競争相手の出現を阻止するという観点から外交政策を形成する(Mearsheimer, 2001)。しかし多くの批判者は、米国の対イラン政策はこの古典的枠組みを越えており、実際には米国の地政学的優位を維持し、中東に独立した影響力ある勢力が出現することを阻止する戦略と結びついていると主張している。
イスラエルにとって、イラン問題は主として国家安全保障と戦略的脅威という枠組みの中で定義されている。長年にわたりイスラエルの指導者たちは、イランの核計画、ミサイル能力、そしてテヘランと地域の連携勢力との関係を、イスラエルに対する最も重大な安全保障上の脅威の一部として位置づけてきた。
しかし、この見方に対する批判者は、イスラエルがイランの核計画を地域安全保障への脅威として提示する一方で、自国の核能力については――公式には肯定も否定もしていない――沈黙を維持し、同時に自国の拡張主義政策や地域における軍事行動を同じ評価の対象から除外していると指摘する。彼らの観点からすれば、この姿勢は安全保障上の脅威を解釈する際の一種の2重基準である。
このため、多くの批判的分析者は、イスラエルの目的は単にイランが高度な軍事能力や核能力を獲得することを阻止するだけではないと主張する。イスラム共和国の戦略的能力を制限し、それが地域における決定的な勢力となることを阻止することも、テルアビブの長期戦略の一部とみなされている。この観点からすれば、イランの抑止能力を弱体化させることは、イスラエルの戦略的優位を維持し、その地域的目標を推進するための前提条件と考えられている。一方、米国とイスラエルが追求してきた「最大限の圧力」政策の批判者は、経済制裁、軍事的威嚇、直接的な軍事作戦は緊張を緩和しなかったと主張する。それどころか、それらは不信、安全保障競争、地域的危険の増大という循環を生み出したというのである。彼らによれば、近年の経験は、中東における持続可能な安全保障が軍事的優位や一方的な圧力によって達成できないことを示している。それにはむしろ、地域のすべての主体の安全保障上の懸念を考慮に入れた、包括的な政治・安全保障体制が必要なのである。
ドナルド・トランプ大統領の時代、この政策は、米国が2015年の核合意から離脱し、広範な制裁を導入し、イランへの政治的・経済的圧力を強化したことによって、新たな段階に入った。多くの批判者は、米国が公に掲げた目的に加えて、この政策にはイスラエルの安全保障上の懸念や、米国政治制度内における強力な親イスラエル・ロビー団体の大きな役割も影響していたと主張している。これに対し、この政策の支持者は、ワシントンの決定は米国の国家安全保障上の利益、地域同盟国への支援、そして潜在的脅威への対抗努力に基づいていたと主張する。
最終的に、米国とイスラエルが掲げた目標は、イランの戦略的能力を低下させ、その地域的行動を変化させ、同盟国の安全を強化することだと説明されてきた。しかし批判者によれば、これらの政策は実際にはイランの抑止力を弱め、イスラエルが中東における地政学的・拡張主義的目標を追求するための、より有利な条件をつくり出すことに寄与してきた。
しかし、ここ数カ月の展開は根本的な問いを提起している。軍事的、経済的、政治的圧力は、本当に意図された目的を達成することに成功したのだろうか。それとも、これらの政策の実際の結果は、予想に反して、抑止力の強化、「抵抗」の論理の深化、安全保障競争の拡大、さらには地域問題におけるイランの戦略的地位の強化であったのだろうか。
2.イランの安全保障上の目的と認識
地域危機におけるイランの行動を理解するには、同国の軍事能力や外交政策だけを検討するだけでは不十分である。その戦略的意思決定を形づくっている歴史的、アイデンティティ的、安全保障上の要因についても考慮する必要がある。
イラン・イスラム共和国当局の観点からすれば、国家安全保障とは地理的国境の防衛だけに限定されるものではない。それは政治的独立、外国勢力の影響力の阻止、国家主権の維持、大国からの圧力への抵抗といった概念とも密接に結びついている。この認識は、数千年に及ぶイランの歴史的経験によって大きく形成されてきた。近代においては、20世紀の外国勢力による介入、1953年のモハンマド・モサデグ政権に対するクーデター、イラン・イラク戦争(1980~1988年)、そして1979年革命後の展開などが重要な要因となっている。
国際関係論では、歴史的アイデンティティと国家による脅威認識が、安全保障上の行動を形成するうえで重要な役割を果たす。国家は物質的計算だけに基づいて行動するわけではない。歴史的経験、集合的記憶、安全保障環境についての認識も、その意思決定に影響を及ぼすのである(Wendt, 1992)。
イランの観点からすれば、地域における米軍の広範なプレゼンス、経済制裁、ワシントンによるイスラエル支援、そしてテヘランの地域的影響力を制限しようとする試みは、イランの戦略的独立性を低下させることを目的とした長期的圧力政策の一部とみなされている。この認識によれば、防衛能力を維持し、抑止能力を発展させ、地域および世界のさまざまな主体との関係を構築することは、外部からの圧力に対する脆弱性を低下させるための手段なのである。
これに対しイランは、米国とイスラエルによる攻撃的行動を、防衛的対応ではなく、地域的影響力を拡大し、中東の勢力均衡を変化させようとする試みとみなしている。米国による自衛の主張とイスラエルの拡張主義的目的は、独立を維持し抑止力を発展させる必要があるというイラン側の認識と根本的に対立している。この安全保障認識の相違こそが、当事者間の緊張を継続させている主要因のひとつと考えられている。
歴史、国民的アイデンティティ、そして抵抗の論理
イランの行動を分析するうえで重要な要素のひとつが、歴史と国民的アイデンティティの役割である。イランは長い文明的遺産を有しており、それがイラン社会における強い歴史的アイデンティティの形成と、政治的独立を重視する姿勢に寄与してきた。
この問題を分析することは、イランの国内政策や外交政策を支持することも、否定することも意味しない。政治主体の行動を理解するには、純粋な軍事的計算を超えた要因に注意を払う必要があるということである。国家や国民は一般に、短期的な費用と利益だけに基づいて意思決定を行うわけではない。アイデンティティ、安全保障、歴史的経験についての認識もまた、その決定に影響する。
「抵抗」という概念は、イランの政治言説において重要な位置を占めている。その支持者の観点からすれば、抵抗とは独立を維持し、外国勢力による支配を防ぐための手段である。しかし、この立場に対する批判者は、抵抗政策は社会に重大な経済的・政治的負担を課す可能性があり、ときには外交的解決を追求する機会を妨げることもあると主張する。それにもかかわらず、敵対勢力が強制と威圧によって自らの意思を押しつける場合、この観点からすれば、抵抗と抑止力の構築はイランにとって不可欠なものとみなされるべきなのである。
したがって、抵抗は軍事的概念としてだけでなく、政治的・アイデンティティ的概念としても検討することができる。その重要性は、外部からの圧力が、必ずしも圧力を加える側が求める行動変化を生み出すとは限らない理由を示している点にある。
異なる安全保障認識
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機の主要な根源のひとつは、それぞれが「安全保障」を異なって定義していることにある。
米国とイスラエルにとって、安全保障とは主として、イランの戦略的能力を制限し、テヘランの地域的影響力を縮小し、潜在的脅威を阻止することと定義される。
これに対してイランにとっての安全保障は、独立を維持し、外国からの介入を阻止し、敵対勢力を抑止する能力を保持することと、より密接に結びついている。
こうした認識の相違によって、一方が自らの安全を高めるために取った行動が、他方には脅威として認識されることになる。これは国際関係論において「安全保障のジレンマ」と呼ばれる現象である(Jervis, 1978)。
このような状況では、ある国が防衛能力を強化するたびに、その敵対国に懸念を生じさせ、不信と競争の循環を生み出す可能性がある。
この観点からすれば、イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、単一の問題についての意見の相違から生じているのではない。それはむしろ、安全保障、権力、地域秩序についての競合する概念の産物なのである。
3.抑止、抵抗、そして戦争の実際の帰結
現代の軍事危機を分析する際の中心概念のひとつが「抑止」である。
抑止とは、予測可能で重大なコストを相手に負わせる能力を示すことによって、敵対者の行動を思いとどまらせる国家の能力を意味する。国際関係論において、抑止は兵器や軍事能力を保有していることだけに限定されない。潜在的コストについて敵対者がどのように認識するか、政治的意思、脅威の信頼性、国内の結束を維持する能力にも依存する(Schelling, 1966)。
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機では、3者すべてが何らかの形で抑止力を確立しようとしてきた。米国とイスラエルは、軍事的優位、経済制裁、政治的圧力、軍事力行使の威嚇によってイランの戦略的行動を制約しようとしてきた。これに対しイランは、40年以上にわたり、ミサイル能力を発展させ、地域的関係のネットワークを拡大し、反撃能力を強調することによって、自国に対する軍事行動のコストを引き上げようとしてきた。
この状況は、現代世界における抑止が、絶対的な軍事的優位だけに依存しているわけではないことを示している。ある国が技術や軍事装備において優位に立っていたとしても、敵対者の政治的意思を変えることができないのであれば、その国は戦略的目的を完全には達成していないのである。
軍事的勝利と戦略的勝利の違い
現代戦争を評価するうえで最も重要な問題のひとつは、作戦上の成功と戦略的成功を区別することである。作戦レベルでは、一方が特定の標的を攻撃し、インフラを破壊し、敵対者の軍事能力を低下させることに成功する場合がある。しかし戦略レベルで中心となる問いは、それらの行動によって、敵対者の政治的行動、安全保障上の計算、あるいは権力構造に持続的な変化をもたらすことができたかどうかである。
現代の戦争の経験は、この2つのレベルの間に大きな隔たりが存在しうることを示している。軍事作戦が短期的には成功しても、それが持続可能な政治的成果を生み出せなければ、最終的な結果は当初の目的とは大きく異なる可能性がある(Fukuyama, 2006)。
したがってイランの場合、中心的問題は単に軍事的被害の程度や個々の作戦の成功だけではない。より根本的な問いは、軍事的圧力によって、宣言された政治的目的を達成できたかどうかである。
作戦の目的が政府の行動を変え、その政治構造を弱体化させ、あるいは新たな秩序を確立することにあるならば、その成功の評価は戦場を越えて行われなければならない。国内の結束、政治的正統性、社会的支持、経済力、対外関係など、その他の要因も最終的な結果を左右するのである。
政治的要因としての抵抗
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機における抵抗は、単なる軍事的対決を意味するものではない。それは政治的、社会的、アイデンティティ的な側面も有している。抵抗政策の支持者からすれば、外部からの圧力に直面しながら政治活動を継続し、独立を維持する能力は、戦略的成功の指標である。彼らは、外部からの圧力の主要な目的は、イランに国内政策および外交政策の根本的変更を強いることであったと主張する。したがって、政治構造を維持し、その中核的政策を継続していること自体が、抵抗の成功の一形態とみなされうる。
しかし、この見方に対する批判者は、外部圧力に対する長期的抵抗は重大な経済的・社会的コストをもたらし、発展や国際社会との関与の機会を制限する可能性があると主張する。
分析的観点からすれば、抵抗を軍事的基準だけによって評価することはできない。軍事力だけでは政治的勝利を保証できないのと同様に、圧力に耐え、結束を維持し、政策を継続する国家の能力もまた、戦略的計算の一部なのである。
危機の実際の帰結――対立するナラティブを越えて
戦争や政治危機を分析する際の最も困難な課題のひとつは、「実際の結果」を確定することである。なぜなら、異なる当事者は通常、異なる基準によって成功を評価するからである。
一方は敵対者の軍事能力を低下させることを成功と定義するかもしれないが、他方は独立を維持し、体制転換を阻止し、政策を継続することを成功と定義するかもしれない。
したがって、イラン、米国、イスラエルをめぐる危機を評価するには、複数のレベルを同時に検討する必要がある。
• 軍事レベル:軍事作戦がどの程度成功または失敗したか。
• 政治レベル:相手側の行動や意思決定に影響を与えることができたか。
• 戦略レベル:地域および世界の勢力均衡に長期的にどのような影響を与えたか。
この観点からすれば、一方が軍事レベルでは成果を上げながら、政治的・戦略的レベルでは限界に直面することもありうる。同様に、他方が軍事的敗北を回避しながらも、重大な経済的・政治的コストに直面し続けることもありうる。
したがって、この危機の最終的な結果は、攻撃回数、被害規模、あるいは各当事者が発表する宣伝的報告だけに基づいて評価することはできない。それはむしろ、権力、正統性、抵抗、そして地域秩序の変容という、より広い枠組みの中で検討されなければならない。
4.イラン、イスラエル、米国における国内的帰結
イラン、米国、イスラエルをめぐる戦争と危機は、軍事的・地政学的レベルだけでなく、3者それぞれの国内構造にも重大な影響を及ぼしている。現代の戦争は戦場だけで決着するものではない。経済、世論、政治的正統性、社会的結束、国家と社会との関係に及ぼす影響も、危機全体の帰結を構成する不可欠な要素である。
この観点から、イラン、イスラエル、米国における戦争の国内的帰結を検討することによって、この紛争のコストと結果をより包括的に評価することができる。3つの社会では、政治構造、経済状況、歴史的経験、安全保障についての国民の認識がそれぞれ異なるため、その帰結も同一ではない。
4.1.イラン国内への影響
イランでは、制裁、通貨価値の下落、インフレ、貿易制限などによって、すでに深刻な経済的困難に直面していた状況の中で、戦争と外部からの圧力が続いている。軍事的対立の激化は経済的不確実性を高め、一般市民の日常生活にいっそうの圧力を加えている。
最近の報道は、経済の将来、生活必需品価格の上昇、雇用機会の減少について国民の懸念が高まっていることを示している。一部の報道では、攻撃と不安定化の激化以降、食料価格が急騰し、経済状況が悪化したと語るイラン市民の声が紹介されている(Reuters)。同時に、報道によれば2000万人以上が参加したとされるイラン指導者の葬儀における大規模な市民参加と明白な連帯は、イスラエルと米国による侵略と彼らがみなしたものに対し、イラン社会のかなりの部分が連帯を示した証拠であると観察者によって解釈されている。この社会的反応はまた、相当数のイラン人が、この危機によって生じた経済的困難や苦難を、米国とイスラエルが自国に課した圧力、制裁、軍事行動の直接的結果として認識していることを示唆している。
しかし、イラン国内における戦争の影響を、経済的圧力だけによって分析することはできない。戦争は、2つの相反する力学を同時に生み出す可能性がある。一方では、経済的困窮と不安が社会的不満を増大させる可能性がある。他方では、外部からの攻撃によって、社会の一部で国防、領土的一体性、国家的独立を守ろうとする感情が強まる可能性がある。
この2つの力学は同時に存在しうる。政府の特定の国内政策に反対することは、必ずしも外国による軍事介入を支持することや、外部からの軍事行動によって強制される政治変革を受け入れることを意味しない。多くの社会において、政府の政策に批判的な集団にとってさえ、国家の独立と国土防衛は、それ自体として重要な意味を持つことがある。
このため、イランにおける戦争の国内的帰結を評価する際には、経済状況、国内政策に対する国民の支持または不満の程度、外部からの脅威についての認識、外国による軍事介入に対する国民の反応という、いくつかの異なる要素を区別する必要がある。イラン分析における中心的困難のひとつは、まさにこれらの要素を単一の結論へ容易に還元できない点にある。
政治的にも、戦争は公共言説と政治的意思決定における国家安全保障の重要性を高める可能性がある。外部からの脅威に直面した政府は、一般に国家的結束を強化し、認識された外部の危険に対して社会を動員しようとする。しかし批判者は、戦時状態が社会的要求を抑圧し、政治的空間を制限し、国内問題を放置するための正当化に利用されるべきではないと主張するかもしれない。
したがって、戦争がイラン国内に及ぼす影響は多面的である。
外部からの圧力は深刻な経済的・社会的コストを課す一方、外国による軍事攻撃は同時に国民感情を強め、国家的独立を防衛する必要性についての認識を強化する可能性がある。最終的な帰結は、紛争の期間、被害の規模、政府の対応能力、そして経済的・社会的圧力を管理する社会の能力に左右されることになる。
4.2.イスラエル国内への影響
イスラエルでは、ガザ、レバノン、その他の地域における長年の紛争によって、すでに社会が影響を受けている状況の中で、イランとの戦争が発生した。したがって、国内における中心的な問いは、軍事作戦が当面の目的を達成したかどうかだけではなく、対立の激化によってイスラエルの長期的安全保障が強化されたかどうかであった。
戦争の結果についてのイスラエル世論は一様ではない。紛争のさまざまな段階で実施されたいくつかの世論調査は、イスラエル社会のかなりの割合が、軍事作戦によって達成された軍事的・政治的成功の程度に疑問を抱いていることを示している。国家安全保障研究所(INSS)が2026年6月に実施した調査では、回答者の37%がイランが戦争に勝利したと考え、43%が決着はついていないとし、イスラエルが勝者であると考えた者はわずか15%であった。同じ調査では、回答者の68%が、イスラエルは翌年中に再びイランとの戦闘再開を余儀なくされる可能性があると考えていた(INSS)。
これらの数字は、安全保障上の脅威が公共政策において中心的な位置を占める社会であっても、軍事行動が必ずしも広範な「勝利」の認識を生み出すわけではないことを示している。社会の一部は軍事行動を支持しながらも、その最終的な結果、戦争のコスト、そして国家の将来の安全保障について疑問を抱くことがありうる。
他の世論調査も、イスラエル国内に重大な政治的・社会的分断が存在することを明らかにしている。ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、イスラエルのユダヤ人の多数は、イランを攻撃するというイスラエルの決定は正しかったと考えていたが、イスラエルのアラブ系市民の見解は大きく異なっていた。この相違は、戦争が既存の社会的分断をさらに深める可能性があることを示している(Pew Research Center)。
政治的には、戦争の継続はイスラエル政府とその指導者たちの将来に直接的な影響を及ぼす可能性がある。
政治的責任、政府の実績、戦争の安全保障上・経済上のコスト、イスラエルと米国との関係などをめぐる問題は、いずれも国内政治における主要な論争点となりうる。
こうした状況では、政府は軍事的成果を強調しようとする一方、反対勢力は紛争のコスト、宣言されたすべての目標を達成できなかったこと、あるいは安全が改善するどころか悪化した可能性に焦点を当てることになる。
したがって戦争は、持続的な国内的合意を生み出すのではなく、「勝利」とは何か、軍事力はどの程度有効なのか、イスラエルの安全保障政策は将来どの方向に進むべきかをめぐる対立を、さらに深める可能性がある。軍事作戦によって脅威が終結するどころか、再び紛争が発生する可能性が高まったと社会が考えるようになれば、この問題はとりわけ重要になる。
4.3.米国国内への影響
米国では、イランとの戦争は異なる種類の国内的帰結を生み出している。地域紛争に直接巻き込まれているイランやイスラエルとは異なり、米国社会への戦争の影響は、主として軍事支出、経済、エネルギー価格、国内政治、そして米国の世界的役割をめぐるより広範な議論を通じて現れる。
最も重要な問題のひとつが、戦争の財政的コストである。米国社会がすでにインフレ、生活費上昇、財政への圧力に直面している中で軍事支出が増大すれば、政府の優先順位をめぐる政治的論争が激化する可能性がある。議会で提案された950億ドル規模の支出案を含む、対イラン戦争の資金調達を目的とする大規模な財政提案は、紛争の継続が米国にとって深刻な財政・政治問題になっていることを示している(AP News)。
エネルギー価格の上昇も重要な帰結である。中東危機が激化すれば、世界の石油・天然ガス市場に影響し、輸送費、食料価格、家計支出にいっそうの圧力を及ぼす可能性がある。最近の報道は、燃料価格の上昇が国内政治問題となり、政府の実績についての国民の評価に影響を及ぼす可能性があることも示している(Axios)。
政治レベルでは、戦争によって米国社会内部のつの大きな立場の対立が強まる可能性がある。一方は、米国の利益と国家安全保障を守るためには、中東における大規模な米軍プレゼンスが必要だと考える。もう一方は、米国は長期的な政治目標を完全には達成できないまま、外国での戦争のために繰り返し大きな代償を払ってきたと主張する。
この意見の相違は主要政党間だけに限定されない。一般国民、専門家、メディア組織、さらには各政党内部にも存在している。中心的な問いは、中東における軍事介入を拡大することによって米国の安全が本当に強化されるのか、それともそのような政策は最終的に米国自身にいっそうの経済的・安全保障上のコストをもたらすのか、ということである。
この戦争はまた、米国とイスラエルとの関係についての国内議論を再燃させている。米・イスラエル同盟の支持者は、イスラエルへの支援を米国の安全保障上の責務および戦略的利益の一部とみなす。これに対して批判者は、この関係の財政的コスト、米国がより広範な戦争に引き込まれる危険性、そして外国の同盟国の政策がワシントンの意思決定にどの程度影響を及ぼしているのかについて疑問を提起している。
したがって、米国における戦争の国内的帰結は、軍事支出の増加だけにとどまらない。この危機は、政府の外交政策に対する国民の信頼、大統領支持率、選挙をめぐる論争、生活費、そして米国の世界的役割の定義にも影響を与える可能性がある。エネルギー価格の上昇と経済的圧力は、とりわけ巨額の戦争費用と重なった場合、軍事介入継続に対する国民の支持を低下させる可能性がある(Axios)。
4.4.国内的帰結のまとめ
イラン、イスラエル、米国における戦争の国内的帰結は同一ではない。しかし3つの社会はいずれも、共通する問いに直面している。
戦争のコストは、その政治的・安全保障上の成果に見合うものなのか。
イランでは、経済的・社会的圧力が、国家的独立や外国介入への反応という問題と絡み合っている。イスラエルでは、軍事的成功の程度と今後の安全保障政策をめぐる意見の相違が、重要な国内問題となっている。米国では、戦争のコスト、エネルギー価格、中東における国家の役割をめぐって、外交政策と国益についての議論が激化している。この観点からすれば、戦争が政治的に成功したと評価されるためには、その成果が国内においても擁護可能なものでなければならない。戦争によって経済的コストが増大し、社会的分断が深まり、国民の信頼が低下するのであれば、軍事的成果さえも持続的な政治的成功には結びつかない可能性がある。
したがって国内的帰結は、イラン、米国、イスラエルをめぐる危機の実際の結果を評価するうえで、切り離すことのできない要素である。戦場における軍事力は方程式の一要素にすぎない。政治的持続性、経済的回復力、社会的受容もまた、戦争の最終的な結果を決定するうえで決定的な役割を果たすのである。
5.危機の地域的・地政学的帰結
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、3つの主要当事者間の関係だけに限定されるものではない。その影響は中東全域に、さらに広くは国際システムのレベルにまで及んでいる。中東は、その戦略的位置、エネルギー資源、世界の主要な貿易ルート、国際安全保障における中心的役割のために、長年にわたりその地理的境界をはるかに越えた重要性を持ってきたからである。
地域の勢力均衡に何らかの変化が生じれば、エネルギー市場、海上安全保障、大国間関係、そして国際秩序の将来的方向性にも影響を及ぼす可能性がある。
5.1.地域安全保障、エネルギー方程式、中東諸国の対応
この危機の最も重要な帰結のひとつは、ペルシャ湾の安全保障に関係している。この地域は、沿岸諸国だけでなく世界経済にとってもきわめて重要である。世界のエネルギーの相当部分が、この戦略的回廊を通過しているからである。
イランと米国、あるいはイランとワシントンの地域同盟国との緊張が激化すれば、海上輸送路の安全、エネルギー価格、世界経済の安定性に対する懸念が生じる可能性がある。この観点からすれば、ペルシャ湾の安全保障は単なる軍事問題ではない。それは経済的、商業的、地政学的問題でもある。そのため、地域の政治的対立に直接関与していない国々を含め、多くの世界的大国がこの地域の情勢を注意深く監視している。
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、地域諸国の戦略的計算にも影響を与えている。中東諸国は、それぞれの安全保障上、経済上、政治上の利益に応じて、この危機に対して異なるアプローチを取ってきた。
一部のアラブ諸国は、イランの地域的影響力を懸念しながらも、同時に軍事的エスカレーションのいっそうの拡大を防ごうとしている。広範な不安定化が、自国の経済安全保障や国内開発を損なう可能性があると認識しているからである。
一方、他の地域主体は、外交においてより積極的な役割を果たし、異なる世界的大国との関係のバランスを取ろうとしている。この傾向は、地域諸国がもはや大国の政策に対する単なる受動的参加者ではなく、中東の将来を形成する能動的主体へと次第に変化していることを示している。
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機を、中東の他の紛争から完全に切り離して分析することはできない。パレスチナ問題、ガザ情勢、レバノンにおけるヒズボラの役割、シリア情勢、イエメン戦争は、いずれも地域的な安全保障競争という複雑なネットワークを構成する要素である。
イスラエルと米国の観点からすれば、イランの地域的なパートナー・同盟勢力のネットワークは重大な安全保障上の懸念とみなされている。いっそうのエスカレーションが発生した場合、それが地域的圧力の源泉となりうるからである。
これに対してイランとそのパートナーは、こうした関係を外部からの圧力に対する、より広範な抑止戦略の一部とみなしている。
こうした地域的相互連関を考慮しないまま、危機をイランと米国の2国間関係だけに限定して分析するならば、その分析は不完全なものにとどまる。
5.2.変化する勢力均衡と将来の中東秩序における世界的大国の役割
この危機のもうひとつの重要な側面は、国際システムにおけるより広範な変化との関連である。
過去には、中東の多くの危機は、主として米国およびその地域同盟国と、それに対抗する勢力との競争という枠組みで分析されてきた。
しかし近年、中国、ロシア、その他の新興勢力の役割が拡大している。
中国は、エネルギー需要、広範な経済関係、外交的役割を拡大しようとする努力のために、この地域の安定維持に強い関心を持っている。一方ロシアは、安全保障上・地政学上の利益から、中東を自国のより広範な世界的影響力を維持するための重要な舞台とみなしている。
BRICSのような枠組みを含め、多くの非西側諸国間で経済的・政治的協力が拡大していることは、国際システムがより広範な権力分散へと徐々に移行していることを反映している(Nye, 2011)。
しかし、この展開は米国の影響力が直ちに終焉することを意味するものではない。米国は依然として広範な同盟ネットワーク、高度な軍事能力、相当な経済的・政治的影響力を有している。それでも、新たに生まれつつある状況は、中東の将来をめぐる決定が、もはや単一の大国だけによって決定されるものではないことを示している。
したがって、イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、地域秩序の将来をめぐる、より大きな問いの一部なのである。
中東は今後も、一つの外部大国による支配を中心として構成され続けるのか。それとも、世界的大国と地域大国の間に、より多元的な均衡が形成される方向へ進むのか。
この問いへの答えは、いくつかの要因によって決まる。
• 地域大国が対話を行い、相互の対立を管理する能力
• 緊張を激化または緩和させるうえでの大国の役割
• 世界経済およびエネルギー市場の状況
• 地域諸国の国内情勢
• 軍事的選択肢に対する外交の有効性
近年の危機から得られる重要な教訓のひとつは、持続的な安全保障は軍事的優位だけでは実現できないということである。
政治的正統性、社会的受容、効果的な外交メカニズムを欠いた地域秩序は、常に不安定化の危険にさらされることになる。
6.第2部の結論
イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、21世紀の紛争を国家間の軍事的対決としてだけ分析することはできないことを示した。この危機は同時に、安全保障上、政治上、アイデンティティ上、地政学上の競争であり、その根底には、権力、安全保障、独立、地域秩序についての異なる理解が存在している。
一方では、米国とイスラエルは、政治的・経済的・軍事的圧力によってイランの戦略的行動を制約し、自国の利益に有利な地域安全保障上の均衡を維持しようとしてきた。他方、イランはこれらの圧力を、自国の独立、主権、国家安全保障に対する脅威と解釈し、抑止能力の発展と外部圧力への抵抗を重視してきた。
この危機の分析は、国際関係における中心的な課題のひとつを示している。それは、権力を行使する能力と、持続的な政治的成果を達成する能力との違いである。軍事力は特定の標的を攻撃し、コストを課し、短期的な勢力均衡を変化させることができる。
しかし、そうした成果を持続的な政治変革へ転換するためには、正統性、歴史的理解、経済力、政治的管理能力、社会的受容など、より広範な要因が必要である。
この危機はまた、抵抗を軍事的枠組みだけで検討することはできないことも示した。多くの場合、抵抗とは政治的、社会的、アイデンティティ的、安全保障的要因の組み合わせである。国家が国内の結束を維持し、その政策を継続し、外部からの圧力に耐える能力そのものが、現代世界における戦略的方程式の一部なのである。
国内レベルでは、この危機は3つの社会それぞれに異なる結果をもたらしている。イランでは、中心的な問題は国家安全保障、経済的圧力、政治的正統性の関係であった。イスラエルでは、安全保障、戦争のコスト、軍事的解決策の有効性をめぐる議論が続いている。一方、米国では、中東政策は依然として、コスト、国益、外国との同盟関係の役割をめぐる論争の対象となっている。
地域レベルでは、この危機は、中東がもはや単一の外部大国によって支配される競争の場にすぎないわけではないことを、改めて示した。中国やロシアを含む地域・世界の諸大国の役割の拡大は、地域システムが、より複雑で競争的な構造へ徐々に移行していることを反映している。
第2部の中心的な教訓は、現代世界における真の勝利は、破壊力や軍事的成功だけによって測ることはできないということである。持続的な成功が達成されるのは、権力を正統性ある政治秩序、社会的安定、長期的安全保障へと転換することができた場合だけである。
歴史的経験はまた、イスラエルが国連安全保障理事会決議や国際機関が採択したその他の立場に従うことなく、それらに繰り返し違反し続けてきたことを示している。したがって、たとえ合意が成立し、あるいは新たな決議が採択されたとしても、とりわけそれらを履行させるための効果的かつ公平な仕組みが存在しない場合、その約束が実際に履行される保証はない。
最終的に、イラン、米国、イスラエルをめぐる危機は、本論第1部で提起された根本的な問いを、再びわれわれに突きつけている。
人間的、歴史的、政治的限界への理解を欠いた権力は、持続的な秩序を生み出すことができるのか。
歴史が示しているのは、権力がいかに巨大であろうとも、社会的現実への理解、道徳的責任の感覚、そして正統性を生み出す能力を伴って初めて、持続的な成果をもたらすことができる、ということである。
【第2部 完】
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